【小説】東京テルマエ学園 第2章 16話「アイドル部、ただ今発進中!」 後編

「う~~ん……」

「どうしたもんか……」

初ライブは散々な結果に終わった。寮のフリースペースで、八郎が撮影していたライブの動画をいつものメンバーで確認しながらどこが悪かったのかを話し合う。

「汐音ちゃん、ダンスはどうだった……?」

不安そうにアキが聞くと、真剣に動画を見ていた汐音は顔を上げると考えるように腕を組んだ。

「初めてで、練習期間のわりにはちゃんと踊れてるよ。まあさすがに1年生は多少のミスはあるけどさ、それだけでお客が引いていく理由にはならないと思うんだけどなー」

ダンスには問題はなさそうだ。

「じゃ、じゃあ歌悪がったのかな……?」

メインボーカルの涼香が顔色を悪くするが、すぐさま渡が首を振る。

「いや、歌も問題なかった。……ラップ調に変えたのがダメだったのか? 原曲のままなら若い客も帰らなかったか……?」

動画を見ながら手元の書類に何かを書きつける渡を不安そうに見ていた七瀬は、ふと思いついて八郎の姿を探す。

「ねえ八郎は? アイツどこ行ったの?」

「八郎? あれ、さっきまでその辺にいなかったっけ?」

「なん、どげんしたと?」

「んん、ちょっと聞きたいことがあって……」

探しに行こうかと七瀬が腰を浮かせかけたとき、八郎と二郎が戻ってきた。スマホを見ながら何やら話していた八郎は、七瀬が自分を見ていることに気づいて格好を崩す。

「なんやなんや七瀬ちゃん、そんなアッツイ目ぇでワイのこと見て~」

「熱くは見つめてないけど、探してたのよ。あんたSNSでライブの宣伝してたわよね? ライブの後に何か感想とか聞かなかったの?」

塩原温泉にいた若いお客のほとんどはSNSでライブを知って足を運んでくれた人たちだ。それならSNS上で感想が書かれているのではないかと七瀬は考えた。

確かに! とメンバーが期待して八郎を見る。けれど八郎も二郎も困った顔だ。

「あ~……そんなええ事書かれてへんで? 誰々の足がエロかったとかオッパイがでかかったとか、そんなんばっかや。お客が引いた理由ははっきりせえへん」

「そうなんですわ。師匠の言うとおり僕もどっかライブの感想上がってへんかなってエゴサしてみたんですけど、感想自体が少ないですし、全然あきまへんね」

「そう……」

二人の言葉にメンバーは肩を落とした。

初ライブの何が悪かったのかわからないまま、次のライブが迫っている。このままでは塩原温泉の二の舞になりかねない。1年生の士気すら下がったままだ。

「どうしよう……」

どうにかしたいのに、どうすればいいのかわからない。焦燥感に、アキはぎゅっと両手を握り締める。すると、ふいにフリースペースへ寮の管理人が姿を見せた。

「温水アキさんはおられるかしら?」

自身の祖母を思い出す初老の女性に、アキが慌ててソファーから腰を上げた。

「はい! 温水アキここにいます!」

「ああよかった。こちら、お届け物ですよ」

「わわっ、わざわざすみません、ありがとうございます!」

「いえいえ。おかしな物が送られてきていないか念のために、一緒に中身を確認してもよろしいかしら?」

「どうぞどうぞ! あ、よかったらここ座ってください!」

「あらまあ、気を遣ってもらってごめんなさいね」

座っていたソファーを管理人へ譲り、アキはその場で送られてきた小包をテーブルに置いて確認する。差出人は祖母からだった。いつもの生活用品かな、と思ったが、受け取った小包はいつもより軽い。

首を傾げながら小包を開けると、そこにはCDケースほどの薄さで、表紙にはアキも見た事のある昔のアイドルが可愛らしくプリントされているファッション誌よりも大きな本らしきものがたくさん入っていた。

「何だろうこれ?」

「あ、この二人知ってる。ピンク姉妹だよね、ユッフォー! って歌ってる」

「こんし、山口ももかじゃなか? うちんばあちゃんが秋ざくらん歌好いちょったなぁ」

アキがテーブルへ広げたそれを手に取って、七瀬と圭が言う。首を傾げたままのアキの隣で、管理人が声を弾ませて両手を合わせた。

「まあまあまあ! レコードじゃないの、懐かしいわねぇ!」

「レコード? 大賞??」

「アキそれ年末の恒例番組」

「音楽を聞くの、今はCDが主流でしょう? 昔はCDじゃなくてレコードだったのよ。私も若い頃、おこづかいを貯めて貯めて、ももかちゃんのレコードを買ったわねぇ」

「へえー!」

小包の一番上に置いてあった手紙を開くと、アイドル部をやるからには頑張るように、お爺さんが若い頃によく聞いていたレコードを送るのでよければ歌って聞かせてほしいと書かれていた。

そういえば、先日電話をしたときにアイドル部をすることになったと報告したのだったか。アキはようやく小包が送られてきた理由がわかって頷いた。

実家にいるときからお婆ちゃんの口から死んだお爺さんの話はあまり聞いたことが無かったので、アキは写真でしか見たことがないお爺さんの顔を思い出しながら思いを馳せる。

「今はもう年末の紅白歌合戦や音楽番組の特集でしか昔の歌は聞けないから、お買い物に行ったお店で昔の曲が流れていると、ついつい立ち止まって最後まで聞いてしまうの」

恥ずかしそうに頬へ手を添えてはにかむ管理人の言葉を聞いて、興味が無さそうにしていた渡が何かを思いついたように顔を上げた。

「汐音、もう一回動画流してくれ」

「はーいよ」

スマホでライブ映像を食いるように見つめる渡。アキ達もおしゃべりをやめて動画を見つめ、雰囲気が変わったことに気づいた管理人は軽く頭を下げて帰っていった。

渡は何度も何度も動画を繰り返す。そして、あるところで一度動画を止めてメンバーを見つめた。

「ここの観客席、よく見ててくれ」

渡が示した観客席には、塩原温泉の常連である年配客が今にも帰ろうとしていた。こくりと頷くメンバーを見て、渡は動画を再生させる。曲は笑わないアイドルのカッコいい曲からセーラー服まで脱がさないでの曲に切り替わる。

「あっ!」

「あ!」

思わずアキと涼香が声を上げた。特徴的なメロディーが流れた瞬間、帰ろうとしていた年配客がステージを振り返ったのだ。動画の中のアキ達2年生が声を揃えて歌いだすと、年配客の一人は手拍子まで始めていた。

けれどこの曲は繋ぎの曲。たったワンフレーズで終わってしまう。

足を止めていた年配客は曲が変わると、残念そうに帰っていってしまった。

「あーあ……」

七瀬が気落ちした声を出す。けれど渡はメンバーの顔を見渡して力強く笑った。

「わかったか?」

「へ? 何が?」

渡の意味深な問いかけは、アキには伝わらなかったようだ。穂波が苦笑しながら言う。

「年配客を掴むなら懐メロでいけってことか」

管理人の言葉、それと年配客の動きを見て穂波は納得したようにぱちんと指を鳴らした。頷いて渡が続ける。

「アイドルだからアイドル曲をって考えたのがそもそも間違ってたんだ。アキ、お前はアイドルになって何がしたい?」

「アイドルになって渋温泉にお客さんを呼び戻したい!」

「そうだ。温泉に来るのはほとんどが年配客だろ。思い出せ、自分達のじーさんばーさんが最近のアイドル曲を知ってるか?」

アキも自分のおばあちゃんを思い出す。学生の頃、テレビで音楽番組をよく見ていたが、時代劇や朝ドラはよくおばあちゃんと一緒に見ていたけれど、音楽番組は一緒に見ることは少なかったかもしれない。見るとしても、年末の紅白歌合戦くらいだ。

「聞いてもらいたい相手に合わせた曲じゃないと聞いてもらえないってことだ」

「な、なるほどー!!」

ようやく初ライブで失敗した原因がわかって、全員が納得した。

アイドルになるからアイドルの歌を歌わなければならないと、全員が思い込んでいた。歌は誰もが一度は聞いたことがあるだろう音楽番組のランキング上位の有名な歌を選んだつもりだったが、そもそも一度は聞いたことがある、という対象は若い人だったことにようやく気づく。

若い人なら一度は聞いたことがあるだろうけれど、年配の人は? 音楽番組すらほとんど見ないのだから、ランキング上位であっても知らないに違いない。

ライブで年配客がセーラー服まで脱がさないで、の曲で振り返ったのは、年配の人が若い時に流行っていた歌だからだ。年末の懐メロ特集くらいでしか聞けない懐かしい歌をもっと聞いていたいのにすぐに終わってしまったから、残念そうに帰っていったのだ。

汐音がスマホで懐メロの検索をかけながら言う。

「じゃあ次のライブは懐メロを歌うってこと?」

「客の反応がよければ、アイドル部は懐メロ路線でいってもいいんじゃないかと考えてる」

一つ頷いた汐音は猛スピードでスマホを弄る。

次のライブまであまり時間は無い。ダンスレッスン担当の汐音は曲選びに加えダンスの振り付けを考え、メンバーにダンスレッスンまでしなければならないのだ。

汐音に負担をかけているな、とアキは申し訳なく思うのだが、他にダンスに詳しい人がいないので結局は汐音に頼らざるを得ない。がんばれ、とガッツポーズをしながら心の中で汐音へエールを送る。

スマホを見つめたまま、汐音が言う。

「てゆーかさー、いつまでアイドル部アイドル部って言ってんの? いい加減チーム名つけなきゃいけないんじゃん?」

汐音の指摘に納得する一同。そういえば決めてなかったなと渡も腕を組む。何か候補はあるか、とメンバーへ声をかけるが、いきなり候補と言われても何も思いつかない。

そんな中、アキがおずおずと手を上げる。

「あの、なら、ムーラン・ルージュってどうかな?」

「ムーラン・ルージュ?」

「へえ……アキにしてはいい名前考えたじゃん。どうしたの?」

「えっとね、喫茶店でバイトしてるときに……」

あれはアキがアイドルになると決めたのと同じ頃。バイト先の喫茶店で、常連客のマンゴローブがマスターと何やら話をしていたのを何となしに聞いたのがきっかけだった。

かつてマンゴローブの母はアイドルとして活動していたそうなのだが、場所はなんと新宿にあった劇場だそうだ。今は時代が変わって取り壊されてしまったが、秋葉原の会いに行けるアイドルの原点となる、身近に会えるアイドルとして活動していたのがマンゴローブの母ということだった。

懐かしそうに目を細めて話すマンゴローブに、アキはびびっと何かを感じて身を震わせた。アイドルになって実家の温泉を復興させたいと目指し始めた時に、バイト先の常連客の母がかつての会いに行けるアイドルの原点だったと判明する。こんな偶然があるだろうか。

東京テルマエ学園も新宿にある。かつての会いに行けるアイドルが活動した劇場も新宿にあった。かつて華々しく活動していたマンゴローブの母に敬意を示し、そしてアイドルを一目見ようとたくさんの人で賑わった劇場にあやかって、劇場名であるムーラン・ルージュを借りるのはどうかとアキは考えたのだ。

「ふうん。新宿の劇場ねぇ」

「いど思う! ムーラン・ルージュ、響ぎもめんごいね!」

「他んアイドルチームと被らんじゃろうし、個性的やし。よかんじゃなか?」

「懐メロアイドル、ムーラン・ルージュか。よし、それでいこう!」

自身の提案が仲間達に受け入れてもらえて、アキは嬉しそうに微笑んだ。

二郎はさっそくSNSでアイドル部のチーム名が決定したことを焦らしに焦らして発表しようと目論み、八郎は自身の実家へアイドル部のチーム名が決まったから大袈裟に宣伝するよう連絡している。

「1年生にも知らせないとね」

「次のライブのメドレー編成もダンスも歌も、全部覚え直しだね。いそがなきゃ間に合わないよー」

「そうじゃ、次んライブはダンスも歌も全部変わっど! きばらな!」

こうして懐メロアイドル、ムーラン・ルージュが始動したのだけれど。

次の日、汐音が何とか一日でメドレー編成、ダンスの振り付けを完成させ、次のライブでのダンス、チーム名の決定、アイドルとしての方針を1年生に発表したのだが、返ってきたのは初ライブで失敗したことによる2年生への不満と反発だった。

「なんでダンスも歌も全部覚え直しなんですかー!?」

「今から覚え直しって、次のライブまで時間ないじゃないですか!」

「また汐音先輩に文句言われるの嫌です!」

「っていうか、懐メロとかダサくないですか!? なんで流行りの歌にしないんですか、アイドルでしょ!?」

アイドル部は美人が多いが、美人が怒るとかなりの迫力だった。後輩に詰め寄られ、アキはしどろもどろながら一生懸命説明したのだけれど反発は収まらなかった。アキだけでは説得は無理そうだと判断して2年生も渡も八郎まで説得に加わったのだが、1年生の不満はとまらない。この日は話し合いだけで終わってしまった。

不満を露に帰っていった後輩を見送って、アキは思わずダンススタジオの床へ情けなく座り込んだ。

「ううう後輩こわい……」

「今回は時間もねす、みんな怒ってまらぁね……」

「あんだけ汐音にしごかれて覚えたダンスが全部ナシってことが、怒りに火をつけるんでしょうね」

「えーでもさ、誰も初ライブのメドレー編成のまま次のライブやるとか言ってないじゃん。あっちが勝手に思い込んでただけでしょ? こんなことで文句言ってたらダンスなんてやれないよ」

チアダンスでは大会毎に曲もダンスも変えていて、覚えた内容に執着することはない汐音があっけらかんと言い放つ。

「……あんさんはちょっと黙っとこぉや?」

口元を引きつらせながらも笑顔を作る圭はダンスレッスンで汐音と何度も言い合いをしていたのだ、思うところがあるのだろう。圭の笑顔の威圧感に「なに、ほんとのことじゃん」と汐音は唇を尖らせる。

「あいつらを説得するのは骨が折れそうだな……どうする嬢ちゃん」

「うう、文句言われても頑張って説得するしかないよね……」

「アキにとっちゃすっごいレベル高いわね……」

七瀬の言うとおり、自分の意見を貫くことが苦手なアキは1年生を説得できる自信が全くなかった。アキ達2年生で決めたことをどう伝えれば納得してもらえるのだろう。

授業中にもかかわらずうんうん悩むアキは、当然教師に怒られる。ゆかり女史から何度も雷を落とされ、頭を切り替えて授業に集中しようとしても、気がつけば思考は逆戻り。授業を聞いていないことに気づかれて、また怒られる。それの繰り返しだった。

ゆかり女史は1年生の頃からアキの性格を把握しているので仕方が無いなと呆れるだけで済んだが、新任の松永は別だ。授業に集中していないアキを何度も指名し京都風の説教をするのだが、もともと京都独特の説教が理解できていないアキの頭は悩み事でいっぱいなのでちっとも堪えた様子はない。

業を煮やした松永はついに、授業終わり、こめかみを引きつらせながらアキの席へと直接赴いた。

「うちの授業、よっぽどつまらんみたいどすなぁ」

口元を着物の裾で隠し、睨むように見下ろす松永にアキはただ身を小さくさせた。授業に集中できていない自覚はあるのだ。

「松永せんせい……女の子って難しいですね……」

「なんやの、あんさんも性別は女子でしょう」

「そうなんですけど……女の子って集団になったらほんと強いというか怖いというか……」

何かを悩んでいたのは教壇から見ても分かっていたがこうして近くで話すと思っていた以上に憔悴しているアキに、がつんと説教しようと決めていた松永もほんの少しだけ可哀相になって、普段から生徒と世間話なんてしないのだが、少しくらいは話を聞いてやろうと思い直す。

女子は集団になると強いというアキの言葉に、女性に囲まれていた自身の幼い頃を思い出して、それは間違っていないなと視線を反らした。

「まあ、集まったら強かになるんは女子に限った話やおまへんけどね」

「もうどうすればいいのか……」

「授業もろくに聞かれへんくらい悩んではるものねぇ。まあお優しいあんさんはしっかり言い返すこともできひんのやろう」

ちくりと皮肉を挟みつつも自分の意思を強く持つよう伝えるが、京都の言い回しに慣れていないアキは気づかず肩を落とす。

「松永せんせいみたいに強くなりたいです……。っていうかむしろ松永先生が話してくれたらいいんじゃないです? 先生ならきっとみんなも言うこと聞いてくれるし……そうだ、それがいいよ! 松永先生、アイドル部の顧問になってもらえませんか!?」

勢い良く顔を上げたアキは良い事を思いついたとぱちんと両手を打ち鳴らして、期待を込めて松永を見上げる。

突然の懇願に松永は咄嗟に言い返すこともできず、驚いて目を見開いた。

「なんでうちが……そないなことはゆかり先生に言いなや」

「実はゆかり女史にはもう断られまして……」

アキはしょんぼりと項垂れる。

松永が言うまでもなく、ゆかり女史にはすでに相談していた。アキの手には負えないため、ゆかり女史が顧問になって後輩を指導してもらえないかと拝み倒したのだが、彼女は彼女でテレビのコメンテーターや講師の仕事で忙しいらしく、断られてしまったのだ。

「もう松永先生しかいないんです! 先生の強かさで後輩にびしっと指導してもらえませんか? ほんとにほんとにお願いします〜!」

いい返事が貰えるまで離さないと言うように松永の着物の裾をぎゅっと両手で握りしめて縋りついてくるアキに怯んだ松永は、着物で隠したままの口元が引き攣るのがわかった。誰かアキを止めてくれないかと周囲へ視線を巡らせるが、アイドル部のメンバーが二人を取り囲み、期待するように松永を見つめていた。

逃げられないことに気づいてアキへと視線を戻すと、こちらはこちらで必死に松永を見上げている。まるで捨てられた子猫のように見つめられ、松永は困惑して、口元を隠していた着物の裾を引き上げて情けない顔を見られないようにすることしかできなかった。

終わり