【小説】東京テルマエ学園 第1章14話 「アイドル甲子園への道」後編

「いやよ」

「ごめーん、無理!」

穂波に言われたとおり、なんとか放課後いつものメンバーを教室に集め、アイドルチームのメンバーに入ってくれないかと頭を下げたところ、優奈と萌はきっぱりと断って、アキはがくりと肩を落とした。教壇から縋るように穂波を見れば、苦笑しながら立ち上がる。

「アイドルチームだぜ? 滅多にできることじゃなし、やってみてもいいんじゃねェか?」

「いやよ面倒くさい。やりたいヤツだけがやればいいじゃない。最近は指名が多くて忙しいの、あんたも知ってるでしょ?」

「まァなァ。萌はどうだい?」

「私も無理だよぉー! スケボの練習でアイドルなんてやってる暇ないってば。やりたい人だけやればいいって優奈の意見、さんせーい!」

「話は終わり? じゃあ私、バイトあるから」

「ごめんね、私も練習行ってくる! みんな、アイドル頑張ってねー!」

話もそこそこに、手早く荷物をまとめた二人は慌しく教室を出て行った。取り付く暇も無い、というのはこういう事かとアキはため息をつく。穂波もここまできっぱりと断られてしまってはどうしようもないと肩をすくめてみせる。

「てゆーかさぁ、なんでアキがリーダーやるって話になってんの? それ、あたし聞いてないんだけど!」

不満そうに声を上げたのは汐音だった。オロオロするアキの隣で、やっぱりきたか、と七瀬が口を開く。

「アキがアイドルチームに入ってって声かけてるんだから、アキのチームってことでしょ? ならアキがリーダーになるのが当然じゃない?」

「えー何それ。ゆかり先生は、このC組を中心にチームを作るって言ったでしょ? アキが声かけたからアキのチームって、それはおかしくない?」

唇を尖らせた汐音は立ち上がって、メンバーへちらりと意味ありげに目配せした。

「C組を中心にチームを作るんなら、リーダーだってダンス経験があるあたしの方がいいと思うなー」

アキと汐音なら、学園祭でもクラスを引っ張った汐音に軍配が上がるのではないかと汐音は期待しているらしい。七瀬は大げさにため息をついてみせた。

「それを言ったら、あんた以外にリーダーになれる人いないじゃない。それにあんたがリーダーになったら、学園祭のときみたいに一人で突っ走って大変なことになりそうなんだけど」

「大丈夫だよー、みんなに合わせてレベル下げてあげるってば。でも今度はテレビ出るんでしょ? 学園祭の比じゃないくらい練習しないと、悲惨な姿を全国で放送されちゃうよ?」

統制のとれてないアイドルほどみっともないものないよねぇと汐音は続ける。汐音の言うことは正論だが、それは汐音がリーダーでなくともいい話だ。ダンスの練習をするにしても、汐音がリーダーでなければできない理由は無い。

汐音と七瀬の対立を戸惑いながら見つめていた涼香の隣で、黙っていた圭が静かに立ち上がる。

「あた、なんでリーダーになろごたっと?」

「え? だから、あたしがリーダーやった方がダンス経験もあるし、みんなを引っ張っていけるじゃんって」

「そうじゃなか。リーダーになった時んメリットじゃなくて、リーダーになろごたっ理由を聞いちょっと」

「理由かー。みんなよりも目立ちたいからかなぁ?」

「正直すぎる……」

「そんなこったろうと思ったよ」

ようやく出た汐音の本音に、穂波と七瀬は呆れ顔だ。圭は、心配そうに成り行きを見守っていたアキへ視線を移す。

「アキ。アキはなんでリーダーになろごったと?」

真剣な目で見つめられて、アキはぎゅっと手を握り締めた。汐音の反発は予想していたはずだが、実際に反発されてしまうとつい萎縮してしまっていた。

みんなよりも目立ちたいと汐音は言った。そんな理由だけでリーダーという役を譲るわけにはいかない。汐音の性格上、自分についてこれないメンバーやトラブルを起こしたメンバーは容赦なく切り捨てるだろうことはわかっているのだ。

圭につられ、汐音も七瀬も穂波も涼香も、みんなアキを見ている。注目されることが苦手な体は一度大きく震えてしまったが、アキは大きく息を吸って、口を開いた。

「わたしはリーダーになりたいわけじゃない。正直人前に出るのは苦手だし、リーダーをめぐってみんなと喧嘩になるのもイヤだし、だったらリーダーやりたい人がすればいいのにって思ってる。でも!」

震える両手をぎゅっと握り、アキは顔を上げた。みんなの顔を見渡して、言葉に思いを込める。

「わたしはどんなことがあってもみんなを守りたい。アイドルっていう知らない世界に入っていくんだもん、これからいろんなことがあると思う。つらいことも、悲しいことだって。その時に、アイドル辞めるってことにならないように、わたしがみんなを守るから。そのためには一メンバーじゃなくて、力のあるリーダーっていう役職がほしい。だからわたしはリーダーになりたいの。みんなの前に立たせてもらうのは、ちょっと心苦しいけど……」

我侭を言ってごめんなさい、と俯いたアキへ、尋ねた圭は優しく微笑む。

「私は、アキが守ってくるってわかっちょっで、ようわからんアイドルでもなってんよかかなて思うたんじゃ。アキがリーダーじゃなかと嫌じゃ」

「わっ、わだすも! アギぢゃんが困ってらはんで、手伝うべど思ったの。アギぢゃんのおうぢの復興のお手伝いになるだば、わだすもけっぱるべがなって思ったんだよ!」

「圭ちゃん、涼香ちゃん……!」

圭に続き、みんなの前で声を上げることが苦手な涼香さえも、立ち上がって教壇にいたアキのそばへ行き、ぎゅっと手を繋いで応援してくれる。

手を取り合う三人を見ながら、七瀬が言う。

「目立ちたいからリーダーやりたいって人と、メンバーを守りたいからリーダーやりたいって人と。メンバーがどっちを選ぶかなんて、分かりきってるわよね?」

「えー、正直に話したのにそんな事言う? あたしだってメンバーを守ってあげようって気持ちはあるよ!」

「じゃあ、私が男性との熱愛がスクープされたらあんたは体張って守ってくれるの?」

「ええー……それは状況にもよるんじゃないの? アイドルに熱愛発覚はご法度だし、七瀬が脱退した方がチームとして丸く収まるならそうした方がいいんじゃん?」

メンバーよりもチームの存続を優先した汐音の言葉に、七瀬が何かを言う前にアキがとんでもないと首を振る。

「脱退なんてイヤだよ! 私が頭下げるだけで七瀬がチームに残れるなら、いくらでも謝るよ!」

一方アキはチームの存続も大事だけれどメンバーを優先してみせた。アキの必死な表情に面食らった汐音は思わず口を噤み、七瀬は照れ臭そうにそっぽを向く。くすっと穂波が肩を揺らして笑った。

「ほらな。リーダーってのは、メンバーを大事に思うヤツがなるべきじゃねェかい?」

その場にいる全員がアキの味方をしているように思えて、汐音は悔しくて小さく唸った。みんなの言っていることは理解できるが、汐音の性格上素直にリーダーを譲るのは嫌で仕方ない。

「うー、それでもアキがリーダーするのは反対! あたしがリーダーやりたい!!」

駄々をこねる汐音に、穂波と七瀬はため息をつく。どうしたもんかね、と腕を組む穂波をよそに、汐音はアキを睨みつける。

「どーしてもリーダーやりたいっていうなら、あたしのダンスレッスンに耐えてみなよ!!」

「ええ!?」

「リーダーになるってことはみんなの前に立つってこと! メンバーのど真ん中にいる人がダンス下手だと笑えないでしょ! アキがあたしのレッスンに耐えて、カッコよく踊れるようになるならリーダー譲るよ! でもちゃんと踊れないなら、あたしがセンターやる! それでどう!?」

「ちょっと汐音。あんたいい加減にしなさいよ!」

無茶苦茶な汐音の要求に、ついに七瀬が声を荒げた。それでも汐音はむっと唇をへの字にしてアキを睨む。

汐音なりの最大の譲歩を感じたアキは、内容には大きな不安を覚えたものの力強く頷いた。

「いいよ! わたしがんばる! 汐音ちゃんにリーダーになってもいいって思ってもらえるようにがんばるから!」

「そうこなくっちゃ! 負けないよアキ!」

アキの返事に気をよくして汐音はぱちんと両手を叩いた。そのままアキへ近づいて、アキと拳を突き合わせる。「なんでそうなるのよ」と頭痛を堪えるように頭を抱えた七瀬の横で、穂波は呆れたようにため息をついた。

「少年漫画かよ」

一連の流れを黙って見守っていた穂波は汐音のあまりの噛ませ犬っぷりに思わず突っ込んでしまったが、誰も聞いていなかった。

「温泉専門学校からアイドルを出すとか、あの学園長、すごいこと考えるな」

「笑い事じゃないですよぉ~」

面白そうにくっくっと喉を鳴らす竜馬に、退店した客の食器を片付けながらアキは肩を落とす。バイト中もそわそわとどこか落ち着かないアキへどうかしたのかと声をかけてきた竜馬にアイドルの件を話したのだ。まさか笑われるとは思わなかったけれど。こちらは真剣に悩んでいるのに。

竜馬のアキに対する態度が初めて会ったときよりもずっと適当になっているような気がする。最初は変なバイトをやろうとするアキを止めてくれた優しいお兄さんだったのに、バイトでアキと接するにつれて段々と態度が横柄になっているような。

お客さん相手にはにこやかな優しいお兄さんのままなので、きっとアキに見せる姿が竜馬の素なのだろう。気を許されているようで嬉しいけれど、それでも悩みを笑うことはないと思う!

むくれるアキに悪い悪いと軽く謝って、竜馬は首を傾げる。

「その汐音って子とダンス対決だっけ?」

「対決じゃなくって、わたしが汐音ちゃんのダンスレッスンに耐えることができたらリーダーって認めてもらえるんです!」

「ふぅん? それは、随分と汐音って子に有利な条件だな」

竜馬は磨いていたガラスに曇りが無いか覗き込む。落とされた言葉に、アキはトレイに乗せた食器をシンクへ運びながら続きを待った。

今まではよく食器を割っていたが近頃はようやく割る頻度が落ちて、今も食器を割ることなくシンクの水桶へ漬けることができてアキ自身もほっとする。

「アキちゃんは耐えられなかったら負けなんだろ? ダンス経験者なら、人がついてこれないボーダーラインをよくわかってるはずだ。断然、汐音って子が有利じゃねえか」

「あ、そうか……ううう、怖くなってきたぁ」

ふう、と息を吹きかけてグラス磨きを再開した竜馬の隣へ移動して、アキも手伝おうとグラスへ手を伸ばしたが、やんわりと竜馬に止められた。食器を割る頻度は下がったとはいえ、まだグラスを磨かせるのは危ない、と判断したのだろう。

代わりに珈琲の淹れ方についての説明書を渡され、アキはそれを読みながら珈琲を淹れる準備を始める。バイトにも慣れてきたけれど、アキはまだお客に出せるような珈琲は淹れられないのだ。練習あるのみ。

「がんばるのもいいけど、あんま無理すんなよ。駄目なリーダーだからこそ逆にまとまったりするしな」

不器用でも努力しようとする姿勢は好感が持てるものだ。竜馬は頭一つ分小さなアキを見下ろして、優しく笑った。

バイトでもずっと見ていたけれど、アキは無理だと言いつつ、努力してそれを成し遂げようとする。前向きで頑張り屋なのはいいが、アキの場合、頑張り過ぎることがあるのが欠点だ。

「聞く限りみんなお前を頼ってっけど、お前は誰にも頼らない。限界までやろうとするよな。それじゃしんどいんじゃないか?」

竜馬はバイトでのアキしか知らないが、頑張り過ぎて自分の許容量を大幅に越えてしまうきらいがあることに気づいていた。

うちの喫茶店はあまり混雑しないが昼時や休日はそれなりにお客が入る。オーダーされた料理やドリンクを作ることに集中していたせいでアキが一人で客への配膳、注文、片付け、レジをこなしていたことがあった。

忙しいせいでそれなりにミスもあったが、混雑する時間帯の接客をたった一人で乗り切った。竜馬はそれは確かにすごいなと思ったが、ヘルプを呼ばなかったことの方が引っ掛かった。

アキになぜ呼ばなかったのかと尋ねれば「竜馬さんも忙しそうだったから」と笑っていた。アキの友人ならば困ったらすぐに呼ぶように言い聞かせるのだろうが、竜馬は逆に、言われなければ頑張ってしまうアキが心配になった。

「しんどいと思ったらここに来いよ。のんびり珈琲でも飲んで休憩して。そんでまた頑張ればいいだろ」

竜馬の気遣いが嬉しくて、自分のことを見てもらえていた事が嬉しくてアキはじんわりと顔を赤くする。

「あ、ありがとう、ございます……」

恥ずかしそうに俯くアキは、突然褒められて頭の中が真っ白だ。礼を言うだけで精一杯で、竜馬が初心だなとおかしそうに笑っていたことにも気づかなかった。

綺麗に磨いたグラスを棚へ逆さに置きながら、竜馬は続ける。

「アイドルやるならバイトはどうするんだ?」

「い、今よりシフトは減ると思いますけどバイトは続けますよ! お金がないのは変わりないので……」

「そうか。会えないとなると、さみしいもんだな」

頭を振って練習に集中しようと、マスターが焙煎して挽いたコーヒー豆の粉を特別なスプーンで珈琲フィルターに入れようとしたら、竜馬の思わぬ言葉に、粉を盛大にカウンターへぶちまけてしまった。

アキは慌てて隣の竜馬を見上げるが、何事もないように次のグラスを磨いている。アキのシフトが減って顔を合わせるのも少なくなるのだ、言葉通りの意味なのだろう。

「りょ、竜馬さんったら! そーゆー事言ってると勘違いされちゃいますよ!」

危なかったうっかり勘違いしそうだった、と心の中で呟いたアキは、笑いながら竜馬の腕をぽんと叩く。竜馬は不思議そうにアキを見下ろし、何気なく口にした自分の言葉の意味を考えて意地悪そうに口元を引き上げた。

「なんだ、初心なアキちゃんは勘違いしそうになったって?」

「ち、違いますぅー! 誰にでもそーゆー事言ってたら、本当に好きな人に信じてもらえませんよって言いたいんですぅー!」

「好きな奴なんていないよ。俺はお客さんみんなの恋人だからな?」

「確かに、ここの常連の女の人の大半はそうでしょうけど!」

「失礼だな、ライブに来るお客さんの大半だって俺のファンだよ」

「ほ、他のメンバーのファンかもしれないじゃないですか!」

「いーや、大半が俺のファンだね」

「すっごい自信!」

「自信がなけりゃバンドマンなんてやってられませんー」

楽しそうに軽口を叩く竜馬をこっそり見上げながら、竜馬と会う機会が減ってさみしいのは自分の方だとアキはため息をつく。自分でアイドルになると決めたはいいけれど、竜馬と会えないのは正直さみしい。

店の扉が軽やかな音で開かれて、アキはすぐさまいらっしゃいませと声を上げるが、声が裏返ってしまって竜馬がぷっと吹き出した。メニュー表を手にお客のところへ行こうとすると、手早くグラスを片付けた竜馬の静かな声に引き止められる。

「あ、アキちゃん」

「はーい?」

「無事にリーダーになれたら、俺が曲書いてやるよ。頑張りすぎないように頑張りな」

作曲、と聞いて、そういえば竜馬はバンドで歌っている曲を自分で作っているのだと前に話してくれたことを思い出した。竜馬の作ってくれた曲を歌って踊る。想像すればあまりにも素敵すぎて、アキの表情も明るくなった。

「はい! ありがとうございます!」

満面の笑みで返事をするアキに、来客準備をしながら竜馬は付け足す。

「それから、オーダーが終わったら散らかした珈琲の粉、片付けといてな」

「はぁい……」

ぶちまけてしまった粉を片付けていなかったことに気づき、アキは大げさに肩を落とした。ころころ変わるアキの表情に楽しげに笑った竜馬は、追加で焼いていた焼きプリンを確認しにオーブンへと足を向けた。

終わり