【小説】東京テルマエ学園 第1章3話『担任は、混浴コンサルタントだった』

せっかくの屋上温泉で散々な目に遭ったアキたちC組の女子生徒が教室へ戻ると、C組の男子が全員床に正座させられていた。戻ってきたアキたちに気づいたゆかり女史は、吹雪を背負うような表情で各々席に着くよう促した。

異様な雰囲気に質問も抗議も口にはできず、アキたちは黙ったまま、床に直接正座している男子の間をすり抜けて最初に座っていた席へと腰を下ろす。

ふう、と深いため息をついたゆかり女史は、鋭い視線で教室を見渡した。

「私が何を言いたいのか、わかってるわね?」

全身に寒気を覚える声でゆかり女史が言う。美人が怒ると怖いというのは本当だった。アキは思わず身震いする。

そんな怒れるゆかり女史に怯むことなく八郎が待ったをかけた。
「ちょお待ってくれまへんか!これにはふかーい訳がありまんのや!」
「先生! この件の原因は!」
「お黙り!」
八郎に誤魔化されてはたまらないと声を張り上げた穂波をも、ゆかり女史はぴしゃりと遮った。

「クラスで行動するってことはね、誰が悪いって責任を押し付け合うんじゃないの。誰か一人がやらかしたことの責任は、全員が取るのよ!」
黙り込む二人に、ゆかり女史は腕を組んでフンと鼻を鳴らす。

「大塩君は無許可でドローンを飛ばした上に、女子が入浴中の浴場に墜落させた責任! 塩原さんはわたしたち教師へ指示を受けずに勝手な行動をとった規律違反!何か申し開きはある?」
睨めつけられて、何か言い出す者などいるはずがなかった。

「まあ……初日からやらかしてくると思わなかった、こっちが甘かったのよね」
ゆかり女史は苛立たしそうに絡ませていた脚を揺らし、踵でコツコツとハイヒールの音を立てた。するとその言葉に目を輝かせた八郎が、そちらも考えが甘かった非があるのだからと己の減刑を試みる。

「せや、そんならお互い様やちゅーことでトントンやあらへんか? 次からは気ぃつけますよって」
「お黙りって、言わなかったかしらぁ?」
八郎の言葉は確実にゆかり女史の怒りに油を注いだ。当たり前である。主犯に諭されるほど腹立たしいことはない。八郎はぴゃっと首をすくめた。

「もうくだらなすぎて、学園長に報告するのも嫌だわ。C組は男女に分かれて、今週中、寮の浴場と学校内のトイレ清掃をしなさい! それと!」
わざとらしく区切られた言葉に、まだ罰があるのかとC組の生徒がそろって首をすくめた。

その時である。夕焼けに染まる窓の向こうから雷のような轟音が響いてきた。話を続けようとするゆかり女史だが、どんどん大きくなる爆音に声を消されると判断して、深い深いため息を吐く。

「何なのもう、うるさいわねぇ」
形のいい尻を揺らしながら、様子を見ようとゆかり女史が窓際へ歩み寄る。それにつられ、お説教中だというのに音に興味を引かれた生徒たちも窓へ張りついた。

アキも七瀬と顔を見合わせたが好奇心には勝てず、そのまま一緒に窓を覗くと、緑色の大型バイクがもの凄いスピードで走ってきているのが見えた。学園前の信号が黄色から赤に変わる直前に交差点に飛び込み、アキが危ない、と目を瞑ったその一瞬で、あっという間に交差点を抜けていた。
バイクは派手なシフトダウンでひときわエンジン音を高めて、学園の前でぴたりと停まる。

「えっ、あれって!?」
アキの背後で驚いたような声が上がった。茶髪で派手な化粧をした女性が、思わずといったように立ち上がっている。屋上温泉で穂波とともに、実家の温泉とテルマエ学園の温泉を比べていた女性だ。

「うそ、まさか……!?」
「何よ優奈、迷惑だから座んな。あんたバイクなんか興味あったの?」

彼女を優奈と呼んだのは隣の席に座っている穂波だ。宥めるように声をかけるが、優奈の興奮は収まらない。

「バイクじゃなくて、乗ってる男よ!」
「知り合いなわけ?」
「知り合いっていうか、まあ……こっちが一方的に知ってるんだけど」

アキと七瀬が首を伸ばして道路の方を覗くと、バイクは停止しているのに地響きのようなエンジン音を響かせていた。バイクに跨がっていても長身とわかるライダーの後ろから、女性が身軽に飛び降りる。
女性はお揃いのヘルメットを外してライダーに渡し、大きなカバンを背負いなおした。

「萌、兄ちゃん行くからな」
「うん、兄貴も元気でね」
開けた窓からは二人の声が微かに聞こえる。会話から察するに、二人は兄妹のようだ。

バイクは二度三度と落雷のような轟音を立てから、もの凄い勢いで走り去った。それに手を振って見送り、女性は急ぎ足で学園の入口にある受付へ向かった。

「すいませーん! 遅れまして、平泉萌と申しますー!」
「ひら、いずみ……!?」
遠ざかっていく声に、立ち上がったままの優奈が信じられないというように駆けていった女性を見つめる。

「うるさいよ、何なのよ」
「……っ、何でもないわよ!」
ようやく自身が注目されていたことに気づいたのか、優奈は小さく舌打ちをして乱暴に腰を下ろす。
どことなく気が抜けてしまった様子の生徒たちに、ゆかり女史は大きなため息をついた。いかにも高級そうな腕時計に視線を落とし、綺麗な顔が歪む。

「ああ、もうこんな時間。あなたたちが馬鹿やってくれたおかげでオリエンテーションの時間が押してるじゃない。オリエンテーションといっても学園案内だけど」
ひらりと手を振ることで解散を示したゆかり女史に、男子生徒たちは彼女の気が変わる前にとすぐさま各々の席に着いた。

教室に備え付けられているホワイトボードには、様々な学部が書かれていた。それを見ながら、指示棒を手にゆかり女史は説明をする。

「まず授業の内容は、温泉学、経営学、接客サービス学、ツアコン過程、集客マーケティング理論の五つから構成されます。これに外国語コースが加わるわ。これからの旅館経営には、海外からのお客様のために外国語をマスターしなきゃダメよ」

外国語、と聞くと、アキは外国の人に声をかけられた事を思い出した。勉強は苦手とは言え、高校まで外国語――主に英語を勉強していたはずなのだが、実戦では外国の人に話しかけられただけでうろたえてしまって、何の役にも立たなかった。テストで点をとるためだけに勉強していた英語では通用しないのだと思い知らされる。

「次に特別課外実習。これは全国各地の人気温泉地に出掛け、なぜそこが流行ってるのか、なぜ集客が出来ているのかのレポートを書いてもらいます。このレポートが単位取得につながるから、真面目に書きなさいね」

屋上温泉で、テルマエ学園の温泉と長野の渋温泉と、お湯が違うことに気づいたことを思い出す。各地によって温泉の成分は全く違う。それを身をもって知ることで、実家の渋温泉の集客にも役立つかもしれない。アキはわくわくと心を躍らせた。

「それと私のことTVで見たことあるという方がいるとは思いますが、私の研究課題は『混浴学』よ。世の中に「混浴温泉の素晴らしさを伝えること」がわたしのモットーだから、みなさんもヨロシクね」
ゆかり女史がそう言うと、「えー、それって俺たちも混浴体験できるんすかー?」と、懲りない男子生徒が聞いてきた。その質問に対し、ゆかり女史はにっこりと笑う。

「もちろんよ。それもこのクラスで体験してもらうわよ!」
「「「えぇーーーーーー!!!!」」」

その言葉を聞いた女子生徒たちはたちまち青ざめ、反対に男子生徒が「おぉー!」と歓喜の声を上げる。あからさまに期待している男子生徒たちは、先ほどドローンでのノゾキ事件で女子生徒からの信用は地に落ちているということを分かっているのだろうか。
騒がしい中で、七瀬はアキの服をくいっと引っ張る。

「思い出した! あの先生、どこかで見たことがあると思ったら、確か『マルコの知らない世界』に出てたのよ! ど、どうしようアキ、私、混浴とか絶対ヤダ! 身体に自信ないもの……」
そういう七瀬に向けて、親指をぐっと立てたアキは能天気に笑った。

「大丈夫だよ、私たち猿と一緒にお風呂入った事あるじゃない」
七瀬は一瞬、理解が遅れた。この子は本当のバカじゃないんだろうかと。

「いやいや、猿は猿でしょ……?」
「え? 猿も人間も霊長類のオスじゃない? 似たようなもんだよ!」
「いやいやいや!まったく違うから!人間のオスと猿のオスと一緒にしないで!!」
つい大きな声を出してしまい慌てて周囲を見回した七瀬は、自分の声が男子生徒のざわめきにかき消されたと気づいてほっと胸を撫で下ろす。女優を目指す割には、注目されるのは苦手なのだ。

と、ここで教室の後ろの扉がノックの後に開かれる。

「あのー、ここってC組の教室で合ってます?」
「ええ、合ってるわ。あなたは――確か平泉さん、かしら?」
「はい! 遅くなってすみません! 平泉萌と申します! よろしくお願いします!」

先ほど爆音を轟かせたバイクで来た人だ、とアキは彼女の顔を見て確信する。小柄でショートカットで美人の顔立ちは、一見アスリートの雰囲気を漂わせる。この子もただ者じゃないのではなかろうか。窓際の、穂波の隣の席の優奈をちらりと見れば、不機嫌そうな表情で萌を見ていた。何かワケ有りだろうか。

「さて、全員そろったことだし、今度は学生寮の案内をするわ。荷物を持ってついてらっしゃい」

先導するゆかり女史について、C組の生徒はぞろぞろと歩いていく。
4階の階段を上がった先には、ゲートのような扉がある。扉の前には『学生寮』と立て看板が置いており、入り口には学園の生徒以外の通行は禁ずといった旨が書かれていた。
ICカードでゆかり女史が扉を開ける。自動扉になった門を開けると、号室が書かれた扉が廊下を挟んで何か所かあった。

「まず、ここが学生寮。あなたたちにはここで暮らしてもらいます。シェアハウスになっていて八人一組になってるわ。キッチンとトイレは共用ね」
ゆかり女史が、こんな部屋よ、と生徒に確認させるように空き部屋になっている扉を開けてみせる。扉の向こうには広くてきれいな部屋が広がり、ちょっとお高めのマンションのようだ。

「一応先に注意しておくけど、男子は決して女子寮に行かないこと!」
と、ゆかり女史は男子生徒を見ながら強く言い放つ。

「言っておかないと、どこかの誰かさんみたいに、こちらが言わなかったから悪いんだって言い訳されるかもしれないしね。いい、あなたたちも男子を誘ったりしないようにね」
ちらりと八郎へ視線を投げたゆかり女史は含みを持たせた笑みをみせる。八郎はハハハと引きつった笑いを返した。

「すべてのドアはオートロックで、この温泉手形がないと入れません。温泉手形は絶対に失くしちゃダメよ」
七瀬は珍しそうに部屋中を見回す。
「へぇ、マンションみたい。ずいぶん豪華ね、実家にある私の部屋より立派……」
「長野の私の部屋よりもすごい豪華……! こ、こんなところで暮らせるのかぁ」
一緒に部屋を見渡しながら、アキは目をキラキラと輝かせていた。

それから、校内食堂、レクリエーションルーム、体育館など見て回ったが、どれも地元の学校とは全く違い、高級ホテルにあるレストランやフリースペースのように一つ一つが豪華だった。本当にこんなところで暮らしていいのかと、アキはこっそり頬をつねって夢ではないのだと確認していて、それをバッチリ目撃してしまった七瀬は苦笑した。

体育館に差し掛かったとき、ある女子生徒が手を上げた。
「先生! 質問があります」
八頭身美女の汐音だった。
「ゆかり女史と言ってね」
「はい、ゆかり先生。ここってダンスのレッスンできるところってあるんですか?」
「あるわよ。この体育館の向こうはアスレチックジムスタジオと、エアロビクスやダンスもできるような一面鏡張りのスタジオもあるわ」
「えー、感激! ここでもダンスできるなんて夢みたいです!」
「たしか、あなたって高校のときチアダンスで世界大会に出場していたのよね?」
「はい、先生。福井は芦原温泉からやってきました、向坂汐音です! 福井県立福井北高校出身。チーム名は「スターウォーズ」でキャプテンやってました!」

ええっと驚きの声が女子生徒から上がった。アキもそのチーム名はニュースで見たので知っている。確か五年連続で全米制覇したチームの名前だ。同い年なのにすごいなあと、テレビ越しでさえ彼女達のパフォーマンスに釘付けになってしまったことをよく覚えている。

そんなすごい人がどうして温泉経営の学校に入学したのだろう、他にも選べる進路はたくさんあったはずなのに。首をかしげるアキだが、人それぞれ事情があるのだろうとその疑問を口にすることはしなかった。

「それから、さっき入ってもらったから分かるでしょうけど……」
最後に案内されたのは、先ほど入った屋上温泉につながる室内温泉だった。
「ここが、あなたたちが入れる浴場よ」
先ほどは屋上温泉に直接入れる浴室へ行ったのでわからなかったが、『テルマエの湯』と書かれた暖簾をくぐると、こちらもまた趣きの異なる浴室があった。中は男湯と女湯の看板で分かれている。

ゆかりは男湯の扉を開け、生徒全員を中に入れた。湯の匂いから、そこが天然温泉である事が分かる。

「ここのお湯は200mボーリングして掘り当てた天然温泉なの。ジェットバスから寝湯、ネオン風呂から、さっきあなたたちに入ってもらった露天風呂まで付いてるわ。それから、あっちにはサウナもあるわよ」
学校とは思えない数の浴槽に、屋上温泉しか入っていなかった女子生徒から、わあ、と感嘆の声が漏れる。

あえて部屋に浴室がついていないのは、ここで他のクラスの人と交流を深めるためだとゆかり女史は言った。確かに、温泉は一種の交流の場だ。学園の意図を理解して、七瀬とともにうんうんと頷く。

「入浴時間は、朝六時から夜は十二時まで。ただし十時~十五時までは清掃タイムだから注意してね」
ゆかり女史の説明を聞き流しながら、近くの浴槽に手を浸す女子生徒たちは毎日こんなお風呂に入れるなんて、とはしゃいでいる。

「ゆかり女史、ここも男女混浴で入ってええんですか!?」
ハイハイと勢い良く手を上げて質問をしたのは八郎だった。期待に溢れんばかりの表情で、他の男子も程度の差はあれども同じような気持ちを抱いていることが分かる。渡だけは頭を抱えていたのだが。

ゆかり女史は呆れたようにため息をついた。

「あなた、いい加減になさいな。入り口も男湯と女湯で分かれているし、さっき男女別で入ってもらったばかりでしょう? わたしの『混浴学』は、あくまでわたしの授業における時だけ。もしまた同じようなことをしたら、覗きどころか侵入罪で断罪するからね。正座どころじゃすまないわよ」
「ええっ、そんな殺生なぁ」
「エロ目的の混浴行為は許しません。わかったわね?」

不平、未練を残しているような八郎だったが、ゆかり女史から釘を刺されてしょぼんと萎れてしまった。発言内容はただの助平心丸出しだったのに、その消沈ぶりがあまりに情けなかったので、アキを含め周囲はつい笑ってしまった。

ぞろぞろと浴室から出てフリースペースへ戻ったところで、ゆかり女史からの説明が続く。
「今日は時間が押していたから学生寮の案内しかできなかったけど、この学園には入浴施設だけじゃなくスポーツ施設やアスレチックスタジオ、図書館、飲食店、マッサージ室、娯楽室など、小さなテーマパークが存在します。この学園の様式美を用いたローマに置いて、お風呂というものは娯楽施設だということをあなたたち自身で体験してもらうためよ。この学園で、浴室とは何か、温泉とは何かということを自分なりの答えで見つけ出し、温泉についての学や教養から経営まで、二年かけてじっくりと学んでもらうわ」

今日はテルマエ学園の入学式ということもあり休業しているが、テルマエ学園のテーマパーク施設は普段は一般客にも開放しているそうだ。ホテルも併設しているため、学園の職員はホテルや入浴施設の従業員も兼ねていて、生徒の指導にもあたるらしい。

「先生たちっていそがしいんだね……」
「そうね、過労死しなきゃいいけどね」
教師の残業時間について世間から批判が出たのは少し前のことだ。教師の、一人の人間としてのプライベートは大丈夫だろうかとアキは不安になる。こっそりと話していたのに聞こえていたのだろう、ゆかり女史はアキを見て一つ頷いてみせた。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。教師は施設の従業員も兼ねているというだけで、施設の正社員もちゃんといるから」
それを聞いて、アキと七瀬はほっと息を吐いた。入学したばかりの学園で、担任の教師が過労死しましたでは笑い話にもならない。

「もちろんあなたたちも課外実習ということで、慣れないだろうけどお客様の接客サービスをすることになるわ。つまり、仕事をしながら実践教育を学ぶということね。これは学校教育史上初の試みだそうだけど」

「実家では家族が接客をしていても、自分はしていなかったという人、結構いるみたいだから」
そう続けたゆかり女史の言葉に、何人かの生徒が視線をそらした。それを見て、アキは自分で接客をしていたけれどしない人もいるんだなあと、改めて実家によって運営方針というのは違いがあると気がついた。

「あなたたちが学ぶのは温泉施設の経営と運営。運営については施設の中で実際に働くのが早いし有効なのよ。――それじゃ私の話はここまで。あとは職員の人たちから寮についての説明があるから、ちゃんと話を聞きなさいよ」

つづく