【小説】東京テルマエ学園 第1章13話 「学園アイドル誕生」

2月中旬、河津桜は丁度満開になっていた。

河沿いの菜の花の黄色と桜のコントラストが綺麗だ。夜はこの桜並木がライトアップされて幻想的な風景を見せる。SNS映えすることから、観光客からも好評らしい。現に、それを目当てにか大勢の人達で道は込み合っていた。近くにある温泉宿はどれも満室らしく、アキの地元、渋温泉と比べるとその盛況ぶりは一目瞭然であった。

渋温泉もこの時期はスキー客で賑わうし、地獄谷野猿公苑の温泉に浸かる猿を見物に来る客で込み合うが、それと遜色ないかそれ以上に河津桜目当ての見物客がいるように見える。割合的にはカップルが多く、それに次いで家族連れ、それから団体客だろうか。

なんともロマンティックな景色だし、恋人がいたならば二人で散策するのも悪くないだろう。ただ悲しいかな、プライベートで来ているわけではなく、残念ながら素敵な恋人もいない。現実とは無情である。

アキ達は伊豆・赤沢温泉のリゾートホテルに研修に来ているのだ。このホテルは、リゾートウエディングも手掛けており、特に河津桜が咲くこの時期は人気が高い。

経営には何とあの有名な大手化粧品メーカーが携わっている。どれくらい有名かと言うと、テレビでそのCMを見ない日はないほど。化粧品に少々疎いアキですらその名前を聞いたことがあった。

ホテルは、そのエントランスから豪華だった。

ホールを見上げれば眩いばかりのシャンデリアが、英国の宮殿風に真紅の絨毯の敷かれた中央の階段を照らし、そこから純白のドレスに身を包んだ新婦が新郎と共に降りてくる。長いトレーンが尾を引いて花嫁のバックスタイルが抜群に美しい。周囲から祝福の言葉と共に拍手喝采が巻き起こる。

ああ、これこそ憧れのリゾートウエディング!

アキはうっとりとその様子を見て呟いた。

「いいなあ……素敵だなあ」

いつかは自分も、とつい想像してしまうのは、やはりアキも女子というものである。

頭の中で想像を膨らませ、バージンロードを歩くアキを待つ男性を想像する。

すらりと背が高くて。

日焼けした肌の。

笑うと白い歯が覗く素敵な男性――。

(それじゃあまるで竜馬さんみたいだ)

そこまで考えて、アキは顔を火照らせた。

隣のアキに熱っぽい視線を向け、涼香がうっとりと呟く。

「アキちゃんに似合いそうだなぁ」

「あら、涼香だってきっと似合うわよ?」

「へ? わだすが?」

リゾートホテルのウエディングプランナー兼、今回の研修の講師である小島が、涼香に向けてウインクをした。涼香は耳まで赤くなって、上目遣いにアキを見上げた。

「そ、そうがな……ま、まあ、ペアルックも悪げねぇげど――」

「涼香ちゃんはマーメイドドレスも似合うと思うよ」

にっこり笑って返すと、涼香は恥ずかしそうに俯いた。

花嫁のブーケトスが行われるのを尻目に、さて、と小島は生徒達に向き合った。

「夢を叶えるお手伝いをする、それが私達のお仕事です。ただ、夢を叶えるまでには入念な打ち合わせ、お客様のニーズの把握が必要不可欠です。幸せなお二人の門出を祝う為、なるべくご希望に沿うようプランを立て、ご提案していくこと。それから私が一番大切だと考えるのは、ときめくか、ときめかないかということね」

「ときめきねえ……」

いまいちピンとこないのか、渡が呟いた。

ふと思い浮かんだ妄想相手が何故かいつも口喧嘩ばかりしているあのアキで、渡はそれを振り払うように、慌てて手を振った。

ないないない。手近な者なら誰でもよかったにしたって、よりにもよってあいつとは――。

ちなみに、傍から見ると、ひとりで空を引っ掻きまわしている相当おかしなヤツであることに渡は気づいていない。

「何やってんの。虫でも飛んでた?」

アキが小声で訊ねる。見られていたのだと知って、渡は動揺して適当なことを口走った。

「アキが猿と結婚するところが浮かんでさ」

「えーいくら何でも酷い!」

膨れるアキに、講師は笑みを浮かべた。

「温水さんはお猿さんにときめく?」

「うーん……可愛いなあ、好きだなあとは思いますね」

「そう! その気持ちが大事なの」

大袈裟に手を叩いた小島に、アキの肩がびくっと跳ねる。

「ウエディングって、女の子の夢そのものなのよ。最近では、相手がいなくても一人で結婚式挙げたり、ウエディングドレスを着て写真を撮ったりするんだもの。お猿さんを相手に結婚式を挙げたとしても、何の不思議もないの」

「そっかぁ、推しと結婚したいって思い余って結婚式を挙げる人もいるくらいだもんね。それなら猿と結婚したっておかしくないのかぁ」

アキは、湯田中のお猿達や動物達に囲まれて挙式に臨む自分を想像してみた。

――案外、悪くない。

どっちかと言えば有りだ。

アキの判決が出ようとしたその時――。

「猿と結婚するのは流石におかしいと思うよ、アキ」

「ナイスツッコミ、七瀬ちゃん」

「いいぞ七瀬。もっと言ってやれ」

このままではアキが猿と結婚する決意を固めてしまうのでは、と焦った渡と涼香に助け船を出したのは七瀬である。

でも、とアキは首を傾げる。

「裸になれば、男なんてサルと同じだっておばあちゃんが言ってたよ?」

――真理である。

八郎はつい同意するように頷いた。

「ええこと言うばあちゃんやな」

「でしょ。おばあちゃんの言うことに大体間違いはないんだよ!」

「せやな」

小島講師は苦笑を浮かべる。

「おばあちゃんの知恵袋が正しいかどうかは置いといて。とにかくときめかなくちゃ、気分だって上がらない。花嫁がハッピーじゃなくちゃ、ゲストだって新郎だって楽しくない。想像してみてね。好きな子が笑顔なのと、沈んだ顔をしているのと、あなたはどっちが幸せかしら?」

「そんなん、考えるまでもないやろ!」

八郎が答えると、小島講師は頷いた。

「そうね。結婚式の主役はもちろん新郎新婦だけど、一番の華は花嫁だもの」

花嫁と言えば、大体女子の憧れ、夢そのものだ。

共感するように女子が頷くのを見て、小島講師は微笑む。

「女の子なら分かると思うけど、お気に入りのメイクやファッションって上がるじゃない? やっぱり綺麗だって褒めてもらうと嬉しいし。でも、ファッションやメイクは、本人の好みと、実際似合うものって結構違ったりする。プロの手が入ることによって自分では知らなかった魅力に気づくこともあるのよ。花嫁さんには、その日、世界で一番綺麗でいてもらいたいからね」

「あー、あるあるだわ」

「分かりみが深い」

女子達は実感を込めて頷いた。

例え美少女だろうと、似合わないものは似合わないのである。

肌の色、顔立ち、輪郭、スタイル――客観的に見て最適解を導き出せるのはプロならではのこと。

「かといって、お気に入りを諦めてって言う訳じゃないの。アクセサリーや小物で、クライアントの気分を上げることはいくらでもできる。お気に入りをさりげなく用いるのって、素敵でしょ?」

なるほど、色んな角度からアプローチしていくのもまた、ブライダルコーディネートの醍醐味だと言うわけだ。

アキはぶんぶんと頭を振って頷いた。今の渋温泉ではとてもリゾートウエディングなど展開できないが、古き良き風情ある旅館での結婚式もまた、アキにとっては夢があった。イメージとしては、長野の善光寺通りにある藤屋御本陣――古くは加賀百万石・前田家藩主が常宿とし、近代に入ってからも有栖川宮、伊藤博文、福沢諭吉などを魅了した旅館であるが、今では結婚式場として大人気、一年先まで予約でいっぱいである。だからきっと、渋温泉もやってやれないことはないのだ。

「――とにかくあらゆる状況に対応できるよう準備しておくこと。これが重要ね。それから忘れてはいけないのがゲストの把握。宿泊はどうされるのか、アレルギーはあるのか、車椅子のご対応が必要なのか――」

「大事なことやんな」

「元カレ、元カノとの確執からの、式の妨害」

「ふんふん。『その結婚、ちょっと待った!』ってやっちゃな。よくドラマや漫画であるやつ。モテモテハーレム男のわいにこそ必要な――」

「八郎には一番無縁なヤツだから安心して」

何気ない七瀬の言葉が八郎を突き刺す。

「あー、痛い。胸が痛いわぁ」

八郎を無視して小島講師の話は続く。

「結婚相手を急に変更することになった時の対応」

「……ほ、ほう」

「新婦の浮気相手が上司だった時の新郎への対応、思いもよらぬ形で暴露される新郎の過去、荒れることが予想される披露宴への対応――」

「――待ってーな。ブライダルコーディネーターって、そんなことまで対応するん?」

「一部はほんの冗談ですが人生色々ですから、あらゆる事態を想定しておかねばなりません――」

それから小一時間ほどブライダルコーディネートについて学び、昼食では実際に式で出される料理を少しずつ食べた後、ホテルの設備やサービスを見学して回った。

高い円天井の音楽ホールはクラシックな雰囲気で、スペシャルライブディナーショーが開催され、美しい歌声に酔いしれる夕べの後は、日本料理かフレンチイタリアンを堪能できるのだ。

宿泊の各部屋はオーシャンビューで、窓辺から見える景色が美しい。天気の良い時は駿河湾越しに富士山を眺望できる絶景が広がる。

フロントの対応も丁寧で、手荷物は全てポーターが部屋まで運んでくれる。周辺の散策スポットを訊ねれば即座に返答があり、ホテルから最寄りの駅までの送迎バスも出ていると案内してくれた。

かといって、過剰な接客はゲストも疲れる。それを了解し、黒子のようにそっとこちらの意思をくみ取り、困っているときに声を掛け、欲しい情報を欲しい時にくれる――そんな接客にアキ達は感嘆した。

何より、施設の充実っぷりも素晴らしい。

プール付き、テニスコート付き、フィットネスクラブも無料で使用できる。事前に申し込んでおくと、全身アロママッサージまで受けられるのだ。

今回は特別に、足のマッサージをしてもらうことになった。

「あー気持ちいい……」

その一言に尽きる。

マッサージを受けた後は温泉の説明。

大浴場はもちろん天然温泉。循環ではなく、かけ流しだ。入浴時間は午前6時から10時、その後一時間ほど浴場脱衣所の掃除の時間となり、正午から翌日の朝6時まで、再び入れるようになっている。

脱衣所には、何枚ものタオルが用意されている。これは誰でも自由に、何枚でも使って良い。使用済みタオルを回収するボックスがあり、赤ちゃんや子どもの為にベビーベッドや畳が用意されている。入口にはスロープが付いていて、身体の不自由な人の為に手すりも完備されていた。

洗面台には消毒済みの櫛や綿棒が用意され、売店でも販売している化粧水をはじめとした美容グッズが取り揃えられている。更に、風呂上りの水分補給として、お茶や水が無料で飲めるようにサーバーが設置されていた。

客の健康にもちゃんと配慮されているのだ。

どうしても牛乳が飲みたい人のために、大浴場の外には自動販売機も置いてある。

細々と行き届く気遣いに、アキ達は感嘆した。

浴場を一通り見学して、ゆかり女史が言った。

「じゃあ、この後実際に入浴しましょう。集合時間は一時間後」

言いながら、ゆかり女史は全員に一口サイズの菓子を配った。

「温泉に入る前に、それを食べなさい。理由は分かるわね?」

「はーい」

温泉入浴によるカロリー消費は案外大きく、42度の湯に10分入ると、ウオーキングを10分したのと同程度のカロリーを消費すると言われている。

空腹で温泉に入ると低血糖症状を引き起こしかねない。

そのために各部屋、お菓子が付けられているのである。

東京テルマエ学園に在籍する者として、それくらい知っていて当然のこと。全員が返事をした。

「よっしゃ。さーて、お待ちかねのお風呂タイムやで~」

「楽しみですね、師匠」

八郎に追従したのは鈴木二郎である。

アキをはじめとした女子達は、この二人がまたよからぬことを企むのではないかと白い目で男共を見た。

「また何かくだらないことしたら、今度は便所掃除だけじゃ済まないからね」

七瀬の冷たい視線を前にして八郎がぎくりと肩を震わせた。

そこに優奈が追い打ちをかける。

「便器の中に顔突っ込んで、アンタの顔で便所掃除してあげる」

「おーこわっ! 心配せんでも、もうしませーん。反省してまーす」

「あはは。八郎の顔を掃除しても全然汚れ落ちなさそうだもんねー」

「むしろ一層汚くなると思うけど」

アキが呑気に指摘すると、七瀬が氷の女王よろしく、クールに斬り捨てた。八郎はがっくりと肩を落とす。

「あーもう。そういう問題ちゃうわ~。てかアキちゃんも七瀬ちゃんも何気に酷いなぁ」

七瀬は塵を見るような目で八郎を見下ろした。

「反省してるんでしょ? それとも、東京湾に沈められたいの?」

「七瀬ちゃんと一緒やったら、それもええかもしれんなー……ははは、冗談やで?」

「渡、しっかり八郎を見張ってて。変な動きしたら一発かましておいて」

「お、おう。変形しない程度にな」

「お、優しいやん。流石心の友やで」

「変形しない程度って、どれくらい痛いの?」

アキが何だかとんちんかんな質問をすると、渡は少し考えてから答えた。

「頭がパーンとするくらい……かな?」

「パーンって何やねん。怖いんやけど!」

渡は、「痛いことは嫌や!」と叫ぶ八郎を男湯の暖簾の内側に引きずっていった。

タオル片手に浴場に入り、身体を湯で流してから檜の浴槽に足をつけた。

アキ達はほっと息をつく。

贅沢な造りの浴場には、サウナがあってジャグジー付きのバスがある。さらに寝そべって入るお風呂に岩づくりの露天風呂。内湯からももちろん景色が見えるが、外に出たらさぞや気持いいだろう。

「花嫁さん、綺麗だったね」

「はぁ~いいなあ」

湯舟に浸かりながら、優奈がしみじみと呟いた。

「私もいつか平泉翔平と結婚したーい」

「はいはい、妄想おつ」

萌と汐音の笑い声が浴場に響く。

「うっさいな。別にいいでしょー何もアイドルと結婚したいって言ってるんじゃないんだし。それに私が誰のファンだろうと、誰を好きになろうと自由でしょ」

「そうは言ってもねー。妹としちゃあ、何て言うか、複雑だよ」

「プロ野球選手なんてアイドルみたいなもんでしょ。クラスメイトのお兄ちゃんってだけなんだから」

「じゃあ私、アイドルになって翔平と結婚する」

「どこをどうやったらそういう考えに行きつくのよ」

七瀬がつっこむと、優奈はふんとそっぽを向く。

「翔平は雲の上の人だって言いたいんでしょ。だったら私も同じところに立てば問題ないじゃない。この顔とスタイルでアイドルになれないわけがない!」

「可愛くてスタイルがいいだけのアイドルなんてざらにいるけどねー。確かに優奈は、顔はイイけどAV顔っていうかさー」

汐音はけらけらと笑った。相変わらずのKYである。

「確かに私が道を歩けばAVスカウトが必ず声かけてくるけど、それって私があんまりにも美しすぎるからでしょ」

「スカウト来るんだ……」

「AVほいほいしてる間はアイドルなんて絶対無理なんじゃないの? どーせ、オカズにされて終わりだよ」

「AVほいほいで何が悪いのよ。それだけ目を引いちゃうってことでしょ」

「大体、優奈って歌とかダンス出来るの~?」

あたしはダンス出来るけど、と汐音はにやにやした。

「キャバ嬢舐めないでよ。アフターで嫌って言うほどカラオケ連れて行かれるんだからね」

「へー。じゃあそこそこ上手いわけ?」

「まあね。毎回90点は固いわよ」

得意げに胸を張る優奈に汐音は再びにやにやとした。

「なるほどー。それは是非優奈の歌を聞かなきゃねー。皆も聞きたいよね?」

「よっ! 昭和の歌姫!」

「誰が昭和よ! 人をババア扱いするんじゃないわ!」

穂波が悪乗りして合いの手を入れると、優奈は両手を振り上げて怒鳴った。

大人びて見えても優奈は二十歳だ。断じて昭和生まれではない。だがそこはかとなく昭和の匂いがするのは、キャバクラの客層が高めだからだろう。多分。

優奈はぷりぷり怒りながらも七瀬に声をかけた。

「七瀬だって、芸能界入り目指してるんでしょ。一緒にデビューしない? こんな美女二人がユニット組んだら――」

「オカズにされて終わりだね」

「汐音! あんたちょっと黙ってなさいよ! ね、七瀬」

「私、芸能界に入りたいけどアイドルはちょっと……」

七瀬はそのまま湯舟にぶくぶくと沈み込んだ。

アキに誘われるのならばまだしも、ちょっと苦手な優奈と二人でとなると考えてしまうのだ。

皆が女子トークに花を咲かせているその時、涼香がもじもじとアキに近づいてきた。

「アキちゃん。露天風呂さ行ってみねぇ?」

岩露天風呂はオーシャンビュー、目線と同じ高さに海が見える。

もちろん、アキは頷いた。

暖冬とは言え、2月。寒さが最も厳しい時期。

が、そんな中で熱い湯に浸かる――これがまた最高なのだ。一日の疲れが吹き飛ぶ。

露天風呂へのドアを開けるなり、寒気が内風呂の中に吹き込んだ。

全員が身震いをする。寒い、早く締めてと口々に言い、アキと涼香は寒空の下に躍り出た。

他の面々はあまりの寒さに外に出る気にはならないようだ。

お湯に浸かると丁度いい温度で、寒さで凝り固まっていた身体の緊張が解けた。

「あー、極楽極楽」

「だがらぁ」

まるでおっさんのように岩に寄りかかったアキの胸がお湯の中にたゆたうのを見て、涼香はしみじみと呟いた。

「うんと大ぎぐで、気持ぢよさすべ」

「? 気持いいよねー」

アキは涼香が何を言っているのかほとんど分かっていない。訛りが強すぎるのである。

ちなみに、涼香が何を見て発言しているかも気づいていなかった。

「ちょっとだげ触らせでぐれる?」

「いいよー」

何を触りたいのか分からないが、温泉の中でほにゃほにゃに気が緩んだアキは、適当に返事をしてしまった。

涼香は両手を合わせてアキを拝み、「いだだきます」と小さく呟いた。

「ふえっ!?」

「アキちゃんのお乳は相変わらず罪深えなあ」

「いや、あっ……ん、ご、ごめんなさぁい」

罪深いと言われてアキは反射的に謝った。

が、アキが涼香に為されていることと言えば、白くまろやかな胸を揉みくちゃにされているという現状である。むしろ謝るのは涼香のほうである。

その涼香は、とろけそうな顔でその弾力と柔らかさを堪能している。もちろん謝る気などさらさらない。

一応、ちょっとだけという了解のもと触っているのだ。

掌の中で自由自在に形を変えるアキのおっぱいは、控え目に言っても最高であった。

ちょっとだけってそういうことか――沸騰して溶けそうな頭でアキはようやく悟る。

「はああ、ごちそうさまでした」

「もう、涼香ちゃん!」

怒ったところで涼香には無駄である。事前に了解を得た、悪くないと毅然とした態度であった。

DODOTVディレクターの三橋五郎は、昼休みになるとネットサーフィンに更け込むのが習慣になっていた。

見るのは芸能関係のニュースか、社会情勢のニュース、他にも面白そうだと思えば何でも閲覧する。

この間取材した東京テルマエ学園が、SNSで情報発信をしていると知ったその日にはアカウントをフォローしたし、彼女達の写真や動画、盛り上がる学園祭の様子をチェックしては一人ニヤニヤとしていた。

彼女達を取材してからというもの、その反響は大きかった。またあの少女達を見たいという声が局にも多数寄せられている。

正統派美少女の星野七瀬、巨乳美少女の温水アキ。そのほかも粒ぞろいの美少女達。SNSで鑑賞しているだけでも確かに楽しい。

「えー!?」

カップラーメンをすする五郎の隣で、突然三波が大声で叫んだ。

「何だ、どうしたんだ?」

「ちょ、え? と、とにかく……ネットニュース見てください!」

言われるがまま、画面を見る。気になる見出しでもあったのかとスクロールしていくと、五郎も思わず叫んだ。

「な、何だってー!?」

『新進気鋭のミネルヴァホールディングス、DODOTV買収へ』

「ちょ、こんなの、聞いてないよな?」

「わたしみたいな下っ端が知ってるわけないじゃないですか! ネットニュースで初めて知ったんですよ!」

そのような重大発表、もっと然るべき形で行うべきではないのかと誰もが思っただろう。記者会見もなし、社員への説明もなし。五郎たちは全くの置いてけぼりである。社長と大株主の思いつきなのかと言いたくなる。

「大変なことになったな……」

などと呟いているところに、カメラマンの優作が飛び込んでくる。

「新しい取締役から緊急招集がかかったぞ! 何でも、企画会議を開くそうだ!」

昼休みだというのに、はた迷惑は話である。

あまりにブラックすぎる、いずれ労基に訴えてやると恨み節をきかせながら、五郎達は会議室に集まった。

そこには、ネットニュースにあった通り、取締役に就任したケンタッキーおじさんに激似のミネルヴァの姿があった。

「皆、集まったようだね」

会議室の扉が閉まるなりミネルヴァは重々しく口を開いた。

「DODOTVは視聴率に伸び悩み、経営もかなり苦しかったと前側君から聞いている。立て直すには、革新的なアイデアが必要だ。そこで私は新たな企画を思いついた。就任早々何だと思う者もいるだろうが、私はね。思い立ったらすぐに行動に移したいのだよ」

社員達は急展開すぎる事態に全くついていけない。このケンタッキーのマスコットは何を言っているのだ、全員がそういう顔をしていた。

五郎もそれは同様だったが、無意識に呟いていた。

「その企画というのは一体……」

「アイドル甲子園だよ。全国各地から集まったアイドル達が、覇を争って頂点を目指す。最高のエンターテイメントだとは思わんかね!」

講義を終えたアキがDODOTVの五郎と鉢合わせたのは、伊豆での研修から戻った翌日のことだった。

鉢合わせた、というよりも、待ち伏せされていたと言う方がしっくりくる。

五郎はアキの姿を認めるなり、満面の笑みで近づいてきた。

「温水アキちゃんに星野七瀬ちゃん。いいところで会ったね! 俺のこと、覚えているかな?」

「えーっと……?」

アキは誤魔化すように笑みを浮かべ、隣の七瀬を見た。

七瀬も誰か覚えていないようで、完全に赤の他人に見せる余所行き用の笑みを浮かべている。その笑みはどこか人を寄せ付けない雰囲気をまとっている。

「何の御用でしょうか?」

何なのこいつ、不審者か、そんな七瀬の心の声がアキには聞こえた。

「そう構えないで。DODOTVディレクターの三橋だよ。本当に覚えてない? ほら、屋上温泉で小便小僧事件の時にいた――」

「あ!」

七瀬は思い出したように小さく声をあげた。

「お久しぶりです。こんなところで会うなんてびっくりしました。部外者立ち入り禁止って、書いてありませんでしたか?」

皮肉の効いた言葉に五郎は頭を掻いて苦笑を浮かべる。

「いやー……これは手厳しい。すんなり話は通らないかあ……」

「それで、小便小僧さんは何の用なんですか?」

アキが訊ねると五郎は脱力した。

「三橋ね、三橋。あー、でもいいね。そのゆるーい感じ」

「はぁ……」

もしかして馬鹿にされているのか? それとも褒められているのか?

何だかよく分からないアキは生返事をする。

五郎はにんまりと笑った。

「アキちゃん、七瀬ちゃん。突然だけど、アイドルに興味ない?」

「アイドル、ですか?」

アキは小首を傾げた。

昨日の伊豆の研修で優奈がアイドルになりたいと騒いでいたのを思い出す。

「興味……ないです」

七瀬のように美少女でもないし。

特に、人前に出たいとも思わない。

「七瀬ちゃんはどう?」

「私もアイドルって柄ではないので」

アキが及び腰なので七瀬も乗り気ではない。

五郎はがっくりと肩を落とし、唸った。

「うーんそうか。もったいないんだよね。君たち」

「もったいない?」

「今度、新しい企画でね。アイドル甲子園っていうのをやるんだ。それで、各地からアイドルチームを募集しているんだけど、アキちゃん達にもアイドルチームを作って欲しいと思ってね」

七瀬は怪訝そうに眉を寄せた。

「何だか、随分と唐突ですね。私達、ただの温泉専門学校の学生ですよ。アイドルとか別に目指してないし。それなのに、どうして私達を?」

「うん、いい質問だ。実は、あの取材以来、君たちをまた見たいという声が多く寄せられていてね。汐音ちゃんと涼香ちゃんのダンスとギターのコラボなんて、SNSで拡散されて凄いことになっているんだ。君たちには話題性がある!」

「んーそうかなぁ……それなら、地元にいる時にもっとお客さんが来ても良かったよね。そうすれば再開発の煽りを受けてうちが買収されちゃうーなんて心配しなくて良かったし」

アキが何気なく呟くと、五郎は目を輝かせた。

「アキちゃんは、実家が大変な目にあったんだね!」

「あはは……お恥ずかしい話ですが、実はすごーくヤバい状態なんです……。どうにかしたいとは思うんですけどね」

「そうかそうか。それならなおさらこの企画に参加してもらいたい。アキちゃんがアイドルになって全国に知られるようになれば、実家の旅館の宣伝にも一役買えるんじゃない? こーんなに可愛い二人組の地元なんだ。お客さん、たくさん来るんじゃないかな? いくら可愛い看板娘がいてもそれを伝える人がいなくちゃ、二人の存在は埋もれたままだ。もったいない!」

「私達がアイドルになれば、温泉地の目玉として人を呼び込める――そう言いたいんですか?」

胡乱げな七瀬に五郎は大きく頷いた。

「そういうこと!」

「ふーん……へー」

そうは言っても、DODOTVとしては話題性のあるアキ達をどうにかアイドル甲子園に出場させ、視聴率を稼ぎたいというところだろうか。七瀬のやや冷めた視線に、五郎は僅かにたじろいだ様子を見せた。

「わ、悪いようにはしないよ! アキちゃん達の地元もテレビで取り上げると約束するよ。……お願い! 引き受けてくれないか!」

必死に頭を下げる五郎にアキは戸惑った。

「私に、できるかなぁ……?」

五郎が必死におだてては来るが、アキも七瀬も、自分達にアイドルが務まるとは到底思えなかった。

続く