【小説】東京テルマエ学園 第2章 15話「テルマエ学園に新米教師現る」 後編

「二週間後にレセプションだな……お前ら、何やるか決めたのか?」

新入生と二期生が混在し、ぎゅうぎゅう詰めの食堂で渡に声をかけられた。

その途端、周囲から刺すような視線が飛んできて、七瀬は身震いした。

渡は既に新入生達の間では、この学園で一番かっこいい先輩として認知され、ファンクラブの会員も着実に増加しているとか、していないとか。

渡はアイドル部のマネージャーを買って出てくれている。

アキ達だけではどうにも心配だからという話だが、七瀬は下心ありありなのを見抜いていた。

レセプションでは各部活の発表がある。運動系の部活は、グラウンドや体育館など目立つ場所で活動をしているから興味がある生徒は自ずと足を運んでいる。しかし文科系の部活ともなれば、正直、どこで何をしているのか分からない。

かく言うアイドル部は、現在鏡張りのスタジオを使ってダンスの練習をしているが、見学者は一人もいない。

よって文科系の部活は、歓迎会に全てをかけているといっても良い。

去年に引き続き今年も補助金を出してもらって好きなことをやれるとなれば、皆必死になるのも当然だった。

「渡も、やっぱり今のままじゃダメだと思う? この6人じゃ何か足りないって」

七瀬が席をひとつずらすと、開いたところに渡が座る。

「アイドル甲子園で上位狙うなら、もう少し層が厚い方がいいんじゃないか? 今はダンスが上手い汐音がチームを引っ張ってるけど、歌が上手い奴がいないだろう。せめてあと10人くらいいてもいい気はする。多くなったらなったで、チーム分けりゃいいんだし。だから勧誘には力を入れた方がいい」

「そうだよね、賑やかな方がいいよね! ……目立たなくて済むし」

「アキぢゃんはすぐそだこと言って」

涼香が呆れたようにため息をつく。

「それなのによくまァ頑張ってるよ、アキの嬢ちゃんは」

「えへへ、皆がいてくれるから頑張れるんだよ!」

「嬉しいこと言ってくれるねェ、このォ!」

わしゃわしゃと頭を撫でられたアキは照れ臭そうに笑った。

「とにかく、部の紹介するだけじゃスルーされるだろうから、何か印象に残るようなことやらないとな」

アキは少し考えた後、はっと閃いた。

「学園ライブとかどうかな?」

「地獄のダンスレッスンを受けた身としては、歌よりも適当な曲に合わせて踊る方がありがてェけどなァ」

皆、不平不満を言いながらも汐音の特訓に耐え抜いた。晴れてアキをリーダーに据えられたのは良いが、その後特に目覚ましい活動はなかった。

というのも、今のところ持ち歌もなければ、自分達の曲もない。

練習しようにも、結局ダンス漬けとなってしまうのだ。

悩む6人の横で焼肉定食を頬張っていた萌が訊ねる。講義以外はスケボ漬けだが、普段一緒に行動するのは変わらない。

「涼香は高校ん時バンドやってたんでしょ。歌えるんじゃないの?」

「そうじゃん。学園祭の時もエキセントリックなギターの腕前披露してくれたもんね。で、この世界の美少女汐音ちゃんとのダンスコラボが実現したってわけよ!」

「どうかな、涼香ちゃん!」

アキが瞳を輝かせて涼香を見つめる。涼香はついその手を取りぎゅっと握った。

「えーっ、でもわだすなんかでいいの?」

歌えないこともないけど、と涼香は口ごもった。

「練習する時間はあんまりないから、ボーカルは歌い慣れてる人の方がいいんじゃないの?」

七瀬もアキの後押しをする。

「でもぉ……わだすが得意なのは……」

涼香はアキの手をにぎにぎしながら、耳まで赤くして俯いた。

「得意なのは?」

「その……ラッ――ヒップホップで」

似合わないでしょ、と涼香は恥ずかしそうにする。

だが他のメンバーにしてみれば、ボーカルを務めてくれるだけでもありがたい。

そこで渡がまとめた。

「方向性としては、涼香がギターとボーカル担当、他はバックダンサーって感じか?」

「そうだね、それでいこう」

「曲はどうする?」

「実はわたし、曲の当てがあるんだ」

「どういうこと?」

七瀬の問いに、アキは得意げに胸を張る。

「竜馬さんが私達の為に、曲を提供してくれることになってるの!」

「へー……すごいじゃん」

作曲もできるなんて、と七瀬が感心している横で、渡は面白くなさそうにしている。

それに気づいた七瀬は笑った。

「そうだ。部の紹介の時に渡が一言喋ってくれれば、それだけで五人くらいは釣れるんじゃない?」

「そんなわけないだろ」

「現に、今も視線集めまくりじゃない」

人が通るたび、ちらちらとアキ達の席を見ていく。

間違いなく注目されていた。

「あのな、それはお前らが……」

「わたし達が何?」

「かわい――アイドル集団……だからだろ」

何故か言いなおし、渡は自分の言葉が急に恥ずかしくなった。

「ふーん」

「……何だよ」

「別に?」

ニヤニヤするアキと七瀬に渡は居心地が悪くなる。

「この前言っただろうが。黙ってれば顔面偏差値高いって。特にアキの実情知ったらみんな幻滅するね。賭けてもいい」

アキはむっとした。

「そっちこそね! 失言王の渡が部の紹介なんてしたら、アイドル部が誤解されちゃう!」

「俺がいつ失言したんだよ! 俺が失言王ならアキは能天気王だろうが」

「ノー天気じゃないもん!」

「ハイハイ、失言王も能天気王も落ち着こう。とにかく、渡は顔がいい。私達も黙っていれば可愛い。失言しようが何しようが、人を集めるには十分よ」

「七瀬も、何気に酷いね……」

アキ達は顔を見合わせ笑い合った。

後日、竜馬から新曲のデータを貰ったアキが部活にそれを持ち込んだ。

渡が用意したパソコンを前に皆でそれを聞く。

一体どんな曲を作ってくれたのか期待に胸を膨らませる一同の耳に、アップテンポのイントロが流れ込む。

ノリの良いリズムと音調はすんなりと耳に馴染む。キャッチーなメロディーの後、リズムが変わる。

「えっ」

「これって……」

戸惑いの声が上がった。

「ラップ調っぽいな」

淡々と渡が言う。

「待って待って。こんなの、涼香歌える? ラップなんてちょー難しいじゃん。涼香には無理なんじゃ……」

汐音は涼香を見た。

この清楚でおっとりした少女がラップを歌えるとはとても思えない。

高校時代ガールズバンドを組んでいたし、ヒップホップが得意だと言っていたが果たして。

汐音としては、涼香に似合うのはギターよりも三味線だし、民謡や演歌というイメージなのだ。学園祭であれほどロックな姿を見ていたとしても。

涼香は無言だ。

ただ真剣に曲を聞いていた。空いた両手は、ギターを構える格好で。空でコードを抑える素振りをする。

「ダンスの振り付けはわたしが何とか考えるとして、ラップは無理じゃない? ちょっとラップのところだけ変えて――」

汐音が務めて明るく提案するのを遮ったのは、無言を貫いていた涼香だった。

「――たう」

「……え?」

「わだす、歌う」

「大丈夫? だってラップだよ。ラップって下手な人がやるとお経みたいになっちゃうんだよ? このライブで失敗したら、アイドル部に入ってくる子が渡目当てのパリピばっかりになっちゃうかもしれないし……」

「俺目当てのパリピってなんだよ」

心配そうな周囲をよそに、涼香は大丈夫だと頷いた。

涼香がそういうなら、と皆で曲に歌詞をつける。

今の気持ち、伝えたいもの、それぞれ考えてきたことを出し合い唄になっていく。

歌詞が完成し、アキは涼香を見つめた。

「どう、かな。涼香ちゃん、今すぐ歌えそう?」

「うん。アキぢゃん、聞いでで」

頷いて、アキ達は思わず姿勢を正した。

ギターの腕前は知っているが、涼香の歌声を聴くのは初めてだ。

アップテンポのイントロが流れ、重厚な低音のリズムが鳴る。

涼香は息を吸う。そして。

――空気が痺れた。

「えっ…」

「うそ…」

心配は杞憂だと知る。

プロだ、と言われても納得できた。

耳に残るキャッチーなサビメロを歌い上げ、リズムが変わってラップ調へ移る。

それも最高にクールでかっこいい。

普段の訛りはどこへ行ったのか、歌っている間の涼香は全く訛っていないし、絶対の自信に溢れていた。

涼香の声が、身体を迸る。

――熱い。

――身体の芯が、熱い。

鼓動が逸る。脈打って、指先までじんとする。

無性に叫び出したい、走り出したくなる。

次々と沸き上がるこの感情は一体何だろう。

涼香の声に身体が疼く。

歌い終わったところで、その場は水を打ったような静けさに包まれた。

「えっと……どう、だった……?」

おずおずと涼香が訊ねたところで、ようやくアキ達は息を吐きだした。そして、わっと歓声が上がる。

「凄いよ! 正直ラップとかよく分かんないけど、なんか、すごい刺さった!」

汐音も感嘆する。

「涼香の歌も凄かったけど、この曲作った人も凄すぎ。竜馬さんって一体何者なの?」

「わたしもよく分からないんだけど、趣味でバンドやってるって言ってたよ。何だっけ、インディーズのバンド?」

「バンドの名前は?」

スマホで検索をかけようとする汐音だったが、アキは首を傾げた。

「聞いたけど、忘れちゃった」

汐音は苦笑した。

「そんなんでよく曲提供のお願いしたねえアキ。せめてどんな音楽性のバンドかくらい調べるもんじゃないの? リーダーなんだし」

リーダーの部分をやたら強調され、アキはしおれた。

渡が口を挟む。

「汐音、言っとくがこいつにリーダー要素期待しても無駄だと思うぞ。なんせ三歩歩けば全部忘れる鳥頭で、猿並の知能しかない能天気王だからな」

「鳥頭じゃないもん! 覚えることが沢山あるから忘れちゃうだけだもん!」

言いながら、アキはぽかぽか渡を叩く。

大して痛くもない攻撃を受け流し、渡は皆に向き合った。

「リーダー(仮)として、一応チームの為に曲頼んだだけでも、大したもんだって思ってやってくれ」

それでもどこか不満げな汐音に穂波が更に言葉を重ねる。

「まあまあ、いいじゃねェか。これだけ粋な曲くれるってこたァ、そのバンドも相当なもンでェ。涼香もラップが得意だったみてェだし、結果オーライだ」

「まあいいけどさぁ……これ、ライブでやれば多分盛り上がるだろうし。あとはダンスだよね。振り付け明日までに考えとくから、今日はとりあえず基礎練やって終わりにしよう」

特訓の成果か、汐音が作ったメニューは皆一通りできるようになっていた。

二時間ほど練習をして、アキと汐音はバイト、穂波と圭はもう十分だとばかりに部屋に戻り、涼香もギターの練習がしたいからと言ってレッスンルームを出て行った。

七瀬もアキと共に一旦部屋を出たが、廊下の途中で立ち止まる。

アキが振り返る。

「七瀬、どうしたの?」

「ごめん、ちょっと忘れ物。取りに行ってくるから、先に部屋戻ってて」

「えー、大丈夫だよ、待ってるよ」

「あんたはバイトでしょ。わたしを待ってたら遅刻するよ。ほら、こんなとこで突っ立ってないで走った走った!」

そうだった、とアキは慌て始める。踵を返したアキに向かって、七瀬が声をかける。

「ちゃんとシャワー浴びて、着替えて、お化粧して行きなよ。一応接客業なんだし」

「分かってるよぉー!」

転げるように廊下を走り、エレベーターを目指すアキに思わず笑みがこぼれる。

「大丈夫かな、ほんとに……」

七瀬がレッスンルームに引き返すと、まだ渡が残っていた。

何やら真剣な表情でノートパソコンの画面を見つめていて、一向に戻った七瀬に気づく様子はない。

実は、ライブステージの演出などは渡が考えてくれていた。渡の提案をアキから皆に伝え、皆がそれを了承する。

自分達だけでは客観的に判断できないので、正直大変助かっている。

七瀬はそっとレッスンルームを出ると、近くの自動販売機で炭酸ジュースとコーヒーを買った。

炭酸を思いきり振った後、渡の首筋にそれを押し当てた。

「お疲れ」

「うわ!? なんだ、七瀬か。驚かせんな」

「ごめん、そんなに驚くなんて思わなかった」

元々水分補給の為に持参していたスポーツ飲料を飲み、七瀬は笑った。

「渡って、アキの前以外だと結構ポーカーフェイスだから、ちょっと意外」

これ差し入れ、そう言って渡に炭酸飲料を渡した。

「サンキュー……!?」

ぷしゅっと音を立てて炭酸が吹きあがる。渡の顔に飛沫が飛んで、手はべとべとになる。幸い、パソコンにはかからなかったものの、床は見事にびしょ濡れだ。

「お前なー!」

「ごめーん、間違えた。本当はこっち」

七瀬は溢れた炭酸ジュースを回収して、コーヒーを手渡した。

「あのなぁ……」

呆れた視線を向けられたが、七瀬が動じることはない。

「てか、どうしたんだ。何か忘れ物?」

「まあ、そんなところ」

そう言って、七瀬は渡のパソコンのマウスを奪う。

ファイルをクリックしていくと先ほどの曲のデータが、既にパソコンの中には取り込まれているのを発見する。

ライブの演出を考える都合上必要だったのだろう。

「さっきの涼香の歌、もしかしなくても録音してたんでしょ? もう取り込んだ?」

「気づいてたか? 今やってるところだよ」

「流石。仕事早い」

「ところで忘れ物って何だ?」

「んー……? ダンス練習?」

「あれだけやって、まだやるのか?」

「私に今出来るのって、それくらいだからねぇ」

言って、七瀬は竜馬作の曲を流しそれに合わせて練習メニューを始めた。

七瀬はいつも『及ばない』のだ。

一番になれず、大抵二番。

姉の方が綺麗で可愛らしく、幼馴染の方が素直で純真。

大好きな姉、大好きな幼馴染であっても比較の対象にされると心に影が差す。

ルームメイト達はそれぞれ凄い特技があって、周囲をあっと驚かせる。七瀬もそれなりに形にはできるが、極めるには及ばない。

本当に好きになった人も、こちらを振り向いてくれることはない。

だから、七瀬がやれることは努力を重ねることだけ。

一曲終えたところで、七瀬は床に座り込んでタオルで汗を拭く。

「渡さぁ、アキに好きって言わないの?」

貰ったコーヒーを口に含んでいた渡は、霧状にそれを吹き出した。

「な、馬鹿。突然何言って――」

「好きなんでしょ。見てれば分かるよ」

「は、誰があんな猿――俺にそんな趣味はない」

「何それ。小学生じゃあるまいし。正直、ちょー分かりやすい態度だけど、アキはちゃんと言わないと分からないよー。そういうことに疎いから」

これで告白してくれないかな、と七瀬は思う。

そして、思いきり振られてくれたら。

少しは七瀬が渡を見ていることに、気づいてくれるのではないかと。

今のままでは、渡の視線はずっとアキに向けられたまま――。

胸が、苦しい。

「それとも、告白なんてしたことないとか? 顔がいいから勝手にみんな寄ってきましたーっていうヤツ?」

笑って茶化せば渡は黙る。

それを肯定と受け取って七瀬は続ける。

「女には苦労してこなかったから、今更どうやって口説けばいいか分からない?」

「……だったらどうだって言うんだよ」

「練習でもしてみたら?」

「どうやって」

七瀬は立ち上がり、ぼやく渡のネクタイをぐいっと掴んで引き寄せる。更に壁際に追い詰められ、ドンッと腕と足で身体を縫い留められた。

間近に互いの顔があり、吐息がかかった。

七瀬はじっと渡の顔を見上げ、囁くように言った。

「――好きだ。オレのものになれよ」

「――!?」

七瀬はクラス一の美少女だ。

その美少女が吐いた言葉は渡を動揺させるに十分すぎた。

勢いあまって頷いてしまいそうになったが、これは演技なのだろうと考え直す。

そういえば女優志望だったなと思い返し、嘆息する。

「どう? ドキッとした? こういうシチュエーション、よく少女漫画とかにあるから練習にはいいんじゃないかと思って」

「ふざけんなよ……。俺だからいいけど、他のヤツに絶対やるなよ」

「やらないよ」

あっけらかんと笑う七瀬に渡は溜息をつく。

「大体、好きだとか軽々しく言うもんじゃ……」

口ごもる渡がおかしくて、七瀬はまた笑った。

「ははーん、恋愛童貞かー」

それは否定できなかった。

学園ライブから数日後。

アイドル部部室には20人の新入部員が集まっていた。

アキは知らなかったのだが、竜馬は巷では有名なインディーズバンドだったらしい。その名も『ドラゴン坊主』、通称ドラボ。

「ドラボの竜馬が曲提供してくれたらしいよ」

「ライブの曲めっちゃかっこよかった、流石竜馬」

「ここに入れば竜馬に会えるって――」

「マネージャーの渡先輩がかっこよくてさ――」

「渡先輩のファンクラブもここには手出しできないから――」

様々な声があったが、大半は竜馬の曲に釣られ、それ以外は渡に釣られ、肝心の曲とダンスに釣られたのが残りの数人だった。

とりあえず沢山の部員が集まってくれ、学園ライブは成功としたと言ってよかった。

しかし問題はここからだ。

入部後、地獄のダンスレッスンが待っているのを、1年生はまだ知らない。

つづく