第十四話 「過去からの邂逅、そしてそれぞれの未来」|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

温泉復興のために、ひと肌脱ぎます!

> NOVELS > 第十四話 「過去からの邂逅、そしてそれぞれの未来」

第十四話 「過去からの邂逅、そしてそれぞれの未来」

この記事は35で読めます。

アイドル甲子園の開催が日に日に近づく中、DoDoTV局内では各都道府県エントリーユニットのプロモーションビデオが次々と届いている。
アイドル甲子園は、都道府県単位にWEB公開したプロモーションビデオを観た視聴者からの投票により選ばれた上位二チームによる地区予選決勝となる。
地区予選決勝はWEBではなく実舞台での上演を審査員と一般参加者による投票が行われて地区代表が決められる。
こうして選ばれた地区代表はトーナメント方式により勝ち上がり、アイドル甲子園を戦う事になるのである。

そのアイドル甲子園に中国からユニットを呼び寄せようとしている孫は、新たな動きを画策していた。

「やっほ~、久しぶりぃ」
躊躇する事なく孫のいる部屋のドアを開けて入って来たのは、ショートカットのうら若き女性である。
小柄で東洋人であろう事と眼鏡を掛けている事以外、別段特徴らしきものは無いともいえるが孫の前にこれだけ軽いノリで入ってこれる事でまともな神経の持ち主では無いと想像に難くない。
「んで、どうだったぁ? ボクのリサーチは!」
「ボス、コイツハ・・・?」
孫に対してこのような行動がとれる人間などいる訳がない・・・、誰もが警戒の眼差しを向ける中、セルゲイだけが侵入者をまっすぐに見据え口を開く。
「ヤミ・・・、イーシャ・・・ダ」
「コッ、コイツガ・・・」
「おや、セルゲイじゃん。しばらく見ないと思ってたら、こっちに来てたんだぁ。元気してたぁ?」
「オ前モ、ヨク生キテタナ」
「まあね~、さ~て。お仕事お仕事っと」

ヤミ・イーシャ、孫が呼び寄せた彼女について少し触れておこう。
香港大から、広東薬科大へ留学したこともある天才調薬師である。
実験・調合の為なら事の善悪を問わなかった為に、資格を剥奪され闇の世界へと足を踏み入れたのだが他にも様々な特殊技能を習得している。
調薬師であると同時に火薬調合にも長け、電子工学の知識と相まった時限爆弾は解除不可能と各国の爆発物処理のプロも匙を投げている。
また、台湾の長袖拳【孫臏拳(そんぴんけん)とも呼ばれている中国拳法の一種】 の名手でもあるだけでなく、ブラフマーと並ぶハッカーとしても闇の世界では知られており、その多彩な才能から、【十の顔を持つ魔女】とも呼ばれている。
また、宝石・貴金属に異常な興味と執着を示す事から別名・【暗黒のグリフォン】の異名も持つ。
更に中国語・韓国語・ロシア語・英語・フランス語・スペイン語・日本語の七つの言語を自在に使いこなし、IQは300を超え計測不可能と言われている。

「んで、何処を選んだのかなぁ?」
「京都ニ行ケ、黄(ホワン)」
「ボスノ御命令ナラバ・・・」
「ほうほう、明智の埋蔵金を選んだ訳かぁ。上手く見つけたら、小判とか頂戴ね~」
孫は日本のいっこうに進まぬ渋温泉開発に痺れを切らし、ヤミに日本各地の埋蔵金伝説を調べさせていたのだ。
「渋温泉ガ進マヌナラ、手軽ナ所カラ始メルシカ無カロウ」
そして、京都府亀岡市に明智光秀が埋蔵金を残したという情報を選んだのである。
「温泉ガアルヨウデスガ」
「強引ニ乗っ取レバイイ。渋温泉ハ、手間ヲ掛ケ過ギタ」
「我々ラシク、派手ニ暴レマスカ」
「多少ノ逮捕者クライハ想定内ダ」
「承知シマシタ、ボス」
「フッ。カロロスが何カ探ッテイルナラ、奴ノ知ラナイ所デ先ヲ越セバ良イ」
「いいなぁ、温泉かぁ・・・。ボクも行こうかなぁ」
「オ前ニハ、他ニモヤッテ貰ウ事ガアル」
「はいはい、上海特芸団の国籍を書き換えるんでしょ。まったく、ブラフマーと連絡を取れなくなったからってコッチに振られてもね~。まぁ、追加料金は貰うからいいけどさぁ」
ヤミは持参したノートパソコンを机の上に置く、そして同じように足元にもノートパソコンを広げ靴と靴下を脱ぐ。
「ブラフマーちゃん、もしかして捕まっちゃったのかな~。日本の警察、優秀だっていうしね~」
「ナゼ、ブラフマーが日本ニ居ルト・・・?」
ヤミはニコリと笑うと、両手でキーボードを叩きだす、そして足元でも両足の指でキーボードを叩きだした。
「・・・」

誰もが声も出ない速さで二台のノートパソコンのキーボードを叩く音だけが室内に響く。
その時、ヤミの表情は陶酔した世界へと入り込んでいるかのようなものに変わっていた。

「東京・・・、新宿まで突き止めて逆ハックしたんだけど。気付かれちゃったし~」
両手両足の指の動きは止まらない、視線が上下の画面を交互に見ている。
「うん。まだ捕まってないみたいだね、警視庁のデータには無いから・・・」
ヤミが顔を上げる。
画面には、【Metropolitan Police Department】の文字と旭日章(日本警察の紋章)が光っていた。

さて、DoDoTVでは・・・
「三橋プロデューサー、いよいよですね。ウーツーブでのプロモーション公開!」
各代表ユニットのビデオを念入りにチェックしながら三橋に話しかけたのは、アイドル甲子園のメインディレクターである。
「それが・・・、【ムーラン・ルージュ】のプロモーションビデオが未完成でな・・・。スケジュール調整をお前に頼みたい」
「【ムーラン・ルージュ】?? あぁ、確か三橋さんのイチ押しって・・・。わかりました、ギリギリまで引っ張っときますよ!」
(ダンテの妹分として大々的に宣伝する為に、わざわざ公開を遅らせるんだよ・・。話題をかっさらうって寸法さ。凄い事になるぜ・・・)
三橋は一人薄ら笑いを浮かべていた。

その頃、テルマエ学園ではカトリーナが自室でPCに向かっていた。
(萬度トハ、アクセス拒否・・・。ソシテコレヲ・・・)
カトリーナは萬度との取引をして行くうちに少しながら、萬度の情報を収集していたのだった。
(キット学園長ナラ、ユカリを動かすハズ・・・。汐音ノ家、コノママジャ危ナイ)
情報の出所を隠したまま確実にゆかりを動かせる方法、それはミネルヴァのPCに直接アクセスするしか無い。
今まで何度も試み全てが失敗に終わっていた。
だが、ケリアンとの一件で心にゆとりを持ったカトリーナは自らの閃きでついにテルマエ学園メインコンピューターの侵入に成功したのだった。
(コレもケリアンのオ蔭・・・)
カトリーナは昨日のケリアンとの会話を思い出す。

「一度、フランスに戻ルヨ。カロロスと話シテクル・・・。大丈夫、カロロスと孫、仲悪いカラネ・・・」
明日にもケリアンはフランスに一時帰国する。
カトリーナを守る為、そして皆を守る為に・・・
「ケリアン・・・」
カトリーナの目に涙が光っていた。

さて、和倉温泉旅館【みなぐち】を早朝に出たゆかりは、そのまま能登空港へと向かう。
羽田空港で、岡山空港便へとトランジットすれば昼過ぎには岡山空港へ着ける。
前日の宇喜多そして小早川の繋がりを感じ取ったゆかりは少しでも早くその核心へと近づきたかった。
(気になるのは・・・、電話口の言葉ね)
出立前に穂波の生家へと電話した時の事である。
「女将がお話できるかは、分かりませんが・・・」
歯切れの悪い男性の声が気に掛かっていた。

岡山県湯郷温泉
ここは凡そ千二百年前に傷ついた白鷺に導かれ、円仁法師が発見したとされている。
【鷺の湯】とも呼ばれ、中国地方きっての出湯であり、岡山美作三湯の一つである。
ラジウム気泡を含む塩化物泉は古来より湯治場として、切り傷や擦り傷に特に効果があると言われている。

空港から乗ったタクシーが、湯郷温泉【塩原亭】についたのは昼を過ぎた頃だった。
(生憎の曇り空ね・・・)
出迎えてくれたのは、愛想の良い男性である。
どうやら穂波の父親らしく、電話で話した相手のようだ。
女将と会えないかも知れないと先に釘を刺されたことは気になっていたが、ここは流れに任せてみるしかないだろう。
「遠路はるばるお疲れ様でした、いつも穂波がお世話になっております」
客間に通されたゆかりに先ほどの男性が平身低頭して挨拶をする。
仲居が、【湯もや】と抹茶を運んでくる。
「皇室にも献上されている銘菓ですね、頂きます」
「今、女将が参りますが・・・」
そう言いかけた時、部屋の襖がサッと開き和服姿の女性が現れた。
「女将さんですか、私 テルマエ学園の橘と申します」
座布団から降り、畳の上で正座し直したゆかりは丁寧に頭を下げる。
「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります」
女将は硬い表情のまま唐突に話し出した。
「穂波は勝手にヤクザな男の下へ駆け落ち同然に家を飛び出し、その後も何一つとして音沙汰もありません。もう、穂波の事は諦めております」
同席している穂波の父親は何も話さず、女将は言葉を続ける。
「ここ【塩原亭】も妹の湊帆(みなほ)に女将を継がせます。せっかくお越し頂きましたが、何もお話する事はございません。早々にお引き取りを・・・」
さしものゆかりも口を挟むきっかけすら持てないまま、女将は退席していった。
今までに訪れた所の様に全てにおいて、娘との関係が良好ではないのだろう。
当然様々な確執を含んでいる場合もあるのだ。
「申し訳ございません。どうかアレを責めないでやってください・・・」
穂波の父親がひたすら頭を下げ、訥々と語り始めた。
「実は私は穂波の義父になります。穂波が幼少の頃に実父が病気で他界し、私が入り婿として塩原姓になったのですが・・・」
当初はうまくいっていたのだが一年後に妹が生まれ、その頃より穂波との関係がギクシャクしだしたらしい。
(私と紗矢子の関係も同じようなものね・・・)
ゆかりはふと自分の過去を思い出した。
「妹の湊帆は、穂波を慕っていたのですが、穂波にはそれを受け入れる心の余裕が無かったのでしょう・・・」
そのあたりから、穂波は近くにあった新極真会空手道場へと通いだしたらしい。
「穂波は、女将にはなれないから、別の何かを求めようとしたのかも知れません・・・」
そして、その空手道場で兄弟子となった剣崎哲也に惹かれたのも運命の悪戯だろうか。
「剣崎さん・・・?」
「はい、穂波の三つほど年上の子で・・・。その・・・」
「彼がヤクザに?」
「尊敬できる人が東京にいるから、そこに行くといって上京したんです。道場の師範も止めたんですが・・・」
「東京に・・・。ご存じでしたらお聞きしたいのですが、何という?」
「確か、二月会とか聞きましたが」
(二月会! 如月・・・。剣崎って・・・確か)
「穂波さんが家を出られたのは?」
「もう、三年になりますか・・・」
(そうか・・・、だからあの時・・・)
「あの・・・? 何か?」
「いえ・・・。その剣崎さんのお墓は?」
「岡山市の瑞雲寺というお寺ですが、何か?」
「その瑞雲寺、どなたか戦国武将の菩提寺とかでは?」
「小早川秀秋様の菩提寺とは聞いておりますが・・・」
(嫌な胸騒ぎがする・・・。急がないと・・・)
「お近くにレンタカーなどありますでしょうか?」
「高速の入り口近くに御座いますが・・・、良ろしければお送りを?」
「お願いします!」

穂波の義父と一緒に客間を出たゆかりの前に一人の少女が現れた。
「湊帆・・・さんね?」
「テルマエ学園の方ですか?」
「えぇ、橘と申します」
「お姉ちゃんを・・・、穂波お姉ちゃんをお願い致しますっ!」
ゆかりに頭を下げ、ワッと泣き出す湊帆。
自分が奪ってしまった姉の幸せ、そしてやっと掴みかけた大切な存在を失った悲しみを慮るにはまだ、彼女は幼すぎるだろう。
「任せて、お姉さんは私の大切な生徒です・・・」
湊帆の肩を軽く抱き、ゆかりは言葉を続けた。
「穂波さんは・・・、貴女のお姉さんは強い人だから・・・大丈夫・・・」
お願いしますと何度も何度も涙声で訴える声を聞きながら、ゆかりは穂波の義父が運転する車へと乗り込む。
その姿を影から見て涙を流していたのが、外ならぬ女将だったことは誰も気が付いていない。

高速道路IC近くでレンタカーを借りたゆかりに穂波の義父がメモを手渡す。
「これは?」
「瑞雲寺の住所です」
「ありがとうございます」レンタカーのカーナビに住所を入力し、ゆかりは急ぎ車を発進させた。
(一時間と少しか・・・。お願い、間に合って・・・)
ゆかりは胸中に覆い掛かる不安を感じずにはいられなかった。

岡山駅に降り立った穂波は駅前のフラワーショップに立ち寄り、注文していた白いカーネーションの花束を受け取るとタクシー乗り場へと向かう。
「瑞雲寺まで、お願いします」
後部座席に腰を下ろし、無表情に外の景色を見つめる。
寺へと向かう黒いワンピース姿と手にした白いカーネーションで運転手も察しているのだろうか、車内には何一つとして会話は無い。
しばらく時間が過ぎた、穂波は急な睡魔に襲われる・・・
白い霧の中、一人の青年が穂波の前に現れた。
「穂波・・・」
「哲也っ! 無事だったんだねっ! 良かった・・・」
静かに微笑む哲也に穂波が駆け寄ろうとするが、哲也はだんだんと遠くへと離れて行く。
必死になって走る穂波、だが距離は離れて行くばかりだ。
「待って、哲也っ!待ってっっっ!」
車の振動で穂波は目を覚ました。
ものの数分だろうか・・・
(あちは・・・、夢を見てたのか・・・)
頬には涙の跡が残っている。
「お客さん、着きましたよ」
一年振りの瑞雲寺に穂波は歩を進める。
門前には一台の車が止まっていた。
リアウィンドに貼られたステッカーがレンタカーであることを示している。
(ここに来るなんて酔狂な観光客もいるんだな・・・)
普段は住職に声を掛けるのだが、なぜか今日は不在のようだ。
手桶に水を張り、柄杓を携えて墓列の間を進む穂波。
そして、ある墓の前で立ち止まった。
柄杓で水を掛け墓石を拭き、カーネーションを供えた。
線香に火を点し、そっと手を合わせる。
「哲也・・・。あち、アイドルデビューする事になったんだ・・・。凄いだろ・・・」
テルマエ学園での出来事を自慢げに語る穂波、その頬にはずっと涙が伝っている。
「だから、今年で最後にする・・・。バイバイ・・・、哲也・・・」
その表情は哀しみと憂いに満ちていた。
顔を伏せたまま墓前から離れた穂波、来た時と同じように墓列を俯いて歩く。
丁度、母屋との境目の曲がり角を曲がった時、反対側から来た二人組と出合い頭にぶつかった。
ドシンッ!
思わずよろめき、尻もちをついてしまう穂波。
「あっ! すっ、すみません」
「いや、こっちも悪かった。大丈夫か?」
黒いスーツを来た二人組の年長と見える男が手を差し伸べた。
「あ・・・、ありがと・・・う・・・っ!?」
顔を上げ、その男の顔を見た瞬間、穂波の顔がみるみる激しい憎悪に歪んだ。
「・・・っ! お前っ! 如月っ!!」
掴みかけていた手を触りほどき、穂波は立ち上がる。
「あ・・・、あんたは?」
「何だ、知り合いか? 洸児っ?」
「剣崎の兄貴の・・・、塩原・・・」
「穂波・・・か?」
穂波と如月に直接の面識は無い。
だが、尊敬できる人がいると言って哲也が何度も見せてくれていた如月の写真。
そして、一度だけ東京で会った洸児。

あの時・・・

「とにかく如月さんは凄い人なんだ」
「凄いって言っても、所詮はヤクザだろ?」
「いや、ヤクザとか何だとかいうレベルじゃなくて本気で尊敬できる人なんだ」
哲也は熱く如月の事を語った。
「俺みたいな若造でも、やる気があるからって若頭に抜擢してくれたんだぜ」
「あちにはわかんないよ・・・」
「今度、東京に呼ぶから来てくれよ。その時、如月さんにも会って貰うから」
「えっ・・・、そっ、それって・・・?」
「弟分の洸児ってヤツもお前に会いたいって言っててさ」
「あのさ・・・その・・・。東京って・・・」
「来月の一日、夜の八時に東京駅まで来てくれ。帰らないつもりで」
「哲也・・・」
満面の笑みを浮かべて穂波は哲也に抱きついた。

そして・・・
(もうすぐ、東京かぁ・・・。あちもいよいよ、姐さんっなんて呼ばれるのかなぁ)
だが約束の日、満を持して東京駅に降り立った穂波を迎えたのは哲也ではなかった。
「塩原・・・、穂波さんですね・・・?」
「えっ、はい。そうですけど・・・。貴方は・・・?」
「剣崎の兄貴の代わりにお迎えに来ました・・・」
「あっ、それじゃ洸児さんっ!? えーっ、よく見つけられましたね」
「兄貴から写真を見せて貰ってたので・・・。それで・・・」
「んで、哲也はどこ? あーっ、偉くなったから自分で来ないとか?」
「穂波さん・・・、落ち着いて聞いてください・・・。兄貴は・・・」
「え・・・っ!」

洸児に連れられて穂波が向かったのは、都内のある病院だった。
だが、病室でも手術室でもない。
哲也と穂波は霊安室で再会したのだった。
「何で・・・!? 嘘だろっ・・・。あちは信じないっ! わあぁぁぁぁっ~!」
そして、穂波はその場から逃げ去るように走り立ち去ったのである。
無論、穂波を保護できなかった事で洸児は如月の激しい叱責を受けた事は言うまでもない。

「そうか、あんたが・・・、穂波か・・・」
「お前のっ! お前の為にっ哲也がぁっ!」
怒りに我を忘れた穂波の右回し蹴りがムチのようなしなやかさで如月を襲う。
(なるほど、これがそうか・・・)
如月の脳裏に哲也の面影が浮かぶ。

「穂波って言うんですが、こいつの右回し蹴りが強烈で」

ガシンッ!
すんでの所で如月は左腕を上げて側頭部をガードした。

「んで、普通なら次は左か前からの攻撃ですが、穂波はそのままもう一回右回し蹴りに入れるんです」

(そうだったな、もう一発右かっ!)

「うわあぁぁぁぁっ!」

もし、如月が哲也から話を聞いていなかった間違いなく二発目の回り蹴りは如月の側頭部を捕らえ、致命傷を与えていただろう。

だが・・・
ガツンッ!
如月は左腕を下げずに再度側頭部をガードしたが、鈍い音とともに激痛が走った。
(くっ、折れたか・・・)

その直前、母屋ではゆかりと住職が面談していた。
「そうですか・・・。剣崎さんの・・・」
「えぇ、それで不躾ながら急にお邪魔しまして・・・」
「これも何かの因縁でしょうな・・・」
「・・・と、おっしゃいますと?」
「いえ、今日が命日なんですよ。剣崎さんの・・・」
「毎年、若いお嬢さんがお参りに来られます」
「他には?」
「その・・・、表社会の方ではないような方達も・・・」
(塩原穂波と・・・、如月・・・)
「いつもすれ違いになっておりましたが・・・。そう言えば毎年このあたりにお見えになる筈・・・」
住職が窓を見上げたその時・・・
表から激しい喧騒が聞こえた。
「っ!?」
「まさかっ!?」
ゆかりと住職は一瞬、顔を見合わせ慌てて表へと駆け出した。

穂波の二発目の蹴りを受け止めた如月だったが、その左腕はだらりと下がっている。
「会長っ!」
如月の危機を見て二人の間に洸児が割って入り立ちはだかる。
「どきなっ! どかないならお前もっ!」
再び蹴りの動作に入ろうとした穂波、だが後ろから誰かが肩を掴んだ。
「誰だっ!」
振り返る穂波。
その時・・・
パーンッ!
穂波の頬に平手打ちが飛んできた。
「何やってるのっ! 塩原さんっ!」
打たれた頬に手を当てて立ちすくむ穂波の視線の先には、ゆかりの姿があった。
そして、ゆかりの後ろで立ち尽くす住職。
「会ってはいけない二人が会ってしまったのですな・・・、南無阿弥陀仏・・・」
静かに合掌する住職を見て、穂波も立ち尽くす。
「た・・・、橘か・・・。どうして、お前がここに・・・」
上がらない左腕をかばいながら、如月が立ち上がる。
「如月っ! 何をやってるのっ!?」
ゆかりの口調はだんだんと早く、激しくなる。
「あなたもよっ! 塩原さんっ! 傷害事件を起こすつもりなのっ!」
ゆかりは怒りに身を震わせていた。
「ゆかり先生・・・、どう・・・して?」
穂波はゆかりと如月の両方に視線を泳がせている。
「コイツは・・・、如月は哲也の仇なんだっ! コイツのせいで哲也は・・・っ!」
穂波は怒りの視線を再び、如月に向ける。
「あちはコイツを絶対に許さないっ! 哲也はコイツに殺されたんだっ!」
ゆかりの制止を振り切って、尚も如月に掴み掛かろうとする穂波。
「ふ・・・、あんたの好きなようにしろ・・・」
如月が座り込む。
「会長っ!」
「洸児っ、黙って引っ込んでろっ!」
如月の一言で洸児の動きが止まる。
「哲也が死んだのは、確かに俺のせいだ・・・」
如月は目を閉じた。
「穂波さんといったな・・・。哲也はあんたを俺に紹介するあの日をずっと楽しみにしてたんだ・・・」

三年前、穂波が上京した日の事である。
新宿を拠点としている二月会と中国マフィアとの抗争は激化していた。
そして、中国マフィアは一気にケリをつけるべく如月を襲撃したのだ。
その時、如月を庇って数十発の銃弾を浴びながらも、哲也は決して倒れなかった。
騒ぎを聞きつけた二月会の組員たちや警察が到着し、襲撃者達が逃げ去った後もまだ倒れることなく降り出した雨の中、如月の盾となり仁王の如く立ったまま絶命していたのである。

「哲也には・・・、俺みたいにならずに・・・。あんたと幸せになって貰いたかったんだが・・・。すまねぇ・・・」
如月の目から大粒の涙が零れた。
如月の独白を聞き、愕然とする穂波。
哲也の言っていた言葉が、頭の中を反芻する。
「とにかく如月さんは凄い人なんだ」
「いや、ヤクザとか何だとかいうレベルじゃなくて本気で尊敬できる人なんだ」
(だからって、自分の命まで賭けなくてもいいじゃないか・・・)
「この腕一本で勘弁してくれなんて言うつもりはねえが・・・。今はやらなきゃいけないことがある・・・。哲也の為にも・・・」
如月を見つめる穂波にゆかりが寄り添い、そっと肩を抱いた。
(コイツも・・、コイツも、悲しんでいた・・・。あちだけじゃなかったんだ・・・)

「ここからは、私の独り言・・・」
「橘っ!?」
「独り言だから、止められないわよ」
「ふっ・・・」
ゆかりが話したのは哲也の死により自暴自棄になった穂波が偶然、優奈と出会った後の話である。
「大切な人を亡くして帰る家も無くした貴女に丁度その時、ミネルヴァ学園長から全国の温泉地を巡って、痣のある娘達を見つける依頼があったわよね」
「・・・?」
「そんな丁度いいタイミングなんてあると思う? まして、あの学園長が見ず知らずの貴女を信用すると思う?」
「どういうこと・・・?」
「貴女を学園長に推薦したのは、この如月よ」
「っ!?」
「二月会を総動員して貴女を探し、何かあった場合の責任は全て自分が取るって言ってね・・・。私は反対したんだけど・・・」
如月は黙って項を垂れている。
洸児も一言も発せずにいた。
「自分が全てを奪った貴女に何かしてあげたいなんて・・・、かっこつけ過ぎだけどね」
自分が何も知らないところで、如月は見たこともない自分を気にかけていてくれた。
ただ、哲也が会わせたがっていたというだけなのに・・・
それを初めて知り、恥ずかしさ・悔しさ・そして嬉しさが相反する気持ちになる。
(哲也が認めた男・・・。如月・・・さん・・・。あちは・・・あちは・・・)
「うわぁぁぁぁぁっ!」
誰の目を気にするでもない、穂波は哲也の墓石に抱き着き大声で泣いた。
「涙が枯れるまで泣きなさい。そして・・・」
ゆかりはそんな穂波を見つめている。
ポツ ポツ ポツポツ
曇天だった空から雨が降り始めた。
まるで全てのしがらみを洗い流してしまうかのように・・・
「哲也まで泣いてやがる・・・」
如月も呟く、悲しみの連鎖を断ち切るかの如くに・・・
その時、哲也の墓の真向かいにある古い墓が仄かに光ったことは誰も気が付いていない。
だが、丸に違い鎌紋、小早川家の墓がここにあったことは単なる偶然ではない。

雨が強くなってきた事もあり、住職が皆を母屋へと誘い、タオルを手渡す。
「ありがとうございます」
タオルを受け取り、体を拭こうとした時、ゆかりのスマホが鳴った。
着信画面には、ミネルヴァの番号が表示されている。
「はい、ゆかりです」
ゆかりはすっと席を外し、廊下へと出る。
「すぐに京都へ向かって貰おう」
「京都? 松永姉弟の件でしょうか?」
「いや、学園のサーバーを通さず儂に直接アクセスしてきた輩がおってな・・・」
「学園長のPCに直接ですか?」
「湯の花温泉で中国系の男達がウロウロしておるようだ。詳しくは転送しておく」
「わかりました、こちらを片付けたらすぐに・・・」
「次々と色々起こるか・・・。退屈しないで済む」
ホッホッホッと笑い声を残し、ミネルヴァの通話は切れた。
(一体誰が・・・。何の目的で・・・)
ゆかりは学園のサーバーのセキュリティが破られた事に不安を感じずにはいられなかった。
そして・・・
(湯の花温泉!?  ここって確かっ!?)

ゆかりの電話を切ったミネルヴァは学園のITセキュリティ責任者を呼んでいた。
「外部から侵入されたのか?」
「目下の所、調査中としか・・・」
「役に立たん・・・」
「もっ、申し訳ありません・・・」
「お前達よりこの侵入者を雇った方が良さそうだ・・・。下がれっ!」
ミネルヴァの見幕に呼ばれていた男は黙って引き下がる。
「いよいよ動き出したか・・・。果たして、誰が味方で誰が敵になるのやら・・・」
ニンマリと笑ったミネルヴァの表情はこれまでに見たどれよりも黒い影を纏っていた。

「・・・あの、如月・・さん」
タオルを受け取った穂波が如月に話しかける。
「何だ・・・?」
「ごめんなさい・・・。それと・・・、ありがとうございました」
穂波は如月に素直に頭を下げる。
「雨降って地固まると申しますが・・・(涙)」
住職も涙ぐんでいる。
「塩原さん」
部屋に戻ったゆかりが穂波を呼ぶ。
「・・・はい?」
「東京に帰りなさい。貴女には待っている仲間がいるでしょ! やるべき事が控えているでしょ!」
ゆかりの言葉を聞いた穂波の瞳に、いつもの光が戻って来た。
「はいっ!」
「おいっ! 洸児っ! 駅まで送ってやれ! 今すぐだっ!」
「はっ、はいっ!」
洸児が慌てて駆け出していく。
その後ろ姿を見送り、穂波が改めて如月に向き合う。
「やっと・・・。哲也の言ってた通りの人だったって分かりました」
深々と頭を下げる。
「あんたもな・・・」
「穂波さん、こちらへ」
「うん」
洸児に呼ばれた穂波が玄関へと向う。
「流石か・・・」
「何が?」
如月の呟きにゆかりが尋ねる。
「哲也が見込んだ女だけの事はある・・・」
「そうね。私の生徒でもあるんだけど・・・。ところで?」
「何だ?」
ゆかりの表情が変わった。
「どうしても次は貴方の力を借りたい事が・・・」
「何処で、何をしろと?」
「京都湯の花温泉で不穏な動きが報告されているの」
「・・・?」
「中国系の男が旅館の立ち退きを煽っているみたい」
「ターゲットは?」
「うちの一期生、向坂汐音の実家・・・」
「わかった、向こうで会おう」
如月は黙って考え込む。
(中国系・・・。萬度か・・・。だとすれば、頭数が必要か・・・)

洸児に送られ岡山駅へと向かう穂波。
黙って外の景色を見つめ、過去を思い出す。
(あの日から・・・)
穂波が上京し、哲也の死を知ったあの日、我を忘れた穂波は降りしきる雨の中、病院を飛び出した。
自分の全てを賭けた相手の突然の死、感情を抑える事など全く無理な話だっただろう。
(あちはあの時・・・)

洸児の呼び止める声を振り切るようにして穂波は夜の街へと走り出した。
雨が降っている事にも気が付かないで・・・
何処にも行く宛などない・・・。まして、岡山に戻るなど・・・
フラフラと彷徨う穂波の目の前の踏切に遮断棒が降りてきた。
交互に赤く光るライト、カンカンとなり続ける警鐘音・・・
近づいてくる電車の前照灯が見えた。
(哲也・・・、あちも・・・。直ぐ行くから・・・)
フラリと足を踏み出した瞬間、誰かが穂波の肩を掴み強く引っ張った。
「もしかして死ぬ気・・・? だったら人に迷惑かけない所でしなさいよ」
これが優奈との初めての出会いだった。
「あんたに・・・、関係ないだろっ!」
「あーぁ、こんなびしょ濡れになっちゃって・・・。まぁ、仕方ないっ! うちにおいで」
「えっ? あんた・・・、何言ってんの・・・? あち、死のうとしてたんだよっ!」
「ふーん、だったら明日まで待ってからにしたら? それで気持ちが変わらなかったら止めないであげる」
なんと変わった女だと穂波は思った。
見たところ、歳は同じくらいだろうか・・・。水商売であることは想像できた。

「さぁ、入って」
優奈は自分のマンションに穂波を連れてきた。
「ここ・・・」
「うん? あぁ、うち一人暮らしだから気にしないで。先にお風呂入ったら?」
優奈は穂波を浴室へと押し込む。
「着替え、何でもいいよね?」
(何だ、この女・・・。頭おかしいんじゃねぇのか?)
致し方なくシャワーを浴び、浴室のドアを開けるとバスタオルとTシャツ・ショートパンツが置いてある。
「それでも着といて。着ていたのは洗っとくから」
あまりにもあっけらかんとした優奈の対応に戸惑う穂波。
「こっちの部屋で寝てね」
4畳半くらいの部屋にベッドがあった。
「いや・・・、その・・・。」
「あっ、大丈夫だよ。お店の女の子とかよく泊りに来るから準備してあるんだ」
部屋を見回すと4LDKくらいの間取りだろうか。
「ここ、あんたの・・・?」
「んっ!? ああ、買ったんじゃないよ、賃貸」
「いや・・・、そうじゃなくて・・・」
「まぁ、今日はさっさと寝て明日話そうか。おやすみ~」
そういうと優奈は部屋のドアをパタンと閉めた。
静寂が訪れる。
ベッドに座った穂波は東京に着いてからの事を思い出す。
(哲也・・・)
涙を流しながら穂波はいつの間にか眠っていた。

翌日から優奈と穂波の奇妙なシェア生活が始まった。
優奈はキャバクラで働いている事、高校を中退して石川から出て来た事などが日に日に分かって来た。
そしていつの間にか、互いを優奈・穂波と呼び合うようになっていたのだ。
「穂波ってどこから来たんだっけ?」
「岡山・・・」
「実家って何してるの?」
「温泉旅館・・・」
「えっ、うっそー! うちの実家も温泉なんだけど・・・」
「えーっ!マジっ!」
日に日にうち溶け合っていく優奈と穂波。

「なぁ・・・、優奈・・・」
「なに?」
「なんであの日、あちを助けてくれたの?」
「似てたから・・・かな」
「似てた・・・?」
優奈は中学から女子野球部のエースとして地元でも評判の選手だった。
無論、高校へ入ってからも一年からレギュラー入りして周囲の目を集めていたのだが、ある日突然に肩の痛みを感じたのだ。
練習のし過ぎと軽く考えていたのだが、その時すでに優奈の肩は限界を超えていた。
「もう、野球は無理って言われて・・・」
何もかもやる気を無くした優奈は高校を中退し東京へと出てきた。
「まあ、無茶苦茶したかったんだろうね・・・」
縁あって偶然、キャバクラのオーナーと知り合い今の生活に落ち着いているというのだ。
「さて、そろそろ穂波の事も聞かせてくれるかなぁ・・・」
穂波は黙って頷くと、訥々と話し出した。
父親の他界・母の再婚・妹の誕生・空手を始めたこと・哲也との出会い・そして・・・
「そうか、あの日・・・。うちが穂波を見つけたのは、きっと哲也さんが引き合わせてくれたんだよ」
「哲也が・・・」
「そう、だからちゃんと生きて、哲也さんにも見せてあげなよ」
「優奈・・・」
「それと、後ろ姿見ただけで何となく感じたんだ・・・。何か穂波とは昔からの縁があるみたいな・・・」
「・・・あちも」

こうして穂波も少しずつ日常に戻り始めた頃、テルマエ学園からの使者が訪れたのだ。
ミネルヴァ学園長からの指示は・・・
(全国の温泉地を巡って、痣のある女の子を探す・・・。よく分からないけど、いつまでも優奈に世話になってる訳いかないし・・・。やってみるか)
こうして穂波はミネルヴァのエージェントとなったのだった。

「優奈っ! あち、仕事見つけたよ」
「へぇ~、どんな仕事?」
「テルマエ学園のミネルヴァっておっさんが温泉地で痣のある女の子を探してくれって」
「痣・・・? うちもあるけど・・・」
「えっ! 本当? やりぃ、一人目発見っ!」
「でも、温泉じゃないし・・・」
「細かい事は気にしないっ! ・・・今までありがとっ、優奈」
「近くに来たら、顔出しなよ」
「気が向いたらね」
こうして穂波は旅立ったのだった。
(穂波にも痣あったけど・・・、まぁ本人も知らないみたいだし放っておけばいいか)
穂波を見送る優奈の呟きが聞こえた。

この後、テルマエ学園の入学式で再会するまでこの二人が出会う事はなかった。

そのテルマエ学園では・・・
「そうか・・・、残念だが・・・」
「致し方、おまへん・・・」
ケリアンが葵と弾にフランスへの帰国を申し入れていた。
「スポーツの祭典デ。ドウシテモ【フランスユースチーム】出場スルノデ・・・」
ケリアンがフランスへと戻るのは、カトリーナの件をカロロスから孫に手を回す為なのだが、それを言う訳にはいかない。
その為、スポーツの祭典出場【フランスユースチーム】という事で話を作っていた。
「全く、大人の都合ですわなぁ」
「それで、いつ発つのだ?」
「コレカラ・・・」
「皆には・・・?」
「内緒デ、オ願イシマス」
「それだけの理由では無い・・・か?」
葵が何かを感じ取っているようだった。
そして、弾も・・・
「皆はんには、うちから伝えときまひょ」
「アリガトウゴザイマース。ソレト、アト一ッ・・・オ願イガ・・・」
訥々と話すケイアンに葵と弾が頷く、そしてケリアンに葵が言った。
「良い顔をしている・・・。漢の顔だ」
カトリーナを守りたいという強い意志がケリアンを成長させていたのだろうか。
葵の言葉に黙って弾も頷いていた。

如月と和解し急ぎ東京へと戻る穂波。
新幹線と電車を乗り継ぎ、タクシーを飛ばして学園に到着すると、そのままの勢いで教室へと駆け込む。
「ハァハァ・・・、ごめんっ! 皆っ!」
アキ達の顔に安堵の色が浮かぶ。
「塩原っ! ちょっと来いっ!」
葵が穂波を呼んだ。
葵について教室を出る穂波、弾もその後を追う。
「お前の事は、源口から全て聞いた。ケジメはつけたんだな?」
葵の問いに黙って頷く穂波。
「源口はんを責めたらあきまへんえ。塩原はんがおらんと気付いてうちらが無理に聞き出したんですから・・・。よう、戻って来はりました」
弾が穂波の肩を優しく叩く。
穂波の目から一筋の涙が流れた。
「塩原、今から遅れた分を取り戻せっ!もう、皆の元に戻れ・・・」
「はいっ!」
穂波は走って教室へと戻る。
「穂波っ! ごめんっ!」
「いいんだっ! 優奈っ!」
(ケリはついたんだね?)
(うんっ!)
優奈と穂波の視線が交わる。
言葉を発せずとも、アイコンタクトだけでお互いの気持ちは伝わっているのだ。

しばらくして・・・
「大塩八郎様宛にお届け物ですが、こちらで宜しいでしょうか?」
「はいはい、こっちやでぇ。こっちに運んでんかっ」
猿川急便の制服を来た男達が次々と荷物を運び込んでいる。
次から次へとダンボールを開けて行く八郎。
無論、二郎もその隣で作業を手伝っている。
「各々にネーミングしてあるから、自分のを取ってや」
アキ達は言われた通りにネームの入った自分用の衣装を手に取って行く。
そして、袋から衣装を取り出し広げた途端・・・
「なっ・・・っ! 何ぃっっっ!」
広げた衣装を見た途端、穂波が奇声を上げた。
隣では優奈の手がフルフルと震えている。
「こ・・・、コレを着ろってぇ!?」
「リボン付いてるけど、頭に付けるの?」
しげしげと眺める萌。
「コレって、メイド服?? コスプレ??」
圭は目の前にあるものを理解しきれないようだ。
「わたしが赤で、涼香ちゃんが白・・・、紅白でおめでたいねっ!」
平和な反応をしているのは、他ならぬアキだけのようだ。
相変わらずのトンチンカンなアキに涼香も苦笑するしかない。
「アキちゃん・・・。胸のところ凄く開いてるし・・・。リボンとか・・・」
「もう! 何、言ってんのよっ!アキってば! それより、八郎!! よくも・・・、こんなのを・・・!」
アキに呆れる一方、八郎に対してメラメラと怒りの炎を燃やす七瀬。
「ライトが当たると光るんやで~! 前は皆の名前が、後ろには【ムーラン・ルージュ】って文字が浮き出るんや!」
得意げな八郎、まさにハナタカの絶頂である。
「これは目立ちますよぉ、師匠っ!」
その横で喜ぶ八郎を更に二郎が煽る。
この衣装、レインボーカラーのメイド服仕様でバスト部分をこれでもかと強調し、スカートは膝上で、とどめはフリル付きという代物だった。
渡が八郎を小突く。
「八郎・・・、お前・・・。メイド喫茶のヘビーユーザーだろ」
「おっ!分かるか! あのご主人さま~♡ が、たまらんのや♡ よし、今度一緒に行こうや!」
「行かねーよっ!」
「無理せんときやぁ、我慢は体に毒やでぇ」
「っ!」
渡が反論しようとした時に、ガラガラッと音を立てて教室の扉が荒々しく開かれる。
そこには、大きな封筒を持ち三橋を伴った葵と弾の姿があった。
「皆っ! 先ほど、【ダンテ】からの楽曲が届いた。早速だが白布、目を通せっ!」
葵から渡された封筒を開け、楽譜に目を落としハミングする涼香。
ギターを持ち出して、軽く引いてみる。
「なかなかの感じですなぁ。それは? 衣装も届いたんで?」
皆が手に取っている衣装を見て、少し複雑な表情を見せる弾だったが・・・
「これだっ! この衣装ならっ!」
三橋の叫ぶ声が聞こえた。
「いけるぞっ! 【ムーラン・ルージュ】は、きっと大成功するぞっ!」
まさに狂喜乱舞しているとしか言いようもない三橋は、八郎に走り寄ってブンブンと腕を振り回して豪快な握手をする。
「さすが、大塩君だっ! 君のセンスは超一流だっ! 俺は信じていたよっ!」
八郎と三橋のセンスの悪さは既に誰もが知っている事であり、ここで逆らったとしても何も聞き入れられないのは誰でも簡単に想像がつく。
果たしてこの衣装のどこがそれほど三橋を感動させたのか、もしかすると光るところなのか・・・? 甚だ疑問である。
「三橋さん・・・」
「大塩君・・・」
二人は手を取り合って、今まさに感動のシーンに浸っている。
「ん・・・?? なんだ、それは? 皆でメイドでもするのか・・・? 楽しそうだな・・・」
葵は内心、アキ達を気の毒に思ったのだろうが・・・
「葵・・・。皆はんが怖い顔でこっちを見てはりますえ」
弾がそっと耳打ちする。
アキ達はホントにこの衣装を着るのか?という救いを求めるような視線を送っていた。
「はぁ・・・」
残念ながらと力の無いため息をつきながら、弾も頷く。
「やっばり・・・」
アキ達も力なくため息をつくしかなかった。

教室の隅でいつものようにPCのキーボードを叩いているカトリーナを見て、葵と弾が頷きあって近づいて行く。
ケリアンが葵と弾に頼んだ事、それはカトリーナをアキ達の中に溶け込ませてやって欲しいという願いだった。

「カトリーナ、本当ハ皆ト仲良クシタイ。淋シイノ我慢シテイル・・・」

(ケリアンの遺言だからな)
ケリアンが逝ってしまった訳ではないが、それだけ重みのある言葉だったのだろう。

「おい、カトリーナ。いつまでも隅っこに居ないでこっちに来い。【ムーラン・ルージュ】の力になってやって欲しい」
葵の語り掛けに弾も続く。
「PC、得意ですやろ」
「ワタシ・・・、ガ・・・?」
葵と弾の行動の意味が分からず、困惑しながら顔を上げる。
「アキ達、優しいヨ。皆と一緒に居ようヨ」
葵と弾の背後から、突然ハンが顔を出した。
急に後ろから声が聞こえ、ビクッとする二人。
(ハン・ツァイ・・・。いつの間に、全く気配がしなかったが・・・)
葵の感じた事を弾も感じていた。
(足音ひとつさせずに・・・?)
双子であるが故に同じ事を感じたのかも知れない。
「何ガ・・・、出来ル・・・?」
不安げに問うカトリーナ。
「来れば分かる」
そう言って葵はカトリーナの腕を引っ張る。
弾とハンは肩を竦め互いに微笑むとカトリーナのPCを持って後を追った。

「おいっ! 皆! 今日から、カトリーナも【ムーラン・ルージュ】のサポートをしてくれる事になったぞっ!」
ドンッ! とカトリーナの背中を押す葵。
アキ達の前に飛び出した形となったカトリーナにアキ達が歩み寄って行く。
「ありがと、カトリーナっ!」
アキが微笑みかける。
「いゃ、PCに強いって、助かるよ」
優奈が握手する。
「友達だもん、一緒だよね」
萌が肩を優しく叩く。
「恥ずかしがってると思ってたよ」
七瀬も話の輪に入った。
汐音も圭も涼香も皆が集まってくる。
「良かったョ、カトリーナ・・・」
ハンが笑いかける。
「アリガト・・・、皆・・・」
「さて、カトリーナ・・・」
弾がPCを渡した。
「東京地区予選ノ対戦相手、調ベテイタ・・・」
「さすがぁ、仕事が早い」
圭が感心する。
「相手の事が解かってたら、こっちが有利だしね」
汐音もかなり乗り気になっている。
「地区予選ニハ、76チームガ、エントリー」
「えっ、そんなに!?」
いつも反応が遅いアキがいち早く反応した。
(おい、なんでエントリーチーム数を知ってるんだ? まだ、公表してない筈だぞ)
DoDoTV局内でも限られた人間しか知らない事をカトリーナが言った事に三橋も驚きを隠せない。
「本命ト予想サレテイルノガ・・・」
カトリーナがPCを操作し、画面が切り替わる。
そこには、あの緊急記者会見で見た4人の少女達の映像が映っていた。
「これって・・・」
「あの時に見た・・・」
(やはり、堀塚か・・・)
渡の目が画面にくぎ付けになった。
「堀塚音楽スクール・・・、中等部ノ4人ユニット。【シュシュ・ラピーヌ】、優勝候補ノ筆頭ネ・・・。トニカク2位ニ入ラナイトイケナイ・・・」
【シュシュ・ラピーヌ】、自分達よりも年下の美少女達。
だが圧倒的な実力の差を感じ取り、脅威に思うアキ達。
「こんな相手と・・・、でも今は2位に入る事が・・・」
アキ達は互いに顔を見合わせて大きく頷くのであった。
(おいおい、マジかよ。【シュシュ・ラピーヌ】の名前は俺でさえ知ったばかりのトップシークレット扱いだってのに・・・。あの子、ハッカーか??  まさか・・・な・・・)
三橋の勘の良さは、こういう時には当たるようだ。

「もう一つ、皆はんに話しがありますのえ!!」
珍しく、弾が大声を出した。
何事かと皆が注目する。
「急な話ですが、ケリアンがフランスに帰らはりました。皆はんにはくれぐれも宜しゅうにと言付かってます」
「えーっ!」
「なんでーっ!?」
「みずくさいーっ!」
突然の事で誰もが取り乱していた。
「フランスのサッカーユースチームにどうしても戻らんとあかんと」
「そっか、今年の夏は・・・」
七瀬が思い出したかのように言う。
「スポーツの祭典が・・・」
圭と萌が顔を見合わせる。
「・・・ある」
「ケリアンにお別れ、言えなかったね」
アキが寂しそうに言う。
「でも・・・、夏に帰ってくるヨ」
ハンの言葉に皆が大きく頷く。
ふとカトリーナが教室の窓から空を見る。
見上げた先には、一筋の飛行機雲が青空に伸びていた。

さて、ダンテからの楽曲が届いた事で【ムーラン・ルージュ】の動きも活発になっていた。
曲名は、【マッハ・ビジョン】スピード感が特徴的な曲である。
歌と演奏については、涼香が練習の指揮を取る事となり、曲に合わせてのダンス考案と指導は汐音と弾が担当となった。
衣装の着付けは穂波と優奈が行い、圭と萌はバックダンスを行う。
サブボーカルとしてアキと七瀬が歌の練習に専念し、スポットライト等の各種設備位置や点検は渡・八郎・二郎が、そして葵とハンが全体の構図を確認するというこれまでには無かったまとまりのある準備が着々と進んでいる。

そして、DoDoTV局内では切羽詰まった様子のメインディレクターが三橋に語り掛けていた。
「三橋さん、どう頑張ってもあと三日しか引っ張れませんよ。これが限界です」
「そうか・・・。わかった!おいっ、三波っ! 岩田っ! 堀井っ! これからテルマエ学園に行くぞ! プロモーションビデオ撮影だっ! とっとと準備しろっ!」
不安げな表情の三人に三橋の声が飛ぶ。
(頼むぞ・・・、何とか形になっててくれよっ!)
三橋の祈りを乗せてDoDoTVの車がテルマエ学園へと向かった。

テルマエ学園では次々と準備が進んでいた。
八郎が用意した【ムーラン・ルージュ】の衣装はメンバー毎にメインカラーが違う。
赤→アキ・橙→圭・黄→汐音・緑→萌・青→七瀬・藍→穂波・紫→優奈・白→涼香と虹の七色+雲の白というイメージである。
各々がメイド服のような衣装に身を包み、何度も何度もチェックを行う。
アキは踊りながら歌うたびに胸が零れそうになる。
皆もスカートが短い為、脚を上げるとアンダースコートとはいえ、下着が丸見えになる。
「アキちゃーん♡ もっと激しく動いてぇ♡」
八郎の黄色い歓声が飛ぶ。
「アキちゃーん♡」
二郎も負けじと、まるでファンクラブのような声援を送っている。
その二人の頭に激痛が走った。
ガツンッ!
「いっ痛ぇ~! 何すんねん! 渡!」
「ひどいですよぉ」
「アキ達は一生懸命やってんだ! 真面目に応援しろっ!」
真剣に怒る渡に口ごもる二人。

バチパチパチ・・・
いつの間にか入って来た三橋が手を叩いている。
(この短期間でよくここまで・・・。考えてたより上に行ってやがる)
三橋は一人感動モードに入っている。
「皆さん、時間がありません。急ですが、このままプロモーションビデオの撮影に入ります」
三橋は手短に説明する。
急であるのは分かっていた事、時間がないからこそ急ぎここまでやって来たのだ。
誰もがここからが本番と気持ちを切り替えた。
「じゃあ、三波の紹介から・・・。スタートっ!」
三橋の合図で岩田とすずもカメラを構える。

「DoDoTV主催アイドル甲子園、東京地区予選エントリーのテルマエ学園、【ムーラン・ルージュ】をご紹介します」
三波は一呼吸する。
「【ムーラン・ルージュ】は、あの【ダンテ】公認の妹分ユニットです。もちろん、今回の曲も【ダンテ】プロデュース。では、お願いします・・・。曲は【マッハ・ビジョン】!」
三波の紹介が終わると同時に、涼香と汐音がセンターで歌い・踊る。

♬ マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョ ジョオォォォォンッ! 風が泣いてるカーブの先に~。何も恐れず、Go To ブレイクッ! ♬

続いて、圭と萌・優奈と穂波そして、アキと七瀬が順番に入れ変わってセンターを務める。
チアダンと京舞踊をコラボさせているダンスは意外性があり見ている者の目をしっかりと引き付けていた。
【マッハ・ビジョン】のスピード感に乗った涼香のハスキーボイスが教室内にこだまし、下手な音響設備など必要ないくらいの迫力に満ちている。
足を上げるとちらりと見えるスコート、踊りに合わせて弾むアキの胸は岩田のカメラがしっかりと追っていた。
ライトが当たると各々の名前が光り、後ろを向いた時には【ムーラン・ルージュ】の文字が眩しいくらいに目立っている。
(あの衣装・・・、宣伝効果も申し分無いな・・・)
三橋の視線は期待から確信へと変わりつつあるようだ。
(本当に・・・。【ムーラン・ルージュ】は金の卵になるかも知れねぇ・・・)
背筋にゾクゾクするものを感じる三橋。
そして・・・

♬ 白い稲妻、LastRunッ! マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョ ジョオォォォォンッ! ♬

最高の盛り上がりを見せたラストシーン、アキ達は息遣い荒くなりながらも【マッハ・ビジョン】を歌い、踊り切った。

「皆っ! よくやったっ!」
「何も言うことありまへんっ!」
葵と弾が駆け寄った。
「皆!凄かったヨ!」
「ヨカッタヨ! オメデトウっ!」
ハンとカトリーナも大喜びしている。
(やるじゃねぇか。一発勝負でリテイク無しなんて、そうそう出来るもんじゃねぇ)
三橋は腕組みしながら黙って見ている。
(皆っ・・・、よく頑張ったね・・・)
三波の目にも涙が光っていた。
互いに顔を見合わせた岩田もすずにサムズアップのサインを送る。
(えへっ! 【ダンテ】の新曲、先に聞けちゃったぁ)
すずは別の意味でも感動しているようだ。

こうして興奮冷めやらぬ内にプロモーションビデオの撮影は無事に終了したのである。

その頃、堀塚音楽スクールでは、【シュシュ・ラピーヌ】が自分達の満足のいく演出を見つけ出せていた。

「澄佳・礼華・穂加・・・。やっとここまで来たね」
ユニットリーダーの鏡宮舞香(かがのみや まいか)が話しかける。
「相手がどんなグループでも負ける気がしないね」
少し気の強いところがあるのは、水埜礼華(みずの れいか)。
「わたし達、やれるだけの事は全部やったよね」
四人の中では幼く見える、花衣澄佳(はない すみか)。
「お姉さま方に中等部の意地を見せて差し上げましょう」
しっかり者なのは、月舘穂加(つきだて ほのか)。

堀塚音楽スクールの威信と誇りを幼い背に背負った少女達・・・

いよいよ、アイドル甲子園のWEB投票が開始されようとしていた。

コメントを書く

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。