第十八話 「スケボー万歳・迫る民謡・・・。各々の決意・・・」|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

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第十八話 「スケボー万歳・迫る民謡・・・。各々の決意・・・」

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京都・・・
弾は葵を伴い、母 雪乃の墓参りへと向かっていた。
(なんや、弾・・・。急に墓参りやなんて・・・)
突然、墓参りに行くと言い出した弾を不審がる葵。
墓石に弾が打ち水をし、葵がブリザードフラワーを供える。
「お母はん・・・、ようやく葵が来たわ・・・」
弾が線香に火を灯す。
「お母はん・・・」
葵も弾と並んで合掌と、目を閉じる。
目を開け立ち上がった葵が墓石を見て呟く。
「お母はんのお墓・・・、綺麗やなぁ・・・」
「ヨシが毎月欠かさず参ってくれてるからな・・・」
「そうか・・・、ヨシが・・・」
目を細める葵。
静寂の中、虫の音だけが聞こえている。
「なぁ・・・、葵・・・」
「何や?」
「俺の代わりに、松永流を継いでくれへんか?」
「なっ・・・っ!?」
突如、弾の切り出した話に葵も絶句する。
「葵に・・・、四代目家元になって欲しいんや」
弾は真剣な眼差しで葵を正面から見据えて両手を取り、力強く握る。
「冗談や無いみたいやな・・・。でも、うちは勝手に松永を飛び出した身や、逃げ出したって言われても仕方ない・・・」
過去を振り返り悔やむ葵の視線が下を向く。
「そんな、うちが今更・・・。継げる訳が無いっ!!」
感情が高ぶる葵、それを黙って見つめる弾。
弾が大きく息を吸い込み、改めて声を高めて言った。
「それが、お母はんの遺言やって聞いても、そう言うんかっ!!」
「ゆ・・・、遺言って・・・」
語気を強めた弾、そして遺言という言葉に気持ちが千々に乱れる葵。
「そ・・・、そやかて・・・。うちは・・・(お母はんが、うちに・・・?)」
葵と弾、言葉に出来ない気持ちが互いに揺れ動く。
「俺かて、葵みたいに持って生まれた才能があったら・・・。こんな事・・・(葵、頼む・・・。松永流を・・・)」
憤激する弾を見つめる葵・・・。
「弾・・・、やっばり何かあったんか? 弾らしゅうない・・・」
不安そうな表情を浮かべる葵、弾が何かに悩み続けている事を感じ取っているのだろうか。
「何もないっ! とにかく家元四代目は葵やっ! お母はんの墓前で誓えるなっ! 葵っ!」
子供の頃はいつも自分の後ろに隠れていた弾からは想像も付かない程に頑固であった。
双子であるが故に互いの思っている事を分かり合っていたつもりだった。
だが、自分に無い天賦の才を持つ葵に対して、弾は幼い頃からその気持ちの整理を付けられなかったのだ。
(うちが・・・、気付いてやれんかったから・・・。弾、お前・・・。何をしようとしてるんや・・・)
弾の本心が自分に松永流を継がせる事にあるのは十分に分かったのだが・・・
(弾・・・、何がお前をそこまで急き立ててるんや・・・)
それを今、聞いても話す事は無いだろう。
「分かった・・・。弾・・・」
「葵・・・」
「お前がそこまで言うのなら・・・」
葵は改めて墓前に座り、手を合わせる。
「お母はん・・・。聞いての通りや。うちが・・・、葵が松永流四代目を継がして貰います」
はっきりとした言葉、決意を固めた葵の誓いの言葉であった。
(これで・・・。一安心や・・・)
弾の表情も緩む。
立ち上がり振り返った葵、弾に強い視線を送りながら言う。
「ただし、アイドル甲子園が終わってからの話でええなっ! あの娘達を最後まで見届けなあかんよってなっ!」
これだけは絶対に譲らないという強い意志を込めて一気に言い放った。
「勿論やっ!」
弾も全く同じ気持であったようだ。
サワサワと音を立てて吹いて来た風を感じ、二人が振り返る。
「弾・・・、葵・・・」
優しい雪乃の声が風に乗って耳に届いたように思う二人であった。

学園へと戻った葵は早速、アキ達の下へと向かう。
一方、弾は学園長室へと向かう・・・
ノックするや否や、返答も待たずにドアを開け入室する弾。
「失礼します、学園長。松永です」
あくまでも父と呼ばず、そして事務的に振る舞う弾。
それはきっと、ささやかな抵抗なのだろう。
ゆかりと何かを話していたミネルヴァの視線が急に鋭いものへと変わった。
「葵との話は終わりました」
「では・・・?」
「松永流は葵が継ぎます」
ミネルヴァに刺々しい視線を向ける弾。
「ホッホッホッ、それは上出来・・・。ではお前は学園を継ぐのだな・・・?」
嫌な笑いを浮かべるミネルヴァ、嘸かし満足なのであろう。
「但し、全てはアイドル甲子園が終わった後。これは葵も同意見です」
敢えて感情を押し殺し、冷淡に事実だけを伝える弾。
「それで良かろう・・・。今後の指示は、ゆかり君から伝えて貰う。異存は無いな・・・」
弾はミネルヴァと対面に座っていたゆかりに視線を向ける。
ゆかりは妖艶な笑みを浮かべ、弾を見つめ返していた。

「そうか・・・」
早瀬リージェンシーホテルのインペリアルルームで駆が電話で話している相手は、父の将一郎である。
飛鳥井からの報告で駆が孫をおびき出す為の作戦に協力する意思を固めた事は聞き及んでいたものの、やはり本人の口からそれを聞きたかったのだろう。
「俺に、もしもの事があったら・・・」
「・・・」
「後は渡に継がせてやってくれ・・・。あいつならきっと出来る・・・」
「あれほど反目していたのに、簡単に認めるのだな?」
「俺だって、それくらいは分かっていたさ・・・。あいつの方が経営センスがあるって事くらい・・・。ただ、認めたくなかっただけだ」
「少し、成長したようだな」
「もう・・・、遅いけどな・・・」
「今のお前の身柄は、二月会が守るだろう。そして、孫逮捕の後は・・・」
「飛鳥井さんが言ってたな」
「国外で生涯に渡って護衛される・・・」
「親父にも、渡にも会えなくなるんだろうな・・・。(奈美さんにも・・・)」
駆の脳裏に奈美の姿が思い出される。
「もっと素直になれたら、きっと別の展開になったかも・・・」
「駆・・・」
「俺らしくも無い・・・。最後まで嫌味ったらしくしてやろうと思ったんだが・・・」
「梨央音もお前の事を心配していたぞ・・・」
「梨央音が・・・」
「無事に戻れる日は、必ず来る。それまで、絶対に生きていろ! 勝手に死ぬ事は許さんからな・・・」
「親父・・・。渡・・・。梨央音・・・。奈美・・・さん・・・」
電話口の先で互いが涙を流している事を感じあう親子だった。

さて、駆を使った孫逮捕の作戦は国家公安委員会外事第二課を主軸として、警視庁組織対策四課の他、関係する各機関により準備が進められていた。

「作戦のコードネームは、【FOOLS FEAST】になった」
「ほう、愚か者の酒宴とは・・・。ネーミングのセンスは及第点か・・・」
【ぱんさー】で飛鳥井と早乙女が話している。
「それで、次は・・・?」
「風流君と大巴君にも伝えておいて貰いたい」
「承知・・・、というより本陣君から伝え聞いているのじゃないのか?」
「さて・・・、どうかな・・・」
微笑む飛鳥井に、早乙女が問いかける。
「あっちの方は?」
「FBIとの調整中だ・・・」
「アメリカ連邦捜査局か・・・、よく話が付いたな」
「アジア太平洋ブロック局が動いた」
「珍しいな・・・」
「日本に留学していた捜査員がいるらしい・・・」
「それだけの理由か?」
「何やら、裏から大統領への進言もあったという噂もある・・・」
「いずれにしろ・・・」
「平和なままでは終わらないか・・・」
「そう言えば、あの子はどうしている?」
「ベティのケチャップで矢板を待ってるようだ・・・」
「消息を絶った事は・・・」
「言える訳無いだろう・・・、今は・・・」
「そうだな・・・」
「何かあれば、ここか本陣へと連絡するように話してあるが・・・」
「何もない事を祈ろう」
「そうだな・・・」

だが、飛鳥井と早乙女の願いも虚しく新たな事件が巻き起ころうとしていた。

バタバタと廊下を走る音が聞こえ、教室の扉が乱暴に開けられる。
何事かと視線の集まった先には、大きな封筒を右手に持ち息を切らした葵の姿があった。
「皆っ! 次の楽曲が届いたぞっ!」
アイドル甲子園では特に演目の指定は無い。
つまり歌でもダンスでもパフォーマンスでもなんでも有りなのだ。
更に毎回違う演目でも良いし、同じものでずっと続けていく事もどちらでもよいとされている。
だが、一度公開されたものはどうしても新鮮さを失ってしまう。
その為、各チームともに毎回趣向を変えて臨むようになっていた。
「白布、頼む」
葵から楽譜を渡された涼香は、早速ギターを奏でながら歌詞を口ずさむ。
まるで中世ヨーロッパの騎士を彷彿させる重厚で力強いメロディが教室内に流れた。
「曲名は?」
「フルメタル・キャッスル」
葵の問いに涼香が答える。
「やっぱり、竜馬さんの曲は良いよねぇ」
メロディに聞き惚れる汐音が絶賛した。
「そりゃ、ダンテの作曲だよ~。神曲だしぃ」
優奈もかなり上機嫌のようだ。
「曲のイメージは凄く良いんだけど・・・。何て言うか、ビジュアルが見えないっていうか・・・」
「うーん、曲のレベルが高すぎるのかなぁ」
七瀬と萌がアキを見る。
「うん・・・。衣装のイメージかなあ・・・」
アキも同じ事を感じていたようである。
皆の思考が一瞬、滞った。

その様子を見ていた葵の視線が八郎と二郎へと向けられる。
「ニッパチコンビっ! こっちに来いっ!」
カトリーナと一緒に勝ち残っている各代表の動画をPCで見ていた八郎と二郎が葵の側までやって来る。
皆がイメージを確定しきれずに困っている様子を見て、やむにやまれずこの二人に相談する事にしたのだろう。
アキ達から見れば不評な点も多いが、何と言っても現役プロデューサーである三橋が絶賛した衣装は八郎のアイデアである事は認めざるを得ない。
担任としてもそうだが、【ムーラン・ルージュ】の顧問も板について来たと言えるだろう。
「この曲を聞いて、何か衣装が閃かないか? 衣装担当の大塩?」
葵に向けて右手の人差し指を立て、チッチッチッと細かく横に振る八郎。
「葵先生・・・、わいはデザイナーでっせ。そこいらに転がってる衣装担当と一緒にされるなんて心外ですわぁ。(ちょっと、待ってぇな・・・。いきなり曲聞いて衣装考えろって、無茶振りし過ぎやっちゅーねん)」
八郎は表向きの太々しい態度とは裏腹に内心では焦りまくり、額に汗をかいている。
「それは悪かったな。じゃあ、デザイナー大塩としての意見を聞かせて貰いたい」
言葉の上では八郎を持ち上げているのだが、今の八郎にとってはプレッシャーでしかない。
(うわぁ、人生最大のピンチ到来やぁ・・・)
顔中から汗が噴き出す八郎、近くに圭が居たら心の内を察知されていただろう。
だが、その時・・・
「あのー、師匠? 僕、思ったんですけど・・・」
渡りに船とは正にこの事である。
「何や、二郎。言うてみい」
わざと鷹揚に振る舞う八郎。
「曲を聞いて思ったんですけど、【ヴァルキリードレス】なんてどうっすか?」

実は二郎は筋金入りの美少女アニメオタクであり、その知識量は専門のアニメショップ一棟分にも匹敵する。
同じオタクで、ケリアンと大きく違うの所はケリアンはフィギュアオタクであり三次元に立体化されたものと二次元で全てを存在させるアニメとは一線を画するというのが二郎の持論である。

「(助かったぁ・・・) ほう、さすがやなぁ、二郎。わいと同じ考えを持っとったとは・・・」
「じゃあ、師匠っ!?」
「そうや・・・」
八郎はゆっくりと葵に視線を戻す。
「葵先生、今回は【ヴァルキリードレス】で行きますわ。このデザイナー大塩とアシスタント鈴木に任せしといてんか!」
満面の笑みを浮かべ得意げに語る八郎。
だが、内心では・・・
(いや、なんとか助かったけど・・・。【ヴァルキリードレス】って何や??? まぁ、
ええか。二郎を上手く使うたら・・・)
「【ヴァルキリードレス】・・・。なんだかよく分からんが、頼むぞっ! 大塩っ! 鈴木っ!」
葵に答えるように、右手の親指を立てる八郎、ここまでお調子者なのは生まれついての才能と言えるだろう。
(衣装はこれで何とかなるやろ・・・。後はお前達次第・・・、頑張れよ。【ムーラン・ルージュ】の皆、そしてリーダー、温水アキっ!)
アキ達の方へと振り返った葵が温かく見守っていた。

都内の外れにある雑居ビル、表向きは超格安の旅行会社や小口融資店、金券ショップなどが軒を並べているのだがその全てに共通点がある。
それはいずれもが中国系企業である事、つまり何らかの形で萬度とつながっているのである。
そのビルの一室にマンゴローブは監禁されていた。
あの日から何日が過ぎただろうか、セルゲイからの懇親の一撃をくらい意識を失ったマンゴローブはここに運ばれ両手首を天井から吊るされている。

コツコツと靴音が響き、重い音を立てて鉄の扉が開いた。
「元気だったぁ? さーて、今日もお薬の時間だよ~」
喜々として注射器に液体を詰めているのは、他ならぬヤミである。
「うっ、うぅぅぅっ!」
「そうそう、今日からはお薬変えるからね~。もう、スポコラミンは止めちゃうよぉ」

スポコラミンとは、別名・真実の血清との異名を持つ自白剤である。
ベラドンナを原料として精製され、第二次大戦時にナチスドイツが使用した事で知られている。
アトロピンを含む中枢抑制作用が非常に強く、大脳皮質を異常な興奮状態にして知っている事の全てを聞き出す為に使用された。
だが、これを使われた者の多くは後に記憶障害や精神障害を患い最悪の場合、廃人化したと言われている。

「しっかし、凄いよねぇ。ここまで耐えるなんてさぁ。ボクだったらあっという間に白状するけどなぁ・・・」
「白状も何も、知らないものは知らない・・・」
「ふーん、でもオネエ言葉を使う余裕は無くなったみたいだね~」
ヤミは笑いながら注射器に液体を吸い上げる。
「今日までは自分との闘い・・・、ここからはお薬との闘いだよぉ」
「くっ、覚醒剤か・・・?」
「ピンポーンッ! 大正解っ!」
ヤミは吊るされているマンゴローブの腕に注射器を刺す。
「ボクが特別に調合したから効くよぉ。薬が欲しくて何でもペラペラと喋るようになるんだぁ。しかも・・・」
ヤミの目が怪しく光った。
「特別サービスで普通の倍の量にしてあげたからね~」
「ぐっ、ぐはっ! がっ、があぁぁぁっ!」
刺された腕から全身に何か熱いものが広がって行く。
「あっ、そうだっ!」
ヤミの顔が歪んで見えてくる。
「もう少ししたら、お友達が来るみたいだよぉ。ベティのケチャップにお迎えが行くんだってぇ!」
キャハハハッと声を上げて笑うヤミ。
(ベティのケチャップ・・・。ハン・・・、早く本陣の所へ・・・。早乙女さん・・・、頼む・・・)
全身を巡った熱い感覚が顔から頭へと遡った時、マンゴローブは口から泡を垂れ流して失神した。

DoDoTV局では三橋が【ムーラン・ルージュ】の2回戦を動画再生して観ていた。
(3回戦は青森代表が勝ち上がって来たか・・・。そろそろ実力が伴っていない運だけのユニットは淘汰される頃だ・・・)
三橋は画面から目を離さない、真後ろに岩田とすずがいる事にも気が付いていない。
「多分・・・、大丈夫だと思うが・・・。何か一つ話題性が欲しいってのが本音だな・・・」

「あっ! この娘ですよねっ!」
すずが画面の一部を指をさして叫ぶ。
「【ムーラン・ルージュ】のメンバーでしかも、スケボーの銅メダリストっ!」
「えっと、確か・・・。平泉萌だったかなぁ。ボーイッシュで超かっけー娘・・・。俺、ちょいファンだし」
(おいおい・・・、格好のネタがあるじゃねーかよ。俺とした事がすっかり失念しちまってたぜ・・・)
岩田とすずの会話から三橋が何かを思いついたようだ。
「おいっ、平泉萌って確かこの娘だよなっ?」
「ええ、そうですよ」
「いや、まさに神ってるって言っても・・・」
「よしっ、メンバー集めろっ! 緊急の企画会議だっ!」
三橋が会議室へ駆け出していく。
「岩田っ! 堀井っ! お前らも来いっ! 三波はどこだっ!」
こうして三橋の新たな野望が幕を開けようとしたのであった。

一方、テルマエ学園では【ムーラン・ルージュ】のメンバーが届けられたヴァルキリードレスに袖を通していた。
光沢を持たせた金属感がシルバーのドレス、バストラインとヒップラインを限りなく強調し、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫・白のカラーラインが入っている。
無論、【ムーラン・ルージュ】のロゴはいつも通りであった。

「うわぁ・・・。皆さん、よくお似合いですよぉ。特に・・・、アキちゃんなんて僕の好きなアニキャラそのもので、胸キュンです♡」
いわゆるアニキャラの乙女の戦士達がリアルに出現したようなものである。
今回ばかりは八郎よりも二郎の方が雀躍しているのはやはり趣味の世界へと没頭出来ているためだろうか・・・
それでも、二郎の視線はアキの巨乳へと向けられていた。

「何か、かっこいい感じっ!」
くるっとターンして見せる汐音、どうやら満更でも無いようだ。
「ふーん・・・。八郎にしては、えらくまともじゃん」
優奈も今回ばかりは気に入ったようである。
皆が褒めるので、どんどん天狗になって行く八郎。
「天才デザイナー、大塩八郎の辞書に不可能の文字は無いんやっ!」
ナポレオンの如く、鼻高になっている。
(この胸の谷間の見えるか見えへんかっちゅう際どいラインと、尻の食い込み具合に苦労したんやでぇ・・・。この衣装は、わいの秀作やでっ!)
皆の衣装のバストとヒップラインに次々と視線を走らせ、いやらしい笑みを浮かべながら一人満足げに頷く八郎であった。

皆が衣装を身に纏い練習を始めるや否や、突然 教室の扉がガラガラと音を立てて開き葵が三橋を伴って入室してくる。
「こっ、これは・・・っ!?」
三橋の目が素早くヴァルキリードレスへと向けられた。
「3回戦の衣装は、これですかっ!?  女騎士っ!? 素晴らしいよ! 大塩君、抜群だよ!やっぱり君は天才だっ!」
絶賛する三橋。
「さすか、三橋さんや! 一目見ただけで、わいのセンスを分かってくれるんやなぁ」
八郎は三橋だけが唯一の理解者と思っている。
だが単に二人が似た者同士というだけかも知れないのだが・・・

「ん、んっ!」
葵がわざとらしく咳払いをする。
三橋にそろそろ本題に戻れという合図である。
「実は、折り入って話が・・・」
三橋の真面目な表情に誰もが緊張し次の言葉を待った。
「平泉・・・、萌さんにお願いがあります・・・」
「へっ!? ボクっ!?」
予想外の展開に皆の視線が萌へと集まり、三橋が言葉を続ける。
「銅メダリストの平泉さんに【スケボー・万歳!!】という番組に出演して頂きたいんです。勿論、メインキャストとして!」
「はぁ・・・」
「ナビゲーターは、大阪で大人気の食通番組【ようさん食べんで・万歳!!】で大人気の山上信二。5分間の番組の中で、平泉さんのスケボーテクニックと基本動作のレクチャーをして貰いたいんです」
「なんやてっ!? 【ようさん食べんで・万歳!!】の山上信二やてっ!? これは・・・、ごっつい話やでぇ」
八郎の反応に三橋も満足そうだ。
「いかかでしょうか?」
スリスリと揉み手をし、愛想笑いまで振りまく三橋。
目尻も下がりっぱなしである。
「ボク、出ないよ」
すげなく断る萌、教室内がシーンと静まり返った。
「は・・・・、はぁっ!?」
口をあんぐりと開ける三橋、あごが今にも外れそうになり目も点になっている。
萌が大喜びでOKするものだと高をくくっていただけにそのショックは大きいようだ。
「な、な、な、何でっ・・・?」
三橋は混乱の渦中にある。
(どうして断るんだっ? テレビ出演だぞっ? メインキャストでナビゲーターにはあの山上信二なんだぞっ!?  俺には理解できないっ!!)
うろたえる三橋に萌が続けて話す。
「だって、ボクは【ムーラン・ルージュ】のメンバーだよ」
「は、はぁ・・・。あの・・・、それが・・・?」
「3回戦も控えてるし・・・。じゃあ、そういう事でっ!」
くるりと踵を返した萌の腕を片手でひっしと掴む三橋。
「待ってっ! 【ムーラン・ルージュ】の宣伝にもなるし・・・。そう、子供達がスケボーを始めたいって思うきっかけにも・・・」
もう、なりふり構っていられないのが目に見えて分かる。
(もう企画会議もGOサイン出てるし、山上信二にも出演オファーOK取ってんだぞっ! 絶対、ポシャる訳にはいかねぇんだ!俺の昇進もかかってるし・・・!)
三橋の萌の腕を掴んでいない方の手はポケットの中にある御守を握りしめていた。
(誰でもいい、助けてくれっ! 人生最大のピンチなんだっ!)
三橋のすがるような視線が葵やアキ達に向けられていた。
(くそっ! 御守のパワー不足かっ!?)
三橋が、がくりと膝を着きそうになったその時・・・
「うちはやってみるべきだと思うが・・・」
(えっ・・・、葵先生・・・。貴女は女神だ・・・)
「メダリストの平泉が出るのなら、スケボーに興味を持つ子供達も増えるかも知れん。何より、平泉っ! お前にとって可能性を高める良い機会になると思う」
(そうそう、それです・・・。それを言いたかったんです・・・。ありがとう、葵先生)
三橋の目に感涙が溢れる。
この話を最初に聞いた時から、葵は萌の可能性と未来を考え賛同していたのだ。
そして・・・
「萌ちゃんの出るテレビ、観てみたいなぁ」
アキの言葉に涼香も続く。
「わたしも萌ちゃんのスケボーしてる姿、大好きだよ」
「山上信二かぁ、萌。 サイン貰って来てくれない?」
優奈はこんな所でもちゃっかりしている。
「チャンスだよ、萌ちゃん! あたし達、皆でフォローするからやって見なよ! ねっ!? リーダーっ!?」
七瀬が萌とアキにウィンクする。
「うんっ、萌ちゃん! やってよっ!」
大きく頷くアキ。
皆の顔を次々と見て行く萌、皆が笑顔やピースサインで萌を温かく包み込む。
「わかったっ! やってみるよ。皆、ありがとうねっ!」
やっとの思いで決心してくれた萌を見て、三橋もようやく我を取り戻す。
(まだ俺には強運の女神が付いてるみたいだ。これも御守パワーかぁっ!)
へらへらとしまりの無い顔になっている三橋に葵が近づき、改めて釘を刺す。
「平泉は納得したようだが、あくまでも【ムーラン・ルージュ】が最優先って事は忘れんようになっ!!」
「そっっっ、それは勿論です。葵先生! それから、弾先生にもお話しておかない・・・と? あれっ??」
慌てて周囲を見回し弾が居ない事に改めて気付く三橋。
「・・・、あの・・・。弾先生は・・・?」
「ん・・・、あぁ。弾は家元の方が忙しゅうてな・・・」
一呼吸をおいてから曇った表情を見せる葵。
「この娘らの担任と【ムーラン・ルージュ】の顧問はうちが兼任する事になった・・・。そういう事や、三橋さんっ! 今後はすべてうちに連絡をっ!!」
葵が大きく声を張り上げて言った。
三橋にもアキ達にも、そしてここに居ない弾にも聞こえるかのように・・・
「わっ、分かりました。では、スケジュール調整で改めて連絡しますので・・・」
葵の気迫に押されながら、局へと戻る三橋。
その後ろ姿を見つめる葵・・・
(これでええんやな、弾・・・。うちがこの娘らと頂点めざすからなっ!)

アイドル甲子園の日程と調整を行いながら、東京・矢々木公演で【スケボー・万歳!!】の収録が開始された。
晴天で風がそよぐ絶好のスケボー日和である。
萌は八郎が用意した【ムーラン・ルージュ】のロゴが入ったピンクのTシャツと白のハーフパンツでスポーティさが目立つ。

「3・2・1っ! スタートっ!」
三橋が開始の合図を送る。
「【スケボー・万歳!!】、今から始まりまっせっ! 銅メダリストの平泉萌さんが華麗なテクニックと、スケボーの基本をしっかりと見せてくれますっ!」
ナビゲーターの山上信二が画面中央に映る。
「それでは、お迎えしましょう。平泉萌さんですっ!うっわぁっ、本物やぁ~。可愛いですねぇ~。テンション アゲアゲで行ってみましょーっ!」
マイクが萌へと向けられる。
「平泉萌でーす。気分は、最&高(サイアンドコウ)っ!」
スケボを抱える姿も様になっている。

「では、今日はブッシュやりまーす」
模範演技の為、広い場所へと移動する萌、その後を撮影スタッフ達も追う。

※ブッシュ スケボーに乗って移動する時に使う基本的な動きの事 ※

萌はスケボーを跨ぎ、右足をボードに乗せ、キックした左足を乗せる。
カタッカタッ・・・
風を体に受け軽やかにボードを進める。
後を追うカメラを待ちながら、ポイントごとに丁寧な説明をしていく萌。
信二も萌のスケボーテクニックに思わず見とれてしまっていた。
そして・・・
「ブラボーっ♬ この番組はニッコーマン醤油の提供でお送りしました!じゃあ、次回もぉ~っ!」
信二と並んだ萌がアップされる。
「レッツっ! チャレンジっ!!」
萌と信二が右手だけのガッツポーズをとった所で、撮影終了である。
一部始終を見ていた三橋はこの番組が大成功する予感を確信へと変え、唇の両端を上げてニッと笑っていた。
(あの娘、メダリストなのに変に気取らず自然体なのがいい・・・。これは思わぬ掘り出し物だったな・・・)
この三橋の予感は第一回の放送から的中した。
何と、いきなり30%超の視聴率を記録し、合間の5分番組として異例な再放送まで行われたのである。
アイドル甲子園に続き、ヒット番組を企画した三橋はこれによりエグゼクティブ・プロデューサーに昇格した事もここで触れておこう。
三橋本人の才能や実力もあったのだが、この成功の連続が御守や謎の開運グッズのお蔭だと頑なに信じて疑わない三橋は、ひそかに謎のピラミッドのレプリカまで購入していた。

だが、三橋の持ち出したこの企画が後に【ムーラン・ルージュ】に大きな影を落とす事になろうとは誰も気付いてすらいない・・・

「コイツ・・・」
孫がテレビを見て顔を顰めている。
「どーしたのぉ? 孫? へぇ、スケボーねぇ、やってみたいとかぁ?」
「東京代表ノ一人ダガ・・・、人気ガ出ルト邪魔ダナ・・・。セルゲイッ!」
「何デスカ? ボス?」
「早メニ潰セ・・・」
「分リマシタ」
「ちょっと待ったぁっ!」
孫とセルゲイのやり取りに割って入ったのはヤミである。
「何ダ、ヤミ?」
「セルゲイは、あっちの方で忙しくなるしぃ・・・。それにぃ・・・」
「ソレニ・・・?」
「こっちはセルゲイが関わったらいきなり大事件って事になるんじゃないかなぁ」
「ハッキリ言エッ!」
ヤミが面白そうに笑う。
「不幸な事故・・・。なんてどうかなぁって・・・」
「事故ダト?」
「目障りなのが見えなくなったらいいだけなんでしょ?」
「マァナ・・・。ソレデ?」
「うってつけなのがいるじゃない」
「ドルゴ・・・」
セルゲイの眉が歪んだ。
「セルゲイとは相性悪いもんね~」
「・・・、ボスッ!」
「セルゲイッ、オ前ハ自分ノ仕事ヲ片付ケロッ!」
「了解デス・・・」
「ドルゴハ、何処ニイル?」
「日時とターゲットさえ伝えたら、ちゃんと仕事してくれるんじゃないかなぁ」
「ドルゴ14・・・」
「じゃあ、ボクが連絡しちゃうよ」
「任セル・・・。奴ノ方ハ?」
「マンゴーちゃん?? 禁断症状が凄いけど、まだ耐えてるかな・・・。まぁ、もう少しだろうけどねぇ」
「急ゲッ!」
「ハイハイ、了解ですよ~」
萬度の動きが暗闇の中で加速し始めていた。

いよいよアイドル甲子園の3回戦の火蓋が切って落とされた。
各チームの映像を局内で見ながら、三橋が独り言を呟く・・・
「今までは運良く勝ち残るヤツもあったが・・・。ここからは実力のあるものが勝ち残る・・・。勝ち進んでくれよ、【ムーラン・ルージュ】っ!」
呟きがいつしか祈りに変わっていたようだか、三橋本人も気づいていないだろう。

壇上で三波にスポットライトが当てられる。
「アイドル甲子園もついに3回戦へと突入しています! 本日の対戦は、東京代表【ムーラン・ルージュ】VS青森代表【津軽あっぷる娘】っ! 果たしてどのような戦いを見せてくれるのでしょうかっ!?」
歓声が飛ぶ。
「では、先行の青森代表【津軽あっぷる娘】の皆さん。 曲は・・・、『桜日和』。宜しくお願い致しますっ!」
三波の紹介とともに幕がスルスルと上がって行く。
舞台にはよさこい衣装を着て、三味線を持った少女達が並んでいる。
歳は・・・、10代半ばであろうか・・・
「よぉ~」
中央に立つリーダーとおぼしき少女が掛け声をかけると、一斉に三味線の音がこだまする。
ジャーン・ジャンジャン
「はっ!」
チャンチャンチャン
「やっ!」
寸分の狂いも無い息の合ったコンビネーションである。
見事と言う他は無い。
しばらくの間、三味線の演奏だけが場内を包み込む。
「はいっ!」
伴奏が終わりかけ声が掛かると舞台袖から二人の少女が現れる。
皆と同じよさこいの衣装を身に纏い、ゆっくりと舞台中央へと進む。
「【津軽あっぷる娘】のボーカル、弘前凪沙さんと五所川原千聖さん。何と小学五年生、このアイドル甲子園最年少のお二人です!」
三波の紹介を受け、中央に立った二人が客席を向いて顔を上げる。
♬あっあ~、あ~あっあっああぁ~っ!♬
こぶしの効いた少女二人の歌声がハモり、それに負けじと三味線の音色が轟く。

(あの二人の声域・・・、声量・・・。凄いっ!)
額に緊張の汗を滲ませていたのは、涼香である。
(もしかしたら・・・、負けるかも知れない・・・)

♬ハァー ここに集まる皆さんの為♬
♬サーサ これから始まる津軽三味線♬

絶対音感を持つ涼香だからこそ、この二人の凄さが危険信号として感じ取れていたのだ。
そして、もう一人・・・
(民謡はヤバいよ・・・。強敵過ぎる・・・)
同じ東北の出身である萌も民謡の底力を感じ取っていたのだろう。

♬歌いますのは、桜日和 ハァー♬

涼香と萌の不安を感じ取る圭、だが他の五人も【津軽あっぷる娘】のステージを目の当たりにしてこれまでにない危機を感じていた。

そして、厳かに演奏が終了した。
シーンと静まり返る場内、そして盛大な拍手と歓声が巻き起こり鳴り止まない。

「・・・」
アキ達は一言も発せないでいる。
初めて、負けるかも知れないという実感が湧いてきていた。

「皆、聞いて・・・」
涼香が口を開く。
「恐らくだけど・・・、わたし達の練習してきた『フルメタル・キャッスル』じゃ勝てないかも知れない・・・」
「・・・」
誰もが同じ事を感じていた。
「事実・・・、だな」
「葵先生っ?」
葵の放った一言に皆が反応する。
「悔しいが、【津軽あっぷる娘】は完成度が高すぎる。果たして今のお前達が勝てるかどうか・・・」
「・・・」
だが、今は悩んでも仕方がない。
「後はお前達次第、やれる所までやってこいっ! 限界は超える為にあるっ!」
「はいっ!」
ここまで来て引き返す事は出来ないのだ、今はやれる事をするしかない。
「皆っ、行くよっ!」
誰もが驚く、これまでとは違ったアキの毅然とした態度、何かが弾けたのだろうか。

「ヤバイ、ヤバイぞ・・・。こんなの相手に勝てるのかよ? 」
三橋は両手に御守を固く握りしめモニターを食い入るように見つめていた。

そんな思いをよそに、無情にも三波のアナウンスが始まった。

「さて、対するは東京代表の【ムーラン・ルージュ】。毎回、奇抜な衣装で観客を楽しませてくれています。今回の曲は、『フルメタル・キャッスル』、それではお願いしますっ!」
三波が退き、幕が上がる。

ヴァルキリードレスに身を包んだ8人がアキを中心にして円陣を組み、片膝を付き傅ずいている。
ジャーンッ!
ミュージックが流れ出し、傅ずいていた女騎士が一人ずつ立ち上がる。
うわぁぁぁっ!
観客がどよめく中、曲が始まる。

♬天空 近く輝ける城♬
エレキギターを弾きながら歌い出す涼香、だがこれまでと客席の雰囲気が違う。
(ダメっ!? 客席の反応が弱すぎるっ!)
【津軽あっぷる娘】のステージのインパクトが強すぎて『フルメタル・キャッスル』の盛り上がりが欠けてしまっているのだ。
(どうしよう・・・、どうしたらあの声量に勝てるの? ・・・っ!?)
何かが涼香の頭の中で閃いた。
(これしか・・。無いっ!)

「えーっ!?」
「おおぉぉっ!」
観客席に動揺が走る。
「なっ・・・、白布・・・。何を・・・っ!?」
葵も涼香のしようとしている事が分からなかった。
何と、涼香は持っていたエレキギターを置き、自分の肉声だけに集中する策に打って出たのだ。
「なるほど・・・。高音域での真っ向勝負とは・・・。考えたな、白布」

♬難攻不落 フルメタル キャッスル♬
葵が感じ取ったのと同じようにアキ達も涼香の意図を察していた。
(わたし達に出来る事を・・・。そうだっ!?)
アキは涼香の側へと移動し、サブボーカルとしての低音パートを歌い出す。
(そうか・・・)
(それなら、行けるっ!)
アキの意図を察した七瀬と優奈が低音パートに加わる。
涼香の声域に合わせるには、最低でも三人は必要と分かっていたのだろうか。

♬女神の恩寵 その身に受けて♬
そして、アキの視線が汐音と圭へと向けられた。
(オッケーッ!)
(やるねっ! リーダーっ!)
汐音と圭はマイクを置き、ハイジャンプを繰り返すダンスへと切り替わる。
そして・・・
(萌ちゃん・・・、お願いっ!)

♬纏え まばゆい ヴァルキリードレス♬
アキの意図を感じた萌は素早く舞台袖へと駆け込み、愛用のスケートボードを持ち出した。
(よしっ、行けるっ!)

♬今だ 駆けろ 戦場の乙女♬
曲に合わせて、飛んだ萌のハイレベルオーリーが次々と決まる。
まさにヴァルキリードレスを纏った戦士が空中を飛んだかのようである。
銅メダリストのスケボーテクニックも相まった高音域と低音域の二重奏と動きを加速させたダンスで観客席も【津軽あっぷる娘】の時を超える熱狂に包まれていた。

♬フルメタル キャッスルっ!!♬
涼香の歌声が限界まで高まって炸裂し、これまでにない熱狂の渦のなかで【ムーラン・ルージュ】のステージは終了した。

だが、残念ながら特別審査員票は圧倒的に【津軽あっぷる娘】へと得点が集中したのだ。
「【津軽あっぷる娘】、40点・【ムーラン・ルージュ】5点」
三波の声が過酷な現実を突きつける。

「終わった・・・、俺の人生は終わった・・・」
呆然とする三橋。
これから一般審査員の点数が入るといっても、このような大差がついている以上は逆転などあり得る筈がない。
舞台の反対側に立つ【津軽あっぷる娘】はもう勝利を確信しているようだ。
一般審査員の票が入り、自分達への勝利宣言が為されるその時を待ちわびているのが伝わってくる。

「やれるだけやったんだから・・・」
優奈が皆に向けて呟く。
「悔いはない・・・かな」
圭も心なしか元気が無い。
「ごめん・・・、わたしがあんな事しなかったら・・・」
涼香の頭の中では、最初の通りにやっていればこのような惨敗は無かったのではないかという自責の念で溢れていた。
「そんな事無いよ」
アキが涼香に向かって言う。
「これはわたしが皆に送ったメッセージの結果だから」
「そうそう、あたし達の選んだリーダーのメッセージっ!」
七瀬とアキが微笑み会う。
「まったく・・・」
「思いっきりやれて良かったよ」
汐音と萌も晴れ晴れしい表情である。
「さて、最後の開票を見るとしますか」
穂波が皆を誘う。
「行こう。あの子達を祝福してあげよう」
アキが先導しようと、歩き出す。
その時・・・

会場に驚きの声が広がった。
「【津軽あっぷる娘】、73点・・・・。【ムーラン・ルージュ】182点・・・」
三波の声が上ずっている。
「え・・・?」
「な・・・、何が・・・?」
両チームだけでなく観客達も何が起きたのか理解できないでいた。
「総得点数・・・。【津軽あっぷる娘】、118点・・・・。【ムーラン・ルージュ】187点・・・。ムっ・・・、【ムーラン・ルージュ】の勝利ですっ!」
「ま・・・、まさか・・・?」
考えられない事が起こった時、人は思考も行動も一瞬止まってしまうものである。
それが如実に見て取れた。
そして自分達の勝利を確信していた【津軽あっぷる娘】達もポロポロと涙を流し始め・・・
「わっ・・・、わぁぁぁぁぁぁっんっ!」
「わぁぁぁ、うわぁーっ!」
まだ小学生でもある凪沙と千聖が泣き出すと連鎖反応を起こしたかの様に【津軽あっぷる娘】が皆、泣き出した。
「びぇーん、びぇーん」
「えーん、うぇーん」
見かねたのだろう、舞台袖に居た和服姿の女性が凪沙や千聖たちの肩を優しく叩きながら、よく頑張ったと慰めている。
「あの人・・・」
「民謡教室の先生だそうだ・・・」
アキの呟きにいつの間にか側に来ていた葵が答える。
「先生って・・・。良いものですね・・・」
「うちもお前達の先生なんだが?」
「はい、葵先生のお蔭です」
アキの言葉の意味が葵にはすぐに分からなかったようだ。
「後はお前達次第、やれる所までやってこいっ! 限界は超える為にあるっ!って言ってくれたんですよ? 覚えてないんですか?」
「確かに・・・。そんな事を言ったな・・・」
「だから、葵先生のお蔭なんです」
アキが零れるような笑みを浮かべる。

(弾・・・。こいつら・・・、きっとやるぞ・・・)
熱狂する観客席を見つめながら葵は思う。
出来る事なら、弾と一緒に【ムーラン・ルージュ】を見ていきたかったと・・・
そして・・・
(敵を甘く見過ぎたのはうちの落ち度・・・。だが、次からはもっと厳しくなる・・・)
葵の表情が固く引き締まっていた。

興奮冷めやらぬ中を【津軽あっぷる娘】が引率されて退場していく。
民謡の先生が何度も何度も頭を下げ、少女達が泣きじゃくりながら去って行く後ろ姿にアキ達もずっと温かい拍手を送り続け健闘を称えていた。

「やった・・・、やりやがった・・・! 奇跡の大逆転だあぁぁぁぁっ!」
この大逆転劇で三橋が更に開運グッズへとのめり込んだか否かは読者の想像にお任せしよう。

【ムーラン・ルージュ】が奇跡の逆転勝利を収めた瞬間を成田空港の国際線ロビーにある大型スクリーンで見ている女性がいた。
(やったネ・・・、アキ。CONGRATULATIONS!)
愛おしい者を見ているかのような視線、その女性に近づく一人のスーツ姿の男がいた。

「Excuse me?」
「What? 日本語、大丈夫ですヨ」
流れるような金髪に均整の取れたプロポーション。
一見すると、ハリウッドの女優と思うだろう。
「ミッシェル・アデルソン捜査官でしょうか?」
「OHッ! それじゃ、貴方ガ?」
「本陣隼人と申します。お迎えに上がりました」
「日本ガ初仕事になっテ嬉しいデース」
「こちらこそ、光栄です。こちらへ・・・」

その二人のすぐ前を黒いコートを着た人影が横切る。
(硝煙の匂い・・・。まさかな)
(アキ達ヲ見てタ、アノ視線・・・。気のせいナラ良いケド・・・)
職業上の勘だろうか、二人とも得も知れない不安を感じ取る。

男性か女性か、それすらも見て取れない雰囲気・・・
「こいつらがターゲットか・・・。つまらん仕事だ・・・」
スクリーンに映っている【ムーラン・ルージュ】を見て呟いた言葉は空港の雑踏にかき消されていった。

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