第三話 「サンバ・カーニバル、そして・・・」|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

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第三話 「サンバ・カーニバル、そして・・・」

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色とりどりのサンバ衣装をまとったサンバガールたちが腰を振り振り躍っている。
ズッチャッチャッ ズッチャッチャッ ピーッピッピピッピッピーッ!!
いよいよ、サンバカーニバルの始まりである。

「はいっ、皆さん! ここからは自由行動よっ♡ でも、ハメを外さないでねっ!」
ウオォォォッ!
ゆかりの声とともに生徒たちの歓声が上がる。
「アキはすぐに迷い子になるから離れちゃダメよ。渡も一緒に行こっ」
七瀬がアキと渡の手を引っ張る、
「何で、俺まで・・・」
「アキちゃん、待ってぇ」
涼香もすぐ後を追う。
「ボクも行こうかな」
涼香の後を萌も追うが、さすがに今日はスケートボードを持っていない。

八郎と二郎はと言うと、早速 サンバガールの動画撮影に夢中になっている。
「胸も尻ももうちょっとで見えそうやのに見えへんところが、そそるんやなぁ・・・。なぁ、二郎」
「はいっ、師匠っ! バッチリ撮ってまーす!」
サンバガールを撮影しているのは、この二人だけでは無い。
テレビ局もサンバカーニバルの中継を開始していた。
「DoDoTV、突撃リポーターの濱崎三波です。今日は、東京サンバカーニバルの会場にお邪魔しています。私のサンバの衣装で、熱狂中継頑張りまーす!」
カメラマンの岩田はピンクの羽衣装を着た三波のこぼれそうな胸についカメラを向けていたが、慌ててサンバの列にカメラを向け直した。
「三波っ! 何してんだっ、早くインタビューしろっ!!」
ディレクターの三橋が声を張り上げ、三波はインタビューする相手を物色し始める。
三波も視線が向けられた先にいた、カトリーナは顔を伏せるようにして足早にその場を立ち去り、ミッシェルの金髪が風に舞った。
(よし、ルックスも良し・・・、これなら・・・)
三波がインタビューしようとマイクを向けた瞬間、ミッシェルは素早くマイクを取り上げカメラ目線で語りだした。
「ワタシ、アメリカから来まシタ、ミッシェル デース。テルマエ学園に留学してマース。テレビ、映ってマスカ?」
ミッシェルはマイクを三波に返すと、いそいそと服を脱ぎだして下着姿になった。
「えっ!? ちっ・・ちょっと待ってっ!」
慌てて三波がミッシェルを止める、その拍子にサンバ衣装がずり落ちて三波の胸が露わになった。
「きゃあぁぁぁっ!」
岩田のカメラには、三波の胸がしっかりと映っていた。
(テルマエ学園の留学生か・・・、確か急成長した財団がバックだったよな・・・。謎の多いM氏・・・、一度取材をしてみるか・・・)
三橋のマスコミの勘が何かを感じていた。

【ぱんさー】では、圭がふてくされて一人でアイスカフェラテを飲んでいた。
スマホの画面を見ながら、呟いている言葉には怒りといら立ちが感じ取れる。
「少し、遅れるってっ!? 何であたしが待たなきゃいけないのよっ! 信じらんないっ!」
どうやら誰かと待ち合わせのようだが・・・
しばらくして息せき切って大柄な男が飛び込んできた。
「圭ちゃ・・・?」
彼は圭を見つける前に一人の男へと視線が釘付けになった。
「大巴せんぱ・・・」
店内の客たちがざわめいた。
「あれ、西郷じゃないのか?」
「そうだ、高校柔道チャンピオンでスポーツの祭典候補選手の西郷五郎だ」
「おい、あっちは・・・」
「西郷の師匠の・・・、大巴武蔵・・・」
「うん? おぉっ、西郷じゃないか」
「大巴先輩、ご無沙汰してます」
「全日本大会優勝、流石だな」
「いえ、先輩のお蔭です」
五郎と大巴の会話に割って入る者がいた。
「ゴ・ロ・オ~っ!」
「しまった、圭ちゃん・・・、ごめん」
大男が少女ににらまれて小さくなっている姿を見て、大巴が笑い出した。
「わっ、はっはっはっ。西郷をここまで萎縮させるとは」
「あんた、誰よっ!?」
キッと大巴を見据える圭。
「圭ちゃん、この人は・・・」
「何だぁ、西郷。お前の彼女かぁ?」
「えっ、そのっ? あのっ?」
「よかよか、青春じゃ! こんな可愛い彼女なんて羨ましいぞっ!」
そう言って、大巴は圭に席を勧めた。
(えっ、この人って確か・・・!)
「大巴先輩のこと、話したことあったよね・・・」
そう、西郷が最も敬愛する日本柔道界のエース。そして、彼の編み出した必殺技である大雪山おろしは西郷でさえもまだ習得にいたらない高難易度技の唯一の使い手でもある。
「しっ・・・、失礼しましたぁ!」
顔を真っ赤にして頭を下げる圭。
「まぁ、俺がいると野暮になるからここで撤収するか」
そう言って大巴は席を立ちながら、店奥へ声をかける。
「こっちの二人に抹茶ティラミス、二つ!」
茫然としている圭と西郷に小声で話しかけた。
「これは、俺のおごりだ。後は、しっかりとデート楽しめよ。それと、圭ちゃんだったかな?」
「はっ、はいっ!?」
「西郷は不器用だが、良い漢だ。よろしくなっ!」
(そんなこと・・・、言われなくてもわかってるわよ・・・)
大巴の後ろ姿を見ながら、圭の身体は自然と西郷に寄りかかっていた。

サンバカーニバルの会場では、ブラジルの楽団を乗せた早瀬コンツェルンの宣伝カーが渡の前を通り過ぎて行く。
「ちっ!」
渡が舌打ちをした視線の先には、兄である駆の姿があった。
だが、視線が定まっていないようにも見える。
(珍しいな、こんなときなら目立つパフォーマンスやりやがるのに・・・)
渡の知っている駆とは違うその姿には理由があった。
「奈美さん・・・」

数週間前、駆は早瀬コンツェルンの代表として渋温泉へと出向いていた。
それは、ある中国企業からの提携が持ちかけられていたことに端を発する。
中国企業は、資金を全て持つかわりに早瀬コンツェルンに対して渋温泉一帯のリゾート開発を委託したいと言ってきたのだ。
早瀬コンツェルンは渡と駆の父、将一郎が一代で築いたものであり当然二人の息子が跡を継ぐ者と誰もが思っていた。
しかし、駆と渡は母親違いであり将一郎が渡にこのリゾート計画を仕切らせようとしたことに駆は反発。
独断で中国企業との交渉を開始し、渋温泉へと向かっていたのだ。
そして、渡の入学したテルマエ学園に渋温泉から二人が入学したことを情報屋のブラフマーから仕入れ、星野家へ交渉に乗り込んだときに長女の奈美を見て一目ぼれしてしまったのだ。
駆も経営者としての能力は決して低くはないが、惚れたものの弱みで奈美の反論を覆すことができずに東京へと戻っていた。
勝手な行動を取ったことを将一郎から咎められ、中国企業からは交渉がまったく進まないことで矢のような催促を受け続け精神的に追い詰められていた。
(くそっ、なにか手はないのかよっ!)
兄弟がすれ違った一瞬、駆の目には渡の姿は映っていなかった。

同じころ、サンバダンサーの前に一人の少女が飛び出して踊り始めた。
「うまいな、あの娘・・・」
「プロの招待ダンサー?」
観客はおろか、カーニバルのダンサーまでが見とれてしまうキレのある完璧なダンス。
躍っているのは、私服姿の少女だ。
DoDoTVのカメラマン、岩田も何かに憑りつかれたようにその少女のダンスを取り続けている。
「向坂汐音・・・、あれが共感覚・・・。見事と言うしかないわね」
ゆかりの呟きは人ごみの雑踏にかき消されていった。

一方、優奈と穂波はアキたちと別行動でダンスを見ていた。
「穂波・・・。バイトあるし、うち先に帰るわ」
「えっ、もう帰っちまうの?」
「んじゃ・・・」
穂波を残して優奈は立ち去った。
「仕方ねえ、あいつらでも探してみるか・・・」
アキたちでも探してみようかと歩き始めた優奈の前でウロウロとしている人物が眼に入った。
(あれっ、あいつは確か・・・)
「おーい、お前っ!ケリアンじゃねぇかっ!?」
呼び止められた人物はびくりと立ち止まり、恐る恐る振り向いた。
顔色が無くなったように見える上、冷や汗をびっしょりとかいている。
「あ・・・、塩原穂波サン・・・」
黒いキャップを目深にかぶり、アニキャラのイラストの入った紙バックを両手に抱え、ぱつぱつのリュックには美少女キャラの缶バッヂ、とどめは両面にアイドルキャラが大きく描かれたピンクのTシャツを着たケリアンの姿があった。
「くっくっくっ・・・! ケリアン、お前ってアニオタだったのかよ! 面白れぇ~」
まさに腹を抱えて笑い出す穂波。
笑いが止まらない様子で、目からは涙が溢れ出ている。
ケリアンは茫然として、言葉が出ないようだ。
「心配すんな、誰にも言わねーよ」
笑いが止まらないまま穂波が言った。
「アリガト・・・、ゴザイマース」
ペコペコとなんども頭を下げてケリアンは小走りでその場をいそいそと去って行った。
「しかし・・・」
ケリアンの走り去った方向を見ながら自然と優奈の口から言葉がこぼれた
「留学生って、おかしなヤツばっかだな・・・、大丈夫か、この学園・・・」
「あっ、穂波さん」
後から呼ばれて振り返ると、アキたちの姿があった。
(しょーがねぇ、こいつらと遊んでやるか)
穂波の顔に微笑が浮いていた。

「次は、【ベティのケチャップ】の皆さんですね」
三波の実況もだんだんと慣れてきたようだ。
岩田のカメラが、ニューハーフの群団をアップで映し出す。
赤・青・緑・黄・色とりどりの原色の衣装にゴールドやシルバーの羽衣装も混じっている。
「はぁーい、お集りの皆さぁん! ベティのママ、マンゴローブよぉ♡ お店に来てくれたら、思いっきりサービスしてあげるわぁ♡」
腰をクネクネと艶めかしくねらせながらも、しっかりとお店の宣伝も欠かさないのは流石の一言に尽きる。
「わぁ、マンゴーさんって綺麗っ! 本当に男の人なのかなぁ?」
アキは目を白黒させてマンゴローブを見ている。
「それは・・・、やっばり男の人・・・よねぇ?」
「うん、ボクもそう思うけど・・・」
七瀬と萌が話している横に穂波がいた。
その穂波にスッと近寄った影がある。
穂波が横目でその影の人物を見る。
(・・・? ハンっ? こいつ足音もしなかつたし、気配も感じさせないなんて、何者?)
「マンゴローブサン、男の人デスヨ。アキ」
「うわっ、ハン!? いつきたの? びっくりしたよーっ!」
「ハンのよく知ってる人ネ」
ハンは躍るマンゴローブを眩しそうな視線で見つめている。
(塩原穂波・・・、エコロケーションね。学園長にいい報告ができそう・・・)
ゆかりはニンマリと満足そうに微笑んでいた。
「マンゴローブサン、ゲイバーのママやってマス。ハンも行ったことあるヨ」
ハンは嬉しそうに話している。
「はぁっ? ゲイバー? 何が楽しいんだぁ? つまんねぇから帰るわぁ」
穂波はそっぽ向いて帰って行った。
(ハンか・・・、ちょいヤバげな感じがする・・・)
渡も何も言えずに立ちすくんでしまっていた。
「何なのよ! もうっ!」
七瀬は立ち去る穂波をにらみ続けていた。

数日前・・・
ゲイバー【ベティのケチャップ】、開店前で誰もいない筈の店内にハンが座っていた。
奥からマンコローブがミネラルウォーターの瓶を両手に持って現れる。
ギシッっと音を立ててイスに座ったマンゴローブは、持ってきた瓶の一つをハンに手渡した。
「矢板サン、久しぶりネ」
「お前を呼んだのは、俺だが・・・、まさか・・・な」
「性転換したコト、怒ってナイ?」
「俺の為に必要って思ったのか?」
「ウ・・・ン」
「俺がタイへ行ったのは、警察の国際交流の一環だったが、ムエタイの道場でお前に会った」
「ハン、まだ子どもだったケド・・・」
「お前の格闘技センスは、いずれ俺のパートナーに欲しいと思うに十分だった・・・」
「だから、矢板さん、ハンの家にお金送ってくれた、家族皆が助かった、感謝してマス」
「しかし・・・」
「ハン、矢板さんに恩返しスル。その為に性転換もシタ」
「危険だってことは・・・」
「分かっテル、でも、矢板さくらサンいなかったらハン・・・」
「矢板さくら・・・、か。その名前で呼ばれるのも何年振りか・・・。女みたいな名前をつけやがってと親を恨んだのも昔のことだ・・・」
「ハン、絶対にアナタの役に立ちマス」
握りしめたミネラルウォーターの瓶がワナワナと震えている。
「ハン・・・」
マンゴローブは持っていた瓶を一気に飲み干した。
「その命、俺が預かる!」
「ハイッ!」
「お前の身分はテルマエ学園の留学生、表向きは・・・な。」
ハンが真剣な眼差しでマンゴローブを見ている。
「もしものときは、本陣のところへ行け」
「矢板サン、もしもなんてこと絶対にない! ハンが守るカラ!」
「俺はマンゴローブ、矢板の名はもう呼ぶな」
「ハイッ! マンゴローブサン!」

サンバカーニバルの会場では、誰もがサンバの陽気にリズムに浮かれていた。
「・・・何?」
カーニバルの喧騒の中アキは何か不思議な声のようなものを聴きとり、それに誘われるかのようにフラフラと歩き出した。
七瀬たちはカーニバルに気を取られて、アキのことにはまったく気が付いていない。
「声が・・・、聞こえる・・・」
声の聞こえる方向へと向かって、だんだんと早足になっていく。
どのくらい歩いただろうか、アキの足が止まった。
「あれっ? ここは?」
アキの目の前には広場があり、小さなテントがいくつか立ててある。
テントはどれもこれも使い古されており、古びた看板が立てかけてあった。
「移動ZOO ハニーポット・・・?」
ZOOと書かれていることから、ここは動物園なのだろうということは分かる。
だが、あまりにも活気が無い。
動物も・・・、人間も・・・。
アキは一番大きなテントに向かって歩き始めた、受付と書かれた柵を手で押す。
キィッ、と錆びた金属の擦れる音が聞こえた。
「おい、あんたっ!待てよっ!」
アキは後ろからいきなり肩を掴まれる。
「金払えよっ! ただで入る気かっ?」
「あっ・・・、ごめんなさい・・・」
アキの肩を掴んだのはここの従業員らしき中年の男だった。
「ごめんなさい・・・、つい・・・」
アキはどうしたらよいのか分からず俯く。
「何だ? どうしたんだ?」
手前にあったテントから一人の男が出てきた。
黒いサングラスをかけ、一般人ではない雰囲気が漂っている。
一見して表現するなら、やくざという言葉が最もふさわしい感じがした。
「あっ、如月さん。こいつ、ただで入ろうとしやがって・・・」
「なんだ、女の子じゃねぇか。手を離してやれ」
「でも・・・」
「どうせこの動物園も今日で終わりなんだ。最後の客くらいサービスしてやれ」
見かけに寄らず優しい男なのかもしれないとアキは思った。
「ありがとうございます」
アキは二人の男にペコリと頭を下げると急ぎ足で中央にある大きなテントへと向かった。
「・・・、なんだ? こいつ?」
如月と呼ばれた男が興味深そうにアキの後を追った。
中央にあるテントのシートを開けて、アキは中へと入っていく。
そして、一つの檻の前で立ち止まった。
檻の中には、一頭のクマがいる。
「そう・・・、あなた。お腹に赤ちゃんがいるのね。・・・きっと、男の子よ」
その後もアキは次々と檻に入った動物に語りかけた。
ロバ・ウサギ・カンガルー・トラ・フクロウと次々と檻の中の動物たちに話しかける。
そして、動物たちも力ない鳴き声ではあるがアキに何かを答えていた。
(なんだ・・・、この娘? 動物の言葉が分かるっていうのか・・・。いや、そんなことは無い。ただ、動物好きだっていうだけだろう)
「なぁ、あんた。何をしてるんだ?」
如月がアキに問いかけた瞬間、アキは勢いよく振り返ると如月を睨みつけた。
だが、その目からは大粒の涙がポロポロと流れ落ちる。
「おじさん、この子たちのこと・・・っ、なにも分かってないっ!」
(な・・・、なんだと!?)
「この子たちのこと、ちゃんと考えてあげてくださいっ!」
自分でも感情のコントロールが出来なくなっていることが分かっているアキだった。
「はっ! この俺に説教かっ!?」
如月は凄味を聞かせてアキを睨むが、アキも一歩も引く気配がない。
互いに睨みあった時間が流れた。
「はっはっはっはっ!」
いきなり如月が大声で笑い出す。
「俺に啖呵切った奴ぁ、久しぶりだ。しかも、こんな小娘とはなっ!」
アキはきょとんとしている。
「気に入ったぜ、嬢ちゃん」
如月がサングラスを外すと、優しいまなざしが現われた。
「俺は如月ってんだ。この辺りを仕切ってる」
アキと如月の初めての出会いであった。
この後にアキはクマが妊娠していることや動物たちの餌があまりにも粗末であり体調を崩していることを訴え、動物たちの飼育環境を改善するよう必死に求めた。
「この子たち、ちゃんとお世話してあげたら動物園も絶対に人が集まってきます」
「おい、園長? こいつらに何食わせてたんだ?」
「いや・・・、その一番安いドッグフードを・・・」
「馬鹿か、てめぇ! この動物園にイヌなんかいねぇだろが!」
「ひぃっ!」
「ちゃんとしたもの食べねぇと、ダメになるのは人間も動物の同じだろうがっ!」
如月はアキに向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうよ、これでここも持ち直せるかも知れねぇ」

「アキがいない!」
「えっ!?」
サンバに見とれていてアキがいなくなったことに七瀬が気づいたのはしばらくしてからのことだった。
「温水さん。どこに・・・」
急に所在不明となった生徒、ゆかりは気が気では無い。
しかも、いなくなったのは・・・
(あの痣の八人、せっかく集めたのに一人でも欠けたりしたら・・・)
ゆかりの脳裏に、ミネルヴァの顔が浮かぶ。
(なんとかしないと・・・)
「星野さん、温水さんの活きそうなところに心当たりはない?」
「わからない・・・、けど!」
七瀬が何かを思い出したようだ。
「この近くのカフェに知り合いがいるんです、もしかしたら・・・」
「そこへ行ってみましょう。なんてお店?」
「ぱんさーってお店です」
「よし、俺たちも行ってみよう」
渡の言葉に萌と涼香も頷いた。

リンリンリン
【ばんさー】のドアベルがなる。
「いらっしゃいませ」
鼻腔をくすぐるコーヒーの香りのなか、竜馬が笑顔で出迎えた。
「七瀬ちゃん、早速来てくれたんだ」
「竜馬さん、大変なの! アキがいなくなって・・・!」
七瀬は息せき切って話し出す。
「七瀬ちゃん、落ち着いて」
竜馬の手が優しく七瀬の肩に置かれた。
「あなたは?」
ゆかりを見ながら竜馬が尋ねる。
「あっ、始めまして。私、この子たちの担任の橘ゆかりです」
「担任・・・、じゃあテルマエ学園の?」
店奥のカウンターでコーヒーを点てていた早乙女の視線が一瞬動いた。
「温水さん、サンバカーニバルの途中までは確かにいたのですが・・・」
「もしかしたら、ここに来てないかなって思って・・・」
七瀬は今にも泣き出しそうだ。
「落ち着いて、七瀬ちゃん。何か、アキちゃんの好きそうなものとか無い?」
竜馬は優しく七瀬に問いかける。
(この人、こんな状況でも落ち着いているって・・・?)
ゆかりは竜馬がこの状況でも平静を保っていられることに違和感を感じていた。
(慣れている? 切羽詰まった状況に?)
「アキのこと・・・」
七瀬は必死にアキの好きそうなものを考える。
渡も萌も涼香も、今は七瀬を黙って見つめるこしかできない。
「あっ、そうだ!」
「何か、思い出した? 七瀬ちゃん?」
「アキ・・・、動物が凄く好きなの。まるで話が出来るみたいに・・・」
「動物か・・・」
「おいっ!竜馬。そういえば、移動動物園が来てたんじゃなかったか?」
早乙女が一枚のチラシを取りだした。
「移動ZOO ハニーポットっ! これだっ!」
「星野さん、行ってみましょう!」
ゆかりと七瀬がチラシを手に取り表へと駆けだしていく。
もちろん、渡たちもその後に続いた。
「おい、竜馬」
店内にいた一人の男が竜馬を呼んだ。
「その動物園、如月が絡んでいた筈だぞ」
「本当か、隼人っ!?」
「あぁ、ミネルヴァもきっと・・・」
「竜馬、お前も行け」
「はい!」
「本陣くん、あまり人前では話さない方がいい場合もあるぞ」
「わかってますよ、早乙女さん。武蔵がいなくてよかったですが・・・」
「そうだな。彼がいたらもっと大騒ぎにしていただろう」

「あっ、あそこっ!」
「アキ~っ!」
「七瀬? それに先生? みんなも?」
「どうやら、お迎えが来たみたいだな。早く、行きな!」
「うん、如月さん。ありがとう。この子たちのこと宜しくお願い致します。」
そう言ってアキは七瀬たちへ向かって走り出した。
「ありがとう・・・、か。変わった嬢ちゃんだ」
アキが走り出すのを見届けて、如月はテントの中へ消えた。
(さっきのって如月よね・・・)
ゆかりと如月は面識がある。
互いに知らないフリをしておく方が今は良いと思っていた。
「アキっ!無事で良かったぁ」
七瀬はアキにハグして泣いている。
「良かったぁ~」
「まったく、心配させやがって」
誰もが口ぐちにアキとの再会を喜んでいた。
「皆に心配かけちゃダメだぞ」
優しく諭す竜馬の言葉にアキは何度も頷いていた。
「さぁ戻りましょう。もうカーニバルも終ったでしょうから、皆でお茶でもしましょう。先生が奢ってあげる♡」
「やったーっ!」
「さっきの、ぱんさーで?」
「もちろんっ!」
ゆかりのウィンクは、竜馬へと向けられていた。

ちなみに一年後、【移動ZOO ハニーポット】が活き活きとした動物たちとの触れ合いで人気を博し、まさかの大集客で廃業を免れたことは言うまでもない。

サンバカーニバルも終わり、夕暮れが近づくなか、一行は【ぱんさー】へと向かっていた。
「あっ、汐音ちゃんだ」
萌が汐音の姿を見つけた。
「あら、本当」
サンバカーニバルで見事なダンスを披露した汐音が一人で歩いている。
「どうしたの? 皆で?」
「まぁ、色々あってね。そうだ、汐音ちゃんも一緒に行こうよ」
「どこに?」
「先生のおごりで、ぱんさーってカフェにっ♡」
「ぱんさーって、あの?」
「汐音ちゃん、知ってるの?」
「知ってるも何も、あそこはバンドのダン・・・テ・・・! えっ!えぇっ!」
汐音は竜馬を指さしてワナワナと震えだした。
「風流・・・、竜馬・・・」
「やぁ、俺を知ってるみたいだけど・・・」
「うっそぉぉぉぉっ、絶対に行くうぅぅぅっ!」
道すがら汐音の話によると、竜馬たちのロックバンド【ダンテ】はインディーズながらもファン層が濃く、【ばんさー】はメンバーが集まるカフェとしてファンの間では聖地とまで呼ばれているらしい。
ボーカルの風流竜馬・リードギターの本陣隼人・ドラムの大巴武蔵は高校時代の同級生であり揃って美系でもあると汐音が語りつくしているうちに、ぱんさーへと到着した。

リンリンリン
ドアベルが鳴る。
「よう、うまく見つかったみたいだな」
マスターの早乙女が竜馬を見る。
「ええ、マスターのお蔭ですよ」
竜馬も早乙女に目配せをする。

「あれっ? ハンだ?」
アキは、奥のテーブルにハンの姿を見つけた。
その隣には・・・
「えっ、マンゴーさん?」

「それは、分かっているが・・・」
「ハンのことは、全て責任は俺が持つ」
「しかし、上の意向というものがあるだろ」
「だから、こうして頼んでいるんだ」

近寄りがたい雰囲気、ハンも緊張した面持ちで座っている。
「あっ、あぁぁぁっ!」
「何よ、汐音っ?」
「ほ・・・、本陣隼人・・・っ! くっうぅぅっ、感激ぃ!」

汐音の声が聞こえたのか、三人の会話が止まった。
「この話はまた・・・」
「あぁ・・・」

「なんか、悪いことしたかな・・・」
汐音はしゅんとしている。
「まぁ、いいじゃないか。せっかくの先生のおごりなんだし」
竜馬の声が聞こえると同時に、アキたちのテーブルに抹茶ティラミスとカフェオレが次々と運ばれてくる。
「うわっ、かっわいいっ♡」
カフェラテにはウサギがラテ・アートで描かれている。
ゆかりは、竜馬と早乙女の間を行ったり来たりして愛想を振り巻きどっちつかずの状態に見える。
「ハンもこっちおいでよ」
アキが呼ぶと、ハンはマンゴローブをちらりと見る。
マンゴローブが黙って頷くと、いそいそとこちらのテーブルへとやってきた。
(そう言えば、ハンってマンゴーさんと知り合いって言ってたよね)
いつの間にか、本陣隼人は姿を消していた。
「このラテアート、マスターの得意技だけど、もう一つ隠し味もあるんだよ」
竜馬が語りかける。
七瀬はカップを持ち上げて、香りを嗅いだ。
「チョコレートね」
「正解!」
七瀬は更にラテを一口含んだ。
「ゴディバのガナッシュ」
ガチャン!
カウンターでグラスを磨いていた早乙女が手を滑らせたようだ。
(あの娘、なんて味覚をしているんだ・・・)
「凄すぎるよ! 七瀬ちゃん!」
竜馬も驚きを隠せないでいる。
(星野七瀬、絶対味覚・スーパーテイスト・・・か)
ゆかりの視線に気づいたものは、奥の席にいたマンゴローブだけだった。
(あの女・・・、確かミネルヴァの・・・)

「ところで・・・」
そう、サンバカーニバルに来たのは遊びがばかりが目的ではない。
学園祭の出し物を考える為のものでもあったのだから・・・
「やっぱ、目立たないとね~」
「学園の宣伝だって言ってたし・・・」
誰も意見らしき意見も出ないまま、時間だけが過ぎて行く。
「皆でサンバでも踊ったら?」
何気なしに渡が言った。
「あのねぇ、サンバカーニバル見てサンバって・・・、あんたバカ?」
汐音のキツイ一言で誰もが意気消沈した。
「だいたい、学園中を踊って回るのも無理あるよねぇ」
七瀬もあきらめ顔になっている。
「でも、ステージの上とかだったら・・・」
「ステージ・・・!?」
涼香の言葉にアキが反応した。
「そうだっ、ステージで踊ったらいいんじゃない! 思いっきり派手にして!」
「派手な・・・、ラインダンスとか?」
渡の一言に全員の目が集まった。
「なっ、何だよ!?」
「それっ、いけるかも?」
萌が立ち上がった。
「いいんじゃない!」
なぜか、ゆかりも乗り気になっている。
「でも、ここに居ない人もいるし・・・」
涼香は少し心配しているようだ。
「いや、目立つにはダンスだよ!」
汐音が目を輝かせている。
「ここで決めたら、誰も文句なんて・・・、言わせない!」
汐音の迫力は誰をも納得させる迫力があった。
「じゃあ、ラインダンスってことで・・・」
話がまとまりかけたとき、涼香がオズオズと手を挙げた。
「あの・・・、衣装とか曲とかは・・・?」
ふぅー!
また、ふりだしに戻ったかのような感覚が蔓延しつつあった。
「はい、これはサービス」
どうやらかなりの時間が過ぎていたようで、早乙女から差し入れのサンドイッチが竜馬の手で運ばれてきた。
「ありがとうございます。色々考えたらお腹空いてきちゃたね」
七瀬が早速、とサンドイッチをつまむ。
「そうだ! どうせなら竜馬、曲を書いてやったらどうだ?」
カウンターの奥から早乙女が話しかけた。
「えっ、俺が?」
「凄い凄いすごぉーい! ダンテ作曲なら絶対いけるよ!」
汐音はかなりその気になっている。
「まぁ、いいですけど。じゃあ、衣装は?」
早乙女は振り返って、店の奥に座っていたマンゴローブに声をかける。
「マンゴローブママも協力してやってよ」
マンゴローブは少し驚いたようだが、すぐに答えた。
「もう、博士ちゃんの頼みだったら断れないじゃないの~」
「いや、頼むからそのヒロシチャンって言い方はやめてくれよ」
早乙女は苦笑している。
「あーら、恥ずかしがっちゃって!可愛いんだから♡」
アキはカーニバルで踊っていたマンゴローブたちの衣装を思い出していた。
(あんな感じの派手な衣装で、竜馬さんの書いた曲ならきっと・・・)
「曲の提供をお願い出来るのでしたら、それなりのお礼はさせて頂きます」
ゆかりの申し出を竜馬は手を出してその言葉を遮った。
「この子たちが頑張ろうとしているのを、手伝ってあげたいだけですから」
「でも、それでは・・・」
「じゃあ、曲のイメージ合わせで何回か学園にお邪魔させて貰っても良いですか?」
「えっ、竜馬さん? 学園にも来てくれるの?」
七瀬がちゃっかりと竜馬にすり寄った。
「うん、お許しが出れば・・・、だけどね」
竜馬と七瀬はちらりとゆかりを見る。
「・・・、もちろん。大歓迎です!」
早乙女とマンゴローブがにやりと笑った。
そして、ハンも・・・

学園祭の出し物はこうして難なく決まったように見えたが、これが次の試練の引き金になるとはまだ誰も予想すらしていなかった

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