第十九話 「襲撃そして暴走。告白とペンダントの秘密・・・」|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

温泉復興のために、ひと肌脱ぎます!

> NOVELS > 第十九話 「襲撃そして暴走。告白とペンダントの秘密・・・」

第十九話 「襲撃そして暴走。告白とペンダントの秘密・・・」

この記事は27で読めます。

カコーン
鹿威しの音が静かに日本庭園に響く。
「お連れ様がお見えです」
仲居に案内されて来たのは、早瀬将一郎であった。
「いや、お待たせした」
「いえ、私たちもつい先ほど・・・」
恭しく座布団から降り低頭しているのは、弾とゆかりである。
「先日はお一人でしたが、今日は秘書をお連れとは・・・」
勧められて上座に付く将一郎。
「初めまして、テルマエ学園の橘と申します。この度は誠に有難うございます。学園長も大層喜んでおります」
挨拶をしながら慣れた手つきで将一郎のグラスにビールを注ぐゆかり。
「ほう、では貴女は・・・?」
「学園長の秘書兼・・・」
視線を弾へと向けるゆかり。
「なるほど・・・。全権を持って来た君とミネルヴァ氏の秘書か・・・」
「・・・」
弾は黙って頭を下げる。

この会見はミネルヴァの指示によって行われていた。
本来であれば、ミネルヴァ本人が将一郎と直接話す所であるがテルマエ学園の全権を持つ事で前回の対談が進められた事から引き続き弾がその任を追っているのだが・・・

「弾、まだお前だけでは話も進みにくかろう。ゆかり君、しばらくは弾と同席してくれ」
「私で宜しいので?」
(なぜ、橘ゆかりなんだ・・・)
弾とて覚悟を決めて受けた話である。
そこになぜ、ゆかりを介在させるのかを推し量る。
(まだ、役不足という事か・・・)
京舞踊の世界では名を知られているものの、やはりビジネスの現場という点では自らの力不足を感じずにはいられない。
(橘ゆかり・・・、どの程度のものか。見極めてやる)
弾の強い視線がミネルヴァに叩きつけられる。
「弾も快く受け入れてくれるようだ。後は頼むぞ・・・」
「承知しました。それでは・・・」

こうして将一郎との会見にゆかりも同席しているのだった。

「ところで、ご子息が私共の学園に来られていることは・・・?」
「無論、知っておるよ。私が送り込んだ・・・」
「温泉ビジネスをお考えで・・・?」
「色々な事を学ばせるのも親の務めかと思いましてな・・・」
腹の探り合いというのだろうか、表面上は穏やかな世間話に見えるが内情は・・・
(このゆかりと言う女・・・。只者ではないな・・・)
(さすが、早瀬の総帥・・・。弾一人ではまだ無理ね・・・)
この二人の駆け引きをじっと見ている弾。
見ている・・・、ではなく入り込む余地が無いのだ。
(これが・・・、橘を俺に付けた理由か・・・)
「ところでアイドル甲子園ではテルマエ学園のユニットが堀塚のユニットを破ったと聞いたが・・・」
「【ムーラン・ルージュ】の事ですね。こちらの松永が先日まで顧問をしておりました」
「ほう・・・。先日まで・・・とは?」
ゆかりの目配せで弾が冷酒の瓶を取り酌をする。
「うむ・・・」
黙って猪口を口へと運ぶ将一郎。
「おぉっ、これは・・・!」
「お好きと聞き及んでおりましたので」
「楯野川 光明・・・か。嬉しい心遣いだ」
「出羽燦々、お気に召して幸いです」
用意したのはゆかりだが、ここは弾に花を持たせておこうという事であろう。
「・・・で、先日までとは?」
「【ムーラン・ルージュ】の顧問を降り、こちらの事に・・・」
「では、今は顧問無し・・・、かね!?」
「いえ、別の者が引き継いでおります」
(ここらが潮時ね・・・)
話の流れを読んだゆかりが口を開く。
「確か・・・、堀塚音楽スクールには早瀬コンツェルンの資本が入っていたと・・・」
「よく知っておるな・・・」
「総帥がそのような事にも興味をお持ちだったのかと思いまして・・・。確か理事長もお血筋とか・・・」
(食えんな、この女・・・)
「いや、そこまで分かっているとは・・・。貴女もなかなか手強い」
「光栄です」

この会食の本当の意味、それは互いが何処までを出し合って共闘出来るのかを見極める事にある。
ある意味、これからの弾にとって最も必要とされるスキルであることを自ずと感じ取っていた。

「そう言えば、最近はご長男のお姿をお見掛けする事が少なくなった様ですが・・・」
ゆかりの問いに将一郎の眉がビクリと動いた。
(駆の常務解任の事くらいは知っておっての話だろうな・・・)
「少しばかり勉強させようかと思いまして・・・」
「左様でしたか。今後は永いお付き合いにもなりますので、近いうちにお目通りを」
「考えておきましょう」

こうして、夜が更けていった。

お茶の間の人気番組となった【スケボー・万歳!!】、第二回目の収録が前回と同じ矢々木公園で行われているーー
「3、2、1っ スタートっ!」
三橋の掛け声が合図となり撮影が開始された。
山上信二と萌がボードを持ち、ニコニコと笑顔を振りまいている。
「お待たせしましたっ! 【スケボー・万歳!!】の時間がやって来ましたぁっ!」
信二の声が響く。
「【ムーラン・ルージュ】でも大人気の萌ちゃん・・・、さぁて二回目の今日はどんなテクニックをレクチャーしてくれるんやろなぁ~。わぁ~、楽しみやぁ~。何と、今日からは僕も一緒にやらせて貰いますっ!では、早速お願いしましょ~っ!」
信二と萌はお揃いのロゴ入りTシャツ&ハーフパンツ姿でホクホクしている。
「萌ちゃん、萌ちゃん」とかなり親し気になっている。

このロゴ入りTシャツ&ハーフパンツは三橋からの特注依頼を受けて八郎がデザイン・制作したものである。
スポンサーとDoDoTVの通販サイトでのみ販売されているのだが、ネット注文が殺到し、デザイナー大塩八郎の名も巷に広まっている。
無論、販売量も半端ではなく八郎の懐具合もかなり暖かそうだ。

「えーっと、今日は『チックタック』というのをやります」
白い歯を見せてニッコリと笑う萌。

※チックタックとは、ボードに乗った状態で足で漕ぐ事無く移動する方法である※

ボードに乗った萌が、前後・前後と進んでいく。
45度くらいの角度で前と後を同じ幅で動かしている。

「この幅を大きく、早く動かすとスピードが出ます」
ポイントを押さえて、細やかなアドバイスをする萌。
「じゃあ、山上さんと一緒にやってみますっ!」
スケボー初心者の山上も一緒にする事で視聴者の不安も軽くなるような演出も人気の秘密だろうか。
「なかなかスジが良いですよっ。山上さんっ!」
「ほんまでっかっ! 嬉しいわぁ」
萌に褒められた信二、どうやら満更でも無い様子だ。
収録が順調に進み、終盤へと差し掛かる。

「いや~、スケボーって本当に面白いですね~。次回も乞うご期待!」
信二の予告に続き、いつものスポンサー紹介へと移る。
「この番組は、ニッコーマン醤油の提供でお送りしましたぁ。それじゃっ、せーのぉっ!」
信二と萌が顔を見合わせて・・・
「来週も、レッツ・チャレンジっ!」
揃っての右手だけのガッツポーズを決める。
このガッツポーズと掛け声が全国の小学生の間で流行っているのである。

「よしっ! OKっ!!」
三橋が叫ぶ。
顔の筋肉が緩みっぱなしなのは、ご愛敬という事にしておこう。

テルマエ学園にダンテから新しい楽曲が届いていたーー曲名は、【エンジェル・ウィング】
葵から楽譜を受け取った涼香が早速ギターを奏でながら歌詞を口ずさむ。
八郎がその歌声に耳を傾けているのは、衣装をイメージする為だろうか。
同じように目を閉じて聞き入っている葵だが、なぜか眉間に皺が寄っている。
涼香の歌が終わるや否や、葵が目を見開き皆を呼んだ。
「聞いてくれ。今度の曲も非の打ちどころも無い曲だが、こちらが曲に追い付いていない様にも思えてしまう・・・」
葵は前回の苦戦がどうしても気に掛かって仕方が無いのでろう。
「確かに・・・」
「その通りかも・・・」
前回の対【津軽あっぷる娘】の時、涼香の機転とアキの咄嗟の判断が功を奏して何とか勝利したものの負けていても不思議ではなかった事を誰もが思い出す。
(あれは敵を甘く見過ぎていたうちの責任・・・。二度と同じ失敗はしないっ!)
静かに闘志を燃やしていた葵が改めて口を開いた。
「次は4回戦、つまり勝ち残って来た相手のレベルは各段に違っている筈だ。皆も感じているだろうが今のままでは勝ち残れないだろう・・・」
肌身で感じていた事実をはっきりと言葉にされると、やはり意気消沈してしまうのは致し方の無い所である。
「そこで・・・」
葵の声のトーンが上がる。
「派手な演出が必要になってくると思う・・・。誰か、何か意見があるか?」
いつもながらストレートな物言いである、葵らしいと言えばそうなのだが・・・
アキ達も今までの自分達に足りなかった何かを見出そうとして考えるがはっきりとしたものが頭に浮かばない。
「何でもいい、思い付いた事を言ってくれ」
しばらく考えた後・・・、穂波が手を上げる。
「塩原、何だ?」
「派手にって事なら、あちは花火を打ち上げるなんてどうかなって思ったけど・・・」
「いや、火はマズイだろ。だったら、桜吹雪とかは? こう、チラチラって?」
優奈が手を揺らしながら喋る。
「クラッカー鳴らして、くす玉割ったりするのは?」
汐音の言葉に圭も思いつくように言う。
「衣装にイルミネーションライト付けて光らせるとか・・・」
「それやったらいっその事、電飾で光りまくらせるとか・・・」
八郎も一応は真面目に考えているようだが・・・
「うーん、どれも何かが足りない・・・」
葵も行き詰っている感が高まっている。
「曲が、【エンジェル・ウィング】だから・・・」
「天使の翼・・・、だよねぇ」
萌と七瀬が顔を見合わせた時・・・
「天使みたいにわたし達が空を飛べたら素敵だよね・・・」
アキが何げなく、ポツリと呟いた。
「また、アキったら・・・。いつも天然なんだから・・・空なんて飛べる訳ないじゃん、ねぇ? 葵先生・・・?」
七瀬の視線が葵へと向けられた時・・・
「そうかっ!? それがあったっ!!」
葵が急に立ち上がって大声を出した。
「温水っ!」
「は・・・、はい?」
「皆で・・・。皆で空を飛ぶぞっ!」
何かが閃いた葵、瞳がキラキラと光っている。
「はぁっ?」
葵の突拍子もない発言にアキ達は口をあんぐりと開けるしか無かった。
「師匠・・・、もしかして葵先生・・・。壊れたんと違いますか?」
「しーっ! 二郎っ! もし聞こえたら只では済まへんでっ!」
慌てて、二郎の口を押えた八郎であった。

「クソっ!」
アキと如月の関係を全く知らない渡は悶々とした日々を過ごしていたーー。
アキへの思いは募るが、どうしても如月の存在が頭から離れないのだ。
「どうして、あんなヤツとっ!」
如月が二月会の会長である事、そして如月と一緒の時のアキの笑顔・・・
「こうなったら・・・っ!」
渡は一つの決心をしたのだった。

「アキ・・・、ちょっと話があるんだけど・・・」
アキが一人になるチャンスを今か今かと待っていた渡にその機会が訪れ、やっとの思いで学園の中庭へと連れ出す事に成功した。
「うん。何?」
アキは素直に渡について行く。
その光景を目ざとく見つけた者がいた、七瀬である。
(渡・・・、まさか・・・。アキに・・・?)
焦りの色を顔に浮かべた七瀬がそっと後を追う。
そして、もう一人・・・
(うわっ、渡のヤツが告るかと思ったら、七瀬まで? もしかして、三角関係とか?)
七瀬の後を追ったのは、穂波であった。

陽光の差し込む中庭に置かれたベンチに渡とアキが並んで腰かける。
その二人を校舎の陰から見つめる七瀬、更に後方の木陰から成り行きを伺う穂波。

「渡、話ってなぁに?」
ニコニコと笑みを浮かべるアキ、立ち上がった渡が意を決したように話し出す。
「なぁ、アキ。あの如月って人だけど・・・」
「うん、良い人だよ」
アキの一言がこれまで抑えていた渡の感情の堰を切った。
「なんであんなヤツと付き合ってるんだ? アイツはヤクザだぞっ! 分かってんのかっ!?」
矢継ぎ早にアキを問い詰める渡、その時にアキの表情が一変した。
「何言ってんのっ! 如月さんの事は渡には関係無いじゃないっ!」
アキがこれほど感情的になる事は珍しい、それだけ触れて欲しくない事なのだと渡は邪推する。
そして・・・
「関係あんだよっ! 俺はアキが好きなんだからっ! 心配すんのは当然だろっ!」
一気に思いの丈をぶちまけ、ハァハァと息の上がる渡。
(おっとぉ、ついに本気で告りやがったかぁ?)
木陰から見ている穂波にまで渡の声ははっきりと聞こえていた。
そして、七瀬にも・・・
(やっばりそうだったんだ・・・。渡はアキが好き・・・だったんだ)
七瀬の頬に一筋の涙が流れる。
あの渋温泉での一件以来、どうしても微妙な距離が埋まらなかったが、七瀬は初めて会った時から渡の事をずっと思っていたのだ。

「渡が・・・、わたしを・・・。好き?」
突然の事にアキの思考回路はショートしてしまっていた。

渡のアキへの思いをはっきりと聞いてしまった七瀬は茫然と立ち尽くす。
(渡がアキを好きだって事は気付いてたけど・・・・。やっばり、七瀬も渡を・・・)
いたたまれない気持ちになった穂波もその場を動けなくなっていた。

「渡っ、違うのっ! 如月さんは・・・」
如月が実の父である事を言いかけるが、それを渡に言って良いものかを悩むアキ。
「何だよ、一体何だってんだよっ!」
(お父さん、ごめんなさい・・・。でも、誤解を解く為には・・・)
苛立つ渡を見てアキは真実を話す事を決めたのだった。
「渡、聞いて・・・。如月さんは、私のお父さんなの! やっと会えた本当のお父さんなの!」
一気に捲し立てて話し出すアキ。
心臓の鼓動が外に聞こえてしまいそうなくらいドキドキと脈打ってている。
「えっ・・・? お父さんって・・・?」
いつもクールな渡だが、この時ばかりは冷静さを失い呆然としている。
アキはこれまでの経緯を端的に語った。
アキが語り終えると・・・
「アキ、ごめん!」
渡がアキの前で深々と頭を下げる。
「すまない・・・。俺が早とちりして・・・」
「ううん、良いの。でも・・・」
「分かってる。如月さんの事は誰にも言わない。約束する」
「ありがとう・・・」
「でも、アキを好きなのはマジなんだ!」
一瞬、アキの表情が曇った。
「渡・・・、嬉しいけど・・・。わたし・・・。好きな人が・・・」
アキが顔を赤らめる。
その相手が竜馬である事は分かってる・・・
「知ってるよ。でも、俺は諦めない。きっと、アキを振り向かせてみせる」
渡らしい言葉である、アキも自然と笑顔になる。
だが、アキの赤い糸はいずれもつれてしまう事になる・・・

渡とアキの会話を聞き、ガックリと肩を落としてその場を離れる七瀬。
いたたまれなくなった穂波は、思わず七瀬に声を掛けてしまう。
「七瀬・・・。ごめん・・・、あち・・・。立ち聞きするつもりじゃなかったんだけど・・・」
「ほ・・・、穂波さん・・・。あたし・・・、失恋しちゃったぁ・・・」
泣き笑いする七瀬の肩を穂波が優しく抱く。
「う・・・、ううぅぅぅっ・・・」
声を押し殺して泣く七瀬。
「七瀬、あんた・・・。良い女だよ・・・」
穂波の声が七瀬の耳に届く。
(惚れた相手が生きてるって、幸せなんだからね・・・)
穂波の心の言葉を聞けたのは、今は無き哲也だけだったであろうか。

「ココカ・・・」
マンゴローブの帰りを待つハンがいる【ベティのケチャップ】に招かれざる客が訪れようとしていた。
「オカマバー、日本人ノ考エ分ラナイゼ」
「マァ、何人カ攫ッテ来イッテ命令ダカラナ」
総勢で6人、1人が表のドアの前に立ち残りの5人が店内へと入って行く。

「誰カ居ナイカッ!?」
「誰ダイ?」
店の奥からハンが姿を見せる。
「他ノ奴ハ?」
「生憎・・・、定休日デネ・・・」
「ジャア、オ前ハ・・・?」
「留守番サ・・・」
「留守番ネ・・・」
互いに相手を探りつつ椅子とテーブルが片付けられているホールの中央に歩みを進める。
アキ達、【ムーラン・ルージュ】の結成パーティが行われた場所である。

(中国訛リ・・・、萬度カ・・・?)
ハンが侵入者達を見定める。
(コイツ・・・)
ハンの視線の鋭さから何かを感じた男達が左右に広がる。
(素人・・・、ジャ無イナ・・・)
「用ハ・・・?」
「オ店ノ従業員サン達ニ用事ガ有ッタンダガ・・・」
「定休日って言ったのが聞こえないみたいダナ・・・」
ハンの両手が上がり、ファイティングポーズをとる。
「仕方ナイ・・・、オ前ダケデ納得シヨウカ」
男達が隠し持っていた得物を持ち出した。
「フフフ・・・」
「ヒヒヒ・・・」
ハンは半身を弾き、つま先立ちになりながら相手の得物を見極める。
(スタンガン・ブラックジャック・メリケンサックに特殊警棒カ・・・・)
「黙ッテ付イテクルナラ、ココデハ痛イ目ニ合ワナクテ済ムゾ・・・」
「悪いが、留守番なんで勝手に離れられナクテネ」
「ソノ留守番ヲ頼ンダノハ、マンゴローブ? ソレトモ、ヤイタサクラ?」
その言葉を聞いた瞬間にハンが動いた。
(こいつら、萬度ダッ!)
一瞬にして間合いを詰めたハンの左拳が特殊警棒を上段に構えていた男の顔面に炸裂した。
「ガッッッ、ガハッ!」
グキっと鈍い音と共に男の鼻がいびつな形に変わり真っ赤な血を吹き出して倒れる。
「テメェッ!」
メリケンサックを手にはめた隣の男がさっきまでハンが居た位置に拳を振り下ろすが、空を切る。
半歩身を引いたハンはそのまま跳ね上がり、向かって来た男の頭頂部に重力を加速させた踵を思いっきり振り下ろす。
「グッ・・・」
二人目の男は口から泡を吐きながらまるで人形のように倒れ込む。
「クソッ!」
ブラックジャックを構えた男がハンの正面に立ち、スタンガンをバチバチと言わせながらもう一人がハンの後ろへと回り込んだ。
ハンを挟み込んだ男二人が互いに頷くと同時にハンへと襲い掛かった。
だが・・・
ハンは左足を軸にして、右足の足刀を後ろから襲って来た男の水下に叩き込む。
「ガハッ!」
男がスタンガンを手から落とし、そのままへたり込む。
更にハンの右足はムチのようにしなって正面から襲って来た男の左側頭部に叩きこまれた。
「グハッ!」
脳震盪を起こした男は床に倒れ込むとぐったりして動かなくなる。
「さて、お前はどうスル?」
瞬く間に4人の仲間を叩きのめされたのだ。
動揺して当たり前なのだが・・・
「ツマラナイ仕事ト思ッテイタガ・・・。良カッタヨ、楽シメル相手ガイテッ!」
残った一人の男が両手をポケットに入れ、何かを取り出す。
カチャカチャと音を立てて、何かがキラリと輝く。
そして、男が一瞬近づいたかと思った瞬間。
「チッ!?」
光った何かを避けたハンの頬に痛みが走る。
「上手ク避ケタナ」
男の動きも止まった。
「バタフライナイフ・・・」
ハンの右頬に浅い線が現れ、そこからじんわりと血が流れ出す。
「見世物は、それで終わリカ?」
ハンが挑発するように伸ばした左手の指先をクイクイと曲げる。
「本当ニ切リ刻マレテェノカッ!」
両手にバタフライナイフを持った男がハンに向かって突進する。
「やはり、馬鹿ダナッ!」
「ナッ、ナニッ!?」
ナイフを振りかざして襲ってくる音にハンが背を向ける。
覚悟を決めたのかと誰もが思うであろうその直後・・・
バキッイッッッッ!
襲い掛かって来た男は猛烈な勢いで横から襲って来た何かの直撃をくらいもんどり打って倒れた。
「ふう・・・。矢板さんに叱られるカナ・・・」
ハンの右手には大破した椅子の背もたれの一部だけが残っていた。
襲ってくる男に一瞬背を向けたハンは横に積まれていた椅子に手を掛けるとそのまま遠心力を使って男の横面から叩きつけたのだ。
「刃物を持ってる相手に正面から戦うのは素人・・・。そう教わらナカッタ?」
「ナンダ、ドウシタッ!?」
店内からの異常な音、そして戻ってこない仲間、表に居た見張り番が飛び込んでくるのは当然の成り行きだろう。
「ウッ!?」
叩きのめされて意識を失っている5人の姿を見た最後の男の目がハンに映る。
逃げ出そうとする男の肩をハンが掴み強引に引き寄せる。
「何の為に来タッ!?」
ハンの整った顔立ちがまるで般若のような形相に変わる。
「フンッ!」
何も言わないという意志を込めた男の視線がハンに火を点けた。
ガシンッ!
男の首根っこを押さえたままハンの肘打が男の顔面を捉えた。

「ガッ・・・!」
ムエタイが最強の格闘技と呼ばれる所以がこれである。
両手両足を使った長中距離からの打撃は空手やボクシングでも同じであるがこのように組み付いた状態からも肘や膝を使って攻撃し続ける事が出来る格闘技は少ない。
柔道のように抑え込み等の技もあるがムエタイは体を密着させた状態から近距離打撃を加える為、相手は反撃はおろか逃げる事すら出来なくなるのである。

これまでの男達の断片的な言葉からもハンはマンゴローブの身に何かが起こった事を察知していた。
【ベティのケチャップ】が襲撃されたという事実がその仮説を裏付けている。
「吐けッ、目的はッ? 矢板サンハッ!?」
怒りに任せたハンの肘が膝が、男の顔や腹部に何度も攻撃を加え続ける。
「ヤ・・・、ヤメテクレ・・・。話ス・・・」
夜叉のようなハンの攻撃に耐えきれず男が口を割る。
「スパイ・・・、白状サセル人質ヲ攫ッテ来イト命令サレタ・・・」
「矢板サン、無事ナノカッ!?」
「俺達ハ、知ラナイ・・・。タダ、人質ヲ攫テ来イト・・・」
鬼気迫るハンの肘打で折れた歯を血まみれの口から零しながら男が行き絶え絶えに言う。
「何処ヘ連れて行く予定ダッタ!?」
「ソッ・・・、ソレヲ言ッタラ・・・」
「言わないなら・・・、ココで殺してヤルッ!」
ハンは狂ったように男に攻撃をし続ける。
「ワ・・・・、ワカッタッ! 話ス、話スカラ・・・」
「何処ダッ!?」
「新宿・・・。〇〇の・・・、××ビルの地下・・・。グフッ!」
ハンの拳が男の水下にのめり込み、男は意識を失った。
「新宿の〇〇・・・、××ビルの地下・・・。矢板サンッ!?」
ハンは反射的に飛び出した。
ただ、マンゴローブを助けたいというその一心だけで・・・
もし、この時にハンがマンゴローブからの言い付けを守っていたならこの後の悲劇は起きなかったかも知れない。

「何かあったら、直ぐに本陣か早乙女さんに言うんだぞ・・・」

だが、怒りに我を忘れたハンはその言葉を思い出す事はなかった・・・

「さぁて、ハンちゃん。おるかいなぁ」
上機嫌で【ベティのケチャップ】を訪れたのは八郎である。
なぜ、ハンがここに居る事が分かったのかは、後ほど明らかになる。
「ごめんやっしゃぁ~」
八郎が【ベティのケチャップ】のドアノブに手を掛けようとした瞬間、ドアが内側から勢いよく開けられ頬から血を流したハンが悪鬼の形相で走り出した。
「何や何やっ!」
付き飛ばされて尻もちを付いた八郎には目もくれずハンは走り去る。
「一体・・・、何が・・・」
恐る恐る【ベティのケチャップ】の店内を覗いた八郎が見たものは・・・
散乱した店内に血みどろになって倒れている数人の男達・・・
「な・・・、何や分からんけど・・・! ハンちゃんっ!?」
八郎も今はとにかくハンを追わなければならないとハンの走り去った方角へと走り出した。

「あれっ!? ハンだ・・・」
繁華街でデートを楽しんでいる圭が走って来るハンを見つけた。
「おーい、ハーンっ!」
「圭ちゃん、あの娘・・・、確か?」
「そう、うちの留学生だけど・・・。えっ!?」
手を振る圭が眼中に無いようにハンが圭と五郎とすれ違い走り抜けた。
(何・・・、この感じ? 憎悪・・・、嫌な感じ・・・)
一瞬のすれ違い様ではあったが、圭の感覚は的確にハンの異常を捉えていた。
「圭ちゃん・・・。あれは・・・」
五郎が走り去るハンに心配そうな視線を向ける。
「五郎も・・・、感じた?」
五郎も黙って頷く。
「しばらく、学園にも来てなかったし・・・」
「あっ!? 圭ちゃんっ、あれっ!?」
「えっ!? 何?、八郎!?」
ハンの後を追いかけるかのように、今度は八郎が走って来る。
ただ、ハンと違ってヨタヨタとしているが・・・
「八郎っ!」
「あっ、圭ちゃん・・・。ハンちゃん見いひんかったかぁ?」
足がもつれて転びそうになりながらも八郎が圭と五郎の前にたどり着く。
「さっき凄い勢いで走って行ったけど、何かあったの?」
「いや、それが・・・。ハンちゃんに会いに【ベティのケチャップ】に行ったんや、そしたら・・・」
八郎は【ベティのケチャップ】に血まみれになった男達が倒れていた事やハンがいきなり飛び出して走り去った事を話す。
「・・・、圭ちゃん。これは・・・」
「分かってる・・・、嫌な予感しかしない・・・。ところで八郎?」
「な・・・、何や?」
「ずっと学園にも来てなかったハンがどうして【ベティのケチャップ】に居るって知ってた?」
「えっ!? あっ・・・その・・・。偶然っちゅうか・・・」
(こいつ、何か隠してる)
圭は八郎が何かを隠そうとしている事を感じ取っていた。
「五郎!」
「気が進まないけど・・・。大塩君、ごめんね」
「うわっ! なっ、何やっ! いっ痛ったたたっ!」
五郎の小手返しが決まる。
「正直に言いなさいっ、八郎っ!」
「分かったっ! 分かったから放してぇなぁっ!」
観念した八郎が話し出す。
「実は・・・、その・・・。ハンちゃんの居場所が分かるようにしてて・・・」
何か良からぬ企みがあるのは想定していた事だが・・・
「その・・・、皆に配ったペンダントにGPSが・・・」
「えっ!あの時のっ!」
八郎が皆への謝罪の気持ちという事でペンダントを配っていた事を思い出す圭。
「あんた、やっばりっ!」
「ひぇえぇぇぇっ、堪忍やぁ」
「圭ちゃん、それより!」
五郎の一言で我に返る圭。
「じゃあ、ハンがそれをやったの?」
「分かれへんけど、そうや無いかと・・・」
「でも、なぜハンさんは?」
「とにかく、ハンを追うわ! 五郎っ!」
「急いだ方が良さそうだ!」
「八郎、ハンのペンダントで位置が分かるんでしょ。だったらそこを教えなさいっ!」
「いや・・・、その学園の置いてある受信機やないと・・・」
「だったら、すぐに学園に戻ってハンの居場所を連絡してっ!」
「わ・・っ、分かった」
「行くよ、五郎っ!」
「大塩君、頼んだよっ!」
圭と五郎がハンの走り去った方向へと走り出す。
「わいもこうしちゃおられへんでぇっ!」
八郎も学園へと向かい走り出した。

兎に角、学園に戻ってハンの位置を圭に連絡しなければならない。
その使命感だけで八郎は走った。

テルマエ学園へと何とか辿り着いた八郎、中庭を通り抜けて自分の部屋へと向かおうとした時に、穂波と七瀬が抱き合っている姿を目にする。
「うわっ、ちょっとおぉぉぉぉっ!」
「えっ! 何だ、八郎か」
「八郎?」
穂波に肩を抱かれて泣いていた七瀬も顔を上げる。
「いゃ、その・・・。ごめんやでぇ、二人の邪魔をするつもりや無いんや・・・」
どうやら八郎は下世話な想像をしているようである。
「馬鹿っ、そんなんじゃねえよっ!」

「えっ、穂波さん? 七瀬も八郎も・・・?」
騒ぎに気付いたアキと渡が寄って来る。
「そんな事より、大変なんやっ!なんか知らんけど大変なんやっ!」
「おいおい、落ち着けよ。どうしたって?」
「おっ、渡っ! 実は・・・」
八郎はこれまでの出来事を話し出した。
誰もの顔が不安に染まる。
「警察に・・・」
七瀬がそう言おうするが、渡が遮る。
「いや、もし何かに巻き込まれているならいきなり警察が動くとマズい・・・」
「その男達をハンがのしたなら、傷害罪って事も・・・」
穂波の言葉に皆が考える。
「でも、圭ちゃんも危なくなるんじゃ・・・」
アキの心配は当然の事と言える。
「いや、もしもの場合でも西郷さんが一緒なら・・・。俺も行ってくるっ!」
「わたしもっ!」
渡の後を追おうとするアキ。
(アキ・・・、恋のライバルでもあたしの一番大切な友達・・・)
「あたしも行くっ!」
「あちも一緒に行く、どっちだ八郎?」
「新宿駅の方やけど・・・」
「それと、【ぱんさー】に行って竜馬さんに伝えてっ!」
「わ・・・、分かった」
(こんな時も竜馬さんか・・・。いゃ、俺も負けないっ!)
「八郎はすぐに戻ってハンのペンダントを追跡して教えろっ!」
アキと渡の指示を受けて、八郎は【ぱんさー】へ向かって走り出す。

アキ・渡・七瀬・穂波の4人も駆け出していく。
皆がハンの無事を願って・・・

「ん・・・っ? 何だ、アイツら・・・?」
学園から駆け出していくアキ達に葵が気付いたが、まだこれから起きる事件の幕開けであることなど知る由も無かった。

「なんで、わいばっかり走り回ってなアカンねん。だいたい、わいは肉体労働派やないんやで・・・、れっきとしたデザイナー、つまり頭脳労働派やねんで・・・」
ぶつくさ言いながらもアキに言われた通りに、急ぎ【ぱんさー】へと走る八郎。
日頃の運動不足に加えて、今日は一日中走りっぱなしで息が上がっている。

「やっと、着いたぁ~」
リンリンリン
【ぱんさー】のドアベルが鳴る。
「いらっしゃ・・・い・・・?」
へとへとになって入って来た八郎を見る早乙女。
「す・・・、すんまへんけど・・・。みっ・・・水を・・・」
「どうしたんだい? 確かテルマエ学園の大塩君だったよね?」
八郎は早乙女が渡した水を一気に飲み干す。
「ぶはーっ!、生き返ったでぇ」
「ダイエットでジョギングでも始めたのかい?」
「そんなんやあれへんわいっ! それより・・・、竜馬はんは?」
「今日は休みだが・・・」
「大変や、竜馬はんがおらんっちゅう事は・・・。どないしたらええんやっ!?」
慌てふためく八郎をなだめながら、早乙女がこれまでの経緯を聞き顔色を変える。
(ハン・・・っ! なぜ勝手な行動をっ!?)
「大塩君、それじゃハンの居場所は分かるんだね?」
「学園に戻って追跡機能を使こうたら・・・」
「今すぐ学園に戻って、その機能で場所を特定するんだ。そして、私にも連絡をっ!」
早乙女は自分のスマホの番号をメモして八郎に握らせる。
「えっ・・・? その・・・、今すぐ・・・?  また、走って・・・?」
「今すぐだっ! ハンを死なせたいのかっ!」
「はっ、はいぃぃぃっ!」
これまでに見た事の無い早乙女の形相を見た八郎が慌てて飛び出して行った。
(間に合うか・・・)
早乙女は店の奥にある直通電話の受話器を上げる。
「こちら組対4課」
ワンコールもしないうちに相手が出る。
「早乙女だ、本陣を!」
(早く・・・っ!)
「本陣です」
「本陣、ハンが萬度に襲われた」
「なっ・・・っ! ハンは?」
「萬度の奴らを返り討ちにして・・・。恐らく、矢板の所へ向かっている」
「場所は?」
「まだ分からんがハンがGPSを持っているらしい。テルマエ学園からは追跡可能だ」
「分かりました、場所が判明したら連絡を! 緊急配備っ!都内全域に一斉検問っ! 隣接県警にも応援要請っ!」
電話口から警視庁内が慌ただしく動き出した様子が伝わってくる。
「竜馬と武蔵は?」
「二人とも海上だ。直ぐに呼び戻す。それと飛鳥井には私から連絡を」
「頼みますっ、保管庫へ急げっ! 相手は萬度だっ!発砲を許可するっ!」
捜査員達が次々と部屋を飛び出していく。
(頼むぞ、本陣・・・)
電話を切った早乙女が足早に【ベティのケチャップ】へと向かう。

キィッと軽く軋む音を立てて、早乙女は【ベティのケチャップ】の扉を開ける。
「うっ・・・っ! これは・・・」
凄惨な現場が、ここで激闘があった事を物語っていた。
「1・2・3・・・、6人か・・・。さすが・・・だが・・・」
早乙女が倒れている男達の脈を取って回る。
「生きてはいるが・・・。意識無し・・・か」
早乙女はスマホを取り出し電話を架ける。
「飛鳥井か、ハンが暴走した・・・。それと救急車の手配を・・・。6人だ」
電話を切った早乙女が大きくため息をつく。
そして・・・
「矢板・・・、すまない・・・。お前に託されていたのに・・・」
その独白を聞くものは誰もいなかった。

八郎はゼイゼイと息を切らして学園へと急ぐ。
息も絶え絶えになりながらも彼を動かしているのは友への思いか、それとも・・・
(アカン・・・。もう死ぬ・・・)
砂漠で遭難したかのようになりながらも進む八郎の目にようやく学園の正門が見えて来た。
「せやけど・・・。よう考えて見みたら、わい こないに走り回ってるよりも先にハンちゃんの居場所を探した方がよかったんちゃうやろか?」
ブツブツと一人ぼやく八郎。
重たそうな腹を左右に揺らしながら汗だくになっている八郎を見つけた葵が呼び止める。
「大塩っ! そんなに慌ててどうしたんだ?」
「あ・・・、葵先生・・・!」
八郎は今までの事情をゼスチャーを交えながら話した。
「ふむ、なるほど・・・」
葵はアキ達が走り出して行った姿を思い浮かべる。
「だいたいの事情は分かった! 大塩はまず、ハンの居場所を特定しろっ!」
「は・・・、はいっ!」
八郎は直ぐに自室へと向かいドアを開けるや否や受信機のスイッチを入れる。
画面が立ち上がり、信号を受信した旨のメッセージが表示された。
「ハンちゃん、ココなな・・・。えらいスピードで移動しとる、わいが追い付かへんかったのも無理ないわぁ」
八郎でなければ追いついたかも知れないがここはそういう事にしておこう。

バタンッ!!
八郎の部屋のドアがいきなり開けられた。
「うわっ! なんやなんやっ!?」
八郎が振り向くと、そこにはカトリーナを連れた葵の姿があった。
更にカトリーナはノートパソコンを持っている。
「葵先生っ!?  カトリーナっ!? ・・・、せめてノックくらいしてぇな。わいにはプライバシーっちゅんもんが無いんかぁ・・・」
ぼやき続ける八郎には目もくれず、カトリーナは持ってきたノートパソコンを八郎の受信機に接続する。
「どうだ、カトリーナ? ハンの行先は予測出来るか?」
葵の問いにカトリーナは黙って頷き、凄い勢いでキーボードを叩き出す。
「東京都土地建物管理システム・・・、都税事務所、警視庁の各台帳と照合・・・」
(なんや凄い事になってきたんやないかぁ)
八郎は目の前で起きている事をただ見つめるしか無かった。
「コレニ・・・。ハンの移動履歴を、リンクっ!」
カトリーナの指が、ENTERキーを叩いた。
「ワカッタ! 新宿の〇〇・・・、××ビル。所有者と入居者がハッキリしていないのはココダケ。99.99%の確率でココシカ無イッ!」
「よくやったっ! カトリーナっ!」
葵がカトリーナの肩を叩く。
「ハンちゃんが何処に向かってるのかまで分かるやなんて・・・。こんなんやったら最初からカトリーナに頼んどいたら、わい・・・、こないに走らんで済んだのに・・・」
誰も聞くものがいない八郎のぼやきがいつまでも続いていた。
「・・・、ダイエットできて良かったネ」
カトリーナの冷笑とともに出たこの言葉は八郎への慰めも含まれていたのだろうか。

バタンッ! バタバタッ!
騒ぎを聞きつけた皆が八郎の部屋に集まって来る。
「ちょっとぉっ! 騒がしいけど、また八郎が何かしたの?」
開口一番、汐音は八郎を疑う。
「師匠、ここは素直に謝っておいた方が・・・」
「違うっちゅうねん! まさかお前までわいをそんな目でみてるなんて・・・」
二郎にまで疑われた八郎、この世の不条理さをつくづく感じているだろうか。
「まぁ、今回は結果オーライだが・・・。初めて大塩の発明が役に立った訳だし・・・」
「わいの発明はいつでも、世の為人の為のもんやでえ。あっ!?」
八郎が急に何かを思い出した。
「すっかり忘れとったわ。圭ちゃんとアキちゃんと・・・、あのおっさんに電話せんと・・・」
慌てて八郎は部屋を出て、スマホで電話を架ける。

「分かったっ! 行くよ、五郎っ!」
圭と五郎が走り出す。

「えっ!? カトリーナがっ!? うん、分かったっ!」
アキが渡・七瀬・穂波に目的地を伝える。

「何だとっ! まさか・・・。いや、今はそれどころではないか・・・」
早乙女が隼人へと連絡する。

ハンの無事を願いながら、皆が一斉に動き出した。

「葵先生、何かあったんですか?」
緊迫したムードを感じた優奈が葵に問う。
「皆、よく聞いてくれ・・・」
葵は静かに事情を説明する。
「アキちゃんがっ!?」
話を聞いていた涼香の顔が青ざめる。
皆も動揺を隠しきれない。
「ボクらも行こうっ!」
萌が部屋を出ようとするが優奈が止め、首を大きく横に振った。
「残念だけど、うちらが行っても何もできない・・・。足手まといになるだけ、だからここでアキ達が帰って来るのを待とうよ」
「源口の言う通りだ。うちらはここで待つしかない・・・。わかるな?」
葵の言葉に皆が黙って頷いた。
(待ってるからねっ! 絶対、無事に帰って来てねっ!)
皆の願いが届き、アキ達はいつもの笑顔で無事に帰って来る。
そう願う優奈達であった。

(騒がしいな。何かあったのか・・・?)
普段とは違う学園の雰囲気を察した弾が、葵を別室へと呼んだ。
「葵、何かあったんか?」
「弾には言うておくわ・・・」
葵は弾にこれまでの事を細かく説明する。
「そうか・・・。無事に戻ってくれたらええけど・・・」
「弾、この事は・・・」
「分かっとる。学園長にも橘先生にも言わん」
「すまん・・・」
「葵のせいや無い。それより・・・」
弾はカトリーナの能力を改めて認識していた。

コメントを書く

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。