第十七話 「ムーラン・ルージュ参戦・そして、廻り始める運命の螺旋」|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

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第十七話 「ムーラン・ルージュ参戦・そして、廻り始める運命の螺旋」

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「あっちゃぁぁぁ、見つけちゃったよぉ」
嬉しそうにノートパソコンの画面を見ているのは、ヤミである。
「ドウシタ・・・?」
「ほらぁ、これ見て!」
「・・・!」
画面を見た孫の顔色が見る見る内に変わった。
「アイツ、連レテ来イッ! 今、スグダッ!」
「アイアイサーッ! セルゲイも行こうよぉ~」
「・・・」
セルゲイは孫を見る、孫が微かに頷いたのを見てヤミとともに部屋を出て行く。
「フザケヤガッテッ!!」
孫の顔は激しい怒りに満ちている。
「カロロスもソウダガ・・、今度ハ・・・」

孫が苛立ってるにはもう一つ理由があった。
先日の黄大人の逮捕もそうだが、ミケネスの上位将軍より渋温泉の埋蔵金発掘を阻止されたのだ。
それは、フランスのカロロス・ゴールからの建議だった。
無論、孫は懇意であるロシアを巻き込んで何とかしようとしていたのだが、カロロスは他の4人を纏めており、5対2で押し切られていたのだ。
なぜ、カロロスが動いたのか?
そこには、ケリアンが大きく関わっていた。
ケリアンはカロロスが送り込んだエージェントである。
孫が渋温泉に執着していることを不信がったカロロスがその調査の為に送り込んだのだが、ケリアンは日本の温泉文化をそのまま残す方が組織へのメリットも大きいと説得をしたのである。
その裏には、カロロスと孫が互いに相容れない関係をずっと続けて来た事も背景にあった。
また、カロロスも背任横領で逃亡したとは言え、やはり日本には思い入れもあったのだろう。

一時間もしないうちに孫の下へと連れて来られた者がいる。
マンゴローブである。

「どうしたんですかぁ、孫会長? 新しいブツが入って来るとかぁ?」
「オ前、何者ダ!」
(まさか気付かれたのか・・・、いや、そんな事はないだろう。ブラフか・・・?)
萬度に潜入するにあたって、マンゴローブの過去は全て警視庁だけではなく各官庁のデータも消去されている。
つまり、矢板さくらの高校卒業までと、マンゴローブとしてベティのケチャップを始めてからのものしか無い筈なのだ。
「ふっふっふっ、謎は全て溶けたのだよ。ヒントは3っ!」
ヤミが嬉しそうに笑っている。
(どんなに天才的なハッカーでも無い物は見つけられない筈・・・)
「あーら、何かしらぁ? アタクシもちょっと興味ありそう・・・」
ここで動揺すれば相手の思うツボである、知らぬ存ぜぬで押し通す以外に方法は無い。
「矢板さくらのデータは18歳まで、マンゴローブのデータはここ数年しかない・・・。果たして、その空白期間、キミはどこで何をしていたのかなぁ?」
「だからぁ、お店を持つ為の資金作りで色々と仕事を掛けもってぇ・・・」
「タイに行った事は・・・?」
ヤミがニヤリと笑った。
(タイ・・・。何を掴んだか知れんが、パスポートの記録も抹消されている筈・・・)
「アタクシ、海外旅行の経験だけは御座いませんのよぉ」
「では、最後のヒントは・・・っ! ムエタイですっ!」
(ムエタイ・・・?  まさか・・・!?)
マンゴローブに一瞬だが焦りの色が浮かんだ。
「そうなんだよね~。日本国内のデータは全て消したんだもんね、警察官としての・・・(笑)」
ヤミは喜々として話を続ける。
「でも、タイ警察にはちゃんと残ってたよぉ。矢板さくらって名前の日本人警察官が武術交流でタイに来たってねぇ~」
「っ!?  まさか、そこまでっ!?」
「ハッカーを甘く見て貰っちゃ困るなぁ~」
「遊ビハ、終ワリダッ!」
振り返ろうとした瞬間、後ろに立っていたセルゲイが両手を組み合わせて力の限りで振り下ろす。
「ガハッ!」
一瞬にして視界を失い、痛みを感じる間も無くマンゴローブは意識を失った。
「ヤハリ潜伏先ヲ、幾ツカ掛持チニ・・・。ソレト・・・」
孫はセルゲイを手招きして呼ぶ。
「ベテイノケチャップ・・・。何人カ攫ってコイ・・・」
セルゲイがニヤリと笑った。
そして、孫の足取りは全く掴めなくなってしまったのだ。

渋温泉から戻ったゆかりは慎重に言葉を選びながらミネルヴァへの報告を行っていた。
「温水さんが、まさか・・・」
「そうか・・・、儂の孫だったか・・・。やはり・・・な」
「学園長、如月の事は・・・」
「無論、知っておったよ。夏雄と名付けたのは儂だ・・・。永田町で再会した時は目を疑ったがな」

二月会を継いだ如月は、先代の如月猛の後釜として裏社会を生き抜く為に大臣の座にあった須貝秀儀にも様々な面で協力していた。
そして、田部泰三の死去に伴う葬儀の席で須貝からミネルヴァへと紹介されたのだ。

「ミネルヴァさん、これが二月会を継いだ如月です」
「初めまして、如月夏雄です」
(夏雄だと・・・)
ミネルヴァの記憶が呼び起こされる。
「如月の名を継ぐ前の姓は・・・?」
「温水・・・」
「出身は?」
「長野・・・。渋温泉・・・ですが?」
「そうか・・・。良い目をしておる、儂の若いころのようだ・・・。須貝さん?」
「・・・?」
「この如月、儂に預からして貰おう」
ミネルヴァの目に恫喝の色が浮かんだ。
「わっ・・・、私に依存は・・・」

こうして、如月とミネルヴァの関係が始まったのである。

「それと・・・、星野さんの事ですが・・・」
「そうか・・・、徳さんの曾孫だったとはな・・・。そう言えば本名すら聞いておらなんだ・・・」
ミネルヴァの顔に遠くを思い出すような望郷の色が浮かぶ。
「だが・・・。真田の血筋とはな・・・、皮肉なものだ・・・」
「温水さんは徳川の血筋とはっきりしましたが、他の7人が全て・・・」
「関ケ原の西側についた者の末裔とは・・・。果たして歴史は儂に何をさせようというのか・・・」
「・・・」
学園長室に沈黙の時が流れた。

「ゆかりくん」
「はい?」
「これからも宜しく頼むよ」
「承知しております」
ゆかりは恭しく頭を下げ、学園長室を後にする。
(学園長、次は私に何をさせようとしているの・・・)
一抹の不安を感じるゆかりであった。
そして・・・
「儂の・・・、一族の悲願・・・。徳川幕府の再興は近い・・・」
ミネルヴァの顔に悪魔のような微笑が浮かんでいた。

フルブラックのメルセデスベンツがテルマエ学園の正門に乗り付ける。
「ありがとう・・・、お・・・。如月さん・・・」
まだ如月を父と呼ぶのに抵抗のあるアキ。
「送って頂いて、ありがとうございました」
七瀬の言葉には、まだ刺が感じられる。
「ああ・・・」
二人を降ろして、如月は車を発進させる。
そして、いつも以上の鋭い目つきに変わっていた。
果たしてこれから何をするつもりなのだろうか・・・

車から降りた二人を葵が玄関で待っていた。
「大変だったな・・・、温水・・・。星野もご苦労だった・・・。お帰り・・・」
「葵先生・・・」
目に涙をいっぱい溜めるアキの横で、七瀬は照れ笑いしながら言う。
「ただいま戻りました」
「星野は部屋に戻っていろ。温水、ちょっと良いか・・・」
葵はアキを別室へと連れて行く。
そこで葵とアキは二人っきりになり、葵が口を開いた。
「温水・・・、お婆さんが助かって本当に良かったな・・・。たった一人の身内なんだろう・・・」
葵の優しさが身に染みたアキ。
「葵先生・・・、お話があります・・・」
如月の事を話すべきか迷いを感じていたが思い切って葵に話そうとアキは心を決めた。

渋温泉から戻る車中での事・・・
ふと、アキが目を覚ます。
どうやら、もう東京へと入っているようだった。
七瀬はまだ隣で寝息を立てている。
アキが目を覚ました事に気付いた如月が静かに話しかけてきた。
「なあ、嬢ちゃ・・、いや アキ。俺が父親だって事は誰にも言わない方がいい・・・」
「えっ、どうして・・・?」
せっかく親子と分かったのに・・・、と如月の考えが分からないアキ。
「俺は二月会の会長。つまり、ヤクザだ・・・」
「・・・」
「俺がお前の父親だって知れ渡ると、お前やお前の友達まで迷惑を掛ける事だってあるんだ・・・。だから、誰にも言わない方が・・・。分かるな・・・」
ルームミラーに写る如月の目は真剣そのものだった。
自分の為に死んだ哲也の事を思い出しているのだろう・・・
「うん、分かった・・・。如月・・・さん」
アキも素直に頷いている。
(あたしも分かったよ・・・、アキ。そして・・・)
途中から七瀬も目を覚ましていたのだが、眠り続けるフリをし続けていたのだった。

「そうか・・・」
葵は首肯しながらアキの話を聞いている。
「二月会っていう所の会長で・・・。その、ヤクザって言うのか・・・。如月さんが。わたしの・・・。お父さんって知って・・・」
アキはしどろもどろに話す。
「その・・・、お父さんが皆に迷惑になるからって。言っちゃだめって、それで先生にも・・・」
アキの話をじっと聞く葵。
(深い事情があるようだな・・・。温水・・・)
そして口を開く葵。
「分かった。心配するな・・・、誰にも言わない」
アキの目をしっかりと見て約束する葵。
「さぁ、皆の所へ行って来いっ! 【ムーラン・ルージュ】のリーダーとしてっ!」
「・・・、はいっ!」
アキは葵に話した事で心が落ち着いたのだろう、いつもの笑顔になって教室へと走って行った。

教室ではあらかたの事情が七瀬の口から皆に伝えられていた。
無論、如月の事は名前すらも出していない。
アキが教室に入ると、皆が温かくアキを出迎える。
「お婆ちゃん、無事でよかったね」
「アキちゃん、いないと寂しくて・・・」
「新しい曲、届いたんだよっ!」
「リーダー無しだと、盛り上がらなくってさぁ」
皆が口々に言う言葉にアキはハルの言葉を思い出す。

「まだまだあんたの世話になるほど耄碌してないよ。それよりもアキ、あんたにはもっと大切な事があるんじゃないのかい」
「あんたの帰りを待ってる仲間がいるだろう」
「あたしはあんたをそんな無責任な娘に育てた覚えはないよ」
「やる事全部を成し遂げてから、渋温泉に帰っておいで・・・」

(そうだ、わたし・・・。まだまだやる事がいっぱいあるんだ!)
大切な仲間達と一緒に大きな目標を目指せる幸福感がアキを包み込む。
(ここに居る事、それが一番の幸せなんだ・・・)
自分の居場所をはっきりと見つけ出したアキ、着実に大きく成長していたのである。

さて、アキ達を送り届けた如月だが・・・

「報告は聞いておる」
「そんな事を言ってるんじゃねぇ!」
如月はミネルヴァに掴み掛かりそうな勢いだ。
渋温泉でのハルとの再会、アキが実の娘と知っただけでなくミネルヴァが父だと知った如月はアキ達を降ろすと直ぐにミネルヴァの下へと乗り込んでいた。

「些か、無礼が過ぎるとは思わんか・・・。夏雄?」
「テメェにその名前で呼ばれると虫唾が走るぜっ!」
「久しぶりの親子対面・・・。まぁ、記憶は無いか・・・」
「よく今までシラを切り通していたなっ!」
「お前だと分かったから、任せていた所もあったのだが・・・」
「俺は二月会の如月夏雄だ、峰夏雄じゃねぇっ!」
「せっかくの娘との再会も出来たのだ。少しは落ち着け・・・」

「やかましいっ!」
「口を慎めっ! 如月っ!! 無礼にも程があるっ!!」
圧倒的な威圧感の前にさしもの如月もたじろぐ。
「お前とて、儂と変わらん・・・」
ミネルヴァの表情がどす黒いものに変わった。
「生まれて間もないアキをハルに託したのだろう・・・」
「俺は・・・。冬美の・・・」
「同じ事・・・、本質は何も変わらん。如何に言い訳をしようが・・・な」
「くそっっっ!」
「敢えて、お前の事はこれからも如月と呼ぼう・・・。アキには儂の事は話すな・・・」
如月は燃えるような視線でミネルヴァを睨みつける。
「お前には、まだやって貰わねば成らぬ事がある・・・」
「萬度・・・か」
「そう、それがアキ達の為にも必要なのだ」
「・・・」
「分かったのなら、下がれ・・・」
「今はまだ、そうしておいてやるっ!」
「ホッホッホッ、それで十分・・・」
怒り心頭のまま立ち去る如月、その後ろ姿を満足そうに見つめるミネルヴァ。
(弾も夏雄もこれで良しか・・・。後は・・・)
ミネルヴァが何かを楽しみにしている事が伝わってくる・・・

アキから父が見つかったと聞き、ふと考える葵。
自分達も父を知らずに育ってきた事もあり、特に感慨深いのであろう。

学園の校舎から夕陽を眺めている葵に気付いた弾が声を掛ける。
「何してんのや? ボーっと、しおって」
「ん・・・、弾か・・・。いや、温水がな・・・」
「温水はんが?」
「生き別れの父に会えたそうだ・・・」
「・・・そうか。それは・・・、良かったんやないか・・・」
「っ!? 弾、今のは聞かなかった事に・・・」
(うちとした事が、つい・・・)
「訳ありなんか? 分かった・・・」
「すまん・・・」
しばらく無言の時間が流れる。
「なぁ・・・、弾・・・」
「・・・?」
「うちらの・・・、お父はんって・・・。生きてるんやろか・・・」
「何で急に、そないな事・・・」
葵は軽く頭を振る。
「お前も少し変わったな・・・」
「何がや・・・?」
「何を考えてるんか、分からん時が多なったみたいな感じがする」
「何も変わってへんっ!」
ミネルヴァの一件を葵に感づかれたのではないかと焦り、口調がきつくなる弾。
(葵・・・。すまん、もう引き返されへんのや・・・)
「双子でも、いつまでも分かり合えるとは限らんのやな・・・」
葵の頬に涙が流れる。
「しばらくは、ここにも戻られへん。あの子達の事・・・、頼んだで・・・」
「・・・。今は聞かんといたる、時が来たら話してくれるな・・・?」
「・・・」
これまでは双子であるが故に分かり合って来た事が、初めて分かり合えなくなってきていた。

早瀬リージェンシーホテル、最上階のインペリアルルームを二人の男が尋ねていた。

「矢板からの連絡が途絶えた・・・」
「・・・」
「時は一刻を争う・・・」
「・・・分かっています」

インペリアルルームへと続く廊下には屈強な男達が幾人も立っている。
そして、ドアの前に付くと一人の男が近づいて来た。

「ボディチェックをさせて頂きます」
「まさか、お前達からチェックされる側になるとはな・・・」
「・・・」
今、この部屋は二月会の精鋭達で24時間ガードされている。
(グロック17か・・・)
ボディチェックをされている隼人が洸児の胸元に吊るされた銃に気付く。
「現職の警察官の前で、堂々としたものだな」
「非常事態ですので・・・」
「本陣、ここは彼らに従おう・・・」
「・・・、分かりました」
隼人が脇下に吊るしたホルスターから、S&W M360を取り出し洸児へと渡す。
「では、こちらへ・・・」
部屋の中にも二月会の組員達がいる。
(ざっとみて室内に10人、室外はもっと多いか・・・)
将一郎と弾の会見で二月会が駆をガードするようになった事は、飛鳥井も知っていたのだがまさかこれほどまで大がかりになっているとは想像もしていなかったのだ。

「本陣っ! よく来てくれたっ!」
余程久しぶりの来客なのだろう、駆が奥の部屋から飛び出してくる。
「本陣・・・、こちらは?」
「国家公安委員会外事第二課の飛鳥井課長です」
「飛鳥井さんって、確か・・・親父の・・・」
「お父上には若いころからお世話になっております。本日、お邪魔致しましたのは・・・」
「聞いてる・・・」
「お父上からでしょうか?」
「あぁ・・・。俺を餌にするって話だろう?」
「少し、言葉が悪いですが、そのような所でしょうか」

この少し前である、駆は将一郎から電話を受けていた。
その内容とは、萬度の中心人物である孫が国内での居場所を特定できなくなっていた事であった。
渋温泉の買収の失敗だけでなく、右腕としていた黄の逮捕と強制送還だけではなく様々な事情で身の危険を感じ潜伏したのだった。
だが、アイドル甲子園を利用した覚醒剤の密売ルート構築の為に国内のどこかに潜んでいることは間違いない。
その為に駆を使って一芝居を打ち、孫をおびき出す作戦が検討されていた。

「俺の安全は・・・」
「ご心配なく、我々が命に代えても・・・」
洸児が話に加わる。
「誠に残念ですが、今となっては彼らに勝るボディガードはありません」
不本意ながらも二月会によるガードを認める隼人。
「彼らは、ここに押し入って来た相手が何者であれ躊躇なく発砲するでしょう」
ミネルヴァが画策した二月会を使った駆のガードはこれが最大のメリットである。
警備員は帯銃出来ないし、警察官であってもそう簡単に発砲はできない。
だが、二月会の組員達であれば如月の命令を遂行する為に手段は選ばないのだ。

「・・・分かった。それで俺の役目は?」
落ち着かない様子の駆がソファに座った。
「孫を指定した場所に呼び出して貰います。無論、先輩もそこに行って貰いますが・・・」
「何だってっ! みすみす殺されに行けって言うのかっ!」
駆は孫の恐ろしさを身をもって感じていたのだ。
「・・・、だめだ。出来ないっ!」
ワナワナと震えだす駆。
「先輩っ! いつまでもここに隠れている訳にはいかないんですよっ!」
「分かってる・・・、分かってるけど・・・」
「駆さん、私達もプロです。貴方に危害の及ぶことはさせません」
飛鳥井の重みのある言葉が室内に響く。
「もし、貴方が承諾してくれないのであれば・・・」
「全面戦争も覚悟してるって顔だな・・・」
洸児が話に割って入る。
(こいつ・・・、ヤクザにしておくのはもったいないな)
正直な隼人の思いだった。
「なぁ、駆さんよ。俺達は会長の一言で死ぬ覚悟はいつでもできてる。だからこうやって武装してあんたをガードしてるんだ」
「・・・」
「なんで俺達がそこまで出来るか、分かるかい?」
(親分の命令だからだろ・・・)
「俺達の兄貴分は会長を守って死んだんだよ。銃弾を体中に浴びても決して倒れなかった・・・」
「・・・」
「その兄貴は自分が惚れた女を東京へと呼んだその日に死んだんだ・・・。一目も会わずに・・・」
(惚れた女・・・)
「会長はその後、ずっとその女を何も言わず会う事も無く陰から支えていたんだ」
(俺は・・・、俺は・・・)
「俺達は会長の男気に惚れてこの世界に入った。そして、兄貴に育てて貰ったんだ。だから兄貴の意志は、ずっとここに生きてるし、会長の為なら何だってできるんだっ!」
洸児は自分の胸を大きく叩きながら言う。
(こいつら・・・、ただのヤクザではないと思っていたが・・・)
「駆さんよ、俺達に出来る事なんて小さいけど・・・。あんたはでかい事をやれるんじゃないのかいっ!?」
駆は全身を雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
(俺が・・・、俺に出来る事・・・。守れる・・・、あの人を守れるのか・・・)
駆の脳裏に奈美の面影が浮かぶ。
(嫌な思い出しかないだろうけど・・・。俺が最後にしてやれる事・・・)
「駆くん。うまく行ってもいかなくても君は、萬度から追われる事になる・・・」
(例えそうなったとしても、やれる事は・・・。奈美さんを守れるなら・・・)
「特例措置として、君を海外へと移住させて生涯に渡って護衛はつける」
「先輩・・・」
隼人、飛鳥井そして洸児の目が駆に集まる。
「俺は・・・。これから何をすれば良い・・・」
駆の目に覚悟の光が灯っていた。

東京・新国立劇場では、アイドル甲子園がライブ中継され盛り上がりを見せていた。
そして、アキ達の初戦となる2回戦 【ムーラン・ルージュ】VS【ぱふぱふパッファー】が今まさに始まろうとしていた。

「お待たせ致しました。アイドル甲子園はいよいよ2回戦へと突入しております。司会はわたし、濱崎三波が務めさせて頂いております」
先攻は【ぱふぱふパッファー】、アキ達は舞台の袖で出番を待つ事になる。
「それでは、2回戦。先攻は、山口代表の【ぱふぱふパッファー】、『おフグさん』です、張り切ってどうぞっ!」
幕が静かに上がると、舞台の上には海中をイメージしたレイアウトが為されている。
海藻らしき着ぐるみを着た男性が幾人か揺れる昆布を模した動きを始めると音楽が流れ始め、30代くらいの女性が三人現れた。
顔出ししたフグの着ぐるみを着て、顔は、おてもやんを連想させるメイクが施されている。

♬息が続くよ黒海 神輿と祭り♬
三人の中で最も目を引いているのは、ユニットリーダーの下ノ関陶子である。
♬あだ名付けたら おフグさん♬
フグになりきった踊りと歌が、会場に笑いを巻き起こす。
ウーツーブでもその妙なコミカルさが受けて動画再生回数10万回を突破しているのだ。
♬元気だったか おフグさん♬
「あーっと、ここでおフグさんの登場です」
三波の声を合図にしたかのように二頭身キャラの着ぐるみがトテトテと歩いて舞台に登場した。
膨らんだフグから足が二本出ている着ぐるみと、山口県観光協会の垂れ幕を持った数人が舞台に加わる。
舞台袖では・・・
「県の観光協会と市役所の職員だってよ」
優奈にアキが答える。
「へぇ~、アイドルって色々あるんだね~」
「仕事・・・、なんだろうねぇ・・・」
優奈はポイントを上手く掴む才能があるのかも知れない。

♬ここに居たとは神様でも知らず過ぎてく おフグさん、えいやっ!穴戸海峡~♬
最後は踊っていた三人の顔が超ドアップでバックスクリーンに映し出されて終わる。
客席からは笑い声と拍手が続いている。

「ありがとうございました。次は、東京代表【ムーラン・ルージュ】、『真紅の翼』です。それでは、どうぞっ!」
三波の紹介が終わると、幕が上がって行く。
リーダーのアキを中心にして、7人が円を組んだ体制が取られている。
衣装は以前にサンバカーニバルで使用したものを八郎がアレンジしたものだ。
各々のネームと【ムーラン・ルージュ】のロゴを入れた事でまったく別のもののようにリニューアルされている。

ギューンッ!
涼香の持ったエレキギターが派手に音を響かせた。

♬スリー ツウ ワン ゼロ! shoot!♬
掛け声に合わせて、脚を振り上げる穂波と七瀬。
♬天空きらめく 真紅の翼~♬
その両脇で、萌と圭が、タンバリンを叩いてリズムを取る。
♬新たな希望が羽ばたく、真っ赤な翼~♬
アキから始まり、七瀬・優奈とマイクを渡し変えしながらセンターユニットが歌う。
♬天空に一筋の光~♬
「いいぞーっ! 【ムーラン・ルージュ】っ!」
【シュシュ・ラピーヌ】との地区予選決勝以来、【ムーラン・ルージュ】のファンは着実に増えていた、それだけ多くの観衆の心を掴んだと言う事であろう。
♬描く、軌跡っ!♬
最後は全員が揃って、一斉にジャンプして決めた。
やり切った満足感の中、客席に深々と頭を下げるアキ達。
割れんばかりの拍手と歓声が場内にこだまする。

テレビモニターの前では、三橋が腕組みをして微動だにしない。

「ありがとうございました」三波が舞台中央に現れる。
舞台右手に【ぱふぱふパッファー】、左手に【ムーラン・ルージュ】が勢ぞろいして発表を待つ。
「それでは、特別審査員の皆様 投票をお願いします」
舞台中央に置かれたデジタル掲示板が回りだす、そして・・・
「【ぱふぱふパッファー】 15、ムーラン・ルージュ】 30っ!」
会場に歓声が響きアキ達は飛び上がって喜び会う。

(よしっ!)
テレビモニターの前で三橋は思わず、ガッツポーズを取る。
(【ムーラン・ルージュ】もかなりファンが付いたし、相手があのおばさん達だから大丈夫だとは思うが・・・。頼むぞっ!勝ってくれっ! 御守りも、もう置き場が無いんだっ!)
どんどん増えていた御守りや謎の開運グッズは三橋のデスクだけでは置ききれず、両隣のデスクにまで陣地を広げつつあったのだ。

「では、一般審査員の方、投票をお願いしますっ!」
再びデジタル掲示板の数字が回りだして止まった。

「【ぱふぱふパッファー】 106、ムーラン・ルージュ】 149っ!。それでは、合算して下さいっ!」
既に勝敗は決していた。
「【ぱふぱふパッファー】 121、【ムーラン・ルージュ】 179っ! 【ムーラン・ルージュ】の勝利ですっ!」
再び大歓声が巻き起こった。
喜び、ハグしあうアキ達に、【ぱふぱふパッファー】のリーダー 下ノ関陶子が拍手しながら歩みより右手をアキに向けて差し出す。
「おめでとう」
「あ・・・、ありがとうございますっ!」
「これから先、頑張ってね」
流石、大人という感じである。
そして、アキと陶子が肩を組み残った片方の手を観客席に向かって大きく振る。
その周りに【ムーラン・ルージュ】と【ぱふぱふパッファー】のメンバー、そして観光協会の面々とおフグさんの着ぐるみも加わって互いに満足そうな笑みを浮かべていた。

アイドル甲子園開催の少し前に話は遡る。
八郎は実家のある大阪へと向かっていた。
急に大阪に戻って来ると言うと二郎を始め皆が不思議がっていたのだが・・・
「師匠? 急に何か・・・?」
「また、怪しげな衣装でも作りに行くんじゃ・・・」
「いや、あの役に立たない発明か・・・」
等と散々な言われ方をしたのだが、八郎にとっては崇高な目的があったのだ。
(大阪人やったら、誰でも同じ事するで・・・)
実はあるグルーブのコンサートに行く為だったのである。
そのグループは後に【ムーラン・ルージュ】の行く手を阻む存在となるのだが、今はまだ先の話である。

アイドル甲子園の初戦を突破したアキ達は勝ち残っている代表グループの情報をカトリーナに調べて貰っていた。
敵を知り己を知れば百戦危うからず、故事ではあるがこれも真実である。

「勝チ残ッタ中デモ、福岡・青森・大阪、ソシテ神奈川ガ手強ソウダヨ・・・」
「うわっ、マジかよっ!」
PCの画面をのぞき込んだ優奈が目を白黒させる。
「こんなの・・・、プロ顔負けじゃん」
汐音も食い入るように画面を見つめている。
「はぁぁぁぁぁ・・・、勝てるのかなぁ」
珍しく、圭も弱気になっていた。
「絶対、無理だよ~」
半泣きになりかけたのは・・・、アキである。

そんな中、窓から外の風景を見ていた穂波の目が一点に止まる。
遠目ではっきりとは分からないが、一人の男が校門側でウロウロと歩きまわっていたのだ。
周囲をキョロキョロと見回し、明らかに挙動不審である。
「不審者・・・?」
穂波の呟きに反応したのは、渡だった。
「警備員に連絡するか・・・」
「まぁ、大騒ぎしないで・・・。あち等で・・・」
穂波の言葉に微笑みで答える渡。

アキ達を教室に残し、穂波と渡は校門まで中庭を駆け抜ける。
そして・・・
「おいっ! お前っ、一体、何の用だっ!」
穂波が男の腕を取り関節を決め、渡が拳を構えた。
「ぐわっ! いっ、痛てててっ!」
「あれっ!? 洸児さんっ!?」
「えっ・・・、穂波さんっ?」
二人は顔を合わせて呆気に取られ、穂波は洸児の腕を離す。
「何? 穂波さんの知り合い?」
渡も思わず、呆然とする。

さて、洸児が何をしにテルマエ学園に来たのかは話を巻き戻す必要がある。
先日の事だが、洸児は如月に呼ばれていた。
「何すか? 会長・・・、話って? 早瀬駆のガードに問題でも・・・?」
「まぁ、座れ」
対面に座った洸児にグッと顔を近づける如月、余程の内密な話なのかと身を引き締める。
「これを・・・」
一通の封筒が差し出される、何の変哲も無い普通の封筒に見える。
「これをテルマエ学園の、温水アキに届けろ」
「はぁ・・・!?」
口をあんぐりと開けている洸児。
しかし、はたと思いつく。
「誰っすか? もしかして、会長の・・・?」
洸児はニヤつきながら、右手の小指を立てる。
「馬鹿ヤローっ!! 俺の・・・、娘だ・・・」
怒鳴ったかと思うと、珍しく照れくさそうな表情になる如月。
「姐さんの・・・。冬美お嬢さんの・・・、会えたんすね・・・」
洸児の顔が綻ぶ。
「とにかく、届けろっ!いいなっ! それと・・・」
如月が一呼吸を置いた。
「アキが俺の娘だって言うことは、誰にも言うな!」
ドスの効いた声、睨みを利かせる眼差しに洸児も言葉を発せずにただ、頷くしかなかった。

「穂波さんって、ここの生徒だったんすね・・・。助かったぁ。ところで、温水アキって娘、知ってますか?」
(こいつ、なぜアキの事を・・・)
渡が過敏に反応する。
「知ってるけど・・・」
「いやぁ、どうやって探そうかって悩んでて・・・。あの、これをその温水アキさんに渡して貰えますか?」
洸児は如月から託された封筒を穂波へと渡す。
「いいけど・・・、何? これ?」
「まぁ、会長からの・・・。ラブ・レターみたいなもんすよ・・・。それじゃっ!」
微妙な笑みを浮かべながら、封筒を穂波に渡すと洸児は脱兎の如く駆け出して瞬く間に姿が見えなくなった。
「如月さんが・・・、アキに・・・ねぇ・・・。まぁ、愛に歳の差は・・・、なんてってか?」
イマイチ腑に落ちない穂波は封筒の中身が気になるようで、ひっくり返してみたり日の光にかざしてみたりしている。
「しかし・・・。なんとも不愛想な封筒だよねぇ、渡・・・?」
振り返った穂波の視線には、怒り心頭に震える渡の姿が映った。
(あれま・・・、こいつは、ひょっとして・・・!)
渡の気持ちがアキに向いている事をふと感じる穂波であった。

教室へと戻った穂波は洸児から託された封筒をアキに手渡す。
「えっ!? 如月さんがわたしに・・・」
こぼれそうな笑みと全身で喜びを表すアキ。
頬もほんのりとビンクに染まっている。
急ぎ封筒を持って自室へと走るアキ、それを見ている渡は心中穏やかとは言い難い表情を浮かべている。

自室へと入ったアキは震えながら封を切る。
その中には、一枚の便せんが入っていた。
便せんを広げるアキ、そこには・・・

『アキへ  〇月〇日 ハニーポットで待つ  如月』
ただ、その一行だけが書いてあった。
如月らしいと言おうか、愛想の欠片も無い文面だが、アキにはそれで十分だった。
(如月さんに・・・、お父さんに会える・・・)
アキは胸が一杯になり、嬉しさがこみあげて来る。

コンコン コンコン
「はい?」
ノックされ、アキはドアを開ける、そこに居たのは穂波だった。
やはり、如月からの手紙という事が気になっていたのだろう。
「アキ・・・、さっきの手紙って・・・」
「見てっ、穂波さん!」
アキは嬉しそうに便せんを見せる。
それを見た穂波の顔色が変わった。
「こ・・・、これはっ!」
「どうしたの? 穂波さん?」
「これは・・・、果たし状っ!? アキ、心配すんな助太刀してやる!」
「え・・・??」
確かにあの文面では誤解されても致し方ない所だろう。
アキは穂波に如月が自分の父であった事を遠慮がちに話す。
誰にも言わないでおいて欲しいと言うを見て、穂波も思う。
(これで、如月さんの背負った十字架も少しは軽くなってくれれば・・・)
そう切に願う穂波、天国の哲也もきっと穂波と同じ思いであっただろう。

アキが如月との待ち合わせ場所、【ハニー・ポット】へといそいそと出かけて行く。
白のシャツワンピにネイビースラックスというラフな服装でもアキは十分に可愛い。
歩く度にボリュームのある胸元が弾む。
(アキ・・・、一体、どんなヤツと会うつもりなんだ・・・)
ラブ・レターの一件が気に掛かって仕方がない渡は距離を取りながら後をつける。
舞い上がっているアキは全く気が付いていない。

「お・・・、如月さん!」
なかなかお父さんとは呼べないアキ。
「おうっ!」
如月が手を振る。
水色のシャツにグレーのチノパン、黒のサングラスというコーディネイトが似合っている。
入口に持たれかけている所などは、なかなか様になっていた。
合流した二人は並んで【ハニー・ポット】へと入って行く。
(ア、 アキッ!)
追いかけて中へ入ろうとした渡だが、入口に居た男に押し止められた。
「今日は貸切なんで、一般の方はご遠慮願います」
改めて見ると、確かに入口に『本日貸切』と書かれたプレートが掛けられている。
「ちっ!」
舌打ちをする渡、口惜しいが外で待つしかなさそうだ。

「ここはもともと移動動物園だったんだが、腰を落ち着ける事になってな・・・」
移動ZOO【ハニー・ポット】はアキと如月が初めて会った場所でもある。
「アキのお蔭で、動物達も元気になって『ふれあいZOO【ハニー・ポット】』と名前を変えてここで再スタートできるようになったんだ・・・」
アキの歩調に合わせながら、如月が園内を案内して歩く。

「あっ!」
キョロキョロと周りを見回していたアキがクマ舎を見つけて走り出した。
「おっ、おい? どうした?」
走り出したアキを追う如月。
アキはクマ舎の中にある檻へと近づいていく。
「そっかぁ。赤ちゃんが生まれたんだねっ! ふふっ、やっばり男の子だったんだぁ」
母グマと仔グマに嬉し気に話しかけるアキ、クマの親子も柵まですり寄って来る。
「アキは動物の言葉が分かるみてぇだな・・・。そう言えば、冬美もやたら動物が懐いていたな・・・」
「えっ!? お母さんもっ!?」
パッと花が咲いたような笑顔を見せるアキ。
「お母さん・・・、どんな人だったのかなぁ・・・」
顔を知らぬ母に思いを寄せているようだ。
「冬美は・・・」
如月は軽く空を見上げる。
「アイツは・・・、芯が強くて・・・。儚く脆く・・・、そしてどこまでも優しいヤツだった・・・。アキ・・・、これをお前に・・・」
如月は首からロケットペンダントを外して、アキに手渡した。
ペンダントのチャームトップを押すと、その中には若き日の夏雄と在りし日の冬美の姿が写っている。
「この人が・・・、お母さん・・・。綺麗な人・・・。幸せそうな顔してる・・・」
アキの言葉で如月は心が救われた気がしていた。
(幸せ・・・、だったのか・・・。冬美・・・)
隣に居るアキがかつての冬美の姿と重なって見える。
冬美は何も語らないが、如月に向けて黙って頷いているように見えていた。
「アキ・・・、そいつはお前が持っていろ・・・」
「でも、大切なものじゃ・・・」
「冬美がお前に引き合わせてくれたんだ。俺はそれだけで十分・・・」
「・・・。大切にします」
アキはロケットペンダントを両手でしっかりと握りしめていた。

その後もカンガルー・フクロウ・ブタ・ロバ・トラの厩舎を次々と見て回り、アキは全ての動物達に話しかけていた。
無論、動物達もアキに近寄り嬉しそうな声を出す。
(本当に会話してるみたいだな・・・)
如月の脳裏には、渋温泉の温水屋で裏庭に冬美が座っていると猿やリス、鹿などが集まっていた風景が蘇っていた。
(冬美・・・、見えてるか。アキだぜ・・・)

どれほど時間が過ぎただろうか、動物達の檻を見て回っていたアキのお腹が突然、グーっとなった。
思わず、赤面するアキ。
ワッハッハっと、如月が豪快に笑う。
「もうこんな時間か。そういゃぁ、メシがまだだったな。何が食いたい?」
「あの・・・」
アキは伏し目がちに言う。
「何でも、どこでもいいぜっ! んっ?」
「あの・・・、如月さんと一緒に行きたい所があるの」
勿論、アキが言っているのは【ぱんさー】の事である。
竜馬にだけは、自分の父親として如月を会わせておきたいと思っていたのだ。
「よし、それじゃぁ行くか!」
「はいっ!」
嬉しそうに歩くアキの後ろを如月が追いかける。
「如月さん、お帰りで・・・?」
入口に居た園長が声を掛ける。
「おうっ! 勝手言って悪かったな! でも、ありがとうよ」
上機嫌な如月とアキの後ろ姿を見送りながら、『本日貸切』のプレートを『本日休園』へと架け替える園長。
(しかし・・・、如月さん。また随分若い娘と・・・)
事情を知らない者が見れば確かに誤解を受ける事もあるだろうか。

ようやく【ハニー・ポット】から出て来たアキと如月の後を、間隔を開けて追跡しているのは、渡である。
(今度はどこへ行こうってんだ?)
だが所詮は素人の尾行である、如月が気付かない訳は無い。
(さっきからチョロチョロと・・・。どこかの敵対組織か、それとも・・・萬度か?  だが、プロじゃないな・・・)
「アキ、あそこに見える路地まで走れるか?」
如月はアキに小声で囁きかける。
「え・・・、うん!」
如月は言わば裏社会の人間、それを聞いてたアキも緊張する。
「走るぞっ!」
アキの手を取り一気に駆け出す如月。
「えっ!?」
急に走り出した二人を追いかける渡。
手前に見える路地を曲がって駆け込んだ後を追いかけ、渡も路地裏へと飛び込むと・・・
「貴様っ! どこの手のモンだっ!?」
アキを後ろにかくまった如月が鬼のような形相で仁王立ちしていた。
「テメェみたいな三下の尾行に気付かない、二月会の如月だと思ってるのかっ!?」
ドスの効いた怒声に思わず立ち尽くした渡の襟首を掴む。
「あんたこそっ! いい歳して若い娘に手を出すんじゃねぇよっ!」
一瞬は怯んだかに見えた渡だったが、どうやら闘争本能に火がついてしまったようだ。
如月の手を払いのけ、拳を構える。
(ボクシングか? 面白れぇっ!)
両者の視線が火花を散らしてぶつかり合う。
「えっ!? 渡っ!?」
如月の後ろにいたアキが渡に気付き、ヒョイと顔を出す。
「ちょっと待ってっ! 如月さんも渡も落ち着いてっ!」
このままだと殴り合いの喧嘩になりそうな二人の間に割って入るアキ。
「如月さん、同じクラスの早瀬渡君なの。」
そう如月に言った後、直ぐに渡を振り返る。
「渡、この人は如月さん・・・。おばぁちゃんが倒れた時に渋温泉まで送ってくれたの・・・」
互いに紹介された相手を値踏みするように見る。
(早瀬だと・・・、あの早瀬駆の弟ってことか・・・。兄貴よりは骨のありそうな奴だな・・・)
「そうか・・・、そりゃあ、悪かったな・・・」
一方、渡も・・・
(如月って、あの二月会の会長・・・。どうしてアキがそんな奴を知ってるんだ・・・)
「いえ・・・、俺も・・・」
新宿でル・パルファンからの帰り道、暴漢に襲われた際に同じ場所にいた事はあるのだが、暗闇の中だった事もあり二人はその時の事は記憶にないようだ。
互いに憮然とした表情のまま、沈黙の時間が流れていく。
「あっ! そーだ、渡も一緒に【ぱんさー】に行こうよ。ねっ、いいでしょ? 如月さん。わたしお腹すいちゃったしっ!」
その場を取り繕おうとするアキ、致し方無しという顔つきで如月と渡も同調する。
だが、その後に如月と渡との間に会話は無かった。

リンリンリン・・・
【ぱんさー】のドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませっ!」
エプロン姿の竜馬が笑顔で出迎える。
「アキちゃん、久しぶりだね」
「こんにちは。竜馬さん」
久しぶりに竜馬に会ったアキの頬が朱色に染まる。
アキに続いて、渡が入ってくる。
「えっと・・・、君は確か・・・。早瀬君だったかな・・・。(早瀬駆の弟か・・・)」
竜馬は微笑みを絶やさずに話しかける。
「こんにちは」
淡々とした話し方の渡。
竜馬には特につっけんどんな態度を取っている。
そして、最後に如月が店内へと入ると中に居た客が、ぎょっとする。
やはりラフなスタイルであっても二月会会長というオーラが自然に醸し出されているのだろうか。
(二月会の如月じゃないか・・・。どうして、アキちゃんと?)
「いらっしゃいませ」
笑顔は崩さないが、竜馬の目は笑っていない。
早乙女と素早く目配せする竜馬、その視線の先には飛鳥井の姿もある。

コクリ、と頷くと早乙女が自らオーダーを取りにアキ達のテーブルへと向かう。
「アキちゃん、いらっしゃい。今日はお客さん連れてきてくれたんだね」
微笑みながらアキに話かけ、視線を如月に向ける。
「マスター、こちら如月さん。その・・・、おばぁちゃんが倒れた時に、如月さんが渋温泉まで送ってくれて・・・。その・・・、病院まで行ってくれて、おばぁちゃんも助かって・・・。それで知り合って・・・」
アキはジェスチャーを加えながら、あれこれと一生懸命に説明する。
「そうだったんだ。大変だったね。でも、おばぁちゃんも無事で良かったね」
笑みを絶やさず話す早乙女。
(あの如月がこの娘には特別に目をかけているって事か・・・。何かあるな・・・、調べてみるか・・・)
「じゃ、コーヒーとサンドイッチを3人分ね」
「はい、お願いします!」
RrrrRrrr
突然、如月のスマホが鳴り出した。
「おうっ、俺だ!どうした??」
如月の表情に緊張感が走る。
「わかったっ! 直ぐに行くっ!」
電話を切った如月が申し訳なさそうにアキに呟く。
「すまねぇ、野暮用が出来ちまった。またな」
「うん、仕方ないよ・・・」
如月は席を立つとカウンターの居た早乙女に一万円札を渡す。
「足りるか?」
「多すぎますよ。今、お釣りを・・・」
「好きなだけ飲み食いさせてやってくれ」
「それでも・・・」
「それで残ったなら、そこの募金箱にでも入れてくれ」
そういうと、如月は【ぱんさー】を後にする。
その後ろ姿を見送るアキ、少し寂しそうに見えなくもない。

「お待たせ」
アキと渡の分のコーヒーとサンドイッチが運ばれてくる。
気を取り直して、サンドイッチを美味しそうに頬張るアキ。
「なあ・・・、アキ・・・。さっきのアイツだけどさ、二月会って・・・、ヤクザだろ・・・」
渡が言い出しにくそうに話しかける。
「うん・・・。知ってるよ・・・、でもいい人なんだ・・・。やっと会えた・・・」
両手をテーブルの上で組み、夢を見るかのように話すアキを見て渡はそれ以上追及できないでいた。
また、竜馬もこの展開をもどかしく危惧しているようだ。
(如月か・・・。アキちゃん、何もなければいいんだが・・・)
兄が妹を心配するような感覚であろうか。
だが、竜馬の心配は別の形でアキ達の前に立ち塞がる事になる。

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