第七話 「ホステス実習 そして、それぞれの再会・・・」|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

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第七話 「ホステス実習 そして、それぞれの再会・・・」

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夏休みの終了間際、アキと七瀬は一足早く学園に戻ってきており学園自慢の大浴場に入ろうとしていた。
「この大浴場、ホントに広いよねぇ。アキ」
「うん、そうだね。久しぶりに見るけど、うちの温泉より広いみたい」
二人は服を脱ぎ白い湯気が立ち上る大浴場に足を踏み入れる。
「あれっ!? 誰かいるみたい?」
「ホントだ」
湯気の中に人影が浮かび上がる。
どうやら、先客が居たようだ。
「OHッ! アキに七瀬ッ!」
影の主は、ミッシェルだった。
「会いたかったデース!」
ミッシェルは走り寄ってきて、アキと七瀬に交代でハグをする。
「もう、ミッシェルってばぁ・・・」
アキと七瀬は互いの顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれる。
「でも、ミッシェル? 随分と早く戻って来たんだね」
「ハイっ! パパが日本に行きたいって言うから一緒に来たヨ。」
「えっ、お父さんも来てるの?」
「うーん、学園長に挨拶したいって言って来たケド、すぐに学園と東京見て帰ったネ。ワタシ、全部案内したんだヨ!」
余程嬉しかったのだろうか、ミッシェルのお喋りは止まらない。
アキと七瀬は、専ら聞き役に徹するしかなかったようだ。
事実この後、三人はのぼせてしまうまで大浴場から出てこなかった。

コンコン コンコン
学園長室の扉がノックされる。
「入りたまえ」
ミネルヴァの声が聞こえゆかりはドアを開けた。
「松永弾です。初めまして」
弾は緊張した面持ちのまま、軽く会釈をした。
「どうぞ、こちらへお掛けください」
ゆかりが弾をソファに薦める。
「和服もお似合いでしたが、スーツ姿も素敵ですね」
ゆかりが悪戯っぽく言うと、弾は少しばかり赤面している。
「もう、しばらくお待ちください」
(他にも誰か来るのか?)
弾が考える間も無くドアがノックされ、ゆっくりと扉が開く。
「松永葵です」
葵が軽やかにお辞儀をした瞬間、ガタッと音を立てて弾が立ちあがった。
立ち上がり後ろを振り返った弾とお辞儀から姿勢を戻した葵の視線が絡み合う。
「だっ・・・、弾っ!? 何でっ!?」
「あっ・・・、葵・・・っ! どうして・・・?」
二人は互いを見つめあったまま、次の言葉が繋げずにいた。
「っ、!? 弾っ、久しぶりだけど、うちのことは姉さんって呼ぶべきじゃないの?」
「なんだってっ! 双子なんだから姉も弟も関係ないだろっ!」
「いいえっ、例え一秒でも早く生まれたのだから、お前はうちを姉と呼ぶべきよっ!」
七年振りの再会となったのだが、二人は互いに一歩も譲りそうにない。
「姉弟喧嘩は後でゆっくりとしてもらおうか」
弾と葵の言い争いを面白そうに見ていたミネルヴァが口を開いた。
(弾と葵、双子の再会・・・これから益々、面白くなりそうだけど・・・。学園長も悪趣味ね。全く・・・)
「葵さんも立ってないでお掛けくださいな」
弾は急に我に返り、力が抜けたかのように座り込む。
一方の葵も、言葉が出ないまま弾との距離を取って着席した。
二人にお茶を用意しながらもゆかりは終始笑みを絶やさない。
面白くて仕方がないと言うところだろうか。
「松永弾君、君には京舞踊の講師をして貰う」
「はい、お聞きしております」
「ふむ。松永葵君には、コンパニオン講座の講師だったな」
「ええ、そう聞いています」
「それと・・・」
ミネルヴァが重くのしかかるような雰囲気になり次の言葉を放った。
「弾君には、アイドル部の顧問を。葵君には、一期生の担任も受け持って貰う」
「は・・・っ!?  アイドル部っ!? 初耳ですがっ!」
「担任って・・・、何それっ!?」
ミネルヴァの一方的な言葉に、弾と葵は憤慨しミネルヴァを睨みつけた。
「それなりの理由があって、講師の話を引き受けたのだろう? それにここまできたのだ、今更引き下がることも出来まいっ?」
弾にしても葵にしても借金の返済という目的で小切手を受け取り、既に使っているのだから今更どうしようもないのである。
「話はそれだけだ、ゆかりくんは色々と多忙なのでな・・・。しっかりと引継ぎしてくれたまえ」
何も反論できない圧倒的なプレッシャー、弾と葵は肌が感じ取った場の凍る空気に圧倒されていた。
「では、こちらへ・・・」
ゆかりに促されて弾と葵は学園長室を後にする。
「弾と葵・・・、この儂を睨みつけおったわ。二人とも良い目をしておる、やはり双子だな。さて、儂を楽しませてくれよ。ほっほっほっ・・・」
一人になった学園長部屋にミネルヴァの哄笑が響いていた。

キーンコーンカーンコーン
チャイムの音が新学期のスタートを告げる。
ドドドッ、まるで地響きのような音を立てて八郎が走る。
その先には・・・
「アキちゃーん、会いたかったでぇっっっっ!♡」
八郎はアキに飛び掛からんばかりの勢いでハグしようとしたが・・・
「ハイっ、そこまでネッ!」
アキの前にハンが立ちはだかり、スっと回し蹴りのフォームに入る。
「うわっ、ちょっと待ってぇなっ!」
以前に強烈なハンの回し蹴りをくらった八郎の体が勝手に反応してすんでのところで踏みとどまる。
「NOッ! ジャパンでは、ハグ駄目ヨッ!」
「ありがとう、ハン」
「なんでやねん、ハンちゃん あんまりやでぇ。わいはただ、アキちゃんのオッパイが大きゅうなってないかって心配しただけやんかぁ」
全く悪びれる様子すら無い八郎に誰もが呆れ顔になっている。
「師匠~、残念でしたねぇ」
二郎はフォローしているつもりなのだろうか。
「五郎は硬派でよかったぁ♡」
圭は変なところで感心している。
「ところで、皆は夏休みどうしてたの?」
場の雰囲気を変えようと七瀬が話題を振る。
「ボクはスケボーの練習一色だったよ」と萌。
「わたしは新しいダンスをずっと考えてたよ」と汐音。
「あちは趣味の秘湯巡りと久しぶりに道場で組手稽古!」と穂波。
「うちはバイトで稼ぎまくりぃっ!」と優奈
「わたしは、ずっと音楽聞いてたけど・・・。アキちゃんがいないと寂しくて・・・」
涼香がアキをちらりと見る、アキも涼香に笑いかける。
皆、それなりに有意義な夏休みを過ごしたようである。
「ボクハ、フランスに帰国していたヨ。コレ、皆にお土産だヨ」
ケリアンが大きな箱を持ち出して来て開ける。
「ボンヌママン、ラメールブラール。それとリュ。クッキーとガレットとビスケット、フランスの人気のお菓子だヨ」
「うわっ、凄い♡」
「美味しそうっ♡」
ケリアンの周囲に皆が集まってくる。
やはり、女の子はお菓子に目がない。
「おっ、俺も一つ貰っとこ!」
いつの間にか、渡もお菓子を摘まんでいる。
(渡、甘党なのかな・・・)
渋温泉でのこともあり、話すきっかけを掴めないアキと七瀬の視線が注がれていた。
わいわい がやがや
騒がしい中から、ケリアンがお菓子をいくつか持ってカトリーナの側に歩み寄る。
ふとケリアンに気付いたカトリーナ、キーボードを叩いていた指が止まった。
「ナニ?」
無表情のままカトリーナはケリアンを見上げる。
「コレ、お土産。カトリーナも食べてネ」
そう言うと、カトリーナのキーボードの横にいくつかのお菓子をそっと置き、静かに皆の騒ぎの中へと戻ったケリアン。
それを見て、カトリーナも一瞬だが微笑んでいた。
「ケリアン・・・」
誰にも聞こえない一言を発した後、元のポーカーフェイスに戻りキーボードを叩き始めていた。

ガラガラガラッ
教室のドアが開き、ゆかりが入ってくる。
いつもと違うのは、後ろに二人の男女がいることだ。
「お早うございます。皆さん、夏休みは満喫できましたか」
ゆかりの声を聴くのも久しぶりだ。
「急な話ですが、今日から新しい講師の方たちが来られてます」
アキたちの視線がゆかりの後ろに控えている二人に向けられる。
「松永弾先生。京舞踊学を教えて下さいます」
「松永弾と言います。宜しくお願い致します。」
勢いよくキレのある動作で頭を下げる弾。
「きゃあっ♡ イケメンっ♡」
優奈と穂波、それと七瀬がほぼ同時に大喜びの声を上げた。
「こちらは、松永葵先生。コンパニオン学を教えて下さいます」
「うわぁ、凄い美人やんかぁ♡」
八郎と二郎が舞い上がっている。
「松永葵です。宜しく。」
愛想よく、にこやかな笑みを振りまいている。
教室の中の騒ぎが収まる前に、ゆかりが強めに声を出した。
「それと、こちらのお二方には別のことでも皆さんに関わって頂きます」
一瞬で教室は静まり返り、ゆかりの次の言葉を待っていた。
「松永弾先生は、アイドル部の顧問を。松永葵先生は皆さんの担任になって頂きます」
「えっ、ええぇぇぇっっ!」
誰もが絶叫の声を上げた。
「あっ、あのっ!?」
アキは無意識に手を挙げていた。
「なに? 温水さん」
「ゆかり先生は、どうするんですか?」
誰もが気になっていたことたった。
アキだけでなく、涼香も萌も圭も不安を顔に浮かべている。
(急に担任が変わる・・・、今頃、なぜだ・・・?)
渡は思案顔になっていた。
アキたちの不安を感じ取ったゆかりはわざと明るく話し出す。
「私は学園長の秘書としての仕事が忙しくなってきたので、両先生に来て頂いたの。ちゃんと引継ぎもするから安心してね。明日のホステス学は担任としての最後の授業になるからしっかり勉強して下さい」
新しい講師が来ただけでも大問題なのに、担任のゆかりが外れるということで不安を隠せないアキたちだった。

ゆかりたちが退出した後、教室では大騒ぎになっていた。
そんな中、アキがぽつりと呟く。
「二人とも、同じ松永って苗字なんて珍しいよね」
一瞬の空白の後、教室は大爆笑の渦に包まれた。
「・・・えっ、なに?」
「アキ、あんたって子はもうっ!」
「えっ、何、わたし変なこと言った??」
「やっぱり、アキちゃんらしいわぁ」
「あの・・・、アキちゃん・・・。それはちょっと・・・」
八郎と涼香もどう対応したら良いのかと悩んでいるようだ。
「・・・。本物の天然・・・」
穂波と優奈も互いの顔を見合わせて、肩を竦め合っている。
「なになになにぃっ!」
「あのねぇ、アキ」
七瀬が諭すように口を開いた。
「誰がどう考えても、親戚とか兄妹姉弟(きょうだい)って思うわよ」
「えっえぇぇぇっ!そうなんだぁ」
すっとんきょうなアキを見て、再び教室は爆笑の渦に包まれていた。

日が変わって、ゆかりの最後の授業【ホステス学】が始まった。
「まずホステスの語源ですがホスピタリティ・・・、奉仕の精神に由来しています。つまり、ホステスとは究極のもてなしを行う女主人役ということです。これは温泉の接客にも通じるものです」
ゆかりの話は延々と続き、個別のことまで様々な実例を出して説明が続いた。
煙草に火を点けるときは、手でライターの炎を覆うこと
お客様の名前を一回で覚え、決して間違えないこと
常に笑顔で挨拶・会話し、マナーを意識し続けること
言葉遣いに注意すること
お酒を作って、話を盛り上げること
お手洗いから戻られたお客様にはオシボリを広げてお渡しすること
など、アキたちにとってはそれまで意識したことのないレベルの接客技術であった。
「さて、こうして座学で勉強していてもなかなか身につくものではありません。そこで」
ゆかりは一度、言葉を切って教室の中を見回した。
「今夜、ミネルヴァグルーブの高級クラブ、【ル・パルファン】で実習を行います」
(【ル・パルファン】・・・)
渡の顔が一瞬曇るが、誰も気が付いたものはいない。
「お店にはすでに実習の話は通してあるので、女子の皆さんはホステス役、男子の皆さんは黒服(ボーイ)の役をして頂くことになります」
「えぇぇぇっっ!」
「いきなり、実習なんてぇ!」
騒ぐ生徒たち。
「実習は夜間になりますので、明日はお休みになります。皆さんは、新宿駅東口のアルタ前に夕方の6時に集合しておいて下さい。そこから銀座へと向かいます」
「アノ・・・」
カトリーナが手を挙げた。
「カトリーナさんは宗教上の都合がありますので、改めてレポートの提出をお願いします」
ゆかりの配慮にホッと胸をなでおろすカトリーナだった。

色とりどりのネオンが眩しい、夜の銀座。
「おぉっ、ここが憧れのザギンかぁ」
「さすか師匠、業界人ですねぇ」
銀座のネオンを見上げながら、八郎と二郎がはしゃいでいる。
「今どきザギンなんて言うかぁ? お前ら、本当は歳ごまかしてるんじゃねぇのか?」
穂波が突っ込む。
「本当、体形も中年スタイルだしぃ」
優奈も更に突っ込む。
「やかましいわぃ」
まるで遠足のようなノリである。

そしてアキたちは、ゆかりに連れられて銀座【ル・パルファン】に到着した。
店の前で着物姿の女性が出迎える。
「結衣ママ、今日は宜しくお願い致します」
「久しぶりね、ゆかりさん」
どうやら二人は知り合いのようだ。
(あの結衣ママって、すげえ美人・・・、一体何才なんだ・・・)と穂波。
(ママの着物、大島紬じゃない・・・。帯もかなりのもの。いったい幾らすんのよ)と優奈
(綺麗というか・・・、美し過ぎるわぁ。わいが接客して貰いたいわぁ)と八郎
(できるかな・・・、接待)と不安を感じずにはいられないアキ。
「アキちゃん・・・」涼香はアキにすり寄って腕を掴んでいる。
「面白そうだね」
「こんなとこ、初めて」
「踊れる舞台とかあるかな」
反対に、萌と圭、それに汐音は楽しみで仕方が無いようだ。
「オー、これがジャパンのクラブ・・・。凄いデス」
ケリアンは目を白黒させている。
「ドレス着れますネ」
「WONDERFULデース」
ハンとミッシェルはノリノリだ。
皆、初めてのことで不安と期待が入り混じっているのが分かる。
それぞれの思惑が互いに交差している。

「渡様、お久しぶりです。お父様とお兄様はご元気ですか?」
結衣が妖艶な笑みを浮かべて、渡に話しかけている。
「ママこそ、相変わらずお美しいですね」
いつもの渡からは想像できない饒舌ぶりだった。
(何だかいつもの渡と違うみたい・・・、それにお兄様って・・・)
七瀬は渡の別の顔を覗いてしまったかのように感じ、渋温泉でのことを思い出していた。

「じゃあ、瑠花ちゃん。よろしくね」
結衣が店の中から出てきた女性を呼んだ。
「こちらが瑠花ちゃん。皆さんのお世話をさせて頂きます」
「瑠花です、宜しくお願い致します。それと、ゆかりさん、お久しぶりですね」
「えぇ、あなたも元気そうで」
「その節はお世話になりました」
瑠花は深々とゆかりに頭を下げる。
「いいえ、こちらこそ。今日はうちの生徒たち、宜しくね」
「はい、それでは皆さん。こちらへどうぞ。男性の皆さんは瀬尾くん、お願いね」
「では、男性の皆さんはこちらへ」
瑠花の後から現れた男性に連れられて、渡たちは黒服の控室へ、アキたちは瑠花に案内されホステスの控室へと案内された。
控室に入ると、瑠花はテキバキと各々に映えるドレスを選んでいく。
そしてドレッサーの前に座ったアキたちに早業でメイクを施していく。
アキもドレッサーに座って数分後にはプロ顔負けのメイクを施され、きらびやかなドレスを身に纏い銀座のホステスへと変身していた。

パンパン!
結衣が手を叩く。
「皆、集まって!」
沢山のホステス・ボーイたちが結衣を取り囲むように集まって来た。
「今日は、テルマエ学園の生徒さん達がホステスとボーイの実習に来られてます。ホステスの方は私と瑠花ちゃん、それとゆかりさんで、ボーイの方は瀬尾くんにお願いします」
結衣によって、ドレスを着たアキたちと黒服を着た渡たちが順次紹介された。
(へえぇっ、渡ってば意外とかっこいいじゃん)
優奈は渡に視線を送っていた。
「アキちゃん胸の開いたドレス、よう似合ってるやん。(おっぱい見えそうや) ハンちゃんとミッシェルのチャイナドレスも色っぽいでぇ」
八郎は息を荒くして胸と脚に視線を注いでいる、今にも涎が垂れてきそうだ。
「八郎くんっ、その言葉遣いはダメっ!! 今日のあなたはボーイよ! 自覚してっ!!」
結衣の叱責が飛んだ。
「すんまへん・・・」
流石の八郎も肩を竦めるしかないようだ。
「間もなく開店よ、お客様がお見えになります。皆、最高のおもてなしをね。最終チェックは?」
次々と結衣の指示が飛び、ホステスとボーイたちがテキパキとそれをこなしていく。
(流石は高級クラブ・・・、バイト先のキャバクラとは質が全然違う。でも、うちもホステスでずっと稼いできたんだ、負けるもんか!)
誰もが周りの勢いについて行けず茫然としているなか、優奈だけは闘志を燃やしていた。

「高橋様、お見えです」
「井上様、ご来店です」
「岡田様、お見えになられました」
次々と客が来店し、ボーイが人数を見て水が流れるが如くテーブルへと案内していく。
瀬尾が渡たちにアイスペールを運ぶように指示する。

瑠花は、萌と圭、汐音を連れてテーブルに付く。
どうやら客は建設会社の社長とその社員達らしい。
ゆかりはアキと七瀬、涼香を連れて別のテーブルに付いた。
こちらは、病院長とスタッフ達のようだ。
最後に優奈と穂波、ハンとミッシェルを連れて結衣がテーブルに付いた。
ここは、運送会社の社長と重役たちのようだ。
(この社長、女好きだけど大丈夫か・・・)
客層を知っている瀬尾はどうやら気がかりでならないようだ。
ボーイが運んできたおしぼりを両手で広げて、結衣が直々に社長に手渡す。
「岡田社長、今日はテルマエ学園の生徒さんたちが実習に来てますの」
「ほう、それで若い娘が多いのか。初々しくていいねぇ」
岡田はニヤニヤと笑いながら、隣に座った優奈の胸に手を伸ばす。
「っ!」
それを目線で捉えた結衣が声を出そうとしたその瞬間・・・
「岡田さま・・・、駄目ですよ」
男心をくすぐるような口調、そして優奈の両手は岡田の手をそっと包み込んで自らの膝の上に優しく置いた。
(ふうん。この娘、機転が利くじゃないの。ゆかりの教え子だけのことはあるわね)
結衣は次に優奈がどんな対応をするのか興味深く見守っている。
「岡田さま、お飲み物はいかがなさいますか? ドンペリなどお勧めですよ」
優奈は手を握ったままじっと岡田を見つめている。
「そうか、よしよし。それじゃ、ドンペリのピンクを・・・」
岡田がそう言いかけたが、優奈の言葉がそれを遮った。
「わたし、ドンペリのプラチナって見たことなくて、一度でいいから、見てみたいですぅ・・・」
見上げていた視線を一瞬外し、改めて視線を戻しながら言った。
「ぷっ、プラチナか・・・」
岡田の顔に逡巡の色が浮かんだが、まだ優奈の視線はずっと向けられたままだ。
「えっ、ええいっ! ドンペリのプラチナを頼むっ!」
「しっ、社長っっっ!」
連れの社員が血相を変える、おそらくは経理担当だろう。
「構わんっ! ドンペリのプラチナだっ!」
「わぁっ、岡田様。ありがとうございます」
(何なの! この娘?)
海千山千の結衣も呆気にとられていた。
「気に入った!君、名前は?」
「はい、優奈と申します。それと・・・」
優奈はちらりと横を見る。
「穂波です。よろしくお願い致します。」
なぜか穂波までちゃっかりとアピールしている。
(参ったわね。プロのホステス顔負けじゃない・・・)
結衣も苦笑いするしかなかった。
他のテーブルでも談笑の花が咲いているようだ。
八郎は夏休み中にかなり体重が増えたせいかでっぷりしたお腹を揺らして、息を切らしながら灰皿を次々と交換していた。
ゆかりなどは、次は指名するからと出勤日をしつこく聞かれている。
渡はホステス達の注目を一身に集めながらも、アイスペールを黙々と取り替えていた。
アキたちの拙い接待も酒席で遊びなれた大人たちにとって新鮮だったのだろう。
特筆すべきはケリアンで、なぜかボーイなのに客たちを大爆笑させていた。

閉店の時間となり、皆が対面する形になっている。
「今日はお疲れ様でした。お客様も満足された様子でしたし、テルマエ学園の生徒さん達もとても良い接客をされていましたね」
結衣が褒めることは滅多に無いようで、瑠花と瀬尾も驚きを隠せないでいる。
「今日は本当にありがとうございました」
ゆかりが深々と頭を下げる。
「いえ、うちの方がお世話になったくらいよ。今月最高の売り上げだったし・・・」
ゆかりと結衣の視線が優奈に向けられる。
「ねぇ、ゆかりさん。復帰するならいつでも良いのよ」
「ありがとうございます。でも、今は他にすることがあり過ぎまして・・・」
「そう、残念ね」
結衣はすっとゆかりの側を離れて優奈に近づいた。
「今日はお疲れ様」
「こちらこそ、お世話になりました」
優奈の言葉の終わらないうちに、そっと顔を近づける結衣。
「ねぇ優奈ちゃん、うちに来ない? 貴女なら№1ホステスで通用するわよ?」
結衣が優奈の耳元で囁く。
「ありがとうございます、ママ。でも、うちは№1女将になるんで!」
ほっほっほっほっ、と上品に笑う結衣。
「そう・・・、残念ね。でも、貴女なら成れるでしょうね」

「じゃぁ、皆さん。ありがとうございました」
ゆかりと一緒にアキたちも一同に頭を下げる。
「ゆかりさん」
「はい?」
「最近、物騒だから気を付けてね」
「大丈夫です、男の子たちもいますから」
そう言って、ゆかり達は【ル・パルファン】を後にした。

その後ろ姿を見送っていた結衣が呟く。
「まさか、二人ともに振られるなんてね・・・」

【ル・パルファン】を出た一行、優奈・穂波・ハンが先頭を歩いている。
(ふふっ、ママに認められたって事でいーんだよね。№1かぁ、おっしゃぁぁぁっ!)
無意識にガッツポーズを取る優奈。
「何一人でニヤケけてんの? いい事あったとか? 教えなよ」
横から穂波が優奈をせっつく。
「別にぃ、何でもなーい」
「?? ドウシタノ?」
照れくさそうな優奈を穂波とハンが不思議そうに眺めていた。

「オヤ、綺麗なお姉さんたちジャナイ」
「こんな夜中は物騒デスヨ」
優奈たちの前に派手なシャツを着た一団が道を塞いでいた。
一見して、普通じゃない雰囲気が漂う。
「ネエネエ、一緒に遊ぼーヨ」
「消えな!」
穂波が一歩前にでる。
「ワーオ、かっこいいネェ」
(素人六人程度なら、やっちまうのは訳ねぇ・・・空手道場の乱取りより簡単だが・・・)確かに、穂波一人だったらこの程度の人数は敵ではない。
だが、優奈もいるしすぐ後ろにはアキたちもいる。
「コッチのお姉さんも、素敵ジャナーイ」
別の男が正面からハンの肩に手をかけた。
「ナニするっ!」
反射的にハンの脚が跳ね上がり、男の股間を直撃した。
「凸凹X、△□っ!」
何語かわからない叫び声を上げて、男は倒れこんだ。
「ゴ…ごめん。ソノ痛み、ちょっとだけ分かるヨ・・・」
(あの蹴り・・・、そうか確かムエタイの達人って言ってたよな)
「テメェ、やりやがったナっ!」
だが、思った以上に男たちがいきり立っている。
しかも、どこからか仲間たちが集まっており軽く10人を超えていた。
「待った待った、ウェイトやぁぁっ!」
前方の不穏な空気を見て取った八郎と渡、それに二郎が駆けつける。
ゆかり達も追いつくと、更に人数を増した男達が左右に広がっている。
「ちょい、待ちいな。話せばわかるやないかぁ」
息切れしながらたどり着いた八郎。
だが、話してわかる相手では無かった。
「ナンダ、オマエ?」
いきり立っている男は八郎の胸倉を掴み、拳を振り上げる。
「師匠っ!」
二郎の声が出るより早く、男の拳が八郎の顔面に入った。
鈍い音がして、八郎は鼻を抑えて倒れこむ。
手の隙間からはポタポタと血が流れだしていた。
「あかぁん、鼻の骨が折れたぁ・・・」
「八郎っ!」
「早瀬くんっ! ダメっ!」
ゆかりの静止の声よりも早く渡のボディブローが綺麗に水下に入り、がくんと膝をつき、倒れこむ男。
「テメェ、ボクサーか!? やりやがったナ!」
(ちっ!せっかく手を出さずにいたってのにっ!)
自分と渡とハン、果たして三人でこの場を凌げるか、穂波は考える。

(ママが物騒って言ってたのは、こいつらの事だったのね)
ゆかりは結衣の忠告を軽く考えていたことを後悔したがもう遅い。
「師匠ぉ・・・、大丈夫ですか?」
鼻から血を吹き出している八郎は、二郎に膝枕をされている。
「あちと渡とハンで何とかするから、皆で逃げなっ!」
穂波と渡、ハンが皆を後ろへ下がらせる。
(後は警察の到着までどう持ち堪えるか・・・)
人数としてはほぼ同数といってもまともに戦えるのは三人しかいない、かなり分が悪いのは事実だった。

「何だ、あれは?」
「喧嘩でしょうか。いゃっ、あいつ等です!」
現場を通りかかった車には如月の姿があった。
バタン!
ドアを開け、車を降りる如月。
「てめーら、何してやがるんだっ!」
凄みの聞いた声が夜の闇に響く。
(如月っ!?)
ゆかりが如月の姿を見つけた。
(橘っ!?  だとするとこいつらはテルマエ学園の・・・)
「如月さんっ!?」
如月の姿を見つけたアキが叫ぶ。
「何だ、あのときの嬢ちゃんじゃねぇか」
「この人たちが急にっ!」
「まぁ、だいたいのところは分かった」
「何ダ、オマエッ!」
リーダー格と思われる男に如月がずいっと近寄る。
「ここは、俺たち二月会のシマだ。とっとと国へ帰ったらどうだ?」
「ニ・・・、二月会。オマエガ・・・」
「そう、俺が如月だ」
二月会と名前を聞いて、男たちの戦意が下がっているようだった。
そして、穂波も・・・
(二月会・・・、そしてあいつが如月・・・。哲也の・・・)
如月は穂波の憎悪のこもった視線を感じてはいたが、思い当たる節は無い。
「会長っ!」
数分もしないうちに二月会の組員たちが次々と集まってくる。
「さぁ、どうする? 戦争したいってんなら、こっちも引かねえぜ」
睨み合いの状態が続く。

八郎は鼻血が止まらず、二郎に膝枕されたままである。
「師匠~」
「あかん、わいはもうあかん・・・。なんで膝枕が二郎やねん・・・。アキちゃんは居らへんのかあ・・・」
「あの~・・・」
「あかん、これまでの事が走馬灯のように見えるでぇ・・・。アキちゃん・ミッシェル・七瀬ちゃん・萌ちゃん・汐音ちゃん・圭ちゃん・優奈さん・カトリーナ・ゆかり先生・葵先生・・・、穂波さん・・・」
「師匠~」
「大丈夫だ、鼻血くらいじゃ、死なねーよ。それより、何であちの名前が最後なんだよ。しかも、先生たちより後って・・・」
「ごめんやでぇ、胸の大きさがぁ・・・」
「黙ってくたばってろっ!」

「オレたちにもメンツがアル、このままジャッ!」
「孫に殺される・・・、か?」
ビクッ!
孫の名前を出した瞬間、場の空気が変わった。
「そろそろかな」
如月がゆかりを見て、目配せをする。
遠くに赤色の回転灯が見え、近づいているのが分かる。
誰かが警察に通報したのだろう。
「仲間がケガさせられているんだッ! 引けナイッ!」
「こっちだって同じだろうが!」
「セメテ、そいつを渡セっ!」
男が渡を指さす。
「乗れねぇ話だ」
如月は振り返ってアキ達を見る。
「あんた達はさっさと撤収しな。ここからは俺たちの仕事だ」
ゆかりが黙って頷いた。
「皆、帰りますよ。大塩君は早瀬君と鈴木君でお願いします」
こうして、アキたちは無事に学園へと戻ることが出来たのだった。

「私が付いていながら、申し訳ありませんでした」
学園に戻った翌朝、ゆかりは昨晩のことをミネルヴァに報告していた。
「ふむ、手を出してしまったのは拙かったな・・・」
「事と次第によっては、傷害事件となるかと・・・」
「早瀬渡だったか・・・一応、手は回しておく。早瀬の方でも動くだろうがな。ところで・・・」
「早速ですが、秋田から入りたいと思っております」
「平泉・・・、萌だったか?」
「秋田、乳頭温泉です」
「ふむ、あの地は佐竹にまつわるものが多い・・・。しっかりと調べておいてくれ」
「その後に山形、白布温泉へと向かいます。上杉一門の地ですので、何かしらあるかと」
「まずはその二つだな。結果次第では他もやって貰うことにもなる」
「承知致しました。では・・・」
ゆかりは恭しく頭を下げた後、学園長室を後にした。

話は少し前、早瀬駆が渋温泉から横浜へと向かった頃に遡る。

「やっぱり、話が早いと助かります」
「駆サン、貴方は経営者としての才覚に優れてイマス。コレからも良いパートナーでいたいデスネ」
「いや、孫会長が居てくださって助かりました」
渋温泉で結果を出せなかった早瀬駆が横浜港で面談したときは、一見すると良好な関係を維持しているかのように見えたのだが時が過ぎると孫の対応は日に日に変わっていった。

「いつまでカカッテるのカ!」

「サッサとケリを付けないなら、手をヒカセて貰うコトになるゾ」

渋温泉のリゾート開発を早瀬コンツェルンで仕切りその資金は萬度から提供させることで事業の圧倒的な成功を画策していたのだが、泉華の団結の前に駆の考えは脆くも崩れ去っていた。
更に渋温泉の開発着工が進まないのであれば別の事で萬度に対しての礼を尽くせと、ごり押しされていたのだ。

「孫会長、もう少し時間を・・・」
「ヤハリ、オマエは手ぬるいナ」
あれから何度、こうして孫と会ったことだろうか。
無論、孫との会談が行われていることは父である将一郎には話していない。
会社での権限も徐々に制限されてきており、精神的にも憔悴しきっていた。
(くそっ、まだわからないのか?)
駆はスマートフォンに連絡が入るのを待っていた。
(何か一つでも、孫の弱みが分かれば・・・)
「ナニか気になっているノカ・・・」
「いえ、なにも・・・」
「嘘がヘタなのも、役立たずノ目印ダナ」
「えっ!?」
「ブラフマーからの連絡ナド来ないゾ」
「な・・・、なぜ???」
「ツヨイ方に付く、長生きスル為ニワナ・・・」
孫がにやりと笑った
(俺が孫を調べたことが・・・、逆にリークされたってことか?)
「日本人、平和ボケシ過ぎダ」
駆はがっくりと項垂れる。
(終わりだ・・・、俺は終わりだ・・・)
放心状態の駆に孫が猫なで声で話かける。
「マダ、チャンスは有ルゾ・・・、早瀬の通販ルートヲ使わせてクレレバイイ」
「通販・・・? 何を・・・! まさかっ!?」
「駆サンハ知らない方がイイ」
「か・・・、覚醒剤・・・?」
「フン! ソレと、シブ温泉に気に入った女がイルンダロウ?」
(奈美さん・・・)
孫の顔が怪しく歪んだ。
「ソノ女も手にイテテヤルゾ、ドウダ?」
「か・・・、考えさせてくれ・・・」
とにかくこの場から逃げるしかないと駆は思っていた。
「オ客サマのお帰りダ。サテ、次に会うトキは良い返事を期待シテイルヨ」
駆は逃げることも引き返すことも出来なくなっていることを改めて感じていた。

時を改めて戻そう。
東京駅・21番ホーム。
秋田新幹線に乗り込むゆかりの姿があった。
(皆とも少しお別れか、ちょっと寂しいわね・・・)
ゆかりの脳裏にはテルマエ学園第一期生と留学生達の姿が浮かんでいた。

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