第六話 「回想録・来訪者・二人の新講師」|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

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第六話 「回想録・来訪者・二人の新講師」

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「もうすぐ、45年にもなるのか・・・」
テルマエ学園の学園長室でミネルヴァは古びた扇子を眺めていた。
白拍子の扇子にはまるで走り書きのような筆文字が書かれている。
「あのとき、この扇子に出会わなかったら・・・」
ミネルヴァは目を閉じた。
「長野、渋温泉だったか・・・」

45年前、まだミネルヴァという名前は使っていなかったころのことを思い出す。
当時は紅茶キノコが大ブームになり、これで一代の財をなせると思った青年がいた。
峰流馬である。
流馬は自身の有り金のすべてをこの事業につぎ込んでいた。
当初はまずまずの業績であったものの、人とはすぐに飽きるもの。
紅茶キノコブームはあっという間に過ぎ去り、流馬のもとには多額の借金だけが残った。
妻は無理がたたって病に倒れ、生まれたばかりの息子と心中の場所を求めて流れ着いたのが渋温泉だった。
そこで温泉地の中にある古道具屋で年期の入った扇子を通りがかりに見つける。
店主は流馬の風体を見て、面倒くさいことに関わりたくないと思ったのだろう。
「徳川家の家訓が書いてあるらしいが、ゴミみたいなものだから、只でやるよ」
ボロボロになった扇子だったが、手に取った流馬には何が書かれているのが頭の中に浮かんだ。
読んだのではない、感じたのである。

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。

「なんだかよく分からねぇな、暗号かよ?」

偶然に立ち寄った渋温泉で運命の扇子を手に入れたことも、一夜の宿を求めたのが、温水屋であったことも因縁かも知れない。

当時、温水屋の若女将だったハルは流馬と連れている息子を見て気が付いた。
(この親子は死に場所を探している・・・)と。
まだ若かったとは言え、地元の中学を出てから実家の旅館の仲居として働き続けてきたことで客のことを見極める力も備わっていたのだ。
ここで流馬とハルに二つの偶然が交差する。
物心も付かぬ息子を連れて心中を考えていた流馬だったが、信じられるかどうかもわからないが大きなチャンスを手に掴みかけていることを肌で感じていた。
また、ハルはつい先日に自分が子供を産めない体であることを知ったばかりだった。
偶然と偶然が重なり、流馬の息子 夏雄はハルに引き取られることになる。
この話はそれからのことである。

「さて、一応は見に行ってみるか」
流馬が向かったのは街はずれにある古い隧道である。
あの扇子を持ったときに感じたこと、それはかつて徳川家が埋蔵金を隠したとされている場所が書かれていたことであった。
また、自分が徳川家の血を引いているということもおぼろげであったが感じられた。
「もし本当に徳川家の血筋だったんなら、もっといい生活できたんじゃねぇか」
しかし失敗した事業でできた借金から逃げ続けることはできそうもない。
何とかして別人として生きるか、宝物でも掘り当てるかしかないと思っていたときに徳川の埋蔵金となれば賭けてみたくもなるだろう。
「本当にひでぇな、こりゃ・・・」
流馬の行きついた隧道は人が通るにはあまりにも危険ということが素人目にもわかる。
だが、だからこそ今まで放置されてきたのだろう。
「つまり・・・、こりゃ本当にイケるかも知れねぇっ!」
もしここで埋蔵金を発掘できたら人生のやり直しだって夢ではなくなるのだ、ただ問題があった。
「こんなところ、一人で発掘してたんじゃ何年かかるか・・・」
更に周辺の住民から怪しまれて通報されでもしたら元も子もなくなる。
少ないと言っても、ここを通行している人もいるには居るだろう。
何か策はないものかと悩みながら、流馬は山を下りて町へ戻った。

「ですから、今ここを一機に全国へと宣伝すべきときなんですっ!」
駅前で一人の男が声を張り上げている。
「この田部泰三っ、きっと皆さんのお役に立ちますっ!」
(選挙か・・・、ご苦労なこった。俺にはなんの関係のないが・・・)
「でも、小さな建設会社の社長でしよ?」
「名誉市民にでも成りたいんじゃないのか?」
汗を流し唾を飛ばして熱弁している田部を見ていた聴衆は冷ややかな反応を見せている。
(こりゃ、落ちるな)
そう思って立ち去ろうとしたとき、流馬の頭に一つの妙案が浮かんだ。
(建設会社・・・!? そうだ、これならっ!)
流馬の顔に怪しい笑みが浮かんでいた。

その夜のことである。
「しっ、社長っ!」
田部建設の事務所に社員が飛び込んできた。
「どうした?」
「そっ、その事務所前で怪しい男が社長に会わせろと暴れて・・・」
「そんな奴、さっさと・・・」
田部は押し黙った。
建設会社だからそれなりに腕っぷしの強いものも多いのだが、今は選挙中でもある。
おかしなスキャンダルにでもされてしまったら大事だ。
「ちっ! ライバル候補の嫌がらせかっ?」
「警察でも呼びましょうか?」
「えぇいっ、俺が追い返してやるっ!」
田部がいきんで階段を下りていくと、そこには不適な笑みを浮かべた流馬の姿があった。
「おっ、泰三さんのお出ましかいっ!」
「なんだと、貴様っ!」
「まぁまぁ、そういきりなさんな、俺はあんたの味方だよ」
「何だと?」
「あんたを県会議員に当選させてやろうってんだ」
「ふん、でまかせを言うな」
「俺の話を聞いてからでも遅くはないだろ? それともそんな度胸も無いのかい?」
「うっ・・・、聞くだけなら聞いてやろう」
「よし、話は決まった。邪魔するぜ」
流馬はひょいひょいと階段を駆け上がって田部の事務所へと入っていく。
「おっ、おいっ! 待てっ、勝手に・・・」
「おっ、なかなかいいソファだなっ!」
勝手に事務所へ上がり込んだ流馬は事務所中央に置かれていた応接セットに深々と座り込んだ。
「本当に無礼なやつだな・・・」
慌てて流馬の後を追ってきた泰三は呆れ顔だ。
「それじゃ、本題に入りたいところだが・・・」
流馬は周囲をジロリと見渡した。
「俺たち二人だけにして貰いたい」
「なっ、何だとっ!」
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
泰三の部下たちが血気立つ。
「まぁ、心配するな。俺にそっちの趣味はねぇよ」
(こいつ、思ったより・・・)
泰三は流馬の不適さが気に入り始めていた。
「おい、お前らっ、下に行ってろ!」
泰三に命じられた部下たちは流馬を睨みつけながらも言葉に従った。

「さて、話を聞こうじゃないか」
「町はずれの隧道を知ってるかい?」
「あぁ、あそこか・・・、あれがどうした?」
「あんたにあの隧道を改修して貰いたい、俺を現場の監督にしてな」
「バカもほどほどにしろ、それに何の意味がある」
「あんた県議になりたいんだろ?」
「まぁ・・・な」
選挙に立候補しているのだから当たり前である。
「でも、あんたは住民から信頼されていない」
「うっ! そっ、そんなことはっ!」
「あんた自身がわかってる筈だが・・・?」
確かにその通りであった。
だからこそ、何とか選挙で票を集める方法を探していたのだ。
「もし、住民の安全と利便の為に私財を投じて工事をしているとしたら・・・どうなるかな?」
「なるほど・・・」
泰三の顔にも笑みが浮かんできた。
政治家というものは世上の庶民がどんなに困った生活を強いられていても、自分の特権だけは守られ続けていることが普通である。
例え景気の悪化で会社が潰れ仕事を失う庶民が続出しても、政治家の給料は減らないし必要経費の別途支給も減らされることは無い。
だからこそ住民の為に私財を投じた工事を行えば、どんな街頭演説よりも効果的であることはすぐに分かった。
他の候補者がそれをしても、癒着だとかを噂されるだろうが泰三に至っては自分の会社なのだから全く問題はない。
「それで、お前は現場監督として雇ってくれってことか?」
流馬は一瞬悩んだ。
ここで徳川の埋蔵金のことを話すべきかどうかである。
(埋蔵金の話で一気に胡散臭いやつと思われるかも・・・)
そうなったら、交渉は決裂するだろう。
だが、このチャンスにすべてを賭けなければ流馬にも明日は無かった。
「実は・・・、あそこには埋蔵金が埋まっている」
「まっ、埋蔵金だと・・・」
「あぁ、だからあんたを選んだんだ」
「・・・」
泰三と流馬は互いに真正面からにらみ合ったまま、時間だけが過ぎた。
「分かった、やってみようじゃないか」
泰三の声が沈黙を破った。
「それで、もし埋蔵金が出たら俺の取り分は・・・?」
ここが勝負どころと流馬は感じていた。
「そんなケチくさいこと言ってると男を下げるぜっ!」
「なっ、何だとっ?」
「あんたの取り分なんて無いさ。だが・・・、俺があんたを国政まで送り出してやる」
「大ぼら吹きだな・・・」
「いや、本当さ。あんたはこれから金のことは心配しないでいいようにしてやるよ」
一見するとあまりにも馬鹿馬鹿しい話である。
だが、泰三はこの男に賭けてみようと思い始めていた。
(俺が県会で満足しないことを予測していたか・・・。この男、使い勝手がありそうだ)
「よしっ、話に乗ったっ!」
二人は立ち上がって互いに手を取り合った。
力の入った強い握手である。
「まだ、名前を聞いてなかったな」
「峰・・・、峰流馬」
「そうか、では流馬。早速工事に取り掛かってくれ」

田部建設が自費で隧道工事に取り掛かったことは、話題の少ない田舎町であることもあってすぐに地元の新聞の一面を飾った。
そして日を追うごとに泰三の選挙演説を聞きに来る人数が増えてきたのである。
新聞には現場の責任者として働く流馬の姿もあり、それを見てハルは呟いた。
(峰さん・・・、この子は私がちゃんと育てます)
しかしその子もいずれハルのもとから去っていくことは予測もしていなかっただろう。

隧道の工事は順調に進んだ。
だが、埋蔵金の手がかりらしきものが全く得られないことで、流馬は苛立っていた。
「くそっ、何か手がかりはないのかよ」
手がかりと言えば、この扇子しかない。
だが、扇子に書かれている徳川の家訓を調べてみてもその意味は甚だ不明瞭だ。
「つまり、努力して頑張れってことなんだろう。ご先祖様、なんとかしてくれよ」

龍馬が最初に思いついた打開策は金属探知機だった。
「埋蔵金というからは、金だろ。だったら、これで探せば・・・」
ところが隧道工事の為にびっしりと足場が組まれており、どこで作動させても探知音が鳴ってしまう、更には落ちている釘にまで反応してしまう始末だった。

次に思いついたのは、ダウジングロッド。
「これを両手に持って、精神を集中すれば・・・」
何も感じないし、何も起きない。
「こんなものに頼るなんて、俺はバカか・・・」

日に日に工事は進み間もなく終了となったある日のこと、工事中に事故が起きた。
作業員が崩落に巻き込まれたと聞き、流馬は現場へと駆けつけた。
隧道の途中で崩落が起き、三人の作業員は何とか自力で脱出してきたのだか一人が戻っていないというのだ。
「残ってるのは・・・、徳さんか・・・」
今回の工事の関係者の中では一番年上であり、年若い流馬と現場作業員たちの間をうまく取り持ってくれていた初老の男である。
「俺が行ってくる!」
崩落現場は危険なのは承知していたが、ここは自分が行くしかない。
この事故が原因となり死者や重傷者が出たら、工事そのものが中止されることも考えられる。
「そうなったら・・・」
泰三の選挙戦への影響は測りきれないきれないだろう。
それだけではない、部下を見殺しにした監督の下で仕事を続けたいと思う者がいるだろうか。
何よりも、徳さんの屈託のない笑顔が脳裏に浮かんでいた。

パラパラと土の崩れる音の中、流馬は隧道を進む。
照明の線も切れているので、頼りになるのは電池式のヘッドライトのみである。
息の詰まりそうな漆黒の空間を注意しながら、少しずつ進む。
「徳さんっ! どこだっ!」
うめき声らしきものが聞こえる。
しばらくして、ヘッドライトの光の先に人影が見えた。
「徳さん、大丈夫かっ?」
急ぎ近づき倒れている人影に近寄る。
「うっ! りっ、流ちゃんかい?」
「あぁ、俺だよっ! 無事で良かった・・・」
「あんまし、無事じゃねぇがな・・・」
「怪我は!?」
「足がな・・・、動かねぇんだよ」
崩落の際に支柱にしていた木材が倒れ、近くの足場を巻き込んだのだろう。
「すぐに助けるからなっ!」
流馬は徳さんの足の上に圧し掛かっている足場を一つずつ取り除ける。
パラッ、パラッ
その振動で天井の土が崩れ始めた。
「流ちゃん、ここは危ねぇっ! 早く逃げろっ!」
「駄目だ、徳さんを連れて帰るんだっ!」
頭の上から落ちてくる土も忘れて、流馬は積み重なっている足場を取り除く。
「よしっ、いけるぞ!」
「すまねぇ、すまねぇなぁ・・・」
恐らく骨折していると思われる、徳さんを背負って流馬は出口を目指す。
地下水のせいだろうか、足元はぬかるみ歩きづらいことこの上ない。
しかも背負っている徳さんの頭をぶつけないようにするには、前傾の不自然な姿勢で歩き続けざるを得ない。
(まさに徳川の家訓そのものじゃねぇかよ・・・)
(堪忍は無事長久の基か、そうだな徳さんが悪いんじゃねえ)
流馬は歩き続ける。
(おのれを責めて人をせむるな・・・、俺が現場とやっていけるのも徳さんのお蔭だ)
まるで自分に向けて書かれたものであったかのような不思議な感覚に包まれ始めていた。
(人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。・・・!?)
その時、流馬の視線が何かを捕らえた。
人の腰よりも低い位置で一直線に並べられた石の列。
その一列だけが、他の物と僅かだが色が違う。
(まさかっ!?)
徳さんを背負い隧道を出た流馬を現場の職人たちが涙ながらに出迎えた。
たった一人の工事人夫の為に崩落した現場に入っていく監督など、これまでにいなかったのだろう。
感涙にむせぶ職人たち、そして流馬も埋蔵金の在処を突き止めたことを確信していた。

それから数日後、崩落現場修繕し安全を確保した後に流馬はあの色違いの石の並ぶ壁を見ていた。
(確かに、普通に歩いていたら見つけられなかっただろうな・・・)
流馬は石の隙間をめがけてツルハシを思いっきり振り下ろす。
ガキッ、ガラガラガラッ!
音を立てて壁が崩れ、横穴が出現した。
暗い横穴を抜けた先に三畳ほどの空間があり、震える手でライトを先に向けると・・・
「あっ・・・、あった!」
ライトで照らされた先にはテレビの時代劇で見た千両箱のようなものが積みあがっている。
近づいて箱の表面に積もった土を払いのけると、三つ葉葵の紋章が見える。
持ってきたバールで箱をこじ開けると、箱の中には大判・小判が黄金色の光を反射していた。
(見つけた・・・、これだ!)

徳さんを助けようとしたその気持ちが天に伝わったのだろうか。
流馬は何ごともなかったかのように戻り、作業員たちにその日の仕事を終わりにするよう指示した。
気を落ち着けてから、現場事務所の電話を使って泰三へと連絡をする。

そのころ、泰三の事務所では選挙の当確が出たことで大騒ぎになっていた。
「おうっ、流馬っ! 当選だ、当確が出たぞっ!」
「そりゃあ、よかった。もう一つ良い知らせがありましてね・・・」
「もっ、もしかしてっ!?」
「見つけましたよ、埋蔵金」
「よっしゃっよっしゃっ、よっしゃあぁぁぁっ!」
この泰三の叫びは後の世でも語り継がれることになる。
「信頼できる部下を選んで運び出します」
「よし、人選はお前に任せる」
「後はどうやって換金するか・・・。日本じゃすぐに足が着くし、海外へと持ち出すのも難しいだろうし・・・」
「そこは、俺にツテがある。お前も一度会っておいた方が良いだろう」
峰流馬と田部泰三、この二人の蜜月関係がこのときに出来上がったのだった。

「この男だ」
「初めましテ、峰サン」
泰三が紹介したのは訛りの強い話し方をする中国人ブローカーだった。
「私、中国にルート持ってマス。日本で売れないモノ、なんでも中国ならお金に換えられマス」
「レートは?」
「大サービスしまス、20%」
「いらねぇな。田部さん、あんたの紹介ってのも大してことないみたいだ。俺のルートで捌くよ」
「ちっ、ちょっと待ってくだサイ。田部サン、どうなってるネ?」
「まぁ、仕方ないか。こいつも頑固だでなぁ」
泰三と流馬は相手に見えない角度で目配せを交わす。
「分かりました、10%で我慢しまス・・・」
「5%だっ!」
田部の紹介といってもまともな輸出業者でないことは分かっている、ここで賭けに失敗することは避けたかったが流馬もかつての紅茶キノコ輸入ビジネスの経験で引いてはいけないことを察していた。
泰三は面白そうに成り行きを眺めている。
「ロシアの組織を経由させますノデ、どうしても手数料が掛かりマス」
「あんたの所で4%、ロシアさんに2%で話を付けろ!」
「ソンナ・・・!」
「今回は・・・ってことさ。何度か付き合って実績ができたら・・・なっ?」
「分かりマシタ・・・」
(ほう、思っていた以上の交渉をするな・・・)
泰三は流馬の交渉力を見直していた。
だが、この中国人ブローカーを使ったことが後に大きな災いの素となったのである。

県会議員になった田部は県議会に大鉈を振るった改革を断行し続けた。
勿論それがまかり通ってきたのは、流馬の資金があればこそでもある。
「ところで・・・、流馬」
「何だい、泰三さん?」
あれから数年、既に二人の間には切っても切り離せない特別な関係が出来上がっていた。
流馬の資金力は泰三にとって必要不可欠なものであったし、泰三の政治力は流馬にとっても失うことのできないものとなっていた。
「そろそろ、儂も国政を目指したいと思うんだが・・・」
「衆院選・・・、か?」
「どうやら党の公認も間違いなさそうだしな」
「それじゃ、ひとつ花火を上げてみるか」
「どんな花火だ?」
「あんた、花を見るのは好きかい?」
「まぁ、嫌いじゃないが・・・?」
「伊那に遠照寺って寺があって、五月の中ころは牡丹の花が見頃になるんだよ」
「五月か・・・!?」
「ちょうど、そのあたりが告示日だよな」
「あぁ、そのときにあんたは牡丹を見る会を開催するんだよ。地元の有権者を集めてな」
「だが、そんなことで票が入るのか?」
「牡丹を見る会は豪勢な弁当付さ、弁当箱そのものも持って帰って貰う」
「弁当箱の底に、変わった色の菓子が入っているとか・・・?」
「いや、聖徳太子が印刷された何枚かの紙が入ってるだけ・・・」
「ふっ、ふふふつ・・・」
「はっ、はははっ・・・」
こうして開催された牡丹を見る会は毎年開催されるようになる、回を追うごと会に呼ばれること自体がステイタスとなるのに時間はかからなかった。

毎年恒例となった牡丹を見る会も泰三が衆議院議員になり、入閣するようになると更に大がかりなものとなっていった。
そして泰三は念願の行政のトップにまで上り詰めていったのである。

「なぁ、流馬?」
「何です?  泰三さん?」
泰三が安定政権期に入ったころには、流馬も複数の会社を裏から経営するようになっていた。
「何か、こう・・・。日本人の心に訴えるようなものはないかのう?」
「どうしたんです、いきなり?」
「儂が政権を取っている間に、全国民をあっと言わせるような何かをしておきたいのだが・・・」
「なるほど・・・」
「あの故郷を思い出すような気持ちを国民に持たせられたら・・・」
「更に政権が盤石になるか・・・。故郷ねぇ・・・。っ!」
流馬の頭に閃いたものがあった。
「故郷・・・、長野。渋温泉・・・、風呂っ!?」
「どうした? 何か閃いたのかっ?」
「泰三さん、俺 温泉ビジネスを始めるよ」
「まぁ、温泉好きの日本人は多いが・・・」
「それで、先ずはシャワーで済ませるんじゃなくて家でも湯舟に浸かることを推奨してくれ」
「誰が?」
「あんただよ。その前に日本文化会議とか健康学術会議とかの有識者を集めて話を作りあげろよ」
「そして・・・?」
「あんたは日本人の心は入浴(温泉)にあるってことで大キャンペーンをするんだ」
「なるほど、それはいけそうだなっ!」
「温泉に行くなら政府が費用の一部を援助する。そうだ、レッツ・ゴー・トラベルなんてどうだい?」
「良いじゃないか、旅行団体からも票が集められる!」
「それと家で風呂に入るのに使うってことで、タオルを配布するんだ。そう、一世帯当たり二枚もあれば十分だろう」
「そっ、それも良いなっ! で、それは何と名付けるっ!?」
「うーん、そうだな・・・。田部・・・、タベノタオルだっ!!」
「タベノタオルを持って、温泉へレッツ・ゴー・トラベルってなったら・・・」
「ふっ、ふふふつ・・・」
「はっ、はははっ・・・」
後に田部政権の悪評の素となる二つの案はこうして生まれたことは誰にも知られていない。
「それと、泰三さん」
「おっ、何だ?」
「俺は温泉経営の専門学校を作ろうと思う」
「ふむ、良いんじゃないか」
「それで頼みだが・・・」
流馬はじっと泰三を見た。
「あの土地を払い下げして貰いたい」
「都心の一等地か、国有地の払い下げとなると手間がかかるが・・・」
「あんたが現職のうちじゃないと無理になるだろう?」
「仕方あるまい、関係各庁には官房長官の須貝から指示をさせておく」
「助かるよ、数年かかかるだろうけどな・・・。それと・・・」
「まだ何かあるのか?」
「ちょっと法務省へ手を回して欲しいことがある」
「それも須貝からさせておくが、何を?」
「これからは表舞台に出ることになるからな・・・、名前を変えておきたい」
「まぁ、その方が無難か・・・。で、何と変えるのだ?」
「ミネルヴァ」
「峰流馬が、ミネルヴァか・・・」
ミネルヴァ誕生の瞬間であった。

「長いようで短い、それも人の世の常か・・・」
ミネルヴァの感慨を込めた呟きの直後に机の電話が鳴った。
(内線か・・・、何だ?)
「ゆかりです。急ぎお伝えしなければならないことが・・・」
「何だ?」
ゆかりの有能さはミネルヴァ自身が一番分かっている、そのゆかりが慌てるほどのこととはいったい何か・・・
「明日、緊急にアデルソン氏が来日されます。どうしても学園長にお会いしたいと」
「分かった、ビジネスの話だけではなさそうだな・・・」
「はい、お嬢さんの再来日と一緒にお見えになると・・・」
「失礼の無いようにお迎えの準備をしておきなさい」
「はい、わかりました」
IR計画で近々の来日予定はあったものの、これほど急なことになった裏には何かあると感じずにはいられないミネルヴァだった。

「ようこそ、ミスター・アデルソン」
ミネルヴァは満面の笑みを浮かべて手を差し出す。
「ミスター・ミネルヴァ。どうしてもアナタに急いで伝えなければならないことがありマシタ」
娘であるミッシェルの新学期開始前に親として学園長に挨拶に来たということになってはいるが、アデルソンの顔は真剣そのものだった。
「ミスター・ミネルヴァ。とてもマズイことになっている・・・」
(ラスベガスのカジノ王とまで呼ばれているアデルソンがこんなに慌てるとは余程のことか・・・)
「チャイナの萬度グループを知ってマスカ?」
「あまり良い噂は聞きませんな。覚醒剤も扱うとか・・・」
「ソノ萬度の会長がヨコハマに来ています。シブ温泉をリゾート開発するトカ・・・」
(渋温泉・・・?)
「萬度は日本で活動できないので、早瀬コンツェルンを代理人にした聞いてイマス・・・」
(早瀬か・・・、確か息子がうちの学園に来ていたな・・・)
「確かに大事になりそうですな」
「最も大きな問題は、萬度がミケネスの一角だからデス」
「ミケネス、聞いたことがない名前ですが・・・?」
「世界各国に暗躍するモノたちデス。チャイナの萬度・フランスのマシュランが七大将軍と呼ばれるうちの二人であることはCIAが突き止めていマス」
「その萬度がなぜ、日本に・・・?」
「アナタとアナタの資産が目的のようデス。シブ温泉にある中世期の遺産がチャイナ経由でロシア・ヨーロッパに出回り各国のミケネスが動き始めたようデス」
「それでわざわざご忠告に?」
「ワタシもチャイナのやり方は気に入りまセン。しかも孫の率いる萬度は犯罪集団でもありマス」
「そう言えば、米国では中国で開発されたアプリ・TICTACを大統領令で締め出したとか」
「OH、よくご存じデシタネ。アメリカではトップシークレットにしていましたガ・・・」
「私もそれなりに・・・」
ミネルヴァは恭しく頭を下げる。
「いずれにしろ、大統領もワタシも日本は最大のパートナーと思ってマス。ですから、盗聴されないように直接、お会いしたかったのデス」
「確かに最近は油断のならないことも多くなってきましたからな。しかし貴重な情報を頂き感謝いたしますぞ、ミスター・アデルソン」
「ミスター・ミネルヴァ。ワタシたちはより良い友人でいられそうデス。娘のこと、宜しくお願いシマス」

(ミネルヴァ、なかなかの曲者ダガ、これくらいでないとビジネスのパートナーとしてはもの足りナイ。ミッシェルの報告通りってことにナルカ・・・)
アデルソンは満足げに微笑みながら学園を後にした。

アデルソン氏の来訪はミネルヴァに一つの決断を促せていた。
「ゆかりくん・・・」
「はい、何でしょうか?」
「如月を呼んでくれ、それと・・・」
「はい?」
「すぐに京都に発ってくれ、会ってきて貰いたい男がいる」
「松永弾ですね」
「そうだ、察しが良いな」
満足そうにミネルヴァが微笑んだ。
「葵の方はいかがなさいますか?」
「そっちは如月に任せる」
「分かりました。では早速・・・」
「必要なものの判断はきみたちに一任する。好きなように使って構わん」
(つまり、失敗は許さないってことね・・・)
知らず知らずのうち、ゆかりの顔が緊張で引き締まっていた。

翌日、一台の車が京都・嵐山温泉へと向かっていた。
「会長、着きました」
「よし、お前らは先に帰っていい」
(さて、どんなのが出てくるのか楽しみだ)
ミネルヴァから急に呼び出された如月はこの京都で、ある人物と会うことを命じられていた。
「いらっしゃいませ、如月様」
女将が笑顔で出迎え、部屋へと案内する。
「何か、お持ちしましょうか?」
「そうだな、よく冷えたビールを。それと、人払いを頼む」
女将が恭しく部屋を後にする。
しばらくして、一人の女性が如月の部屋を訪れた。
「失礼します。京都コンパニオンクラブ【舞姫】から参りました。茜です。本日はご指名頂きありがとうございます」
白いワンピースを着た美女である。
長く艶やかな黒髪が美しさを際立たせている。
如月は黙って手招きをし、茜は下手に座る。
「お注ぎ致します」
茜は慣れた手つきでビールを注ぐ。
「どうだ、あんたも」
如月がビール瓶を持ち上げ茜もグラスを持つ。
「ありがとうございます。いただきます」
互いのグラスを口元へと運び、ほぼ同時にグラスは空になった。
「俺は遠回しな言い方は性に合わねぇから単刀直入に言う」
茜の表情が一瞬曇った。
「松永葵さん、あんたを是非とも雇いたいって人がいるんだ」
茜の顔つきと口調がガラリと変わる。
「あんた誰っ!? うちを雇いたいって一体誰!? 何で松永って知ってるっ!?」
矢継ぎ早に問いかけ、今にも如月に掴みかかりそうになっている。
(やけに気の強い女だなっ!)
「くそっ! すまねえな。俺はもともとこういう話が苦手なんだ」
苦々しげに如月は葵に言い放つ。
如月を見ていた葵が突然、吹き出して豪快に笑いだす。
「あははははっ、あんたヤクザだろっ? 面白いおじさんだね。いいよ、話を聞いてやろうじゃないか」
いつの間にか葵の表情が和らいでいた。
「実はあんたを講師として雇いたいって話がある」
「うちが? 講師? 何の?」
「東京テルマエ学園のコンパニオン講師だそうだ」
「なんで、うちを?」
「俺は知らねぇが、ミネルヴァ学園長直々の話なんでな」
そういいながら、如月は封筒を葵に差し出す。
「支度金だそうだ、詳しくは東京で学園長本人から聞いてくれ」
葵は遠慮する素振りもなく封筒を開け中にあった小切手の額面を確認する。
「ふーん」
(まぁ、これだけあったらコンパニオン辞めて借金も返せるかな)
「あんた悪いヤクザじゃなさそうだし、面白そうだから引き受けてあげるよ」
「・・・」
「なんでうちなのかって聞いても答えてくれないんだろ? それにあたしのことも調べてるんだろうしね」
「じゃあ、交渉成立ってことだな」
「そうね。それじゃ、改めて飲み直しましょうか」
(頭の回転の速さ・度胸、なかなかのもんだな。どこでこんな奴の情報を仕入れてくるのか、ミネルヴァのおっさん・・・、益々不気味だぜ)
松永葵、彼女の登場がミネルヴァの手駒の一つとして大きく波紋を広げ始めていく。

同じころ、DODOTVの撮影隊が祇園へと向かっていた。
「ここか」
中継車を停め、車を降りた三橋が軒先の看板を見上げる。
「京舞踊 松永流・・・、楽しみですね」
続いて降り立った三波が面白そうに言う。
「そうだな・・・、あれが居なきゃな・・・」
そう言った三橋の視線の先にはゆかりが居た。
「遅かったんじゃない?」
「いいえ、時間通りですっ!」
ゆかりの言葉に三波が切って返すように答えた。
「ふぅん、テレビ業界の人は五分前には着いておくってことをしないのね」
なぜか、三波とゆかりは相性が悪いようだ。
「まぁまぁ、それより早く撮影の準備をしましょうよ」
険悪な雰囲気を察したのか、岩田が撮影機材を卸してカメラを背負った。
「そうだな、行くぞ」
三橋も不満足そうではあるが、ここは仕事と割り切っているようだ。
玄関には弟子と思われる女性がいて、三橋たちを出迎え案内した。
「家元、DODOTVの方たちがお見えです」
舞台の上では、松永流三代目の若き家元 松永弾が芸妓・舞妓に稽古をつけている最中であった。
TVカメラに気付くと、弾がゆっくりと舞台から降りてきた。
ゆかりはまるで値踏みするかのように黙ったまま弾を見つめている。
「スタートっ!」
三橋の声が響いた。
「DODOTV、『京都の伝統を訪ねて』の時間がやってまいりました。私、濱崎三波が着物姿で京舞踊 松永流の三代目家元 松永弾さんに突撃インタビューです!」
そういってくるりと振り返った三波の視線が弾を捉えた。
「・・・」
「ふぅ・・・、まったく・・・」
弾のあまりのイケメンさに仕事を忘れて、ぽーっとなっている三波を見てゆかりがため息を漏らす。
「三波っ、インタビューっ!」
三橋の怒声が飛び、慌てて三波は我に返った。
「今日はどんなお稽古だったんですか? お家元?」
気を取り直した三波が弾にマイクを向ける。
舞台で芸妓と舞妓たちが踊っている風景をバックに弾が笑顔で答える。
「秋の講演の稽古をしてたんです」
「それって、どんな講演なんですか?」
「【祇園をどり】って言いまして、芸妓はんや舞妓はんが沢山沢山、踊りを披露するんです」
「うわっ、すごく楽しそうですね」
「ただ、うまく踊れるようになるのは・・・! そこっ、手ぇ抜いたらあきまへんっ!」
TVの取材中でも指導は続けられているようだ。
「はいっ!皆さん、踊りを続けて、続けて!」
岩田も言葉につられるようにカメラを抱えなおして舞台上の撮影を始めた。
「でも、京舞踊のお家元ってもっとお歳を召した方って思ってました・・・。あっ!」
三波が失言したとばかりに顔を真っ赤にして口をつぐんだ。
三橋も頭を抱えている。
「気にせんといて下さい。皆さん、そないに仰いますよって」
鈴の音のようにコロコロと笑いながら、弾は言葉を続ける。
「先代、うちの母親ですが病気で早う亡くなりまして。息子が三代目を継いだだけの話ですわ」
(確かに、爽やかな好青年。TV受けするのは分かるが・・・)
三橋はミネルヴァがなぜ急にこの男の取材を命じてきたのかが分からなかった。
(橘ゆかりまで来させてるし、何かあるのは間違いないな・・・)
三橋の疑惑は深まるばかりである。
その後、小一時間ほどの撮影と対談を交えて撮影は終了となった。
「はい、お疲れ様。じゃあ、すぐに編集にかかって下さい」
撮影が終わると、ゆかりが急かすように撮影隊を帰らせる。
(やっぱり何かあるな・・・、いずれ尻尾を掴んでやる!)
「岩田、三波 帰るぞ」
ゆかりの追い出すような視線を三波がキッと見返していた。
「三橋さん、何か変ですよね?」
「まぁ、今日のところは引き上げるしかねぇからな」

撮影隊の車が去った後に残っているゆかりを見た弾が怪訝そうに話しかける。
「あの・・・、皆さんお帰りにならはりましたけど・・・」
ゆかりは弾の顔をまっすぐに見つめながら口を開いた。
「お家元、お人払いをお願いします。二人っきりでお話したいことがございます」
それまでとは打って変ったゆかりの真剣なまなざしに弾も何かを感じ取ったようだった。
「皆さん、今日のお稽古はこのへんでしまいましょ。お疲れ様でした」
芸妓・舞妓たちが舞台を降りてそそくさと二人の前を通り帰っていった。

「さて、どんなお話ですやろ」
場所を変えて茶室へと入った弾が茶を点てながら話しかける。
シャッシャッシャっと茶筅の音が茶室に響く。
「では本題に入らせて頂きます。私はテルマエ学園、ミネルヴァ学園長の秘書兼講師の橘ゆかりと申します」
茶釜から白い湯気が立ち上っている。
「この度、学園長が貴方を講師としてお迎えしたいとの命でここに参りました」
茶筅の音が止まった。
「私に会うためだけの為にTV局まで担ぎ出しはったんですか? えらい大層なことで・・・」
(流石、そこまで読んでいたとは・・・)
ゆかりは弾の洞察力が並のものではないと感じた。
「まぁ、そうでもなかったらお会いしてまへんでしたけどなぁ」
弾は座り直して体の向きを変え、点てた茶をそっと右手で差し出した。
「お気に触ったのであれば、お許しください」
ゆかりはあくまでも腰が低い。
しばらく沈黙の時間が流れた。
「お引き取りください」
弾の言葉が沈黙を破った。
「私は松永流三代目家元、それ以上でもそれ以下でもありまへん。学園長はんとやらにも、そうお伝えください」
ゆかりの顔に軽い笑みが浮かんだ。
この答えも全て想定内であったかというように。
「では、少しだけ話の内容を変えても宜しいでしょうか?」
「なかなかしぶといですなぁ、せやけど何を言われても答えは変わりまへん」
「失礼ながら、松永流には先代の残された借金がかなりあるのでは?」
弾の表情が一瞬、硬くなったのをゆかりは見逃さなかった。
「どないしてお調べに? 銀行も信用できまへんなぁ」
「銀行の情報などいくらでも手に入りますので、これは学園長からです」
黙って唇を噛みしめる弾の前にゆかりが封筒を差し出す。
「どうぞ、お改めください」
ゆかりは微笑みを崩さない。
「怖いお人や、敵にしとうはおまへんなぁ」
そう言いながら、封を切り小切手を取り出しじっと見つめる。
「講師をお引き受け頂けるのであれば、まだ上乗せさせて頂きますが・・・」
弾は黙って俯いているが、肩が震えている。
(怒りか・・・、それとも・・・)
再び沈黙が訪れた。
押し黙ったままのゆかり、弾も身じろぎ一つせずに何かを考えている。
シュンシュンと茶釜の湯が沸く音だけが聞こえていた。
「・・・っ」
しばらくして弾が顔を上げて、ゆかりを見た。
何かがふっ切れた表情に見える。
「分かりました・・・。正直なとこ、これで綺麗さっぱり返済できますわ。講師の件、お引き受けします。ただ・・・」
「ただ?」
「先代は関係のないこと、二度と私の前で先代の・・・、お母はんのこと言わんといておくれやす!」
眉目秀麗な弾だからこそ、一瞬垣間見せた激しさにゆかりは思わず身震いしていた。
(流石は、学園長・・・。優男に見えても激しさと芯の強さがある。いい報告ができそうだわ)
「快くお引き受け頂けたと報告しておきます。では、改めて東京で」
目的を達したゆかりが立ち上がろうとした。
「ちょっと、お待ちを」
弾がゆかりを呼び止める。
(何っ?)
ゆかりが弾を見る。
さっきまでの強張った表情が取材を受けていたときのような和やかのものに戻っていた。
「お茶が冷めてしまいましたなぁ。点て直しますよって、もうしばらくお待ちを」
「そうですね。では、喜んで」
ゆかりは座り直し、弾は改めて茶筅を手に取った。

松永弾、彼もまたミネルヴァが静かな池に投げ込んだ小石のごとく水面の波紋を広げていく存在になる。

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