二十二話 「天使飛翔! 明かされた真実と新たなる野望」|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

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二十二話 「天使飛翔! 明かされた真実と新たなる野望」

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「アイドル甲子園、4回戦スタートですっ!」
壇上に立った三波の声がマイクを通じて響き渡った。
会場は大歓声に包まれている。
「4回戦、まずは福岡代表・【めんたいシスターズ】の登場ですっ!」
三波に呼ばれ、楽器を持った5人と白い腰ひもを巻いた6人が舞台中央へと進み出る。
「【めんたいシスターズ】は、カポエイラというブラジルの格闘技を取り入れたアイドルなんですよね? リーダーの宗像ナオミさん?」
「はい、カポエイラはメイン楽器のビリンバウ(弓のようなものに丸いひょうたんが付いていて、弦を棒で叩いて音を出す楽器)・アタバキ(木や草、網で作られた大きな太鼓のような楽器)・パンディロ(タンバリンのような楽器)・アゴゴン(低温と高温の2つのベルを叩いて音を出す楽器)・ヘコヘコ(筒状の部分を木の棒で擦り音を出す楽器)をを使って演奏します。そして、私たちはその音楽に合わせてカポエイラの技を披露します」
「楽しみですね、それでは、お願いします。曲名は【博多湾のオリオン】です。」
三波が舞台の下手に下がると、楽器を持った5人の少女達が一列に並んだ。

♬チャッチャーン・チャラララーン・チャラララーン・チャッチャチヤッチャーチャーン♬

伴奏が始まると、リーダーの宗像ナオミを中心にして他の3人が円になって取り囲む。
マイクを3人が持ち、1人がカポエイラの演舞を行う。

♬喫水線の彼方には あああっ 七つの橋が見えるだろう♬
♬誰もいない夜の砂浜 私は一人たたずむ♬

アウー(連続しての側転)が決まり拍手の渦が起こる。

♬広がる朝焼けを見ていると あああっ 何かが魂を揺さぶる♬
♬夢と希望、それを信じて 見つめている 博多湾♬

珍しいブラジルの格闘技を目にした観客から、ホウっとため息が漏れる。
褐色の肌にウエーブのかかったロングヘア―のナオミが均整の取れた体から繰り出す華麗な演技に魅了されているのだろう。

♬Go Go! オリオン Go Go! オリオン Go Go Go Go! オリオーンつ♬

「超かっけーなぁ」
撮影している岩田も素直に唸る。
「今、中高生の間で凄い人気らしいですよっ!」
すずも興奮しているよう。

間奏の間も演舞が続く、今度はチゾーラ(足を左右に開く)だ。

ナオミが一つの技を終えると円になっていた少女の一人と入れ替わる。
歌いながら次々と技を繰り出していく少女達――
満足げな表情で所作の全てが自信に溢れている。

♬はるかな世界を見つめてる ああぁ 夢も希望もあるのだろう♬
♬誰も知らない心の隙間を 私が埋めて、あげる♬

再びナオミが中心に移動して、シャペウ・ジ・コーロ(低い位置からジャンプして高い位置へのキック)を見せる。

曲のノリと舞台の演舞に魅せられた客席が手拍子で一体になっていた。

TVモニターで様子を見ていた三橋に不安が過る。
「やっぱり4回戦ともなると凄いユニットが出てきやがる・・・。頼むぜ、【ムーラン・ルージュ】っ!」
ポケットの忍ばせた御守を汗ばんだ手でグッと握りしめる三橋だった。

♬広がる宇宙の星たちが ああぁ 不思議な世界へと誘う♬
♬明日こそは、夢かなうと 遠く見つめる 瞳♬

客席のノリを体現するかのように、ナオミがアルマーダ(体を360℃回転させたキック)を決める。

そして・・・

♬Go Go! オリオン Go Go! オリオン Go Go Go Go! オリオーンつ♬

大歓声と拍手の中、【めんたいシスターズ】の演技が終了した。
観客席に向かって大きく手を振る【めんたいシスターズ】、アキ達はこれまでにないプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

「さて、対するのは東京代表の【ムーラン・ルージュ】です。毎回、奇抜な衣装とパフォーマンスで人気沸騰中の温泉アイドルっ!果たして今日はどんな舞台を見せてくれるのでしょうか」

「行こうっ! 皆っ!」
アキが自分を奮い立たせるように力強く叫び、皆も大きく頷く。
そして、ワイヤーを準備しているNACのメンバーに軽く頭を下げると舞台中央へと進み出る。

「【ムーラン・ルージュ】の皆さん、曲は【エンジェル・ウィング】です。では、どうぞっ!」

天使の衣装を身に着けたアキ達――
8人全員で手を繋ぎ輪になっている、今回は涼香もギターを持たずに全員がインカムマイクを付けていた。

「さっきとは対照的だよな」
アキ達を追っている3方向からのカメラを見た岩田が呟く。
「うわぁ、天使ですねぇ。可愛いじゃないですか」
すずはこれからアキ達がどんなパフォーマンスをするのかが楽しみで仕方が無いようだ。

「エンジェル ウィーングっ!」
涼香が声の限り叫ぶ。

♬ババンバンババッバーン! バッバッバッバーン♬
BGMが流れ出した。

♬あれは、なあに? なあに? なあに? あれはツバサ 天使の翼♬
♬大空高く、舞い上がり 人の正しさを 見守ってる♬

アキ達は一人ずつ手を放して舞うような仕草で歌い踊る。
だが、いつもの【ムーラン・ルージュ】のような軽やかさが欠けているかの様にも見えた。


♬東の山を飛び越えて、西の川の水を呼び、北の大地を芽吹かせて、南の海の風を呼ぶ♬
アキ達は前列の4人が後列の4人を隠すようなスタイルを取っている。

(これは・・・。弱いんじゃないか・・・)
三橋はアキ達のパフォーマンスが物足りなく感じていた。
今までの【ムーラン・ルージュ】とは何か違う物足りなさを・・・

♬聖なる力、身に受けた 天使の翼 エンジェル ウィング♬

だが、この時アキ達は歌いながら巧みに互いの位置を入れ替え、ハーネスとワイヤーを接続しあっていたのだ。
最後の一瞬に備える為に、客席からワイヤーとハーネスを接続している所が見えないように、そして舞台袖に控えているNACの訓練生達に誰の接続が終わったのかを一人ずつ合図を送る。

♬初めて見た、その日から その輝きを、忘れはしない♬

「駄目だ、これじゃラストに大どんでん返しでも起きない限り・・・」
三橋の眼前に漆黒の闇が広がり始めていた。

七瀬がアキの後ろに回り、ハーネスとワイヤーを接続する。
カチンッと小さな音が鳴ったが、誰にも聞こえない。
七瀬が舞台袖に向かって左手を上げ、接続が終わった事を伝えると、NACのリーダーがアキに合図を送る。
チカッ・チカッ・チカッ
赤いライトが点滅した。
(赤いライトの3回点灯、全員の装着完了の合図っ!)
アキが左手を上げ、左右に大きく振る。
(全員の・・・)
(ワイヤー装着が・・・)
(完了した・・・)
皆が互いに視線で合図しながら、少しずつ幅を取る形へと移動した。

♬教えの天使は ガブリエル、癒しの天使は ラファエル、知恵の天使は ウリエル、真実(まこと)の天使はミカエル♬

アキ達は慎重に各々の立ち位置を確認する。
そして・・・

♬聖なる力、身に受けた 天使の翼、エンジェル ウィングーっ!♬

大絶唱と共にアキが人差し指を突き立てて天井へとまっすぐ伸ばした。

(皆っ、飛ぶよっ!)
アキの合図でNACの訓練生達が頷き、一斉にワイヤーを巻き上げる。

「GOっ!」
掛け声とともにBGMの鳴り響く中、アキが宙に舞った。
「えっ!?」
「なっ・・・、何ぃっ!」
観客席がどよめく。
「まさか・・・。こんなこと・・・」
最も驚きを隠せないでいたのは、【めんたいシスターズ】のリーダー 宗像ナオミであった。

七瀬も優奈も涼香も続く、更に萌も圭も汐音も穂波も・・・
皆が宙に舞い上がった。

「これは・・・。やられたみたいね・・・」
【めんたいシスターズ】の面々が互いの顔を見合わせながら肩を竦めていた。

「よしっ、うまいぞっ! あとは着地だけだ、頑張れよっ!」
撮影の合間に中継を見ていた斎もホッと胸を撫でおろす。

その時――
「よっしゃあっ! 今やぁっ!」
舞台袖に居た八郎が8台のコントローラーを並べた。
「行きますよぉ、師匠っ!」
二郎と八郎が一斉にコントローラーを操作する。

ファサファサ ファサファサ

アキ達の衣装に付いていた天使の翼が優雅に羽ばたきだした。

(えっ!?)
アキ達も何が起こったのかと一瞬驚くが眼下に見える八郎と二郎の万歳するポーズを見て理解したようだ。
皆が優しく微笑む・・・。まるで天使のように・・・

「大塩の奴め・・・。小憎らしい演出だな。あいつらしくも無いが・・・」
葵も腕を組みながら口角を上げてニヤリと笑った。

アキ達がゆっくりと降りて来る。
客席に巻き起こった歓声と拍手は鳴り止む気配も無い。

皆が無事に着地したのを見届けた斎が呟いた。
「まさに・・・。天使降臨だな・・・」
「司馬さーん、シーン37入りまーす」
「わかった。今、行く」
撮影スタッフの声に返事をした斎・・・
「俺もあの娘達に負けてられねぇぜ! 後は負かしたぞ、葵っ!」
そう言って撮影へと戻って行ったのだった。

「アキちゃーん!」
「良かったぞーっ!」
「萌ちゃーん!」
アキ達が揃って一礼したまま幕が下りていくーー

別室でモニターを見ていた三橋は両腕を組んだまま立ち尽くしていた。
「【ムーラン・ルージュ】・・・。まさしく、俺の天使だ。イエス・キリストよ、聖母マリアよ。感謝します・・・。アーメン」
・・・宗教も何もあったものでは無い。

「それでは、両チームへの得点をお願いします。まず、特別審査員の皆様っ!」
三波の声が響き、得点ボードの数字が回りだす。
「【めんたいシスターズ】25点、【ムーラン・ルージュ】20点っ! これに一般審査員
の皆さん票を加算しますっ!」

5点差が付いているといっても、これは特別審査員の票である。
つまり実の差は一人分・・・、アキ達は一般審査員の票の行方を見守った。
「一般審査員票は、【めんたいシスターズ】223点、【ムーラン・ルージュ】232点っ!」
会場が歓声に包まれた。
「総得票数は・・・。【めんたいシスターズ】248点、【ムーラン・ルージュ】252点っ!」
歓声が一際高くなる。
「僅差で・・・、【ムーラン・ルージュ】の勝利ですっ!」
アキ達は抱き合って喜びを分かち合う。

拍手しながらアキ達へ近づく、宗像ナオミ。
「正直、途中までは余裕で勝つと思ってたんだけど・・・。まさか、空を飛ぶとは思わなかったよ」
「ありがとう。宗像さん達も凄くて・・・。もうダメって思ってました」
「でも、勝ったのは【ムーラン・ルージュ】。頑張って優勝してねっ! そうじゃないと・・・、私達が負けたのが無駄になっちゃうからっ!」
「はいっ!」
ナオミがマイクを取り、観客席に呼びかける。
「皆っ! 【ムーラン・ルージュ】をこれからも、応援してねっ!」
盛大な拍手を送り続ける【めんたいシスターズ】のメンバー達、感無量になりずっと頭を下げ続けているアキ達・・・
客席からは【ムーラン・ルージュ】と【めんたいシスターズ】を称える声がいつまでも続いている。

(イッキ・・・。お前のお蔭だ・・・、ありがとう)
舞台袖で一人呟く葵であった。

この中継を見ていた二組に動きがあった。
「そろそろ行きましょうか」
ゆかりが弾を誘う。
「そうだな。こっちも仕事をしないと・・・」
意味ありげに弾が笑い、部屋を出た二人が車に乗り込む。
それを見下ろすミネルヴァ・・・
「そろそろ佳境か・・・。楽しみだ・・・」
底知れぬ何かを感じさせる笑みを浮かべるミネルヴァであった。

そして、二月会事務所でも・・・
「よしっ! よくやったぞっ、アキっ!」
如月が上機嫌で叫ぶ。
「どうだ、洸児っ!? この子が俺の娘のアキっだっ! 大したもんだろっ!」
「全くですねぇ・・・。会長の娘にしとくのは、もったいないなぁ」
「何だとっ! テメェ・・・」
洸児も如月も笑っている。
「冗談っすよ」
(剣崎の兄貴・・・、見えてますか・・・。穂波さん、こんなに輝いてますよ・・・)
洸児の心の声が聞こえたのだろうか、如月もじっと洸児の視線の先を見つめていた。

「テルマエ学園ノ株式ヲ買イ漁レッ!」
孫の指示が飛んだ。
日本各地にある萬度の構成企業や個人投資家がそれぞれにテルマエ学園の株を購入し始めた。
当然ながらこう言った動きは他の投資家も敏感に反応する。
東京証券取引所の取引ボードには、連日のストップ高が表示され続けている。

「いよいよ動いたか・・・」
早瀬コンツェルンの会長室で報告を受けた将一郎が呟いた。

Piii
机の上のインターホンが鳴る。
「何だ?」
「御来客ですが・・・」
「はて、今日の予定は無かった筈だが・・・」
「松永様と橘様がお見えに・・・」
「ふむ、通してくれ」
「承知致しました」
(まさに、期を見るに敏か・・・)
将一郎の顔に笑みが浮かんだ。

「これはこれは、今日もお二人お揃いとは・・・」
将一郎は満面の笑みで弾とゆかりを出迎える。
(どこまで本気か・・・)
弾の視線はあくまでも冷静である。
「近くまで参りましたもので、お顔をと思いまして・・・」
「いゃ、これは嬉しい事を。ささっ、どうぞ中へ」
「お邪魔致します」
弾とゆかりは将一郎に薦められるがままにソファへと座る。
「失礼いたします」
対面して座る将一郎達の前に茶が運ばれてくる。
「まぁ、どうぞ」
鷹揚に茶を進める将一郎。
「頂きます」
湯呑蓋を開けると、茶の香りが舞った。
「良い香りですね」
「そうですか、御気付きになりましたか」
「えぇ、かなりの玉露と・・・」
互いに一口、茶を含む。
「宇治・・・、ですね」
弾がぼつりと呟く。
「ほぉ、やはりお分かりになりますか。流石、京舞踊の家元・・・。先日のお礼を思い用意させておいたのですが、大したものです」
「お心遣い感謝します」
「さて・・・、ご用件は、やはり・・・」
「はい、動きが見えましたもので・・・」
「どのような状況でしょうか?」
ゆかりが弾に目配せする。
「この3日で、テルマエ学園の全株式の内12%が買い取られています」
「ふむ、早いですな」
「しかも、この売買に関わっているのは中国系資本の入った証券会社と・・・」
「と?」
「個人投資家もほぼ中国系と分かりました」
「なかなか手早いですな」
「更に・・・」
「・・・?」
「あまり好ましくない取引方法も散見されております」
「・・・で、そちらのお考えは?」
「学園の資本金は7億2,000万円ですが、これを10億円まで増資します」
「確かに、TOBが仕掛けられているのは何も対応しないとかえって怪しい・・・」
「この増資情報を様々なルートから流します。当然、萬度は一気にTOBを成功させようとするでしょう」
「どのくらいを想定されておるのですか?」
「ざっくり・・・、13億」
「これは、大きな話だ」
「そこで・・・」
「私にいくら用意しろ・・・、と?」
互いの駆け引きが進む、弾は喉が渇ききってきる焦燥感に包まれている。
(ここが勝負どころ・・・)
ゆかりの顔にも焦りの色が浮かんでいた。
そして、将一郎も・・・
(今回はこの弾に任せているのか? 橘ゆかりの方が適任だと思うが・・・。ミネルヴァ、何を考えている・・・)
「5億5,000万、用意して頂きたい。無論、その価値はあります」
「なっ!」
将一郎が思わず驚きの声を上げる。
ギリギリで逃げ切る策ではなく一気にケリをつける策である事は理解できた。
だが、本当にそれだけの価値があるのだろうかと悩む将一郎。
「これが失敗すれば・・・」
弾の言葉に将一郎が視線を戻す。
「失敗すれば・・・?」
「貴方も・・・、この国も・・・沈むでしょう」
(この短期間で、ここまで成長したとは・・・。何があったんだ?)
弾が経営者としての素質を開花させている事に将一郎は驚く。
(弾・・・、やはり血は争えないのね・・・)
ゆかりも弾がこれまでとは違って来ている事に気付いた。

「承知したっ!」
考え込んでいた将一郎が顔を上げる。
「総帥っ!」
「5億5,000万、確かに用意させよう。資金投入のタイミングは君に任せる」
「ありがとうございますっ!」
弾が立ち上がって深々と頭を下げる。
「ミネルヴァ氏も良い後継者に恵まれたようで羨ましい限りだ」
そう言って将一郎も立ち上がり、右手を差し出した。
「これからはパートナーとして・・・」
「はい・・・」
力強く握手を交わす、弾と将一郎。
(そろそろ、私のお役目も終わりみたいね・・・)
ゆかりが弾を見る目は、姉が弟を見る視線とよく似ていた。

「何ッ! テルマエ学園ガ増資シタダトッ!」
「総額デ10億トカ・・・」
「株式ハドコマデ買イシメタッ!」
「今日中ニ、16%二届クカト・・・」
「・・・」
孫は黙って考え込んだ。
確かに敵対的TOBが仕掛けられているのを知ったのだから対応策を取るのは当然である。
だが、7億2,000万円の資本金を一気に10億円まで増資するなど普通では考えられない。
「ココガ限界トスレバ・・・。一気ニ・・・」
「13億マデ増資シテ買イ叩ケ。何%ニナル?」
「単純計算だけど、30%は超えるねっ!」
端末機を叩いていたヤミが答える。
「ヨシッ! 一気ニ崩シテシマエッ!」
孫の言葉を聞き、周りに居た者達が一斉に電話を架ける。
「テルマエ学園ノ株ヲッ!」
「幾ラデモ払ウッ!」
(孫はやる気になってるけど・・・。なぁにか引っかかるんだよな・・・)
この時、ヤミの感じていたものが後ほど大きな波となるのである。

【めんたいシスターズ】との対戦から数日、葵の手元にダンテの新曲【ルージュ・フラッシュ】の楽譜が届けられていた。
「なんや・・・? この分厚さは・・・?」
これまでに届けられたものと比較して凡そ10倍もあるだろうか・・・
葵は封筒を重たそうに抱えながら教室へと入って来る。
「は・・・、白布・・・。ちょっと手伝ってくれ・・・」
「どうしたんですか? 葵先生・・・!」
葵に呼ばれ振り返った涼香も封筒の厚さを見て唖然とする。
「まぁ・・・。とにかく見てくれ」
封を切って渡された楽譜を見る涼香の顔つきが変わった。
束にされた楽譜は8つ、その一つ一つを見ていく涼香の瞳が見る見るうちに輝き出す。

「ちょっと、皆っ! 集まってっ!」
普段の涼香からは想像も出来ない興奮状態であるのが見て取れる。
「どうしたの?」
「涼香、落ち着きなよ」
アキ達が涼香の元へと集まった。
「この曲、凄いんだよっ! パートが8つに分かれてるのっ!」
嬉々として語る涼香、興奮状態はまだ続いている。
「パートが8つって?」
優奈が首をかしげる。
「先生、分かります?」
「分からん・・・」
汐音から問われた葵もチンブンカンブンの様だ。
「分かり易く言ってくれる?」
七瀬の言葉に皆が一斉に頷いた。
「つまり・・・。この楽譜一冊が私達一人の分なのっ!」
「・・・」
皆が押し黙っているのを見て、涼香は頭の中を整理して一言ずつ話し出した。
「これは竜馬さんが、わたし達の声質に合わせて書いてくれてるの」
「声質って?」
アキが不思議そうに尋ねる。
「声質って一人一人が違っているから各パートの組み合わせが大変なんだけど、この曲は最初からわたし達に合わせて作られているの」
「つまり・・・、どういう事なんだ?」
皆を代表する形で葵が尋ねる。
「はっきり言うと、外し様が無い。つまり、【ムーラン・ルージュ】しか歌えない曲なのっ!」
「あたし達しか・・・」
「【ムーラン・ルージュ】しか・・・」
「歌えない曲・・・」
誰もが一瞬、呆然とした。
そして、直ぐに歓声へと変わった。
「絶対に失敗の無い曲っ!」
「まさに・・・。神曲じゃんっ!」
「ダンテの神曲かぁ・・・」
「でも・・・」
「どうした、白布? 何も心配する要素なんてないじゃないか?」
涼香が何かを懸念している事を察したのは葵だけだった。
「完璧すぎるから・・・、何かあったら・・・」
「何か・・・?」
「はい。小さな歯車が一つ狂っただけで・・・」
涼香だからこそ分かる完璧な曲への不安だろうか。
「何かなんて無いって」
優奈が汐音を見る。
「そうそう、萌もそう思うよね?」
「涼香ちゃん、心配し過ぎだって」
萌も明るく笑う。
アキも七瀬も汐音も皆が明るく笑っている。
(わたしの気のせい・・・。だと、良いんだけど・・・)
その涼香の不安を感じ取っていたのは、圭だけだった。
「考えすぎると老けるよ~」
穂波が涼香の脇を指で突く。
「考えるより先に歌ってみようよ!」
七瀬は前向きな所を見せる。
(竜馬さん、わたし達の為・・・)
アキは竜馬への思いを馳せる。
その様子を見ていた葵が大声を上げた。
「皆っ! 案ずるより産むがやすしだぞっ! とにかく歌い込んで自分のパートをものにしろっ! いいなっ!」
「はいっ!」
だが、この涼香の不安がとんでもない形で的中してしまう事になるのである。

「やっばり・・・。一番恐れていた事が起きてしもうたかぁ・・・」
アイドル甲子園の中継を見ていた八郎が頭を抱えていた。
「八郎? ドウシタ?」
隣で画面を見ていたカトリーナが聞く。
「やっぱりっちゅうか・・・。予測通りっちゅうか・・・」
「【Konamon18】が来てしまいましたねぇ・・・」
二郎もいつになく神妙な面持ちである。

「【Konamon18】・・・」
カトリーナの指が軽やかにキーボードを叩く。
「紅しょうが ひな・花がつお めい・干しえび しずく・天かす うらら・青のり かえでノ5人ユニット・・・。変ワッタ苗字ネ?? 」
「いや・・・、それは本名やないんや。ニックネームっちゅうか・・・」
「八郎、詳シインダネ?」
「それは、師匠は【Konamon18】の大ファンですからぁ・・・。っ!?」
「こらっ、二郎っ! 余計な事を言わんでもっ!」
「すいません、師匠っ。でも、ここで【Konamon18】の応援なんかしたら、皆から一生口もきいて貰えなくなりますよぉ」
「裏切者ッテ事ネ・・・」
「いやいや、待ってえなぁ。誰も【Konamon18】を応援するなんて言うて無いでぇ」
慌てふためく八郎を見て、こっそりと笑うカトリーナと二郎。

「何騒いでるんだ?」
渡が入って来る。
「なあ、渡・・・」
「何だ?」
「わいがアキちゃん達の為に出来る事って、衣装以外にあるんやろか?」
「なんだ、急に?」
かくかくしかじかと話す八郎。
「なるほど・・・。次の対戦相手の事か・・・」
「確かに・・・」
初回の【ぱふぱふパッファー】から【津軽あっぷる娘】そして先日の【めんたいシスターズ】との対戦は様々なアクシデントがありながも辛うじて勝利してきた感は否めない。
事前にリサーチしたとしても、相手がどのような曲でどのような演出を持ってくるのかは当日になって初めてわかるので具体的な対策の立てようが無いのだ。
だが、そうであるからこそ各ユニットの本領が発揮され人気を博しているのも事実である。

「『己を知り敵を知れば百戦危うからずや』と言いますが・・・」
「何や?  その呪文みたいなんは?」
「師匠ってば、孫子の兵法じゃないですか。自分の力を知って敵の力も知れば、百回戦っても負ける事は無いって意味ですよ」
「ほう・・・」
「ヘェ・・・」
思わぬ二郎の博識ぶりに渡とカトリーナも感心している。
「なるほど・・・、敵の力を知るんか・・・」
何やら考え込む八郎。
「そうか、それがあったんやっ! ふふふっ! やっばり、わいは天才やぁっ!」
何を思いついたのか八郎は教室を飛び出し、教員室へと走った。
「葵先生っ! 居てはりまっかぁっ!?」
「ん・・・。なんだ、大塩か」
「そんなツレナイ言い方、傷つきますわぁ」
「いや、悪い悪い。次の対戦の事を考えていたんでな・・・」
「そうっ! その事で・・・」

八郎が思いついた策とは、アキ達を大阪へと連れて行って【Konamon18】の軌跡を見せようと言うものだった。
「己と敵を百知れば、危うく・・・。なんとかですわっ!」
「大塩・・・。お前の場合、『生兵法は怪我の元』の方が似合ってるぞ・・・」
「葵先生までそんな呪文唱えんでも・・・。とにかく、わいが皆を大阪に招待しますわっ! ちょうど『ナニワ空中温泉』もあるこっちゃし」
「ふむ・・・。大阪か・・・。確かに・・・」
対戦相手の地元でその力量を調査し、アキ達の息抜きとリフレッシュ効果もあると考える葵。
「どないです・・・?」
「分かった。学園長に掛け合ってくる」
「頼んまっせ、葵先生っ!」
葵は学園長室へと向かった。

八郎の提案を受けた葵が学園長室のドアをノックする。
「松永葵です。お話があります」
「入りたまえ」
中からミネルヴァの声が聞こえた。
部屋に入るとミネルヴァがソファに座っている。
(今日は、橘ゆかりはいないのか。好都合だ・・・。弾は?)
ふと室内を見回す葵。
(そう言えば・・・。学園長とサシ・・・ いや、マンツーマンで話すのは初めてやな・・・)
臆している訳ではない、そう自分に言い聞かせて葵もソファに座る。

「なるほど・・・。それで大阪に一泊二日で行きたいと・・・?」
「はい」
葵の説明を聞き、顎鬚を撫でながら何か試案するミネルヴァ。
「ゆかり君と弾の意見は?」
「関係ありません。今はうちがあの娘らの全てを預かってます!」
「ふむ・・・」
沈黙の時間が流れる。
「それが、【ムーラン・ルージュ】を勝利に導く事になると?」
ミネルヴァは鋭い視線を向け、葵に詰め寄る。
(学園長・・・、うちを試してるんかっ!)
葵の瞳に闘志の炎が燃え上がる。
「当たり前やっ! うちが【ムーラン・ルージュ】を優勝させたるわっ!」
立ち上がって啖呵を切る葵。
「ほっほっほっ! 良かろう、話は終わりだ。好きにするが良い」
「有難う御座います。では・・・」
ミネルヴァに一礼し部屋を後にする葵。
(葵・・・。血は争えんな。お前が男であったなら、あるいは・・・) 
葵が出て行ったあとの学園長室ミネルヴァの哄笑がいつまでも続いていた。

「そうですカ・・・。そんな事ガ・・・」
隼人からマンゴローブ殉職の事を聞いたミッシェルの顔が歪む。
(ワタシは関わりが少なかったケド・・・。アキ達ハ・・・)

「ところで、もう一つお話がありまして・・・」
「何でしょうカ?」
隼人が手元のあるプロジェクターのスイッチを入れる。
「これハ?」
「発信先は不明ですが、警視庁のサーバーに直接アクセスして書き込まれていたものです」
「・・・っ!」
表示された原文を見たミッシェルも驚きを隠せなかった。

『Dangerous other visited Japan . The name is Dolgo 14 . Urgent attention.』
「危険人物が日本に入った。名は、ドルゴ14。要注意・・・」
「ドルゴ14・・・」
「ご存じで?」
「そちらモ?」
互いに顔を見合わせる隼人とミッシェル。

ドルゴ14:年齢・性別・国籍の全てが不明。ある国の内戦に参加していた傭兵 ダーク・コンド―が現地で子供を拾い、その子を暗殺者として育て教育したと言われている。
伝説とも言える ダーク・コンド―の教育を受け天才的スナイパーとして14歳の時に初めて狙撃を成功させたと伝えられている。

「金の為なら何でもするスナイパー・・・。何の目的で・・・」
「萬度の絡みハ?」
「残念ながら・・・」
「一切、不明ネ・・・。トニカク、打てる手は打ちまショウ」
「お願いします」

隼人と別れたミッシェルは、国際電話を架ける。
「ハーイッ! パパにどうしてもお願いがあるノ・・・」
電話の相手は、父親のジェームズ・アデルソンである。
しばらくの会話が続いた。
「ジャア、お願いネっ!」

一方のジェームズ・アデルソンも改めて電話を架ける。
「Mr. President(大統領閣下)、ジェームズ・アデルソン デスガ・・・」

その数時間後・・・
イリノイ州グレート・レイクス海軍基地・・・
「Ensign! Maria Bradley」(万莉亜・ブラッドレー少尉っ!)
「Yes sir」(はいっ!)
「Leave for Japan」(日本へ迎えっ!)
「Japan?」(日本?)
「This is Executive order」(これは、勅令であるっ!)
「・・・Yes sir!」(了解っ!)

再び新たな暗雲が立ち込めようとしていた・・・

テルマエ学園では、弾がゆかりを呼び出し相談を持ち掛けている。
「橘さん・・・。カトリーナから渡されたデータを見たのですが・・・。正直、自分ではどうするべきかが判断できません・・・。口惜しいのですが・・・」
己の不甲斐なさを自覚した弾ががっくりと頭を垂れる。
「一応・・・、見せて貰うわね」
弾から渡されたメモリースティックをPCに差し込み画面を見るゆかりの目が一点に止まった。
(早瀬駆の居場所・・・。しかもガードしているのは警察じゃない、二月会か・・・)
ゆかりの表情が緩む。
(如月と弾を引き合わせたら・・・。学園長の考えも読めない今、私に有利に動くよう布石を打っておくのも悪くないわね。それに、如月と弾が互いの関係を知ったら・・・)
「ふふふっ!」
思わず声が漏れ、謎めいた微笑を浮かべる。
「この件、私に預からせて貰える?」
「構いませんが・・・?」
「ありがとう。それと、今後の事を相談しましょうか」
「今後の事・・・?」
「でも、ここではちょっとね・・・。そうね、先日のあの料亭ではどう?」
「早瀬総帥をお招きした?」
「ええ、あそこならゆっくりと話せるでしょう・・・」
「わかりました」
「では、明後日の18:00に・・・」
満足気な笑みを浮かべるゆかりであったーー

RrrrrRrrrr
二月会会長室にある専用電話が鳴る。
ごく一部の限られた者しか知らない番号である。

「如月だ。・・・、橘か・・・。何の用だ?」
「相変わらずぶっきらぼうね。折り入って話があるの、明後日の18:00 料亭△△に来て頂戴。貴方一人でね」
「(またミネルヴァか・・・)分かった」
用件だけを伝えるとゆかりは一方的に電話を切った。
(これから楽しくなりそうね・・・)
ニンマリと笑うゆかりであった。

カコーン
鹿威しの音が静かに響いている。
弾とゆかりの待つ部屋へ黒いスーツを着た如月が仲居に案内されてくる。
「お連れ様がお見えになりました」
「どうぞ」
ゆかりの返事を聞き、障子が音も無く開く。
(ミネルヴァじゃねぇのか・・・? だが、こいつどこかで・・・)
(学園長じゃない・・・?)
如月の視線が素早く弾に向けられ二人の視線が交錯した。
互いに敵意を含めた視線を向け合う如月と弾。
「いつまでも突っ立ってないでおかけなさいな」
「チッ!」
ゆかりに促され席に座る如月。
「まぁ、どうぞ」
憮然とした如月のグラスにゆかりがビールを注ぐ、そして弾にも。
「さて、今日は訳あって来て貰った貴方達二人がゲストよ。私はホスト役・・・」
ゆかりが笑う。
「橘・・・。てめぇ、何考えてやがるっ!?」
「橘さん・・・。一体・・・?」
如月と弾の射るような視線がゆかりへと向けられた。
だが、ゆかりは動じる気配も無い。
「長い間隠されてきた真実を二人に知って貰おうと思ってね・・・」
ゆかりは意味ありげな微笑みを顔に浮かべている。
「真実だと・・・」
如月の表情は険しい。
「・・・」
弾は押し黙っている。
「如月! これが貴方の娘・・・、温水アキ、【ムーラン・ルージュ】の顧問だった松永弾よ」
ゆかりが弾に視線を投げかける。
弾はゆかりから視線を外し、硬い表情のまま如月へとその視線を移す。
「松永だと・・・」
如月は記憶にある松永の名を思い出す。
(確か・・・。松永葵だったか・・・。そうか、誰かに似てると思ったが・・・)
如月が思い出したのを見透かしたようにゆかりの言葉が続く。
「そう、松永葵の双子の弟・・・」
一方の弾も・・・
(この人、葵を知ってるんか?  それに温水はんのお父はんって・・・。葵の言ってた・・・)
今度は困惑する弾へとゆかりの言葉が続けられる。
「そして、こっちが如月夏雄・・・。二月会の会長よ」
「にっ、二月会って・・・っ!」
カトリーナのデータを思い出す弾。
「じゃあ、早瀬駆の・・・」
「んっ!? 何だ? 早瀬駆を知ってるのか?」
如月が意外だとばかりに弾に問う。
「早瀬コンツエルンの関係もあってね」
二人の様子を見て、ゆかりが口を挿んだ。
「そう言えば・・・。もう一人、早瀬渡ってのがいるだろう?」
「うちの早瀬渡の事でしょうか?」
如月の問に弾が応える。
「思ったより、骨の有る奴だな・・・」
珍しく、如月がニヤリと笑う。
しばらくの沈黙が有り、弾が口火を切る。
「橘はん、そろそろ本題に入って貰えまへんやろか? どうやら、学園長抜きでのお話みたいやし・・・」
いつの間にか、弾は京都弁を口にしている。
「そうだな・・・。橘っ! 用件はっ?」
如月と弾に詰め寄られているのだが、ゆかりは全く動じない。
それどころか、更に怪しい笑みを浮かべている。
「そんな怖い顔をしなくても・・・。この対面を演出した私に感謝して欲しいくらいよ」
一瞬、時間が止まったように感じられた。
「異母兄弟の感動の対面を・・・ね」
ゆかりの発した一言は、数々の修羅場をくぐって来た男二人を黙らせるに十分なものであった。
「如月・・・、弾・・・。貴方達にはミネルヴァの血が、同じ父親の血が流れているのよ!」
「異母・・・兄弟・・・だとっ!?」
さすがの如月も度肝を抜かれたようだった。
「・・・っ!?」
弾に至っては絶句している。
そんな二人をさも面白そうに見るゆかり。
「冗談だったら、お前でもただじゃおかねぇぞっ!」
憤る如月。
「橘はん・・・。ホンマの事・・・、何やな?」
ゆかりを笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。
如月とは正反対に表面上は何とか冷静さを保っているかのように見えた弾だが、顔は青ざめている。
(何てこったっ! 俺に腹違いの姉弟だと・・・。アキに言える訳がねぇっ! ミネルヴァ・・・、てめぇはどこまで身勝手なんだっ!)
如月は拳を固く握りしめ唇を噛みしめた。
強く噛み過ぎたのだろう、唇からは血が滴っている。
(葵・・・。お前には言うた方がええのか分からんけど・・・。腹違いの兄がおったみたいやわ・・・、とても素直には喜べんわな・・・。せやけど、あの温水アキは、俺らの姪や。あの娘には悲しい思いはして欲しくは無い・・・、俺らで守ってやらんと・・・な)
弾は陰影のある愁いを帯びた瞳を閉じる。
そこには何か大きな決意のようなものが感じられる。

(ふふっ、思った以上ね。この二人をうまく使えば、私が学園長を超える事だって・・・)
ゆかりが心の中で独り嗤う。
その様はまるで毒々しい花が開花したかのようであった。

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