二十話 「通じ合った意志・悪意・そして、永遠の別れ」|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

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二十話 「通じ合った意志・悪意・そして、永遠の別れ」

この記事は24で読めます。

横浜から東京へと向けて一台の車が走っている。
東京都庁を間近に見る『新宿IC』を降りる車の中で、二人の人物が会話していた。
「ねえねぇ、セルゲイっ! 何人くらい連れて来てくれるのかなぁ」
「・・・」
「マンゴーちゃん、思ったよりしぶとくてさぁ、ボクも苦労してるんだよぉ」
「・・・」
「4~5人くらい連れてきて、痛めつけたらきっと吐いてくれるよねぇ」
「喋リ過ギダ!」
「どんな事しようかなぁ・・・。指の骨折るとかぁ・・・」
「・・・」
「爪の間に針さすなんてどう思う?」
「ワクワクするよね~。セルゲイもでしょ?」
「オ前トハ、違ウッ!」
「相変わらずの堅物だね~。そんなんじゃ、女の子にモテ無いよ~」
「俺ハ、戦イサエ有レバ満足ダ・・・」
「あーぁ、つまんない男ぉ・・・。マンゴーちゃん、元気にしてたかなぁ」
ヤミとセルゲイを乗せた車が神宿の街中へと消えて行った。

「新宿の〇〇・・・、××ビル・・・。ココカ・・・」
【ベティのケチャップ】を襲撃した萬度の手下からこの場所を聞き出したハンがビルの入り口に立つ。
「何ダ、アイツ??」
入口に居た見た目から不良中国人と分かる二人がハンに近づく。
「オ嬢サーン、何カ御用デスカー?」
ニタニタと笑いながらハンに近づいている。
そして・・・
ハンの肩に伸ばした手がハンに触れる直前、ハンは身を反転させて相手の視界が姿を消し低位置からの拳を一人目の下顎に突き上げる。
「ゲフッ!」
脳震盪を起こした男はその場に倒れる。
「ナッ・・・!」
二人目の男が言葉を発する間なく立ちあがったハンの裏拳が男の顔面にヒットする。
「ブッッッ!」
鼻血を流しながら倒れそうになる男の襟首を掴んでハンは顔を近づける。
「地下室は何処ダ」
「チ・・・、地下ニハ何モナイ・・・」
「もう一度ダケ聞く・・・。地下室は何処ダ!」
鬼気迫るハンの形相に男は恐る恐る鍵を取り出し、奥を指さす。
「寝テナッ!」
ハンの肘が至近距離から男のこめかみに入り、そのまま声も無く倒れこんだ。
チャリ・・・
鍵を拾ったハンが奥にある階段を下りていく。
そして、ドアの前で立ち止まると、鍵穴に鍵を差し込んだ。
ギイィィィッ
金属のきしむ音がしてドアが開き、ムッとする臭いがハンの鼻をついた。
「誰カ居るのカ?」
暗闇の奥から獣の息を殺したような声色が聞こえてくる。
「矢板サン?」
ハンは室内に入り、手探りで照明のスイッチを探す。
指先にそれらしい感覚があり、ハンがスイッチを押すと室内が明るくなりハンの目がそれを捉えた。
「・・・!」
両手を天井から吊り下げられたまま、ぐったりとした姿・・・
「矢板サンっ!」
マンゴローブに駆け寄るハン。
手首を吊るしている鎖を繋ぐ錠の鍵穴に合いそうな鍵を宛がう。
カチャリ
開錠される音が地下室に響き、マンゴローブはドサリと床に倒れ込む。
「う・・・、うぅぅぅぅっ!」
うめき声をあげるマンゴローブを抱き起すハン。
「矢板サン、しっかりシテっ!」
「うっ、うぅっ! ハンか・・・」
虚ろな目を開けるマンゴローブ。
「ハン、助けに来たョ。もう、大丈夫ダカラ・・・」
けっそりと痩せ、変わり果てた姿となったマンゴローブを抱きしめるハン。
ヨロヨロと手を伸ばすマンゴローブの手を取ったハン、その視線が捉えたものは夥しい数の注射痕だった。
「アイツら・・・。許さナイッ!」
ハンの声が怒りに震える。

「何ダ・・・。コレハ・・・」
セルゲイとヤミを乗せた車が監禁場所のビルに到着していた。
見張りとして残しておいた二人が血まみれになって倒れているのを見たセルゲイの顔色が変わる。
「あっれれぇっ、これは・・・。もしかしてぇ・・・」
ヤミが嬉しそうに笑う。
「上ノ階ニイル兵隊ヲ全部集メロッ!」
このビルには中国系の者達が常にたむろしている。
言わば、萬度の巣窟と言っても過言ではない程である。
各フロアから降りて来た総勢は、50名近くにも膨れ上がっていた。
「行クゾ」
セルゲイが先頭に立って地下へと降りていく。
嬉々として、その傍らにはヤミがいた。

「ハン・・・。本陣は・・・」
マンゴローブの絞り出すような声を聞き、我に返るハン。
何かあったら、直ぐに隼人か早乙女に伝えろという命令を無視してここに来た事を思い出したのだ。
「ごめんなサイ・・・。ハン一人デ・・・」
「そうか・・・」
マンゴローブもハンが一人でここに来たという事が何を意味しているのか察したようだ。
「早く、ここを・・・」
「分かっタ・・・」
そう言って、マンゴローブを肩車し立ち上がろうとした時である・・・
パチパチパチ・・・
嘲笑するかのような拍手の乾いた音が響いた。
「いや~、感動の再会シーンだよねぇ。ボク、涙が出るよぉ」
ヤミとセルゲイ、そして数多くの男達が部屋の入口を埋め尽くしていた。

丁度その時 アキ達はカトリーナの分析に従って、××ビルへとたどり着いていた。
「何だよ・・・、これ・・・」
血まみれになって倒れている二人の男を穂波が見つける。
「ヤバイな・・・。アキ、警察を呼んでここで待ってろ・・・」
「七瀬、あんたもね・・・」
渡と穂波が互いに頷く。
「渡・・・。穂波さん・・・」
アキと七瀬が互いを抱きしめ合いながら、震えている。
その時、地下へと繋がる階段から雑踏が聞こえた。
(ハン・・・っ!)
最早一刻の猶予も無しと、渡・穂波が階段を駆け下りる。
「何ダっ!」
中国訛りのある男達が駆け寄って来る。
「どけっ!」
渡はステップを踏みながら、敵の攻撃を交わしながら次々と拳を的確にヒットさせていく。
一方、穂波も得意の右回し蹴りと正拳突きで男達を倒している。
そして、地下へと降り立った二人が見たものは・・・
「ハンっ!」
「マンゴローブさんっ!?」
ぐったりと倒れているマンゴローブを庇い、襲ってくる男達と戦っているハンの姿だった。
「渡ッ? 穂波ッ??」
「くそっっ!」
「しつけぇんだよっ!」
渡と穂波は男達をかき分け、ハンと合流する。
しかし・・・
「へ~、麗しき友情かぁ。でも、キミ達も逃げ場を無くしちゃったね~」
ヤミの顔にサディスティックな笑みが浮かんでいた。

「もしもし、警察ですか! 早く来てください! 皆、殺されちゃうっ!」
アキと七瀬の110番通報を受け、近くの交番から警察官が二人走って来る。
その通報内容は、本陣へも伝えられた。
「何だって? なぜそこに一般人が・・・? 間に合ってくれよっ!」

地下室では渡・穂波・ハンが萬度の手下達と抗戦していた。
「手緩イッ!」
一向に埒が明かない手下達の不甲斐なさに切れたセルゲイが歩みでる。
「遊ビハ・・・、ココマデダッ!」
渡に掴み掛かろうとするセルゲイ、一瞬の差で体を交わした渡の右ストレートがセルゲイの脇腹にヒットする。
「何ダ、ソレハ? オ前、ボクサー、カ?」
蚊に刺されたような顔のセルゲイ。
「畜生っ! これならっ!」
穂波得意の2段右回し蹴りがセルゲイの側頭部を襲う。
かつて、如月の腕を折った程の強烈な蹴りである。
だが・・・
「空手カ、オ転婆ナ オ嬢チャンダ・・・」
セルゲイは眉一つ動かさない。
「セルゲイは元ロシアのレスリングチャンピオン。間違って人を殺しちゃったから地下格闘技に入ったけどね~。実力は折り紙付き、キミ達じゃ何人掛かりでも勝てないよ」
ケラケラと面白そうにヤミが笑う。
渡・穂波・ハンが連続して攻撃を仕掛けても、セルゲイは全く痛みを感じる気配すら無い。
「相手が悪すぎるっ!」
「どうすればっ!」
追い詰められた三人にセルゲイの巨漢が迫る。
「渡ッ! 穂波ッ! 逃げテッ!」
意を決したハンが加速を付けて飛び上がり右膝をセルゲイの顔面に打ち込み、そのまま上半身にしがみ付く。
「早クっ! 逃げテッ!」
最早、勝ち目は無いと察したハンは、自分が犠牲になって渡と穂波を逃がそうとしているのだ。

「通報したのは、君達か?」
アキ達の通報で駆け付けた警察官である。
「もう大丈夫だ。心配しないでいい」
そう言って地下へと向かおうとしたが・・・
ガーン・ガーン
銃声が二発響き、二人の警察官が太ももを押さえて倒れ込んだ。
「きっ、きゃあぁぁぁぁっ!」
アキと七瀬の悲鳴がこだまする。
「コウナッタラ、全部ヤッチマエッ!」
地下室から上がって来た萬度の手下達は倒れている警察官に殴る蹴るの暴行を加える。
「ぐふっ、君たち・・・。逃げなさい・・・」
暴行を受け意識を失う警察官。
萬度の手下達はその勢いを狩ってアキと七瀬へと迫る。
「アキ、七瀬っ!」
ビルの入り口から声が聞こえた。
振り向くアキと七瀬・・・
「圭ちゃん・・・」
振り返った先に見えたものは、五郎と並んだ圭の姿であった。
「圭ちゃん、下がってて」
五郎がゆっくりと歩み出る。
「アキ、七瀬・・・。こっち!」
アキと七瀬は五郎の脇をすり抜けて圭の下へ。
「何ダァッ!」
萬度の手下達が銃を向ける直前、五郎は体の大きさからは想像も出来ない程素早く移動し、次々と男達をなぎ倒していく。
「西郷さんっ! 下に渡と穂波さんが・・・」
「きっと、ハンもっ!」
五郎は大きく頷く。
「圭ちゃん、お二人をっ!」
「分かったっ!」
そう言うと、五郎は階段を駆け下りる。
途中で何人もの男達を投げ飛ばしながら・・・

地下ではセルゲイに飛び掛かったハンが力任せに跳ね飛ばされていた。
渡も穂波も攻撃を仕掛けるが、セルゲイには全く効かない。
(一瞬でも捕まったら・・・)
(体力差・・・。体重差・・・勝ち目無しだ)
ハンがうめき声をあげながら立ち上がろうとしたその時・・・
「お前の相手は、この俺だっ! 来いっ! デカブツっ!」
野太い声がセルゲイの動きを止めた。
「西郷さん・・・」
「圭の・・・」
渡と穂波を見ていたセルゲイがゆっくりと振り向く。
「ホウ・・・。少シハ・・・」
五郎とセルゲイの視線が交錯した。
「西郷五郎っ! 参るっ!」

五郎が地下室でセルゲイと対峙している時、一階でも危機が迫っていた。
それまで他の階に居た萬度の手下達がアキ達と遭遇したのだ。
「逃げるよっ!」
「でも、西郷さん達が・・・」
「五郎は・・・。絶対に大丈夫・・・。反対にわたし達が捕まった方が・・・」
「危険・・・」
今は不利となる要素を一つでも増やしてはいけない。
そう感じた圭の瞬時の判断でアキ達はビルから逃げ出した。
五郎が・渡が・穂波がハンを無事に救い出すと信じて・・・。

「アノ小娘ドモヲ捕マエロッ!!」
萬度の手下が追って来る。
15人くらいだろうか、銃も持っている。
「どうしようっ・・・! 追って来てるっ!」
七瀬が走りながら後ろを振り向く。
「このままだと、追い付かれるよっ!」
圭も焦りを見せる。
(誰か・・・! 助けてっ!)
アキの心の中の叫びに何かが応えた。
(えっ・・・!? 何っ!?)
アキは応えを感じた方向へと目を向ける、そこには・・・
「ハニーポットっ!?」
【ハニーポット】には、『本日休園』の札が掛かっている。
だが・・・
「うん・・・。わかった。 七瀬っ、圭ちゃん、ここに入るよっ! 早くっ!」
アキは【ハニーポット】のゲートを押し開けて入って行く。
まるで誰かに呼ばれているかのように・・・
「アキっ!?」
「アキちゃんっ!?」
アキの突然の行動に七瀬と圭も戸惑うが、ここはアキに従おうと互いに顔を見合わせ頷く。

入口近くで清掃をしていた園長が園内に走り込んでくるアキ達を目にする。
「あれっ? あの娘・・・、確か・・・。如月さんの・・・」
思わず小指を立ててニヤける。
「でも、今日は何も聞いてなかったし・・・。それも3人になってるし・・・、如月さん、やるなぁ・・・」

「アイツラココニ入リヤガッタッ! 逃ガスナッ!」
萬度の手下達も園内へと入って来る。
「ち・・・、ちょっと、本日は休園でっ・・・!」
「邪魔スルナッ! 退ケッ!」
園長を突き飛ばすと、手下達は銃を抜いて園内へと走り込む。
「大変だっ!あの娘達、何だか分からんがガラの悪い中国人に追われてるみたいだっ! とっ、とにかくっ、如月さんにっ!」
園長は箒を持ったまま事務所へと飛び込み、如月に電話を架ける。

RrrrrRrrrr
「会長、【ハニーポット】の園長からです」
「何だ、今日は休園日だって聞いてたがどうした?」
「如月さん、大変です!前に如月さんと一緒に来た娘と友達みたいな娘がガラの悪い中国人に追われてるみたいですっ!」
「何だとっ! アキがっ!」
園長の話を聞き、如月の血相が変わった。
「アキは何処にいるっ!」
「園内のどこかとは思いますが・・・」
「ちっ、萬度の野郎・・・! ただじゃおかねぇっ!!」
如月の異常に状態に気付いた組員達がキャビネットを開け、底板を外し銃を取り出す。
「おい、園長っ!中国人からアキを守れっ! てめぇの命に代えてもなっ! 俺も直ぐに向かうっ!」
「えっ、えぇぇぇっ! そんなぁ・・・」
園長の悲哀な叫びも空しく電話が切れる。
「私に何をしろと・・・。私にも・・・、家族が・・・」
事務所で右手に受話器を、左手に箒を持ったまま立ち尽くす園長であった。

まるで、≪こっち≫と何かの声に導かれるようにアキは走り続ける。
その後を七瀬と圭も続く。
「助けてくれるの? ありがとう」
アキが独り言を呟いた。
「もう、アキったらっ! こんな時に誰と喋ってんのよ~」
「まだ、追ってくるよっ! アイツらしつこすぎるっ!」
そして、アキが立ち止まった。
「檻を開けたらいいんだね?」
そして振り返り七瀬と圭に向き合う。
「七瀬、圭ちゃん、驚かないで聞いて!今からわたしが全部の檻を開けてこの子達を出していくからっ!」
「なっ、何言ってんの? アキ?」
七瀬はぐるりと周囲を見回す。
「クマとかトラとかいるじゃないっ!あたし達食べられちゃうよ~っ! 絶対反対っ!」
七瀬はアキが追い詰められて自暴自棄になったと思ったようだ。
だが・・・
(アキちゃん・・・、何か考えがあるんだね。それにこの動物達も何か・・・)
圭はアキと動物達の意図を組みとっていた。
「分かった、やってみようよっ!」
「もう、圭ちゃんまでぇっ! しょうがないないなぁ・・・、分かったよ・・・」
釈然としないがここは同調するとかないと割り切る七瀬。
「じゃあ、やるよっ!」
アキが檻の環貫に手を掛ける。
大人の男が二人掛かりで持ち上げる代物だが・・・
ギ・・・ギギギギッ! ガチャンッ!
アキの馬鹿力が発揮され、次々と檻の扉が開けられていく。
「皆っ、お願いっ!」
クマの親子・トラ・ロバ・ブタ・フクロウ・カンガルーがゆっくりと出て、アキと視線を交わす。
「分かった。ありがとう」
アキは動物達の意志を七瀬と圭に伝える。
「七瀬、圭ちゃん。わたし達は姿勢を低くしてロバとブタの陰に入っていてって・・・」
「なんだか・・・、分からないけど・・・」
七瀬は不安で仕方が無い。
「そうか・・・、この子達・・・」
圭は動物達の考えに気付いたようだ。
そして、アキ達は姿勢を低くして座り、その前にロバとブタが盾となるように立った。
更に前方にトラとクマが進み出て、カンガルーもそれに従う。
アキ達の頭上には木に止まったフクロウが待機し、子熊はアキの下へと走り寄って来る。
「準備万端っ! いつでも来なさいっ!」
アキの声に動物達の瞳が光った。

「オイッ! ココニ居タゾッ!」
手下達がアキ達を見つけたが、その前に立ちふさがる動物達を見て躊躇している。
「ナッ、ナンダッ!? コイツラハッ!?」
明らかな敵意をむき出しにしている動物達を見て何人かが後ずさる。
「ヤッチマエッ!」
銃を向けたその時、カンガルーがそのしっぽを大きく振り回して銃を跳ね飛ばす。
更に男に近づくと、強烈な蹴りを叩き込む。
「グハッ!」
「ウ・・・、腕ガ折レタ・・・」
それが合図になったかのように、トラとクマが歩み出る。
クマは立ち上がり、両腕を広げて咆哮を上げる。
トラはうなり声を出しながら姿勢を低くし、いつでも飛び掛かれる体制だ。
「撃チ殺シテシマエッ!」
一斉に銃を構えるが・・・
クマの皮膚は拳銃の弾などでは血が滲むことさえないほど丈夫である。
また、トラは俊敏に動き狙いさえ付けられない。
「畜生ッ!」
圧倒的な不利を感じた手下がアキに銃を向ける。

その時・・・
アキ達の頭上に居たフクロウが音もなく舞い降り、銃を構えていた男に襲い掛かる。
「イッ、イテェッ!」
フクロウはその鋭い爪を男の顔面に立て、嘴で銃を持つ手に攻撃を加える。

クマとトラ、カンガルーに追い詰められた手下達は全ての弾を撃ち尽くした銃を持ったまま追いつめられる形となっていた。

アキと七瀬、圭は成り行きを見守っている。
アキの足元では子熊が威嚇の声を発していた。
自分もアキ達を守ろうとしていたのだろう。

やがて、大勢の足音が聞こえる。
「アキっ! 無事かっ!?」
飛び込んで来たのは銃を携えた如月と二月会の組員達、そして片手に箒を持ったままの園長だった。
銃撃戦を想定していたのだろうが・・・
「会長? こいつら萬度の野郎どもですか?」
「何だか、腰抜かしてるし・・・。失禁してるやつも・・・」
萬度の手下達にとっては、動物達よりも二月会の組員達の方がありがたい存在に見えたようだった。

「この礼は、たっぷりしてやるぜっ!」
鬼神の如き形相で濁った太い声を響かせる如月であった。

「おっ、お父さんっ!」
アキが如月の胸に飛び込む。
「アキ・・・、無事で良かった・・・」
アキをグッと抱き締める如月。
≪お父さん≫と呼ばれた事にも気が付いていない。
アキと如月の父娘の対面に嬉しそうな表情を見せる七瀬。
(やっと、お父さんって呼べた・・・。良かったね、アキ・・・)
「えっ・・・? えぇぇぇぇっ! お父さんってっ!?」
事情を知らされていない圭、仰天するのも当然だろう。
そして、もう一人・・・
「えーっ! 如月さんのお嬢さんっ!」
そう、アキとの関係を邪推していた園長である。

「そうか・・・。こいつらが・・・」
動物達に助けられた事を如月に話すアキ。
その足元には、子熊がじゃれ付いている。
「おいっ、園長っ!」
「なっ、何でしょうか?」
「今日は、こいつらの餌を奮発してやってくれ! 請求は俺の所に回してくれて良いっ!」
「は・・・、はぁ。でも・・・」
「ん・・・、何ならこいつら何人かおいて行こうか? 生きの良い餌になるぜ」
如月は引っ立てられている萬度の手下達を見て言った。
「ひっ、ひえぇぇぇぇっ、そんなっ!」
「わっはっはっはっはっ!冗談だよ」
「やめて下さいよ。如月さんが言うと冗談に聞こえないんですから」

「ところで、アキ。何でお前達がこいつらに?」
アキはこれまでの事を如月に細かく説明した。
「じゃあ、まだケリが付いてねぇって事か・・・」
如月の表情が父親のそれから二月会会長のものへと変わる。
「行くぞっ、まだ戦争は終わってねぇっ!」

セルゲイと五郎が対峙している。
五郎とて決して小柄ではないのだが、セルゲイの巨躯は圧倒的に感じられる。
(体重差で30KGってところか・・・)
格闘技において体重差は大きな決め手となる。
ボクシングでも柔道でも体重別にされているのは勝敗の決め手と成りうる為に他ならない。
例えば、ボクシングを例に取ると最も軽い階級はミニマム級であり、体重は47.62 KG以下と規定されている。
反対に最も重い階級は、ヘビー級の90.72KG以上である。
もし、この両者が同じリングで戦ったと仮定しよう。
体重差は、43.1KGとなり正に大人と子供のケンカと言っても差し支えない。
当然、パンチ力にも耐久力にも大きな差が出るので戦う前から勝敗は決している。
事実、穂波・渡・ハンの攻撃はセルゲイに全く通じていないのだ。
格闘技の経験者は互いの力量を図る事に長けている。
故に、五郎はセルゲイの恐ろしさを既に感じ取っていたのだった。

五郎は大きく息を吸い込むと、得意とする左自然体の構えを取る。
「ジュードー? ソレナラッ!」
セルゲイは着ている服の両襟を掴むと、力の限り引きちぎった。
ビリッ、ビリリリリィッ!
派手な音を立てて、服が引き裂かれセルゲイは上半身裸となる。
(こいつ、ガタイだけじゃ無い・・・)
セルゲイのとった行動は五郎に恐怖を感じさせるに十分だった。
自分の着ている服をそのまま破くという膂力もさる事ながら、これで圧倒的に五郎が不利となったからである。

「ヤバい・・・」
「あれじゃ・・・」
渡と穂波もこの意味に気付いていた。
柔道は対戦相手の襟や袖などを掴み、引き寄せ投げる事が主たる攻撃の方法である。
寝技等は例外といえるが、寝技となると体重差の大きい方が更に有利となる。
つまり、体重差のあるセルゲイが上半身裸となった事は、五郎にとっての敗北が濃厚となった事を意味しているのだ。
(だが、相手も攻めにくい筈・・・)
渡や穂波との闘いを見た限り、セルゲイも力技でなぎ伏せる戦法を得意としている事を五郎は見抜いていた。

「行クゾッ!」
セルゲイが先に仕掛けた。
「おうっ!」
五郎もそれに呼応する。
互いの両腕を大きく開き、がっしりと「手四つの力比べ」の体制になる。
「うがぁぁぁっ!」
五郎は満身の力を込めてセルゲイの掌を握りつぶそうとする。
だが・・・
「コノ程度カ?」
セルゲイが軽く笑った。
「力トハ、コウシテ入レルノダッ!」
「ぐっぐがあぁぁぁっ!」
セルゲイが指に力を入れると、五郎の指が万力で挟まれたかのような痛みが走る。
更に、上から圧し掛かるようにしてセルゲイは五郎の手首を砕こうとする。
(まずいっ、このままではっ!)
ここで押し切られるとそのままセルゲイに捕まり、蹂躙されるだろう。
(イチかバチか・・・)
五郎は体制を移し、右足をセルゲイへと向ける。
「大外刈りっ!」
並の相手であれば、これで全てが決するのだが・・・
「フン・・・!」
セルゲイはびくともしない。
だが、何とか力比べの体勢からは脱する事が出来た。
(やはり、着衣していない相手はやりにくい・・・)
「ソロソロ、決メテヤルゾッ!」
セルゲイの目が怪しく光ったように見えた。
(何をするつもりだっ?)
五郎がそう思った瞬間、セルゲイは腰を低く落とすとすり足で前進したのだ。
(こ、これは・・・! 相撲っ!?)
五郎が感づいた事を肌で感じたセルゲイがニヤリと笑った。
そして・・・
「yapeoenuiya(ヤポーニヤ・日本の意) スモウ、ハリ手ダッ!」
セルゲイの両手が残像を見せながら高速で繰り出される。
体重差で押されていた五郎のガードがセルゲイの張り手で跳ね上げられ無防備になった胸板に渾身の力を込めた右の張り手が入った。
「げっふうぅぅぅっ!」
呼吸器官を押しつぶされたような息苦しさを感じ、五郎の体が宙に舞った。
ガッシャーン! ガラガラッ!
近くにあった様々な物を巻き込んで五郎の体が壁に叩きつけられる。
「くっ!」
口の中を切ったのだろう、口元から鮮血が流れ出していた。
(ここままじゃ・・・。勝てない・・・)
五郎の脳裏に敗北の二文字が浮かぶ・・・
(圭ちゃん・・・、ごめん・・・。大巴先輩・・・、すいません・・・)
「トドメダッ!」
力なく立ち上がった五郎にセルゲイの張り手が突き出された。

その時である。
「五郎は体が大きいんだから、あたしを守って当然よねっ!」
幼い頃の圭の面影が浮かぶ。
(そうだ・・・。俺は・・・)
幼い頃の五郎、体は大きいものの気が弱くいつも虐められ泣いていた。
そんな五郎をいつも助けてくれたのが圭だったのである。
いつしか圭に恋心を抱いた五郎は圭を守る為に強くなりたいと思い柔道を習い始めたのだった。
「お前、良いセンスをしている。俺が稽古をつけてやるぞっ!」
(大巴先輩・・・)
中学の柔道部で頭角を現した五郎をOBの武蔵が見出し、特訓を施し成長はさらに加速した。
「どうした、こんなものか?」
「まだ、まだぁ!」
厳しくも温かい武蔵の指導が五郎をここまで成長させてきたのだ。

「そうだ・・・。俺は・・・、負けられないっ!」
「ナッ・・・、ナニッ!」
満身の力を込めて繰り出したセルゲイの右張り手が五郎の胸板を通り抜けたように見えた。
いや、正しくは紙一重の所で五郎が体勢を入れ替えたのだ。
そして・・・
伸びきったセルゲイの右手首と右肘に五郎の右手と左手が添えられる。
「ナ・・・、何ダトッ! コノ俺ガッ!」
力では無い、ただ絶妙のタイミングだけでセルゲイの体がその右腕を支柱にするようにして持ちあげられていたのである。
(そうか・・・、これが・・・)
「ヤポーニヤ・アイキドーッ?」
「違うっ、これが・・・っ!大巴武蔵直伝のっ!」
「ウォォォォォッ!」
「大雪山卸っ!」
轟音と共にセルゲイの巨体がコンクリートの床に叩きつけられた。
「グッ・・・、グフゥッ!」
セルゲイの口から大量の血が吐き出された。
「動かない方がいい・・・。あの状態で受け身を取れずに叩きつけられたんだ。肋骨の数本はひびが入った筈だ・・・」
(圭ちゃん・・・。大巴先輩・・・。ありがとう・・・)
「ハァハァ、オ前・・・。 名ハ・・・」
呼吸をするのも苦し気にセルゲイが尋ねる。
「西郷、五郎・・・」
「ゴロー、カ・・・。久シブリ二、格闘技ノ世界二戻レタ気ガスル・・・。暗黒ジャナイ世界二・・・。esupeaesuibeo(スパシーバ・ありがとうの意)」

「これは、マズいねーっ!」
素っ頓狂な声を上げたのは、ヤミである。
「まさか、セルゲイが負けちゃうなんてぇ」
「そこを動くな」
五郎が身構えるより早く、ヤミが動いた。
「あはははっ! 今日の所、ボクは逃げるねぇ。後、宜しくぅ!」
「待てっ、逃がすかっ!」
逃走しようとしたヤミの行く手を渡と穂波が塞ぐ。
「ボクシングボーイと空手ガールかぁ・・・。どきなっ!」
ヤミの声色が変わった。
「くっ!」
渡の左ストレートと穂波の回し蹴り、左右からほぼ同時にヤミを襲う。
だが・・・
「まさか・・・!?」
「掠りもしないなんて・・・?」
「今日はココで帰ってあげるから、おとなしく寝てなッ!」
その時のヤミの動きは、穂波にも渡にもそして五郎の目にも見えなかった。
「がはっ!」
「ぐふっ!」
襲い掛かった筈の渡と穂波が倒れ込む。
「あ・・・、あれは・・・」
ヤミの動きをその目で捉えられたのは、立ち上がる事も出来ない、ハン一人だった。
「渡・・・、穂波・・・。ソイツはダメだ・・・」
「ふーん、よく気が付いたね~」
「長袖拳・・・。マサカ・・・、オ前・・・」
「正しくは、孫臏拳(そんぴんけん)だからね。覚えておいてよ。じゃあね~」
ヤミが高笑いを残しながら去ろうとしたその瞬間・・・
「待てっ、行かせる訳ないだろ・・・」
ハンが気力で立ち上がる。
「ほ~、師匠が師匠なら、弟子も弟子ってね」
「お前ッ! ヤミ・・・。ダナッ!」
「あ~、うっざいなぁ・・・。やっちゃっていいよ」
ヤミの合図で萬度の手下が、サブマシンガンを構えた。

(H&K MP5A3・・・! ハンっ!)

ダダダダッ! ダダダダッ! ダダダダッ!
連続した銃撃音が響く直前、ハンの足元にあった黒い影が立ちあがった。
「矢板・・・、サン???」
セミオートの弾倉が打ち尽くされ、カタカタと音を立ててもマンゴローブは立っていた。
ただ、ハンを守る為だけに・・・
「うぉぉぉぉっ!」
我に返った五郎が萬度の手下へと駆け寄り、豪快に投げつける。
萬度の手下は口から泡を吹いて失神する。
「マンゴローブさんっ!」
渡と穂波が駆け寄り、マンゴローブを両脇から支えようとするがするりと抜け落ちるように倒れる。
「うわぁぁぁっ、矢板サァァァァァンッ!」
崩れ落ちたマンゴローブをハンが抱き締める。
そして、キッとヤミの居た方向を睨みつけるハン・・・
だがそこにヤミの姿は既に無かった。

走り駆けつける大人数の足音が聞こえる。

「ここかっ! アキっ!?」
「うんっ!」
「野郎どもっ! 遠慮はいらねぇっ! やっちまえっ!」
二月会の組員達が雪崩のように流れ込む。
「何ダ? オ前ラッ!」
驚き戸惑う萬度の手下達に次々と二月会の組員達が襲い掛かる。
パンッ! パンッ!
銃声が響き、殴り合う音と怒号が飛び交う。
「しっかりしろっ! おいっ! 救急車だっ!」
如月が、撃たれ暴行を加えられた警察官を抱き起す。
「奴らはっ!」
かろうじて意識を保っていた警察官が震える指で地下室へと延びる階段を指さす。
「あっちか・・・」
行く手を阻もうとする萬度の手下達、だが怒りに満ちた如月の敵ではなかった。
「会長っ! こっちですっ!」
二月会の乱入により萬度はほぼ制圧されている・・・
地下室へと降りていく如月・・・
「お前ら・・・」
如月の目に映ったのは、満身創痍の穂波と渡、五郎・・・
ぐったりと倒れた者を抱き、泣き叫ぶ少女の姿だった。
「如月・・・、さん・・・」
「穂波・・・」
「・・・」
「確か・・・。早瀬・・・、渡だったか・・・」
「五郎っ!」
息せき切って圭が階段を駆け下りて来る。
「圭ちゃん・・・」
圭は周囲を見回す、そして全てを理解したように口を開く。
「よくやったね。やっばり、あたしの五郎だっ! でも・・・。無事で良かった・・・」
五郎の姿を見て安心したのだろう、その目に一杯の涙を浮かべる圭。
五郎がそっと寄り添う・・・
「ごめん・・・。圭ちゃん・・・、守れなかった・・・」
アキと七瀬も階段を下りて地下室へと入って来る。
「渡っ!」
七瀬の目が渡を見る。
「穂波さんっ!」
アキの視線を受けた穂波がハンへと向けられた。
誰かを抱きしめて泣き続けるハンに・・・
「え・・・っ?  マンゴーさんっ?」
「えっ!?」
圭と七瀬もハンを見る。
「ハンっ! マンゴーさんっ!」
マンゴローブを抱いたまま泣き続けるハンに駆け寄るアキ。

「矢板サン・・・! ハン・・・、ハンの為二・・・」
ハンの涙がマンゴローブの頬に落ちる。
「馬鹿・・・、泣くんじゃねぇ・・・」
微かに動いたマンゴローブの唇から枯れそうな声が絞り出された。
(生きてるっ!)
その場にいた誰もが一縷の望みを託す。
「救急車だっ! 早くしろっ!」
如月の怒号が飛ぶ。
「マンゴーさん・・・」
「その声・・・。アキちゃん・・・?」
(目が見えていない・・・)
「マンゴーさん、アキです! 七瀬も圭ちゃんも穂波さんも居ますっ!」
「マンゴーローブさんっ!」
七瀬たちも駆け寄る。
「【ムーラン・ルージュ】の結成パーティ・・・。懐かしい・・・」
派手な演出で【ムーラン・ルージュ】結成パーティをしてくれた事・自分と七瀬の事をタロット占いしてくれたあの日・自分達の為に衣装を作ってくれたあの日の事を思い出すアキ達。
「アキちゃん・・・。皆・・・。ハンの友達になってくれてありがとう・・・」
マンゴローブは、声のする方に手を伸ばしアキの頬を弱々しく撫でる。
「矢板・・・サン・・・」
ハンの涙が更に零れる。
「アイドル甲子園・・・、絶対に優勝してね・・・。あなたには・・・その力が・・・」
「マンゴーさんっ!」
アキの頬を撫でていた手が止まりパタリと落ちた。

サイレンの音が鳴り引き、組織対策4課の捜査員達がビルへと入り地下室へと降りて来る。
「や・・・、矢板さんっ!」
ぐったりと横たわり、ハンに抱き締められアキ達に囲まれたマンゴローブの姿を見た隼人が我を忘れて駆け寄る。
マンゴローブは、ピクリとも動かない・・・
慌てて脈を取る本陣。
何度やっても脈は感じられなかった・・・

「本陣警部補っ!」
「矢板捜査官はっ!?」
「巡査部長はっ!?」
組織対策4課の捜査員達も駆け寄って来る。
隼人はゆっくりと立ち上がり、大きく息を吸いこんだ。
「総員っ! 矢板・・・。矢板巡査部・・・っ」
隼人の目からは大粒の涙が止め処なく流れ落ちている。
言葉を一度切り、頭を大きく振り改めて口を開く。
「矢板・・・、警部に敬礼っ!」
その場に居た捜査員達が一斉に挙手敬礼を行った。
通常、警察官は制服で着帽していても、屋外でない場合は挙手敬礼ではなく10度の敬礼を行う。
だが、この場だけは・・・。誰もが挙手敬礼していた。
警察官が2階級特進するのは、殉職した場合のみと分かっているからこそ・・・

「そうか・・・」
マンゴローブの事は隼人から飛鳥井と早乙女に報告された。
そして、急ぎ海上から戻っていた竜馬と武蔵にも・・・
「俺達が・・・、俺達がもう少し早く・・・っ!」
船内の壁を拳で殴り己を悔やむ竜馬。
「竜馬・・・。俺達がするべき事は・・・」
そんな竜馬の肩に手を置き、武蔵が声を掛ける。
「分かって・・・。いるっ!」
竜馬の瞳で炎が燃えていた。

早乙女と飛鳥井が【ぱんさー】で話している。
「やはり、時間が無いな・・・」
「作戦の実行を早める」
「それしか・・・。あるまい」

マンゴローブの遺体が運びだされた後の現場では・・・

「銃刀法違反・凶器準備集合罪並びに結集罪・騒乱罪だが・・・」
「何だとっ!」
隼人と如月のやりとりに周囲がざわめく。
「だが、俺達は何も見ていない・・・」
「フっ・・・」
互いの目線に敵意は無かった。
「いずれ・・・」
「そうだな。おいっ、帰るぞっ!」
「我々も撤収するっ!」

こうしてこの事件は収束した・・・
だが、これが次に起こる事件の引き金になっていたとはまだ誰も気が付いていない。

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