【小説】東京テルマエ学園 第2章 17話「草津温泉 第1回ライブ公演」 後編

ゆかり女史の実家、草津温泉の老舗――てのぢ屋。その歴史は古く、創業は江戸時代まで遡る。

その広間の入口には『第一回ムーラン・ルージュ生ライブ』の文字が掲げられていた。

既に衣装に着替えて舞台袖に待機するのは総勢26人のメンバーだ。

「本当に大丈夫かな」

誰かが不安そうに呟いた。

最大で100人くらい受け入れられる広さの会場だが、知名度の低さも相まって客入りはおよそ良いとは言えない。旅館に泊まっていた人達が興味本位で来てくれているのと、SNSの宣伝を見て訪れたであろう若いグループがいくつかあるくらいだ。

週末ということもあって、旅館は満室に近い。ゆかり女史の口利きもあって、宿泊客にはライブの案内をしてくれているということだったが果たしてどうなることか。

懐メロ路線に変更してからの初ライブ。

このライブが成功すれば、知名度が上がるかもしれない。しかしこれでもダメだったら――。

浅草ライブの失敗を思えば、その不安が拭えないのも仕方のないことである。

「きっと大丈夫。今まで努力してきたんだもん。信じよう」

アキは励ますように皆に声をかけた。でも――と不安の声が上がる。

それを制するように渡が口を開いた。

「やれることはやってきただろ」

「そうそう、ここまで来たら腹をくくるしかないっていうか。もしウケなかったら、その時はもう出血大サービスで全部脱ぐしかないっていうか」

人一倍ダンスに厳しかった汐音が茶化すように囁くと圭が顔をしかめた。

「脱ぐたぁ勘弁してほしか」

「最終手段だからね? けどそこまでしたら、嫌でも認知されるでしょー? ……ちょーっと屈辱的だけど」

「温泉だけに一肌脱ぐってことだな。お前ら顔だけじゃなくて身体もそこそこいいしな」

「えー。渡、何言ってんの。今の発言、ファンクラブの子が聞いたらドン引きだよー」

汐音は言いながら渡から距離を取った。アキと七瀬も同じようにちょっと引く。

「私達のことそういう目で見てたんだ?」

「あのな、それはマネージャーとしてお前らの管理をする都合上仕方なくだな! どうせアキなんかボディメンテナンスも十分に出来なくて、その胸を駄肉にするのが落ちだぞ!」

「それって、アキのおっぱいが大事です、いつも見てまーすって言ってるようなもんだよね」

「いや、違うからな?」

ニヤニヤとする汐音にアキははっとした。

「いやらしい目でマネージャーやって欲しいなんて頼んでないよ! そういうのは八郎二郎だけで十分なの!」

ライブ前にもかかわらずいつもと変わらない光景に、表情の硬かったメンバーから笑みがこぼれた。

当の八郎と二郎は会場の後ろの方でライブの撮影、松永はその隣で腕を組んでまだ誰も立っていない冷えた舞台を見つめている。

あれだけ色々言ってきた松永であるが、最低限顧問としての役割を果たしてくれている。

アキは、そんな松永の姿を見て気を引き締める。そしてメンバーを見渡す。

「皆。緊張するのは仕方ないけど、怖がる必要ないからね。笑顔を忘れず、ライブを楽しもう!」

会場を覗き込んでいた千秋が皆を振り返った。

「ちらっと見えたお客さん達、ほとんどおじいちゃんおばあちゃんっぽかったし、大丈夫ですって」

「そうですね。ご年配の方々ならば、私達の血と涙の滲むような努力をきっと感じてくださいます。アキ先輩がおっしゃるように、ライブを楽しみましょう」

由香が素直に頷く。

「折角だから円陣でも組む?」

渡とやりあって緊張が完全に溶けたアキは、へらっと笑って提案する。

それぞれ頷くのが見えて、ムーラン・ルージュの面々と渡がアキの元に集まった。

「よし、気合一発!」

「おー!」

小さく応じてから皆吹き出した。

間違っていないのだが、何かおかしかった。

「嬢ちゃん、こういう時はもっと違う掛け声が良かったんじゃねェかい? ライブ成功させるぞ、とかさ。盛り上がっていこう、とか」

「あ、そっか」

しっかりしてよねー、気が抜けたじゃ、アキらしいわと笑いが起こる。

「もう少し人が集まってくれると良かったな」

渡はどこか悔しそうにする。

全国にその名が知られている草津でライブをするのだ。色んな人の目に止まるのは必然となり、情報が拡散される率も上がると思ったのだ。

「千秋もSNSで告知しといたんですけど~フォロワーさん達の何人かは、見に行きますって。ライブ始まってからお客さんの出入りあるんじゃないかな~?」

甘ったるい言葉遣いで渡に絡む千秋に、七瀬は顔をひきつらせた。

「そうだといいわね。期待してるわ」

そうこうしているうちに音楽が流れ始める。

ショータイムの合図だった。

スポットライトの当てられた舞台上に最初のチームが躍り出るとまばらな拍手が沸き起こった。予想通り、あまり期待されていないらしい。

曲によって5、6人のチームを組み、出演の編成を変えるように提案したのは渡だった。昔のアイドルと言えば一人や二人ユニットの時代。大人数で舞台に上がるよりもいいのではないかと考えたのである。何より、曲に合わせて衣装も変わる。着替えの時間の確保も兼ねてのことだった。

おニャンニャンクラブの歌と竜馬作曲の歌は全員で舞台に出る。ラップ以外の部分は全員で歌い、ラップは涼香のソロパートになる。

ちなみに竜馬のオリジナル曲にはまだ名前がない。

どうやって曲を紹介するかはリーダーのアキに一任されている。

不安げに始まったライブだが、アキ達の心配は杞憂に終わることになった。

客の反応が変わり始めたのは、パフォーマンスが始まってすぐだった。

年配層にとっては見覚えのある髪型、衣装、その出で立ちで興味を引いたのは確かだろうが、昔懐かしいメロディが始まると客席の誰かが手拍子を始めた。

小さな手拍子は次第に会場全体に広まり、熱気を伴って舞台上へと届けられた。

音楽に合わせてライトは色とりどりに変わり、パフォーマンスを際立たせる。

ピンク姉妹のUFOから始まり、山口ももか、Wキャンディ、梅田聖子。初回ライブで反応の良かったおニャンニャンクラブ――当時旬だったアイドル達の曲とダンスが終わるごとに拍手は大きくなり、最後は割れんばかりの拍手の嵐が起こった。

「いいぞー!」

「最高ー!」

チームが入れ替わる曲の合間に活気のよい野次が飛ぶ。

年配の客が年頃の乙女のように、はたまた思春期の青年のように、その目を輝かせてアキ達の歌を聞き、ダンスを見ている。

客の反応がこの間のライブとは段違いだとアキも他のメンバーも肌で感じていた。

「次は狙い撃ちが聴きたいわ! うだだーうだだーうだうだだー」

「いやいや、そこはどうにもままならないでしょ~カラオケでは定番だもの」

「山本リン子よりも、ピーナッツのあれがいいわい」

前列に座っていた還暦過ぎの女性陣からリクエストを受け、丁度舞台に立っていたアキのチームはそれぞれ顔を見合わせて笑った。

「それではリクエストにお答えして、山本リン子とピーナッツメドレーいっちゃいますかー?」

「イエーイ!」

「良かったら皆さんも一緒に歌って下さいー! 合いの手大歓迎です!」

そしてノリと勢いで舞台を下り、客席の合間を縫って握手をして回る。

「ああ、懐かしい! 山本リン子はわたしの青春だったのよ~今日は本当に最高の公演だわ」

「アンコールでおニャンニャンクラブのメドレーもやってくれない?」

客の中には涙ぐみながら握手を求めてくれる人もいて、それに応じるアキ達もじんとくる。

懐メロパートは年配には軒並み好評だ。

興奮と熱気に包まれた会場はアキに心地よい高揚感をもたらした。

(ライブってこんなに楽しくて、気持ちいいんだ)

お客さんが笑顔で喜んでくれる。

それが何よりも嬉しい。

嬉しいから笑顔になる。

自分達の笑顔を見てお客さんがまた笑う。

その一体感がたまらない。

背筋がぞくぞくする。

いつの間にか、会場に入りきれないほどの人が集まっていた。

どこからかアキ達のライブのことが伝わったらしく、通りすがりの、昔を懐かしんだ年配者や、たまたま湯畑を訪れていた観光客たちが集まってきたのだ。

一旦人が集まりはじめると、事情をよく知らない人も興味を惹かれるらしく、客が次々とライブ会場に吸い寄せられていた。その様たるやかの有名掃除器メーカーもびっくりの吸引力である。

膨れ上がった人の波はいつしか旅館を取り囲み、どうにか中を覗こうと窓に張り付く人影も見える。

年配客ばかりだった客層もいつの間にか様々な年代が集まり、若いカップルから家族連れ、ふらりと立ち寄ったひとり旅風の大学生など、その幅は驚くほど広かった。

片手にスマホを持ち、しきりにライブの様子を撮影しているのは若いお客たちだ。

岡本千秋のファンなのか、彼女がステージに立つとスマホを構えてシャッター音が鳴り響く。それもライブが進むにつれて、他のチームの持ち回りでもカメラを向けるようになっていた。

特に七瀬の出番では、スマホを構える人が多いように思えた。

塩原温泉のライブの時はライブの最後まで残ってくれた人は僅かだったが、今回は終盤になるにつれ、面白いほど人が増えていく。

おニャンニャンクラブメドレーを全員で歌い終えたところで、どっと歓声があがり、割れんばかりの拍手の嵐が沸き起こる。

「ありがとうございました! 次は、関東地方で活躍する話題沸騰のインディーズバンド、ドラゴン坊主の竜馬さんが、私達ムーラン・ルージュの為に書き下ろしてくれたオリジナル曲です。聞いてください――えー……名のなき唱(うた)」

奇妙な心地で、メンバー全員が一斉にアキを見た。

それではまるで、「名のなき唱」という曲のようではないか。

だがそれはストンと彼女達の胸に落ちた。不思議なことに、おかしいとは思わなかった。

揃ったキレのあるダンス、全員での歌唱パートに歓声と口笛、手拍子が起こる。

今時の歌についていけない年配層も、折角披露してくれるオリジナル曲なのだからと、今回は残ってくれている様子だ。

若い世代の客たちもドラゴン坊主と竜馬の名前に反応して残ってくれていた。

それを見てアキは思う。

(竜馬さんはやっぱりすごい人なんだなー)

使えるものは何でも使っとくべきだという松永の言葉が過った。

名のなき唱のソロを涼香が歌い上げていたその頃――ムーラン・ルージュのライブはSNSで話題になっていた。

八郎が発信する情報の他にも、ViViモデルである岡本千秋が所属するグループ目当てで、草津ライブを見たという投稿が相次いだのもあるがそれだけではない。

『選曲が懐かしい』

『歌謡ショーで聞いたことある』

『みんな可愛い。スタイル八頭身かよ』

『草津の温泉に入ってたら昔聞いたことある歌が聞こえてきたんだがwww』

『最後の曲がドラボ提供らしい。しかも歌が上手い』

『温泉地でライブなんて破天荒すぎる。温泉専門学校って何なんだよwww』

『次のライブいつだろ。生千秋ちゃん見た人うらやましい』

――などといった書き込みが相次いでいた。

ムーラン・ルージュが温泉業界のアイドルとして注目されることになろうとは、ライブ会場のアキ達には知る由もなかった。

つづく。