第十五話 「温泉VS歌劇! そして、衝撃の真実と未来の為に・・・」|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

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第十五話 「温泉VS歌劇! そして、衝撃の真実と未来の為に・・・」

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JR京都駅、京都タワーを眼前に見るこの一角に異様な雰囲気を放つ一団があった。
フルブラックのメルセデスベンツが3台止まっている風景などそうそう見るものではない。
その一団へと近づく、一人の女性が居る。
「ご苦労様」
車の横に立つ上下黒のスーツを着た男が恭しく停まっている車のドアを開ける。
「時間通りだな」
「貴方も・・・」
軽い挨拶を交わし、女性は車に乗り込む。
そう、ゆかりを迎えていたのは如月である。
だが三角巾で左腕を吊ったまままだが湯の花温泉で中国系の男達があからさまな嫌がらせを始めた事を知ったミネルヴァからの命を受けてここに来ているのだ。
「それで、状況は?」
「先に行かせた洸児からの報告だと、黄(ホワン)という男が指揮を執っているようだ」
如月が写真をクリップで止めたファイルを手渡す。
「黄大人(ホワン・タイレン)と呼ばれているそうだが・・・」
「中国での大人(タイレン)は、単なる敬称。でも・・・」
「あぁ、だからこそコイツが中心になっている」
「萬度?」
如月が軽く顎をしゃくる、ページを捲れという意味だ。
「なるほど・・・。MSS(中華人民共和国国家安全部)ね・・・」
MSS(中華人民共和国国家安全部)は中国共産党の特別機関の中でも最も特秘性の高い組織である。
「萬度が関わっているなら、MSSも関わっていると見るべきだろう」
「時と場合によっては・・・」
「国際問題にも成りかねん・・・。だから、俺なんだろう?」
「お察しの通り・・・。それで準備は?」
「数は揃えている・・・。それと・・・」
「そっちは任せておくわ」
ゆかりと如月を乗せた車は、湯の花温泉へと向かった。

湯の花温泉
昔、鬼がこの地が産出する桜石(雲母と緑泥石の混合物で、菫青石(アイオライト)が風化したもの)の霊力で退治された時にその鬼の目から流れ出た涙が源泉になったと言われている。
ここ京都には、陸耳御笠(くがみみのみかさ)を始め、栄胡(えいこ)、軽足(かるあし)、)土蜘蛛(つちぐも)、大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)と鬼に纏わる伝説が数多く伝わっている。
京の奥座敷とも呼ばれたここ湯の花温泉は、戦国時代 傷ついた武将達が刀傷を癒したとの伝統を残す温泉郷である。
天然ラジウム温泉であり、現在は痛風・リウマチ・五十肩・変形性関節症に特に効果があるとして人気が高い。

「うわぁ、やめてくれ~」
温泉街に悲鳴が響いた。
「日本人、サッサト帰レ!」
観光客に絡む男達の一団は誰もが中国訛りである。
「お客さんに迷惑ですから・・・」
「オレ達ハ、客ジャナイッテノカッ!」
傍若無人とは正にこの事である。
「コンナ旅館、夜中 火事ニナラナイト良イナッ!」
観光客に絡んでいるだけでなく放火まで仄めかし、嫌がらせを何軒も続けていく。
「けっ、警察を・・・」
だが、この状態では警察も介入には消極的である。
日本警察の大原則、民事不介入という基本が地元警察の介入を拒んでいる。
しかも、相手は外国籍となれば国際問題への発展を恐れるのも致し方のない所だ。
「警察ノ皆サン。逮捕スルナラシテ下サーイ」
駆けつけた警察官の前で大げさに両手を差し出す男がいた。
「サスガ、黄大人(ホワン・タイレン)!」
「ヘイヘイ、警察ッ! 何シテルネッ!」

カツカツカツ・・・
靴音が響く、そして・・・
「おいっ!」
呼びかけられた中国人が振り向いた瞬間っ!
ガシッ!
鈍い音が聞こえ、男が倒れ込む。
「・・・、ナンダ?」
異変を察知した黄が見た方向に、如月が居た。
「警察じゃどうにもならなくても、俺達は違うぜ」
「ホウ・・・」
(ちょっと・・・、いきなり何やってるの?)
先日、怪我をした左腕も完治していない如月の行動に驚きを隠せないゆかり。
「橘っ! 車に戻ってろっ!」
「女ノ心配スル暇アルノカッ!」
隣にいた別の男が殴り掛かるが、如月は軽いフットワークでそれを躱し、右回し蹴りを男の側頭部に叩き込む。
(穂波の蹴りを受けたのも良い経験になったぜ、哲也っ!)
「片腕の男一人、ヤッテシマエ!」
黄の号令を合図に、アチコチから男達が集まってくる。
一方、如月の子分達も応戦体制を取る。
(どういうこと? 頭数を集めるんじゃなかったの?)
あの時、確かに如月は萬度と聞いて頭数を集めると言っていた。
だが、今ここにいる如月の子分達は10人程度しかいない。
対する中国人達は・・・
(30・・・、いや50人はいるかも・・・)
地元の警官が2人いるが戦力とは考えられない。
「ダイタイ、何ダ・・・。オ前・・・」
黄が勝ち誇ったように話す。
「二月会の如月だっ!」
「ホウ。オ前ガ・・・。丁度イイ・・・」
黄がパチンと指を鳴らす。
年若い中国人が歩み出て来た。
手には大型のナイフを持っている。
「オ前の家族、良イ暮らしが出来ルゾ・・・」
一人や二人の逮捕者が出たとしても、これで邪魔者を消しその勢いで一気に湯の花温泉の旅館を強引に立ち退かせる。
黄にとっては、一石二鳥だった。
「さて・・・。そろそろか」
日も暮れかかり、辺りに夜の帳の落ち始めた中、遠くから数多くの車のライトが近づいて来る。
それは見る見る間にぐんぐんと数を増やす。
「ナッ、何ダ!」
その光の渦は瞬く間に黄と如月達を取り囲む。
バタンッ!
バタンッ!バタンッ!
次々と車のドアが開き、男達が降りてくる。
総勢、100名は超えているだろう。
「よぉ、久しぶりだな。如月っ!」 
その男は大阪ナンバーの車から降りてきた。
「こんな面白い事するなら、もっと早く言えっ!」
この男は滋賀ナンバーの車から降りてきた。
他にも地元の京都だけでなく、神戸・奈良・三重・福井など近隣の府県のナンバーを付けた車が大挙襲来している。

「オ・・・、オ前達ハ・・・」
「てめーら、この国は俺達の目の黒いうちは好きにはさせねぇっ!」
如月の啖呵が響く。
「マ・・・、マサカ・・・」
(頭数って・・・、そんなレベルじゃないわ)
黄もゆかりも今起こっている事を理解できないでいた。
「確かに俺達は日陰者だが・・・」
如月の隣に立った男が口を開いた。
「中国マフィアに好き勝手はやらせねぇ」
「そういう事だ・・・。残念だったな」
黄は、がくりと膝を着いた。
「信ジラレナイ・・・。コンナ事ガ・・・」
「日本人を舐めるんじゃねぇっ!」
まさか日本のヤクザ達がしがらみと垣根を越えて協力するなど黄にはとうてい考え付かないことだった。
「如月、最初から教えておいて欲しかったわ。心配しただけ損ね・・・」
「聞いてくれたら教えたが、聞かなかったじゃねぇか」

「オレ如キデ、萬度ノ動キハ止マラナイ」
「それで何やってるのか、聞かせて貰おうか?」
「・・・」
「言うと、殺される・・・か?  安全に国に帰してやろうか?」
黄は縋るような視線を如月に送る。
「こちらにいらっしゃるのは、京都府警の方達だ・・・。強制送還って手もあるぜ・・・」

黄は取引に応じ、萬度の計画を全て話した。
渋温泉の事、そしてアイドル甲子園の事も・・・
「どっちも放っておく訳にはいかねぇか・・・。俺は先に帰るぜ」
「私は・・・」
「まだ、仕事が残ってるんだろ。テルマエ学園とミネルヴァの仕事が・・・」
「そうね・・・。一泊していこうかしら」
「じゃあな、橘」
「えぇ、ありがとう。助かったわ」
「ふっ、これで借りは返したぜ」
如月は車に乗り込む。
洸児がゆかりに丁寧に頭を下げてから助手席へと座り如月の乗った車が夜の闇へと消えて行く。

「さて・・・、ここね」
ゆかりが訪れたのは【向坂のお宿】、汐音の生家である。
「ごめん下さい」
「はい? ご予約の方で?」
「いえ。私、テルマエ学園の橘と申します」
「テルマエ学園って・・・、汐音の・・・!?」
振り返った女性の表情が見る見る強張って行く。
「ええ・・・、汐音さんの・・・」
「たっっっ、大変っっっ! 大女将、いえ お母さんっ大変ですっっっ!」
女将らしき女性は奥へと向かって走り出した。
「あ・・・、あの・・・?」
脱兎の如く走り去った女将に声を掛ける事もできず、ゆかりは立ち尽くす。
(・・・何が? どうなってるの?)
「こっちですっ! こっちこっちっ!」
数分もしないうちに今度は大女将らしき女性を伴って、全速力で駆け戻ってきた。
ハァハァハァ・・・
駆け戻って来た二人は荒い息をしながら、ゆかりの前で平身低頭した。
「この度は、誠に申し訳ございませんでしたっ!」
「何とか一つ、穏便に・・・」
大女将と女将の異様な行動に面食らうゆかり。
「あの・・・、何か?」
何がどうなっているのか分からない。
「あの子にも悪気は無いんです」
「ただ、その気ままというか空気が読めないというか・・・」
「はぁ・・・」
「兎に角、お部屋にご案内してっ! 雅の間をご用意してっ!」
「はっ、はいっ!」
何が何だか分からずあれよあれよという間にゆかりは雅の間へと案内されていた。

(ここって・・・)
ゆかりは通された部屋の中を見回す。
一見しただけでも分かる豪華な客室である。
「失礼致します・・・」
襖が開き、大女将と女将そして男性が揃って入室してきた。
「あの・・・、それでどのような処分に・・・」
泣き入りそうな声で女将が恐る恐る尋ねる。
「処分って・・・? あの・・・、何か思い違いをされているのでは?」
「えっ!?」
三人が一斉に顔を上げる。
「その・・・、汐音が何かしでかしたのでは・・・」

大女将と女将、そして一緒に入って来た汐音の父親は汐音が学園で何か問題を起こした為にゆかりがここを訪れたのだと勘違いしていたのだった。

「何せ、一人娘で温泉宿も継ぐって言うものですから・・・」
「小さいころから我儘ばかりさせてしまって・・・」

あまりにも自由奔放にさせてしまった結果、汐音は対人関係で様々なトラブルを引き起こしてきたようである。
その汐音が入ったテルマエ学園から事前に知らされる事もなく職員が訪問したのだから勘違いをするのも致し方の無いところだろう。

「では・・・、今回のお越しは」
「家庭訪問のようなものとお考え頂ければ」
「良かった・・・」
女将は一気に力が抜けたようだ。
「寿命が縮まったと思った・・・」
大女将は更に重症の様にも見受けられる。
「しかし、このような時に・・・」
父親が言うのは、先ほどまでの事件の事であろう。
「ああ、そちらはもう片付きましたので」
「えっ!? それでは貴女様がっ!?」
汐音の父が驚いた表情を見せる。
「いえ、私は通りかかっただけで・・・。でも、解決したみたいですよ」
「そう言えば・・・、表が静かになってる」
大女将が表を見ながら呟いた。

単なる家庭訪問であるからと【雅の間】を辞退しようとしたゆかりであったが、大女将は何としてもここに泊まって頂くと一歩も引かずその好意を受けるしかなかった。

その夜ゆかりは、生湯葉の刺身や生麩の田楽など豆腐・湯葉の懐石料理でもてなされていた。
「そう言えば、あの欄間は九曜紋が施されていますよね」
ゆかりが欄間を見上げながら尋ねる。
「お若いのによく家紋の事をご存じで・・・。ええ、私ども向坂家はもともと石田様の一族の末裔なんです」
「石田様・・・、と言いますと」
「石田・・・、三成様です」
大女将の話によると石田家は関ケ原の合戦に敗れた後、この京都で一部の者が向坂の姓に名を変えて現在に至っているのだという。
戦国の世であれば、石田の姓をそのまま使っていく事は様々な問題もあったのであろう。
「ここには三成様が再起する時の為にと隠した埋蔵金があるという話でして、向坂の者はそれを守り継ぐ為に残ったと言われております」
「石田様の埋蔵金?」
「もとは、明智光秀様が残された物を三成様が見つけたとか、引き継がれたとか・・・。本当の所は分かりませんが向坂家にはそう伝えられております」
「では、本当に埋蔵金が?」
「どこかにあるのか、単なる噂なのか・・・」
萬度が動いたという事は真実味があるのかも知れないが、当の向坂家の大女将でも知らないとすれば容易に見つけ出せるものではないだろう。
(だから強制的に立ち退かせようとしていたのね・・・)

「確か、石田様の紋は【大一大万大吉】であったともお聞きしましたが・・・」
欄間の九曜紋を見上げながらゆかりは話を続ける。
「それは、石田三成様の戦印でございます。家紋はこの九曜紋・・・」
大女将も欄間を見上げる。
「では、汐音さんも三成様のお血筋ということに・・・?」
「ええ、そうなります。三成様は幼少の頃から人とは違った才覚に恵まれておられたと聞き及んでいます。見方によっては、汐音も他の子達と違う所もたくさんありましたね・・・」
大女将は遠い昔を思い出しているようだ。
「才覚か・・・。確かに・・・」
ゆかりも汐音のこれまでの行動を思い出し、納得しているようだった。

翌朝、ゆかりは京都市にある大徳寺を訪れる。
ここには・・・
「石田三成様か・・・、そして・・・」
ゆかりの目に映ったものは石田三成の墓石とすぐ近くにあった向坂家の墓石、どちらにも同じ九曜紋が施されている。
「天才肌の戦国武将 石田三成。現代にあっても特殊な才能を残し続けたのね」
ゆかりは両手を合わせ、そっと立ち去った。

DODOTVでは、アイドル甲子園東京地区予選の準備が着々と進んでいた。
自らの進退を賭けている三橋は情勢が気になって仕方が無いようだ。
「どんな感じだ? 【ムーラン・ルージュ】は?」
心臓のバクバクする音が外に聞こえそうになる中、担当ディレクターに尋ねる。
「前評判はダントツに【シュシュ・ラピーヌ】ですが・・・・【ムーラン・ルージュ】は・・・」
ディレクターは話しにくそうな素振りを見せている。
「何位にいるんだ?  10位か? いや、5位くらいか?」
「・・・圏外です」
申し訳なさそうに言うディレクターの言葉は三橋の心を打ち砕くには十分だったようだ。
「・・・終わった・・・。俺の人生は終わった・・・」
三橋はアメリカ人がよくするように両手を広げ、その後に両手で頭を抱えるゼスチャーをしている。
その目は・・・、虚ろになり何処か遠くを見ていた。

テルマエ学園ではプロモーションビデオの撮影を終えたアキ達が皆で大浴場に浸かっていた。
「何とか・・・、終わったねぇ」
アキは湯舟の中で手足を伸ばし、寛ぎモード全開になっている。
いつもの如く、その巨乳は浮力に逆らう事無く浮かび上がっている。
「はぁ・・・」
皆が和気藹々と過ごす大浴場に近づく影にはまだ誰も気づいていない。
ガラガラガラッ!
突然、音を立てて大浴場の扉が乱暴に開け放たれた。
「何っ?」
「誰っ!?」
一点に集まった皆の視線の先には・・・
「皆と師弟愛を極めようと思ってなっ!」
カッカッカッ!と笑い声も高らかに葵が立っている。
「葵・・・、先生・・・?」
何が起きているのかと逡巡するアキ達の視線にカトリーナとハンの姿が映る。
「さぁ、行くぞ」
葵が腕を引っ張るが、カトリーナは戸惑いを見せる。
「大丈夫ヨ、行こウ・・・」
後ろに居たハンがカトリーナの肩を押す。
「カトリーナ・・・? !?」
(そうか、恥ずかしがってるんだ)
そう思ったアキはまるでウサギのように湯舟から飛び出して駆け寄ろうとするが・・・
「きゃあっ!?」
濡れたタイルの上を走り出したアキが滑ってバランスを崩した。
「危なイッ!」
慌ててアキを両脇から支えるハンとカトリーナ。
「大丈夫ッ!?」
「う、うん。ありがと・・・」
ボリュームのある胸が揺れながら、両脇の二人の腕に当たる。
その時、大浴場の壁面にある大きな鏡にカトリーナの背中が映った。
そうカトリーナはインドで大火事にあい、背中全面に火傷を負っていた。
そのケロイド状の跡を見せないが為にいつも一人で個浴をしていたのである。
鏡に映し出された大きな火傷の痕に一瞬、皆が絶句した。
「ワタシ・・・、火傷の痕アルカラ・・・。皆ガ気味悪がると思っテ・・・」
「カトリーナ・・・」
俯くカトリーナをアキがハグする。
そして、優しく背中を摩りながら話しかける。
「そんな事、ここにいる誰も気にしないよ・・・」
「アキ・・・」
カトリーナが目を伏せる。
「一人で悩み事、抱えてたんだね」
振り向くと、萌の姿があった。
「宗教的な問題だと思っていたよ・・・」
七瀬の言葉の通り、日本ではヒンズー教とイスラム教が混在して見られる為に誤解を生みやすい。
カトリーナとアキ達の間にあった誤解もこれで消えて行くだろう。
(ケリアン・・・。ワタシ、アキ達のサポートしっかりヤルヨ。だって、友達なんダカラ・・・)
カトリーナの目は真っ赤になっている。
きっと泣くのを我慢しているのだろう。
その光景を見ていた葵とハン、互いに顔を見合わせて微笑み、そして頷く。
「皆っ! 何をしている! 風邪ひくぞっ!」
バッシャーンっ!
葵が率先して湯舟に飛び込む。
「ほら、カトリーナっ! あちなんて空手の稽古で傷だらけだし」
穂波がカトリーナに古傷を見せる。
「あたしなんて、こーんな痣もあるしっ!」
圭が率先して痣を見せる。
「そうそう、わたしも・・・」
「あたしも・・・」
アキ達は次々とあの痣をカトリーナに見せている。
(皆に痣とは・・・、珍しい・・・。っ!? まさか!?)
アキ達8人が揃って痣を持っている事、それがあの時 ゆかりが盗撮映像を直ぐに自分へと送らせた事に何か関わりがあるのではないかと感じる葵であった。

一方、【ムーラン・ルージュ】が上位どころか圏外であることを知らされ精神的大ダメージを受けた三橋は、頬もげっそりとこけてしまい見る影も無くなっていた。
局内では、三橋が肺がんを患ったという噂まで流布した程である。
その三橋だがあの日以来、自分のデスクの前に神棚を設置し、日がな一日祈願しているという有様だ。
「こりゃ、かなりヤバいなぁ。三橋さん・・・」
岩田の声も全く耳に入っていない。
「何ですかね? これ?」
丁度、三波とすずが三橋宛に送られてきた荷物をいくつも抱えて来た。
「三橋さん、通販なんてしなかったのに・・・」
首をかしげる三波とすずに音も立てずに幽鬼の如き風貌となった三橋が近寄る。
「来ぃ~たぁ~かぁ~」
「ひっ・・・!」
おどろおどろしい三橋の声に驚き、思わず荷物を落としかける三波とすず。
「あの~、何買ったんです・・・?」
恐る恐る尋ねる三波だが、三橋はひたすら箱を開け中身を出してデスクに並べだす。
その様子を遠巻きに見ている岩田達。
「・・・、四国八十八ヵ所の御朱印帳ですねぇ」
「九頭龍神社の開運祈願お守り・・・」
「あっちのは・・・、安産だからちょっと違うような・・・」
「あれは、交通安全って書いてありますよ?」
全国各地の神社・仏閣の開運グッズを買い集めているようだ。
「あっ、あれは・・・」
三橋が驚いたのは、三橋のデスク中央に置かれた鉢巻きをしたタコの置物だった。
「置くとパス・・・、受験生かよ・・・」
「うわっ、更にヤバいのがぁ・・・」
すずが指さした先には・・・
「幸運を呼ぶ水晶の数珠って・・・」
「このままだと、悪運を吸い込む壺とかまで買っちゃいそうだな、三橋さん・・・」
ぶつぶつと呪文のような呟きを続ける三橋が何かを思い出したように振り返って三波を見る。
「な・・・、何でしょうか・・・?」
じりじりと三波に近寄った三橋は、ニタリと笑って口を開く。
「なぁ、三波ぃ・・・。お前の不思議な力で俺を助けてくれよぉぉぉぉ」
最早、救いようのない状態の三橋に三波達は揃ってため息をつくしかなかった。

友情を深め合ったアキ達とカトリーナは葵と弾を交えて優勝候補筆頭である【シュシュ・ラピーヌ】のプロモーションビデオを食い入るように見ていた。
「強敵ダネ・・・」
カトリーナが囁く。
「皆っ! 早速練習を始めるぞっ!」
危機感を強めた葵が率先して指示し始めた。

(チヨット、気ニナル事、皆ガ練習シテルウチニ・・・)
アキ達の練習が始まると、カトリーナは自室に戻りPCのキーを叩く。
萬度と手を切ったカトリーナだが、湯の花温泉の件など萬度の関わる事案はこれからもアキ達に大きな影を落とすと予測し独自に様々なハッキングを行っていたのだ。
そして、萬度の配下にある中国系証券会社がテルマエ学園やミネルヴァの関連する企業の資産調査に動いている事を突き止めたのである。
無論、違法調査ではあるが相手方にもかなり優秀なハッカーがいる事は予測できた。
(学園ヲ守ルニハ・・・、コノ事実ヲ学園長ニ・・・。ソシテ・・・)
カトリーナはミネルヴァのPCへの直接送信と学園のサーバーにアクセスしようとしている怪しい信号元への逆ハックを仕掛けていた。

「にゃお~ん!」
「何ダ? ドウシタ?」
「うーん、ボクの侵入を拒むなんてテルマエ学園のITセキュリティはかなりのものだね」
「オ前デモ無理ナノカ?」
「それよりも・・・! 来た来たっ!来たよっ!!」
「何ガダ?」
「やっばり来たよっ! 逆ハックぅぅぅぅっ!」
「何ダトッ!?」
「大丈夫だよぉ、ボクが居る限りはね~」
横浜中華街の一角にある萬度のアジトでは、ヤミが両手両足の指を総動員してノートパソコンのキーを叩いている。
無論、その隣にいるのは孫だ。
しばらく、キーボードを叩く音だけが室内に響く。
「ふう、防衛成功っと。でも、このハッカー天才的だね。また、遊んで貰おっかな~」
「遊バナイデ、仕事シロ!」
「はいはい、それじゃ一つ仕事ねっ!」
「ン?」
「黄大人(ホワン・タイレン)が捕まったよ。うわっ、中国へ強制送還だってぇ~。これじゃ、孫も手を出せないよねぇ?」
ヤミは悪戯っぽい視線を向ける。
「クッッッ!」
「別にいいじゃん、黄の一人くらいさぁ」
「ソウダナ・・・。TOBソシテ、セルゲイノ出番モ近イ・・・」
孫の顔に不敵な黒い笑みが浮かんでいた。

「地区予選が終わるまでは、うちが指揮を執る! リーダー問題はその後だっ!」
「はいっ!」
葵の迫力に皆が声を揃えて応える。
そんな様子を見ていた弾だが・・・
「葵、ちょっとええか?」
弾が軽く顎をしゃくった。
「ん・・・?」
いつもと違う弾の様子に珍しく葵も素直に応じ、二人で廊下へと出る。
「急に何や? 練習中やし、手短に話せ」
弾は一呼吸、置いて話し出した。
「葵にちょっとの間、【ムーラン・ルージュ】の顧問も頼みたいんや。あの子達の担任と兼務して・・・」
弾から葵に頼み事をするのは珍しい。
「ほぉ~、自信が無いのか?」
ニヤニヤしながら葵が見つめる。
「そうやないっ! 俺は松永流の家元でもあるんやで、松永の弟子達の事も放っておけんし・・・」
「???」
「とにかく葵と違って、やらなあかん事も多いんや」
「・・・わかった」
少し考えて葵が答えた。
何か口に出せない事情を含んでいるのも感じたのだろう。
「弾は弾の事をやれ。うちはうちの事をする。今は、あの子達をちゃんと見届けんとな」
「頼むで・・・」
ここ数か月の間で弾が頼もしくなったように葵は感じていた。
(弾が言ったのなら・・・。それなりの理由もあるか・・・)
「ちょっと、今から松永に行ってくるわ」
「ああ、ヨシに宜しくな」
葵は何かを感じたのか、目を細めて微笑む。
そして弾はその日のうちに京都へと向かった。

DODOTV局内では、相変わらず三橋が一日中と言っていいほど神棚と開運グッズに手を合わせている。
「三橋さん、お弁当持ってきましたよ。少しでも食べないと・・・」
机の上の開運グッズも日を追うごとに増え続けている。
(何? この瓶・・・。人工精霊って・・・)
三波を見た三橋がフラフラと近寄る。
「三波ぃ~、お前の変な力で何とか・・・、ならないかぁ・・・」
青白い顔に目の下の隈・・・、まるで生きる屍のような三橋に三波も思わず後ずさりする。
「いつもいつも変な力とか言われても・・・、何の事ですか? もう、しっかりして下さいっ!」
三波の叫び声も耳に届いていないかのように、三橋は室内を幽霊のように彷徨う。
その時・・・
バタンッ!
ドアが荒々しく開き、興奮したディレクターが駆け込んでくる。
「みっ、三橋さんっ! 【ムーラン・ルージュ】が10位まで急浮上してきましたよっ!」
「あ・・・?」
呆けた表情のまま振り返る三橋だったが・・・
「はっ、はあぁぁぁぁっ!?」
突然、瞳に生気が戻る。
「じっ・・・、10位っ!」
見る見るうちに三橋の顔に血の気が差してくる。
無論、局内も騒然としていた。
「うっひょ~っ! 俺の・・・、俺の祈りが天に通じたぞ~っ!!」
あまりの嬉しさにその場で何度も何度も万歳三唱し続ける三橋、まだまだこれからが勝負なのだが・・・
「置くとパスの効き目かぁ・・・?」
岩田は机の上に置かれたタコの置物に目をやる。
「でも・・・。安産とか・・・、交通安全とかって関係無くないですかぁ?」
束になっているお守りをしげしげと見つめて、すずが呟いた。
「それに開運の数珠と・・・、人工精霊でしょ・・・」
三波も言葉を繋げないでいた。

実は全国で行われているアイドル甲子園の地区予選のプロモーションビデオをデイサービスで見ていた老人がきっかけだったのだ。
「ほう、こんな事しとるんじゃのう」
「日本全国でやっとるのか・・・、若い娘は良いのう・・・」
「今度は東京のが映ったぞ・・・。んっ!? この子たちは!? おい皆、見てくれや」
「何じゃ。おう、この娘達は・・・」
「草津の竜宮城の時の・・・」
そうである、アキ達が草津温泉で接客した敬老会の面々であった。
「しかし、東京では応援できんのお・・・」
「儂の孫が東京の大学に行っとるぞ」
「儂の娘が東京の嫁いどる・・・」
こうして、甥だの姪だの孫だの知り合いだのと次々に敬老会の面々が電話しだしたのだ。
更に、奈良の十津川温泉でも同じことが起きていた。
そして、ダンテのファン達がSNSで【ムーラン・ルージュ】応援を拡散させたことが重なって一気に浮上してきていたのだった。
もしかしたら、三橋の祈りが気まぐれな神様に届いたのかも知れないということも一応触れておく事としよう。

京都に戻った弾が松永流の門を潜る。
(なんや、久しぶりに帰ってきたみたいに感じるなぁ)
「まぁ、坊ちゃん、えらい急なお戻りで・・・」
ヨシが慌てて出迎える。
「・・・、ヨシに話があってな・・・」
「坊ちゃん・・・。立ち話も何ですよって・・・、奥に・・・」
弾と並んで歩くヨシ。
何かを察しているのか、沈黙のまま歩み続ける。
京菓子と宇治茶が用意され、テーブルに置かれた。
ヨシは弾が話し出すのをじっと待っている。
「ヨシ・・・。聞いて貰いたい事があるんや・・・。家元を・・・、葵に譲ろうかと思うてるんや・・・」
「お嬢はんに・・・」
少し驚いた様に見えもしたが、ヨシは直ぐにいつのも笑顔に戻った。
「坊ちゃんがそうお決めにならはったんでしたら・・・、少しお待ちを・・・」
何かを決断したかの様に抽斗から1枚のセピア色になった写真を取り出し弾に手渡す。
「この人は・・・?」
ヨシに尋ねる弾。
その写真には、母・雪乃に抱きかかえられた双子の赤子と雪乃よりも年上と思われる男性が写っている。
ヨシは哀し気に語り出した。
「坊ちゃんとお嬢はんの・・・お父様どす。雪乃お嬢はんから、もしもの時が来たらお話しするようにと言付かっておりました・・・」
ヨシが嗚咽を漏らす。
弾が写真を裏返すと、そこにはR・Mとイニシャルが書かれていた。
「R・M・・・、誰なんだ?」
弾はヨシに問いかける。
「峰流馬様・・・。突然、現れてあっという間に雪乃お嬢はんの御心を掴んでしまった方どす。先々代もヨシもお止めしたんどすが・・・。お二人の愛を求められました・・・」
幼いころから父の事を聞いてはいけないと暗黙の内に感じていた。
その父の姿が写真として弾の目の前にある。
「生きている・・・のか? 今は何処に・・・?」
「今は・・・、今は・・・」
弾の問いにヨシは苦しみながら答えるしかないと決断し口を開いた。
「今は、ミネルヴァと名乗っておいでどす」
「峰流馬・・・。あのミネルヴァが父だと・・・?  そっ、そんな・・・」
弾は体の奥底から吹きあがってくる激しい感情を抑えきれなくなっていた。
まるで体中の血が逆流しているかのような・・・
「この・・・男が・・・! 俺の・・・、俺と葵のっ!」
怒りの感情が弾の全てを包み込み始めていた。
「ヨシ・・・、すまないが・・・っ! 一人にしてくれっ・・・」
頭を垂れ今はそれを言うのが精いっぱいだった。
「坊ちゃん・・・」
かける言葉が見つからず、そっと一礼して退室するヨシ。
襖が閉まると同時に弾の目から大粒の涙が次々と流れ出た。
「くうっっっっ!」
声を押し殺して咽び泣く弾。
(お母はん・・・)
それは果たして、悔し涙だったのだろうか。
それとも、悲しみの涙だったのだろうか・・・
弾本人にもそれは分からないであろう。

逢魔が時を迎えた頃、ようやく弾は顔を上げた。
果たして、全てを受け入れたのだろうか?
そして、ヨシを部屋に招き入れる。
「ヨシにも重荷を背負わせてしもうて・・・。すまんかったなぁ・・・。この通りや・・・」
ヨシに頭を垂れる弾。
「坊ちゃん・・・」
その姿を見るヨシの目にも涙が浮かんでいる。
「もったいない・・・。もったいない事どす・・・」
同じ言葉を何度も何度も繰り返すヨシ。
ヨシの目には幼かった頃の弾の面影が今の姿と重なって見えていた。

敬老会の面々や十津川の住民達の応援、そしてダンテファンのSNS拡散により【ムーラン・ルージュ】の人気はうなぎのぼりになり、ついに3位にまでたどり着いていた。
三橋は朝に夕に神棚と開運グッズに柏手を打っている。
最早、日課になっていると言っても良いだろう。
「神様・仏様、洋の東西は問いません。決して贅沢は言いません。ただ、あと一歩、【ムーラン・ルージュ】を何とか2位までお願いします!!」
真摯に拝んでいるとも言えなくは無いが、苦しい時の神頼みとはまさにこの状況なのだろう。
「あれっ、そう言えば・・・。俺達WEB投票しましたっけ?」
何げなく岩田が言った言葉に、すずも続く。
「あっ、ホントだ。あたし忘れてましたぁ」
ハッとする三波。
「三橋さん・・・、わたし達・・・。すっかり忘れてますよ~!」
口をぽかんと開けて二の句が継げない三橋。
「うわぁ~! 何やってんだぁ俺はっ! 急げっ! 投票すんぞ~っ!」

同じ頃、バタバタと目まぐるしい毎日となりすっかり失念していた弾も京都から戻りWEB投票を行った後に学園長室へと足を向ける。

そして、【ムーラン・ルージュ】が僅差で2位に確定した。
1位【シュシュ・ラピーヌ】VS2位【ムーラン・ルージュ】の東京地区予選決勝がDODOTVから告知されたのである。

コンコンコンコン
「入り給え」
学園長室を訪れたのは、外ならぬ弾である。
室内にはゆかりの姿もあり、突然の弾の訪問にいぶかし気な視線を送る。
「松永・・・、弾君か・・・。 用件は何だね?」
ミネルヴァが弾を見据える。
「ミネルヴァ学園長っ! いや、峰竜馬っ! 貴方は本当に俺の父親なのかっ!?」
感情を露わにしてミネルヴァに詰め寄る弾。
「松永先生っ!?」
弾の激しさに目を見張るゆかり。
(平常心を失っているの? あの時みたいに)
いつも平穏な弾であるが、ゆかりだけは弾の激しい面を見た事がある。
そう講師の話を茶室でし、先代の事に触れた時に・・・

「ふむ、単刀直入だな・・・。ヨシさんに聞いたのか?」
不敵な笑みを浮かべるミネルヴァ。
(・・・)
弾は一言も話さず、ミネルヴァから視線を外さない。
「まぁ、いい。感動の親子対面という訳だな・・・。丁度、お前に話がある・・・弾」
冷ややかな笑みを崩さないミネルヴァ。
「私は席を外し・・・」
空気を読んだゆかりは退席しようとしたが、それをミネルヴァが遮って言う。
「ゆかりくん、すまんがコーヒーを3人分淹れてくれ」
(この場に居ろという事か・・・)
「松永先生、コーヒーでも飲んで少し落ち着いて下さい」
ゆかりの一言で少し気持ちを落ち着け、置かれたコーヒーを一口飲む。
「弾・・・、お前には儂の・・・。いや、この学園の為に動いて貰う。無論、あの生徒達の為にもな」
「なっ・・・!?」
予想もしていなかったミネルヴァの言葉に狼狽する弾。
それは、ゆかりも同様だった。
(学園長・・・? 弾に何が出来るって言うの?)
動揺を隠せない二人にミネルヴァの言葉が続く。
「雪乃と儂とは・・・。所詮、縁が無かった・・・」
ミネルヴァの横顔にはこれまでに見た事の無い愁いが浮かんでいた。
一方、弾は・・・
(あの子達の為・・・。今はやるしかないのか・・・)
そして、阿修羅のような形相でミネルヴァとゆかりをねめつける。
「葵には・・・。葵には、この事は口が裂けても言うなっ!」
「当然だ・・・」
ミネルヴァは満足そうに微笑んだ。
「わかりました」
ゆかりも静かに肯う。
「失礼するっ!」
抑えきれぬ感情を露わにして、弾は退室した。

「学園長っ!何をお考えなのですかっ!?」
弾の退室を待って、ゆかりが問いかける。
「この学園を儂から切り離さねばならん事態が起き始めておる」
「一体・・・、何か起きているのですか?」
「この学園に敵対的TOBを仕掛けようとしている動きがある・・・」
「TOB・・・、一体誰が?」
「ほぼ、間違いなく・・・。萬度・・・」
「萬度・・・」
ゆかりはジェームズ・アデルソンの話を思い出していた。
(世界的犯罪組織の一角・・・)
「でも、なぜ学園を?」
「嘗て、儂が徳川の埋蔵金を手にした時、致し方なく中国のブローカーを使った。それが今頃になって仇になったか・・・」
「すみやかに対応策を・・・」
「考えは・・・・、ある」
「しかし、どうしてそれをお知りになられたのですか?」

敵対的TOBを仕掛ける場合、相手方にそれをギリギリまで気付かせないようにするのが一般的である。
それを初動の内に知る事などあり得ないのだが・・・
「また、儂に直接アクセスしてきた輩がおってな・・・。どうやら学園内かららしいが」

国家公安委員会外事第二課を訪れる二人がいた。
一人はスーツを着た青年、そしてもう一人は大柄な女性??である。

「国家公安委員会としての特命を伝える」
「飛鳥井課長っ!」
「よせっ! 本陣っ!」
密室の中で向かい合って座る三人の誰もがビリビリとした緊張感を漂わせている。
「特命、お受けいたします」
大柄な女性が答えた。
「すまない・・・」
飛鳥井と呼ばれた男が大柄な女性に頭を下げる。
「本陣、ハンの事を頼む・・・」
「矢板さん・・・」

矢板さくらこと別名マンゴローブは警視庁組織対策4課の捜査員であった。
主に覚醒剤の密輸摘発に当たる、組織対策4課の現主査 本陣隼人は国家公務員一種試験に合格し警察庁に入庁した為、既に警部補の階級にある。
そして現場捜査を指導してきたのが、矢板さくらだったのだ。
そして、この日に本陣と矢板が呼ばれた理由それは・・・
萬度による日本国内への覚醒剤密輸が増加したことに対しての潜入捜査命令が下されたのだった。
警察官による麻薬組織への潜入捜査は現法では認められていない。
だが、日々増加する覚醒剤密売を抑制・撲滅の為に超法規的措置としてマンゴローブに特命が下ったのである。
「心配するな、本陣」
「しかし・・・」
「公安委員会としても全力でバックアップする。だから・・・では無いが・・・」
「分かってます。これが最後の手段だと・・・」
「矢板さん・・・」
「ベティのケチャップはハンに任せておく。すまんが、早乙女さんにも宜しく伝えておいてくれ」
「・・・、わかりました。」
しばらくの沈黙の後、マンゴローブが立ち上がった。
そして・・・
「じゃっ、ちょっと行ってくるわねぇ」
本陣と飛鳥井に投げキッスをし、振り向く事もなく大股に部屋を出て行く。
その後ろ姿を見送る本陣と飛鳥井は一言も発せずにいた。
颯爽と歩くマンゴローブ。
(ハン、元気でいろよ・・・。あの子達にもう一度会えるだろうか・・・)
マンゴローブの脳裏には、【ムーラン・ルージュ】結成記念パーティの光景が浮かんでいた。

早瀬リージェンシーホテル 最上階インペリアルルーム
ここにしばらく滞在している男が居た。
早瀬駆である。
萬度からの追撃を逃れる為ここに身を隠していたが、この日、思わぬ来客が来る事になる。
「こちらです」
ホテルの総支配人が初老の男を恭しく案内する。
カチャリ
インペリアルルームの扉が開く。
「おい、勝手な開けるなと言ってるだろっ! 俺は・・・、危険な・・・」
部屋の奥から出てきた駆が来訪者を見て足を竦める。
「お・・・、親父・・・」
「まったく、いつまでたっても成長せんなっ!」
来訪者は早瀬将一郎、駆の父であり早瀬コンツェルンの総帥でもある。
「自分で考えて身を隠したのかと思ったら、後輩のアドバイスだと・・・。情けない」
「いや・・・、なんでそれを・・・」
「警視庁組織対策第四課 本陣隼人・・・。お前の高校時代の後輩だったな」
「・・・」
「まぁ、とりあえずは無事で良かったが・・・」
「なっ!?」
駆は将一郎の口からそんな言葉が出るとは予測もしていなかった。
「国家公安委員会が動いた」
「・・・!?」
「いずれ、お前にしか出来ない事が起きる。その時まで・・・」
「その時まで・・・?」
「無事でいろっ!いいなっ!」
じっと駆を見た将一郎は踵を返しインペリアルルームを出て行った。
廊下で待っていた総支配人に将一郎が命を下す。
「ここの警備を徹底的に強化しろ。場合によっては、ここが国家転覆の危機を止める要になるかも知れん・・・」

DODOTVのWEB投票の結果は、当然ながら堀塚音楽スクールでも見られていた。
「【ムーラン・ルージュ】??」
「うちの勝ちが決まりましたな」
「早速、東京代表のセレモニーの準備を・・・」
堀塚の教師や講師達は既に【シュシュ・ラピーヌ】が勝ったものとして話を次々と進めていた。
そして・・・
「ふふっ、久しぶりに渡に会えるわね。でも、また渡の泣き顔を見るなんてちょっと辛いかも・・・」
理事長室で一人微笑む梨央音の姿があった。

WEB投票から一週間、アイドル甲子園東京地区予選の決勝はDODOTV局内の第一スタジオで生中継が始まろうとしていた。
時を同じくして、全国各地の道府県でも決勝戦が行われている。

舞台衣装に着替えたアキ達は第一スタジオへの向かうバックヤードを進む。
途中の廊下で美少年と見紛う4人組とすれ違った。
ふと足を止める4人組。
「お早うございます。【ムーラン・ルージュ】のお姉様方ですね? 【シュシュ・ラピーヌ】です。本日は宜しくお願い致します」
リーダーと思われる長身の美少年が見とれるような仕草で深く頭を下げ丁寧な挨拶をした。
金髪のウィッグに青のカラコンが映える整った顔立ちである。
(うわっ! 超美形じゃん・・・。なんか・・・、かっけー・・・)
萌は思わず見とれてしまっていた。
(女の子だよね・・・、しかも中学生っ? こんな子達と戦うっての??)
七瀬は完全に気負されており、汐音も・・・。
(オーラが違う・・・)
皆がその雰囲気に圧倒されていたのだが・・・
「はっ、はいっ! 【ムーラン・ルージュ】です! 宜しくお願いします!」
アキだけがバカ丁寧に挨拶を返す。
「それでは、改めて・・・。ごきげんよう・・・」
春風が通り抜けたように颯爽と立ち去る【シュシュ・ラピーヌ】を目の当たりにして歴然とした実力の差を感じるアキ達だった。

「TVをご覧の皆さま、お待たせ致しました! 只今よりアイドル甲子園東京地区予選の決勝戦が始まります!司会は濱崎三波が務めさせて頂きます!」
舞台中央では三波がスポットライトを浴びている。
「WEB投票第1位の【シュシュ・ラピーヌ】VS第2位の【ムーラン・ルージュ】の一騎打ちです。果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか!」
会場に歓声がこだましている。
「それでは、WEB投票第2位【ムーラン・ルージュ】の皆さんです。曲目は、【マッハ・ビジョン】、宜しくお願いします!」

♬ マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョ ジョオォォォォンッ! 風が泣いてるカーブの先に~。何も恐れず、GO TO ブレイクッ! ♬
涼香と汐音の歌いだしとともに皆が舞台へと飛び出していく。
圭と萌・優奈と穂波そして、アキと七瀬と順番にマイクを持ち歌いそしてダンスを踊る。
アキ達を目映いスポットライトが照らし、くるりと回転すると背中に【ムーラン・ルージュ】の文字が浮かび上がる。
踊る度にアキの巨乳が揺れ、リズムに合わせて白い脚が上がる。
場内の歓声も各々の名前を叫んでいるのは人気が出て来た証であろう。
「アキちゃ~んっ!」
一際大きな声援を送っているのは、いつものニッパチコンビに他ならない。
「皆~ッ! その調子ィ!」
ハンとカトリーナも両手にペンライトを持って応援している。
(アキっ! 頑張れっ!)
渡は腕組みをしたまま動かない。
(でも、勝てるのか・・・。あの、梨央音さんに・・・)
一抹の不安を感じている渡であった。
舞台袖では葵と弾が固唾を飲んで見守っている。
「お前達の底力をここで発揮しろっ!」
「そう、リラックスして、お気張りやす!」
つい思っている事が口から出てしまうのは致し方のないところだろうか。

♬ 白い稲妻、LASTRUNッ! マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョ ジョオォォォォンッ! ♬
「ありがとうございましたっ!」
メインボーカルの涼香の声に合わせて皆が一斉に客席に向かって頭を下げる。
乗りに乗った一幕に観客も興奮冷めやらぬ状態のまま場内は割れんばかりの拍手と大歓声に包まれた。
「いいぞぉ~、【ムーラン・ルージュ】っ!」
「素敵ぃぃぃぃっ!」
やり遂げた満足感がアキ達を高揚させていた。

「それでは、続きまして【シュシュ・ラピーヌ】、【バッキンガムの白百合】です」
三波の司会で先ほどの4人組が舞台に現れた。
【バッキンガムの白百合】は堀塚音楽スクールの定番演目である歌劇を第一幕~第三幕で構成しており、次のようなあらすじである。

ウィンチェスター公爵令嬢のセシルは、従兄のアームストロング侯爵令息のジェームズと婚約していた。
だがバッキンガム宮殿の舞踏会でソールズベリー伯爵令息のエドワードに心を奪われ、ジェームズとの婚約を破棄しエドワードと結ばれることを望んだ。
公爵家の申し入れを断る事は社交界から隔絶される事を意味している。
致し方なく形の上は婚約を受け入れたエドワードであったが、実は隠されていた秘密があった。
それはエドワードが従僕のヘンリーと特別な関係にあったのだった。
身分違いの上に男同士の禁断の恋、決して許されるものではない。
セシルを奪われたジェームズは恨み思い余ってエドワードを刺殺してしまう。
そして、エドワードの死を知ったヘンリーは後を追って自害する。
白百合が咲き乱れるバッキンガム宮殿の中庭に並んで置かれた二人の亡骸はまるで微笑んでいるかのように見えたのだった。

第一幕・第二幕ともに順調に進み、観客も既に【バッキンガムの白百合】の世界に入り浸っている感がある。
(まずいな・・・、完全に持ってかれてる・・・)
渡の心配していた事が現実となっていた。
(これ・・・、無理じゃねぇか・・・)
三橋も頭を抱えてしまった。
(神様・仏様・悪魔様・三波様・・・。誰でもいい俺を助けてくれ・・・)
だが、三橋の絶望をあざ笑うかの様に第三幕が始まったのだった。

「セシル~♬ 僕は~、一生、君を愛する~♬」
歌いながら両手を広げて舞台中央に歩み出るジェームズ役の澄佳。
「エドワード~♬ 私は貴方のもの~♬」
白百合の花束を両手に持って、セシル役の穂加が歌いながら登場する。
エドワード役の舞香とヘンリー役の礼華は舞台中央で抱き合って歌い出した。
「おお~、エドワード~♬ 神が結び給うたのか~、ただ一人の愛する人よ~♬」
「ヘンリー~、お前だけを~愛している~♬ 愛は、切なさと~♬ 苦しみと~♬ 愛しさ~♬」

ジェームズがそっと近づき、背後から短剣でエドワードを刺す。
舞台が暗転し、セシルが白百合の花束を落とす。
一面に舞散らばる白百合。
自分のしでかした事に呆然と立ち竦むジェームズ。
いよいよ、クライマックスとなったその瞬間・・・

「・・・」
礼華の口から出る筈の言葉が出てこない。
澄佳・穂加・舞香の視線が礼華に集まるが・・・
会場がシーンと静まり返り、沈黙の時間だけが流れた。
これからが見せ場というところで緊張のあまりセリフをど忘れしてしまったのだ。
「え・・・、セリフ忘れたとか・・・」
「どうなっちゃうの・・・」
会場がザワつき始める。
(礼華! 何でもいいからアドリブでっ!)
舞香が目で合図を送るが、礼華はそれさえも見えていない。
(完全に我を忘れた・・・)
澄佳・穂加・舞香がそう思った瞬間・・・
舞台袖から誰かが飛び出した。
そして礼華に駆け寄り肩を軽く抱き、優しく背中を摩る。
「アキっ!?」
「えっ!?」
「アキちゃんっ!?」
「何っ!?」
誰もが突然の出来事に目を見張っている。
我を忘れて呆然としている礼華に駆け寄ったのは外ならぬアキだったのだ。
「大丈夫・・・、続けて。貴女ならきっと出来るよ」
礼華は何が起きたのか理解できない。
「ここまで来たんだから、皆の為にも・・・ね。落ち着いて大丈夫・・・」
礼華はコクコクと頷く。

(何やってんだよっ! あの子はっ!)
その様子を見ていた三橋も我に返って三波に大声で叫ぶ。
「おい、三波っ! 直ぐに引っ込めろっ!!」
ハッとした三波が舞台に駆け上がり、アキを引き戻す。
「温水さん、こっちへっ!」
三波に引き摺られるようにして舞台袖へと戻るアキだが、何度も振り返って礼華に声を掛け続ける。
「お願いっ!続けてっ!」
そして【シュシュ・ラピーヌ】の3人にも呼び掛ける。
「貴女達なら、絶対できるからっ! 諦めないでっ!」

「アキったら、ライバルに塩送ってどうするんだよっ!」
憮然とした表情の穂波が怒っていてる。
「アキちゃんの良いところなんだけど・・・ね」
涼香も執り成す術も無しというところだろうか。

(ふう・・・、これは予想外ね・・・。でも、あの娘・・・)
観客席にいた梨央音がクスリと笑った。

舞台では【シュシュ・ラピーヌ】の4人が互いに視線を交わし、大きく頷く。

ヘンリーはエドワードを抱きしめ愛おしそうに頬ずりをしている。
そして何かを決意したように顔を上げ、背中に刺さっている短剣を引き抜くとそれを自分の胸に当て突き刺す。
「エドワード・・・。僕らの愛は永遠に・・・。これが愛の証・・・」
エドワードの上に折り重なるように倒れ込むヘンリー。
その顔は微笑みに満ちていた。
バッキンガム宮殿の中庭にそっと並べられたエドワードとヘンリー。
一面を埋め尽くすように咲いた白百合の花だけが、二人を優しく見つめていた。

幕が下りる・・・

アキの乱入もあったが、【シュシュ・ラピーヌ】・【ムーラン・ルージュ】ともに舞台を終えいよいよ投票となった。
(駄目だ・・・、せっかくのチャンスだったのに・・・)
三橋は口から魂が抜けだしたように脱力している。

「それでは、いよいよ発表です!」
司会の三波が舞台中央に立つ。

地区予選の決勝は各都道府県の知事を含めた地元の名士等10名がそれぞれ5点、一般公募に応募し抽選で選ばれた100名がそれぞれ1点を手元に持ったコントローラーで投票し総得点数150点が舞台中央に設置された巨大なデジタルボードにその数が集計される。
ここ東京では客席から見て右側に【シュシュ・ラピーヌ】、反対の左側に【ムーラン・ルージュ】が整列していた。
「それでは、特別審査員の方! 投票をお願いします!」
【シュシュ・ラピーヌ】側のボードには白い数字が、【ムーラン・ルージュ】側のボードでは赤い数字が点灯しデジタル表示が回転し始めた。
そして・・・
「【シュシュ・ラピーヌ】30点、【ムーラン・ルージュ】20点っ!」
会場が大きくどよめく。
「やったっ!」
【シュシュ・ラピーヌ】の4人は手を取り合って喜んでいる。
一方、【ムーラン・ルージュ】は・・・
「・・・」
「皆・・・、ごめんね・・・」
心痛な面持ちを浮かべる中、アキが声を絞り出すように言った。
「それでは、一般審査員の方、お手元のスイッチを押して下さいっ!」
この決勝戦まで辿り着いた事そのものも奇跡に近いと言えるのだ。
残念ではあるが、よく善戦したと言えるだろう。

デジタルボードの数字が止まった。
「えっ!?」
「まさか?」
観客席も再びざわめきだした。
そして、三波もボードを振り返る。
「【シュシュ・ラピーヌ】44点、【ムーラン・ルージュ】55点っ!」
会場がワッと狂喜じみた歓声に沸く。
信じられないといった表情で愕然とする【シュシュ・ラピーヌ】。
何が起きたのかと呆然とするアキ達。
「これまでの点数を合算しますと・・・! 【シュシュ・ラピーヌ】74点、【ムーラン・ルージュ】75点っ!」
まさかの大逆転である。
喜び、舞台の上で互いの肩を叩きあいハイタッチするアキ達。
ぐったりと項垂れて今にも泣きだしそうな【シュシュ・ラピーヌ】。
「えっと・・・、ちょっと待って下さいよ」
三波が改めてボードを見る。
そう、まだ投票していない票が残っているのだ。
この一票が【シュシュ・ラピーヌ】に投じられると、同点となる。
(同点決勝なんて・・・、想定外じゃねぇかよ)
三橋もこの展開は全く予測していなかったようだ。
会場のざわめきが段々と大きくなる。
(この一票が・・・)
三波は息を大きく吸い込み、改めてマイクを握りしめた。
「最後のお一人の方、投票をお願いしますっ!」

(まぁ致し方無しね・・・)

客席で最後の投票ボタンを押したのは、他ならぬ堀塚梨央音であった。
そして・・・
「はっ、入りました! 最後の一票は、【ムーラン・ルージュ】っ!」
客席から拍手の渦が巻き起こる。
「【シュシュ・ラピーヌ】74点、【ムーラン・ルージュ】76点で、東京地区代表は【ムーラン・ルージュ】に決定しましたっ!」
アキ達は歓喜の嵐に包まれる。
「や・・・、やりやがったっ! 本当に、やりやがったっ!」
三橋の頬にも大粒の涙が零れ落ちる。
舞台上では三波も目に涙を浮かべている。
カメラを回している岩田とすずも・・・
舞台裏では、葵と弾も信じられないという表情をしている。
「本当に勝ったんだな・・・、弾」
「ああ、あの子らホンマにやらはりましたわ・・・」
その弾の脳裏にミネルヴァとの会話が思い出される。
(あの子達の為にも・・・、学園は必ず守って見せる)
まだ、衝撃の事実を知らない葵が真実を知るのはまだまだ先の話である。

さて、舞台の片隅では・・・
「皆・・・、あたしのせいで・・・」
礼華が泣き崩れていた。
「礼華のせいじゃないよ・・・」
舞香が礼華の肩を抱き、澄佳と穂加も傍らに寄り添っている。

(あの子達・・・)
優勝決定の大騒ぎの中、アキは【シュシュ・ラピーヌ】に向かって歩きだす。
「・・・」
礼華がアキを見上げる。
「ありがとう、ちゃんと続けてくれて」
アキが右手を差し出した。
「こちらこそ・・・。ありがとうございました」
ボロボロと大粒の涙を流しながら、舞香がアキの手を握り返す。
そして・・・
「アイドル甲子園本戦っ! 頑張ってくださいっ!」
舞香は左手も添えてアキの右手を両掌でしっかりと包み込む。
「うんっ!」
いつの間にか【ムーラン・ルージュ】の8人と【シュシュ・ラピーヌ】の4人が集まり、互いに握手を交わしていた。
「頑張ってください」
「キミ達の分もしっかりやってくるよ!」
「貴女達が居てくれたから、あたし達もやってこれたの!」
「素敵な歌とダンスでしたわ」
皆が何度も何度も握手を交わし合っているその姿を見た観客達は、感涙を流しながらいつまでも拍手を送り続けたのである。

(さて、私はここまでね)
客席を立ち出口へと向かおうとする梨央音、それを呼び止める声がした。
「梨央音さん・・・」
振り返る梨央音の視線の先には渡の姿があった。
「あら・・・、渡。女を後ろから呼び止めるなんて成長したのね」
「からかわないでください」
「あの娘・・・」
「アキの事ですか・・・。何か?」
「ふうん、アキちゃんねぇ・・・。うちにもあんな娘がいたらなって思ってね。今回は貴方の涙が見れなくて残念だけど・・・」
「・・・」
「アキちゃんに宜しくね・・・」
梨央音はそのまま出口へと歩き出した。
(アキ・・・か。渡に呼び捨てする女の子が出来るなんて、考えてみた事もなかったけど・・・)
梨央音の顔に微笑みが浮かんでいた。

その頃、全国各地で次々とアイドル甲子園の地区代表が決定していた。

「フン、簡単ニ代表ニ決マッタナ・・・」
孫が見ているテレビには、中国から呼び寄せた少女達の姿が映っている。
テレビにテロップが流れる。
❝神奈川代表決定! ダイナマイト・ガールズ 【火炎少女109】!❞
(まさか、アイドル甲子園にも萬度が絡んでいるとは・・・)
孫の書斎を訪れていたのは、マンゴローブである。
「サテ、商売ノ話ダナ・・・」
「えっ、ええ・・・。そうね」
「オ前、覚醒剤ヲ売ッテモ自分デハ使ワナイノカ?」
「当然ですわ、覚醒剤は売ってお金を稼ぐモノじゃないかしら」
マンゴローブが怪しく微笑む。
「売リ値ハ、コレダ」
孫が電卓を叩いて、マンゴローブに見せる。
「それで結構、稼がせて頂きますわ」
「ソレト・・・、ヤミっ!」
「おっ、待たせぇ~!」
ドアを開けてヤミが入ってくる。
「ドウダッタ?」
「マンゴロープでも矢板さくらでもヒットしなかったよ」
「ソウカ・・・」
孫はマンゴローブの身元をヤミに調べさせていたのだが、潜入捜査が決まった時にマンゴローブの情報は全て警視庁のCPUから抹消されていた。
(やはり、プロのハッカーがいたか・・・)
いかに厳重に管理されていてもハッキングを受け、それが流出しないとは限らない。
万全を期すべく情報の全てが消去されていたのだ。
「でも、ちょっと気になるんだよね~」
「あら、何かしら?」
「矢板さくらの18歳からのデータがどこにも無いんだよなぁ~」
「この道に入ってお仕事したからかも・・・」
ヤミの問いに惚けて答えるマンゴローブ。
「それと・・・、マンゴローブって名前もここ数年しか出てこないしぃ?」
「お店を出してからって事じゃないかしらぁ」
「まぁ、ボクとしては興味無いから良いんだけどねぇ~」
ヤミはちらりと孫を見る。
「マァ、良イダロウ・・・。何カアッタラ・・・」
「マンゴーちゃん、その場で消えちゃうかもよぉ」
(何か掴んでいるのか、それともブラフか・・・)
ヤミは楽しそうに笑いながら、部屋を出て行った。
「デハ、具体的ナ話ダガ・・・」
果たして、マンゴローブの萬度潜入は成功するのだろうか。

同じ頃、大阪地区代表も決まっていた。
「何やてっ! たこやきファイブが出るんか!?」
八郎が耳に付けたイヤホンに反応する。
「師匠、何ですか? それ?」
「これは・・・、えらい事になるで・・・」
果たして八郎は一体何を知ったのであろうか。

「決まったか・・・」
【ばんさー】では早乙女がテレビ中継をカウンターから見ている。
「誰か知り合いでもいるのか?」
「色々と訳ありでな・・・。本陣もこの子達とは知り合いだが・・・」
「つまり、風流と大巴も・・・か?」
「世の中ってのは、不思議なものだ」
早乙女と話しているのは、飛鳥井丈である。
「・・・、矢板が潜った」
「やはり、そうなったか・・・」
「本陣からの話だが、萬度に追われている男がいる」
「なぜそれを俺に・・・。そっちの方は公安の管轄だと思うが?」
「早瀬駆・・・。テルマエ学園に弟がいる」
(早瀬・・・、あの青年か・・・)
早乙女の脳裏に、渡の姿が浮かんだ。
「・・・で、本題は?」
「ベティのケチャップ・・・」
「分かった、気を付けておこう」
「矢板との約束なのでな・・・」
「早瀬の件は?」
「どうやら、早瀬の総帥も動いたようだ」
「ならば・・・」
「そろそろかも知れん」
「時期尚早にならなければ良いが・・・」
早乙女と飛鳥井はテレビに視線を戻す。
画面には涙を流しながら何度も何度も握手を繰り返す【ムーラン・ルージュ】と【シュシュ・ラピーヌ】の姿が映し出されていた。

興奮冷めやらぬ舞台を後にしたアキ達はバックヤードを通り、控室へと戻る途中であった。
その前を歩いていた【シュシュ・ラピーヌ】が廊下の先に人影を見つけ立ち止まる。
わなわなと震え出した【シュシュ・ラピーヌ】が恐る恐るという感じでその影に近づく。
数人の影、ある者は腕組みをし、ある者は額に指を当てながらも毅然とした佇まいである。
「お・・・、お姉様方・・・」
数人の影の前まで歩み出た【シュシュ・ラピーヌ】が一斉に並び腰を90度に曲げて頭を下げた。
「この度は・・・。申し訳ありませんでしたっ!」
そう、彼女達は、堀塚音楽スクールの高等部生だったのである。
何も言わない高等部生達の前で震え続ける【シュシュ・ラピーヌ】。
その様子をじっと見ていた七瀬と優奈が今にも飛び出し、庇いに行こうとする。
「イジメかよっ!」
「その子達だって頑張ったんだっ!」
その二人を制止したのは圭だった。
「何で止めるっ!」
「あの子たちがっ!」
圭はゆっくりと首を横に振り、静かに言った。
「いいから・・・、見てて・・・」
圭の顔には穏やかな微笑みが浮かんでいた。

アキ達が心配そうに見つめる中、圭だけが高等部の生徒をニッコリと笑顔で見つめている。
「わ・・・、わたしが・・・」
ミスをした礼華が震えながら涙声で話し出した。
その時、中央で腕組みして立っていた一人が口を開く。
「誰のせいでもなくてよ、礼華」
「そう、これは言わば連帯責任・・・」
隣にいた別の高等部生が続いて口を開いた。
「失敗は誰にでもあってよ。この学びを次の舞台に活かしなさい、よくって?」
「舞香、澄佳、穂加、そして礼華・・・。よく頑張りましたね」
ワアァァァァン!
その言葉を聞き泣き崩れる【シュシュ・ラピーヌ】を聖母のような慈しみの眼差しで見つめ続ける高等部生達。
ヒックヒックと泣き止まぬ舞香の小さな肩をポンっ、と叩き中央にいた高等部生がアキ達に近づき華麗な仕草で深く会釈をする。
「【ムーラン・ルージュ】のお姉様方・・・」
その視線は8人をぐるっと回り、最後にアキへと向けられた。
「この子達に最後まで諦めてはならないという事を教えて頂き感謝の言葉もございません。堀塚の全生徒に成り代わり御礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
「は・・・、はい・・・」
高等部の見目麗しい美少年達を目前にしてアキは少しドキドキしていた。
「はぁ・・・、なんて綺麗なんだろう(びーえるだよね、これってびーえるだよね)」
萌は胸がときめいている。
すっかり堀塚の歌劇アイドルに魅了されてしまったようだ。

「もし、次の機会がありましたら・・・」
高等部生の声のトーンが少し下がっていた。
「今度は、私たちがお相手させて頂きます。では、ごきげんよう・・・」
清流が流れるような仕草、どこまでも煌びやかに高等部生と【シュシュ・ラピーヌ】が立ち去って行く。
廊下の陰でその様子を密かに見つめる姿があった。
(さすがは高等部ね。私の言いたい事を全部言ってしまうなんて。でも、【シュシュ・ラピーヌ】もいい勉強になったでしょう)
そう、梨央音である。
(でも、【ムーラン・ルージュ】の・・・)
梨央音の視線がアキへと向けられる。
(温水アキ・・・。あの子、天然だけど何か光るものを持っているような・・・。これから楽しみね)
ヒールの音を響かせながらその場を立ち去る梨央音、その表情には妖しい微笑が浮かんでいた。

「何て言うか・・・」
汐音が口火をきり、涼香が応じた。
「凄かったね・・・」
堀塚の高等部生と【シュシュ・ラピーヌ】の立ち去った後のアキ達である。
「でも・・・、高校生って事は・・・」
萌の言葉に優奈が反応した。
「うちらより年下って事・・・」
「はぁ・・・」
穂波もため息しか出てこない。
自分達よりも年下なのにすっかり大人びた高等部生を見てやるせない気持ちになっているのだろう。
「ところでさ、どうしてアキはあの時、飛び出したの?」
場の雰囲気を変えようとしたのか、七瀬がアキに聞いた。
「うーん・・・、どうしてかな・・・」
首をかしげるアキ。
「ライバルだったんだから助ける事なかったじゃん」
汐音が言うのは、もっともである。
「わたし達より年下なのに、あんなに綺麗だし凄いし・・・。気が付いたら夢中で飛び出していたかなぁ・・・」
照れながら話すアキ。
「ふーん、夢中でねぇ・・・」
何かを考えているような圭の視線が一人一人に向けられ、軽く笑ったかのように見えた。
「やっばり、アキちゃんがリーダーするのが一番いっか!」
圭の視線が七瀬に向けられる。
「確かに・・・、アキが向いてるかも」
七瀬の視線が汐音に向く。
「しょーがない、アキちゃんならリーダー譲るわ」
「えっ!えっえぇぇぇぇっ!」
大きく目を見開くアキ。
「頼んだよっ! リーダーっ!」
穂波が笑った。
「アキちゃんがリーダーっ!? やったぁ!」
涼香が嬉しそうに叫ぶ。
「まっ、順当な所かな」
萌が優奈を見る。
「しっかりねっ! アキ!」
「ち・・・、ちょっと待ってよぉ」
踏ん切りの付かないアキの両肩に力強い手が置かれる。
「よしっ! 【ムーラン・ルージュ】のリーダーは温水で決まりだなっ!」
アキが振り返るとそこには葵が満面の笑みを浮かべていた。
その後ろには弾の笑顔、渡も八郎も二郎もそして、ハンとカトリーナも笑っている。
「わたし・・・、皆と一緒なら。きっと頑張れるっ!」
アキの瞳がキラキラと輝いていた。
(【シュシュ・ラピーヌ】と堀塚の高等部に教えて貰ったのは、私達の方かも知れない・・・)
誰もがそう思いながら、アキを取り囲んでいた。

こうしてやっと【ムーラン・ルージュ】のリーダーが満場一致で決定したのである。

追記だが、この日を境にして萌はBLの世界に目覚め、堀塚歌劇の大ファンになったことも触れておこう。

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