第十三話  「大波乱!! アイドル甲子園の幕開け・・・|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

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第十三話  「大波乱!! アイドル甲子園の幕開け・・・

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春爛漫 桜が見頃を迎える頃、沢山の新入生達がここ【テルマエ学園】に入学してきた。
アイドル部の活躍があった事はここに述べるまでも無く・・・

「あっ、アイドル部の温水さんっ! やばっ、かわたん!」
「あっちは、チアダンの向坂さんっ! おしゃかわーっ!」
「うわぁ、塩原さんっ!胸きゅんっ!」

アキ達も晴れて第二学年となり、新入生達の憧れの視線を受ける立場となっていた。
そして、【ムーラン・ルージュ】の活動も日を追うごとに多忙を極め始めていた・・・

その数日前、横浜中華街の一角では・・・
「ナニ、アイドル甲子園ダト?」
日本に滞在中の孫にDoDoTV主催のアイドル甲子園の情報がもたらされたのは、アキ達が【ぱんさー】で【ムーラン・ルージュ】の結成パーティをしている頃だった。
「コンナ小娘ドモニ熱狂スルカ・・・、ニホンジン・・・」
堀塚音楽スクールの緊急会見を見ながら、孫は何かを考えていた。
「ボス・・・、何カ?」
「コレニ出タラ、ドウナル?」
「優勝スレバ、イイ宣伝ニナリマスガ・・・」
「神奈川ノ代表ニエントリーサセロ。ソシテ、ブラフマーニ連絡ヲ・・・」
「早瀬ノ事ハ、宜シイノデ?」
「コッチノ方ガ手早ソウダ・・・。アイドルガ宣伝スレバ、バカナ男、スグニ買ウ」
駆が消息を晦まし、所在が掴めなくなっていた孫にとっては渋温泉のリゾート開発よりも日本国内に覚醒剤の密売ルートを作り上げてしまう事の方が優先になっていた。
「ブラフマーニ、神奈川エントリーチームノ弱味ヲ調べサセル」
「・・・」
「後ハ本国ノ【上海特芸団】カラ、アイドルヲ送リ込ム」
「国籍ハ・・・」
「全員、留学生トスレバ良カロウ?」
「ソレモ、ブラフマーニ?」
「金サエ積メバ、ナンデモスルヤツダ。後、ヤミを呼ンデオケ」
「覚醒剤ノ蒸留ハ日本デハ危険ガ」
「イヤ、覚醒剤ジャナイ。アイドル甲子園デ確実ニ勝ツ為ダ・・・」
孫の顔に悪魔の笑みが浮かんでいた。

さて、話をテルマエ学園へと戻そう。
あの一件以来、汐音・七瀬・圭の3人が交代でリーダーとなっている。
今日は・・・、汐音がリーダーとなり得意のチアダンを取り入れた練習を行っていた。
「皆! ダメダメッ! 足が上がってないし、動きも揃ってないっ! はいっ、もう一回っ!」
曲目が決まった訳でもなく、日替わりのリーダーではまとまる筈など無い。
汐音一人が張り切っている日が続き、リーダーに名乗りを上げた七瀬と圭も具体的に何をするのかを見出せない日が続き、倦怠感と疲労が蔓延しつつあった。
「お前らっ、真面目にやらんかっ!」
葵の怒声が飛ぶ。
「ふう、皆バラバラ・・・。やっばり、リーダーを決めてからの方が良かったんですやろなぁ」
弾はため息をつきながら横目で葵を見る。

だが、もっと深刻なため息をついている男が居た、DoDoTVの三橋である。
アイドル甲子園の地区予選はプロモーションビデオをDoDoTVで公開し、視聴者のWEB投票の結果上位2チームによる決戦を全国各地で行い各都道府県の代表を決める事になっている。
そのプロモーションビデオの打合せに来ていたのだが・・・
「何てこった・・・。こりゃあ・・・。とても撮影どころじゃねぇぞ・・・」
三橋だけではない、岩田も動きが止まってしまった。
「アイドル・・・、ですよね? 歌無しで・・・?」
「それより・・・、バラバラで何してるんですか・・・?」
すずも途方に暮れ始めている。
「歌うって言うより・・・。そもそもちゃんと声出せるの、この子たち・・・」
三波までもが表情を曇らせる。
「おい、怖い事言うなよ・・・。三波ィ・・・」
三橋は今にも泣きだしそうな顔になっている。
パンパン!
DoDoTVの到着に気付いた弾が手を叩き皆を集める。
「休憩にしまひょ。それと三橋さんからお話があるそうどす」
皆を前にして、三橋はおずおずと話し出した。
「え~、皆さんはアイドル甲子園に出場して頂くんですが・・・。そう、温泉アイドルっていう感じで温泉のアピールとかして貰って・・・。まぁ、優勝を目指して貰うんですが・・・」
三橋の話は要領を得なくなっている。
それも当然だろう、自分の全てを賭けた企画の目玉ユニットがこの惨状では・・・
「アイドルですから・・・、その・・・。踊るだけじゃなくて歌うんです。皆さん、歌・・・、歌えますよね? 発声練習とかしてますよね?」
だんだんと神仏に縋るような口調になりながら三橋は助けを求めるように葵と弾を見る。
葵は大きく首を横に振り、弾は右手を額に当てて俯いている。
(おいおい、先生までこれかよっ!)
三橋はざわつくアキ達に視線を戻す。
「えっ!? 歌うのは涼香じゃねぇの?」
穂波の一言が三橋の心にグサりと突き刺さる。
「うちらは、しっかりダンスするしぃ」
「お店でカラオケならしたことあるけど・・・」
汐音と穂波の言葉が連続して、三橋の心にグサグサと刺さる。
(嫌な予感が当たっちまったかぁ・・・)
流石の三橋もこの衝撃はキツかったのか、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
(どうする・・・? 今更、出来ませんなんて・・・! 時間もねぇぞ・・・)
茫然と視線を泳がせる三橋。
だがその視線が三波を捕らえた瞬間、一つの妙案が浮かんだ。
(やるしかねぇんだ!)
両頬を掌でパンパンと叩き、瞬時に気持ちを切り替える。
「三波、ちょっと・・・」
「えっ!?  わたし?」
三橋は三波を呼び座り込んで、真剣な顔つきで話し込む。
しきりに相槌を打っていた三波がすっくと立ちあがる。
「皆さん、今日からわたし 濱崎三波が、発声・滑舌トレーニングのレッスンをします! わたしが皆さんを立派なアイドルにして見せますっ!」
ガッツポーズを取りながら、瞳を輝かせて三波は語った。
パチ・・・、パチ・・・パチ
呆気に取られた葵と弾が呆けた表情のまま力なく拍手する。
(三波っ! お前に【ムーラン・ルージュ】と俺達の命運がかかってるんだ)
三橋は熱い視線を三波に送る。
「三波さんなら絶対にできますっ!頑張ってくださいっ!」
すずも同じようにガッツポーズになっている。
「任せてくださいっ!」
張り切る三波だったが、岩田だけが不安げに呟いていた。
「前途多難・・・、だなぁ・・・」
その日から早速、三波のトレーニングは、超が付くほどのハードスケジュールで開始されたのである。

時間を少し遡る。
東京都中野区・堀塚音楽スクールでは理事長がスクールの主だった面々を集めていた。
堀塚音楽スクールは別名・日本一のお嬢学校と呼ばれるほど上下関係に厳しく、また歌劇を中心に芸能各界にスター候補を送り出す名門である。
ただ、先代の理事長より学園を引き継いだ堀塚梨央音はアイドル甲子園に自校の生徒ユニットをエントリーさせるに当って古株の役員達を説得しきれずに焦っていた。
「理事長っ! アイドル甲子園に中等部の生徒など無謀ですっ!」
「歴史ある堀塚の名に泥を塗るおつもりですかっ!」
「舞台慣れもしていない子供にそんな無茶をさせるなんてっ!」
各講師や学園長達が恐れているのは、失敗することであるのは分かっていた。
(このままでは堀塚も時代に淘汰される日が来るという事がなぜわからないのっ!)
失敗を恐れて安全策ばかりを取って来たものの末路、だがこの年寄りたちは今の自分を安定させる事しか考えていないのだ。
「洗練された高等部の生徒で優勝するのは当たり前。それよりも未来の可能性を秘めた中等部を敢えてアイドル甲子園に送り出し、彼女達の才能を更に開花させるのです!」
梨央音も全く引く気配が無い。だが・・・
(やっばり、この石頭共を納得させるには私では力不足か・・・。こんな時・・・)
石のような沈黙が続いた。
「お待ちくださいっ!」
「そこをどきなさい!」
会議室の扉越しに押し問答が聞こえ、バンッ!と音を立てて扉が開かれた。
会議室に居た面々の視線が侵入者へと向けられる・・・
「あっ、貴方は・・・!」
「早瀬・・・、総帥・・・」
そこに立っていたのは、早瀬コンツェルンの総帥 早瀬将一郎であった。

コツコツと靴音を響かせながら将一郎は会議室に踏み入り、じろりと居並ぶ一同を見回す。
誰もが将一郎の視線を躱す中、ただ一人 梨央音だけがその視線を受け顔が綻ぶ。
「どうだろう、ここは梨央音に任せてみては?」
「将一郎伯父様・・・」
この堀塚音楽スクールの先代理事長は、梨央音の亡母であった。
梨央音の母は将一郎の妹であり梨央音は、渡と駆の従姉になる。
小さい頃から利発であり成長とともに経営の才を見出していた将一郎は、梨央音を息子達以上に可愛がっていたのである。
「いかに早瀬総帥でも、この問題は・・・」
「ほう、では早瀬の後ろ盾無しでこれからやっていくつもりかね?」
「いや・・・、それは・・・」
「だったら、黙っていてもらおうか」
「は、早瀬総帥がそう申されるのであれば・・・」
「・・・、異存はありません」
「では、話は決まったようだな」
「伯父様、少しお話が・・・」
「うむ」
梨央音と将一郎は別室へと席を移した。

「ありがとうございました。やっばり私ではまだスクールの運営は難しいようですわ」
「何を言う、梨央音なら安心して任せられると思っている」
「でも、今日みたいに頭の固い皆さまを説得するのは・・・」
「ふっ、そうなる事を見越してあの緊急会見をしたのでは?」
「あら、お見通しでした?」
「私が出てくる事も想定内だろう?」
「まったく、伯父様には叶いませんわ。ところで、駆君と渡君はお元気ですか?」
梨央音は微笑みながら尋ねる。
「相変わらず使えんよ、駆は・・・。私に尻ぬぐいばかりさせおる。渡はまだマシだがな・・・」
少し困ったような表情を見せ答える将一郎。
「ところで、中等部のユニットは決まっているのだろう?」
「はい、この通りに・・・」
梨央音は綴じられたファイルを将一郎に差し出した。
ページを捲ると、先日の会見で映し出されていた四人のプロフィールがある。
「なるほど・・・、流石だな。 ・・・でユニット名は?」
「シュシュ・ラピーヌ」
「可愛い子ウサギ達か・・・。渡がライバルチームにいる・・・」
「どちらの?」
「テルマエ学園・アイドル部」
「決勝戦まで来てくれたら、渡君にも会えますわね」
梨央音は楽しそうに笑う。
「それと、もう一つ・・・」
「何でしょうか?」
「駆が良からぬ輩に関わった・・・」
「あら・・・、まぁ」
「お前の所にまで被害は及ばないと思うが、もしもの時は・・・」
「えぇ、すぐに伯父様にご連絡を・・・」
(梨央音が私の娘だったら、安心して全てを譲れるのだが・・・)
将一郎の心の呟きは誰にも聞こえる事は無いだろう。

その頃、ゆかりは石川県和倉温泉へと向かっていた。
羽田空港から能登空港まで一時間。更に小一時間ほどタクシーに乗れば和倉温泉である。
和倉温泉 旅館【みなぐち】その名の通りここは優奈の生家である。

和倉温泉は国内でも珍しい食塩泉であり白鷺が傷を癒し、羽を休めたとされている出湯が発祥となっている。
効能は塩分が皮膚に付着する事から、湯冷めしにくく保温効果が高い。
更に塩分が毛穴を引き締めてくれる為、美肌にも効果があるとされている。

旅館【みなぐち】では、ゆかりが女将から優奈の子供の頃の話を聞きながら郷土料理でもてなされていた。
「これは治部煮ですね」
「はい、鴨と鶏に小麦粉をまぶしてから醤油ベースの出汁で野菜と一緒に煮込んでます。あの子も好きだったんですよ」
ゆかりはボイルしたホタルイカを酢味噌に付け、箸を進めている。
「能登丼はいかがですか?」
「地元素材ならではの味ですね」
「能登産の和牛を山椒ソースで絡めて、能登野菜の塩漬けを刻んで乗せているんですよ」
「塩味とスパイシーな感じが何とも言えませんね」

優奈は子供の頃から、特にお金に関してはかなり執着するところがあったらしい。
「昔のお金を見つけたと言って拾って来たこともありまして・・・」
恥ずかしそうに言う女将だが、どうやらそれは大切に保管してあるという。
「是非、見せて頂けませんか?」
「少し、お待ちを・・・」
しばらくして女将の持ってきたものは貨幣とも見える二枚の小さな円盤状のものだった。
(やはり・・・、宇喜多か・・・)
一枚には、剣片喰 (けんかたばみ)の家紋が見て取れた。
そしてもう一枚には・・・
(丸に違い鎌紋・・・、これは小早川の家紋の筈・・・。なぜ?)
「あの子、田舎が嫌で東京へ出て行ったんですが、岡山出身の方と仲良くなったと言ってましたねぇ」
(そうか・・・、宇喜多秀家はもともと岡山城主・・・。そして小早川か・・・。偶然じゃないわね・・・)
優奈と穂波だけがなぜ知り合いだったのか、そしてアキ達と歳が違っていた事もここに何かがあるとゆかりは直感した。
(このまま岡山に向かうか・・・、それとも・・・)
ゆかりは次の目的地を考えながら眠りについた。

さて、アキ達に話を戻そう。
三波の発声・滑舌トレーニングは日を増すごとに難易度を上げていった。
「アメンボ赤いな ア・イ・ウ・エ・オ。ハイっ! 口を大きく開けて一言ずつはっきりと発音してくださいっ!」
「ア・メ・ン・ボ・赤・い・な・ア・イ・ウ・エ・オ~」
大きな声ではっきりと発音し、声も伸びているのはやはり涼香である。
「次は、腹式呼吸っ!お腹を凹ませて、今度はしっかり膨らませて。息は吐き切ってぇ~」
「ふ~・はぁ~」
ダンスで肺活量も鍛えられているのだろうか、汐音は難なく出来ている。
ハンとケリアンが黙って見守る隣で、カトリーナも練習風景を見ながら、時折PCから顔を上げる。
カタッ!
キーボードを打つカトリーナの指が止まる。
(萬度ノ依頼・・・。アイドル甲子園ノ神奈川エントリーチーム、特性とバックの弱みを探れカ・・・。それト・・・、上海カラ大量入国・・・、留学目的に入国管理局のデータを全て改ざんシロ・・・)
時期から見て、アイドル甲子園に萬度が何かを仕掛けようとしている事と明らかだろう。
必死に発声練習に取り組むアキ達を見つめるカトリーナ。
(コノ依頼を受けタラ、アキ達に不利な事が絶対に起キル・・・。デモ・・・)
逡巡するカトリーナ、その姿をケリアンだけが見つめていた。

「次は早口言葉です。 カエルぴょこぴょこ みぴょこぴょこ 合わせてぴょこぴょこ むぴょこぴょこ」
流石、三波はプロだ。
まったくかまずにスラスラと言えている。
「カエルぴょこぴょこ み・・・、ぴっびょっ」
萌は詰まっている。
「痛ってぇ~っ、舌噛んだ」
舌を噛んだ痛みに顔を歪めているのは穂波だ。
「カエル ぴょこぴょこ み ぴょこぴょこ~」
スラスラと言えたのは、優奈。
「うち、早口言葉は得意なんだ」
得意満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、今度は発声です。高音と低音を切り替えて」
「コレは簡単」
圭が難なくやってのける。
「しかし、三波さんって上手だよねぇ」
感心するアキに七瀬が応える。
「プロなんだから当然って言えば当然だよね」

ほぼ一週間が過ぎた頃、努力の甲斐もあってか、アキ達は三波が太鼓判を押すほどまでに上達していた。
「もう、皆さんに教える事はありません。後は繰り返し練習あるのみです!頑張ってください!」
三波の言葉に割れんばかりの拍手が巻き起こる。
「三波さん! ありがとうございました!」
アキ達だけでなく、弾と葵も一緒になって頭を垂れる。
だが、最も安堵していたのは三橋であった。
(三波・・・、俺はお前と組んでいたのをこれほどありがたいと思った事はないぞ・・・)
「えっ! いぇ・・・。お役に立てて良かったです」
三波も何やらこみ上げてきた嬉しさに戸惑っていた。
「あの人がいなかったんでうまく行ったんですかねぇ」
すずが振り向いて岩田に話かける。
「橘ゆかりか・・・。まったく、水と油って感じだもんなぁ」
岩田とすずが肩を竦めて微笑みあっていた。
「よくやった、三波・・・」
三橋が三波の肩をポンっと叩き、アキ達の前に出てくる。
「皆さん、お疲れ様でした。次はいよいよプロモーションビデオの撮影になりますが・・・」
三橋はアキ達一人一人の顔を見渡しながら話を続ける。
「まず、衣装と曲を決めて頂くのですが・・・」
「よっしゃー! わいの出番やなぁ!」
三橋の説明の途中に割って入ったのは、八郎である。
「げっ!」
「いや、八郎はもういいよ」
前回の事を思い出してか、八郎の衣装に誰もが拒否反応を示しかけたが・・・
「そうか! やってくれるか! いや、君ならやってくれると期待していたんだっ!」
「・・・」
皆が思い出していた、あの八郎の衣装を大絶賛した時の三橋の事を・・・
「わいのセンスの良さを分かってくれるのは、三橋さんだけやでぇ」
八郎は大げさに号泣するような素振りを見せる。
「あの衣装のセンス、まさに業界の最先端をインスピレーションしたモードが・・・」
三橋は何を言いたいのか解からなくなっている。
ただ、前回の成功という実績だけが独り歩きしているのだろう。
「・・・マジかよ?」
優奈が顔を顰める。
「八郎の手配って事は・・・?」
七瀬の呟きに皆が想像して・・・
「はぁ・・・」
一斉にため息をついた。
「今回もわいからのプレゼントやで、期待してやぁ」
既に頭の中で妄想が膨らんでいるのだろう、八郎は思いっきりニヤケている。
「流石です、師匠っ! 太っ腹っ!」
二郎が八郎を持ち上げる。
「わっはっはっはっ! 任せといてんか!」
「太っ腹なのは、あんたの突き出た腹の肉だけで十分なんだけど・・・」
毒づく七瀬であった。
「いや、衣装はスポンサーに任せておけば安心って事で・・・」
三橋は話を次々と進めて行く。
「歌う曲を早く決めて頂きたいんです。何せ・・・」
三橋は一瞬、言葉を止めた。
「エントリー期限まで2週間を切っているので・・・」
「はぁ・・・、2週間っ!?」
これまで黙って聞いていた弾と葵が同時に叫んだ。
「えっ・・・、2週間?」
アキがオウム返しに呟く。
「えっ、えぇぇぇぇっ~!」
「ちょっと・・・。それは・・・」
驚きを隠せない圭に萌も同調する。
「ちょっと、短すぎじゃないの?」
流石の汐音も受け入れられないようだ。
「そんなん、無理ぃ~」
優奈の弱気の発言を聞くことも珍しい。
「でも・・・」
七瀬の言葉に皆の騒ぎが止まる。
「そう、他のチームはもう準備できてるんだよ」
穂波が冷静に話す。
「そうだ、あの時に見ただろう」
葵の言葉に【ぱんさー】で見た、堀塚音楽スクールの映像を誰もが思い出した。
「こちらは完全に後発どす。しっかり気張らんと追いつけまへんえ」
弾が続いた。
「兎に角、なんとかお願いしますっ!明後日、もう一度お邪魔しますのでそれまでに・・・」
三橋は深々と頭を下げ、DoDoTVのスタッフは学園を後にした。

「どうしよう・・・」
DoDoTVが引き上げた後、アキ達は途方に暮れていた。
スタートは同じだった筈なのに、自分達はリーダーも決められずにずるずると時間を無意味に過ごしてしまった。
アイドルの基本も分からずにいた事で三波の特訓を受ける時間もかかってしまった。
他のライバルチームはこの間にも着々と準備を整えてきた筈である。
皆が今、何をなすべきか迷っていた。
「やるしかないよ」
アキの声が静まった教室に響いた。
「だって、やるって決めたんだもん。やろうよっ!」
アキが語りかける。
「まぁ、わたしは問題なくできるけど!」
汐音が立ち上がった。
「勝つためにやるんだから、勝たないとね」
優奈も立ち上がる。
「ボクは諦めたくない!」
「わたしだって!」
萌と涼香が続いた。
「ふう、やろうじゃないの」
圭が大きく息を吐きながら言う。
「まったく、あちがこんなんじゃね~」
穂波が笑った。
(姉貴、ごめん。あたしこんな事で弱気になってられないんだよね!)
最後に、七瀬も立ち上がった。
皆がアキを見つめ、アキが大きく頷く。
「いつもはポーっとしてるみたいに見えけど、イザという時はいつも温水はんやなぁ」
弾の言葉に葵が応じる。
「ムードメーカー、いやこいつはもしかすると・・・」
葵の意味ありげな笑みが浮かぶ。
(アキ、お前が一番リーダーに向いているのかも知れないな・・・)
アキを優しく見つめる渡。
(だが、地区予選には梨央音さんのチームが出る・・・。俺に出来ることって・・・)
渡は堀塚音楽スクールの実力を知っているが故に焦っていた。
「三日だっ!」
葵が声を上げる。
「!?」
皆が振り返る。
「三日以内で考えられる事の全てをやり尽くして曲を決める。何をしても良いから、それぞれの考えを纏めて来いっ!」
弾を振り返り続けた。
「顧問の意見は?」
「日程的にもそれが限界ですな・・・。異論はおまへん」
腕組みしながら弾も同意した。
「以上だ、解散っ!」
これから三日で曲を決めなければならないプレッシャーがアキ達に重く圧し掛かってきていた。

翌日、皆はバラバラに行動しプロモーションビデオに使う曲を考えていた。
そんな中、涼香は一人でライブハウス【魔神牙(マジンガ)】へと向かう。
先日、奇跡的に当選したダンテのコンサートへと行く為である。
同じダンテファンである、穂波・優奈・汐音から羨望の眼差しでみられた日からそう経ってはいない。
遊びに行く訳ではなく、ダンテの楽曲を直接聞く事で何かが閃きそうな予感がしていたのである。
涼香の持つ絶対音感がそう感じさせていたのかも知れない。
(ここかな・・・)
スマホでMAPを確認しながら辿り着いたビルの地下へと続く階段をゆっくりと降りて行く。
防音用の分厚いドアを開け、受付の係員にチケットを渡す。
(席は・・・、えーっと・・・。ド真ん中かぁ・・・)
満席のライブハウスは女の子だらけである。
照明は落としてあり、足元がようやく見える程度、そしてダンテのメンバーが壇上に姿を現した。
途端に客席はペンライトの波と絶叫の嵐に包まれる。
「やば~い!」
「竜馬っ!」「隼人っ!」「武蔵っ!」
黄色い歓声がこだまする。
「今日は俺らのライブに来てくれて397~(サンキューな)!! テンアゲMAXでいこうぜっ!」
「おけ!」
「いぇあ!」
壇上では次々とダンテの曲が炸裂する。
♬~♬
「竜馬ってイケボだよね~」
「3150(サイコウ)」
「もう、レベチ!」
観客席の女の子達は陶酔してしまっている。
「それじゃあ、行くぜっ! シャイン・スパークッ!」
ダンテ最大のヒット曲、シャイン・スパークが演奏され始めた時に異変が起こった。
何げなく竜馬の歌に涼香がハミングしてしまったのだ。
透き通った張りのある声が流れ、客席の喧騒が静かに収まって行く。
そして、武蔵のドラムが・・・。
隼人のリードギターが音を落とし、竜馬の歌声も止まった。
周囲がしんと静まり返り、ふと我に返った涼香が気付く。
(あ・・・、また・・・。やっちゃった・・・)
涼香は赤面して只々、俯く。

涼香は曲に酔うと自分でも知らず知らずのうちにハミングしてしまう癖があったのだ。
しかも持って生まれた能力で初めて聞いた曲でも、歌い込んだ十八番のように完璧に歌えてしまう。
だがこの癖が出る為には演奏されている楽曲が涼香の絶対音感を刺激するレベルの腕がないと発動しない。
その為ここしばらくはこの癖も出ずに安心していたのだが、ダンテがそれを目覚めさせたのだろう。
おずおずと顔を上げる涼香。
舞台の上に立つ竜馬と視線が重なった。
竜馬が両脇を振り返り、隼人と武蔵を見る。
隼人も武蔵も黙って頷く、そして・・・
竜馬は笑みを浮かべて、涼香を手招きした。
(へっ・・・?)
涼香は慌てて周囲を見回す、皆の視線が自分に集まっていた。
(わ・た・し・・・?)
涼香は右手の人差し指を自分へと向ける。
竜馬が大きく頷いて肯定した。
シーンと静まり返った会場、涼香は立ち上がり客席の視線を一身に受け舞台へと向かった。
(やばい、やばい・・・。絶対に怒られるよぉ・・・。アキちゃんに・・・)
涼香は恥ずかし気に舞台へと上がる。
隼人と武蔵も竜馬がこれから何をしようとしているのか見当もつかないのだが、成り行きを面白そうに見守っていた。
(相変わらずの気まぐれか・・・? だが、あの子・・・)
隼人が武蔵を見る。
(確か、【ムーラン・ルージュ】の・・・。まぁ、どうなるか見てみようや)
武蔵の視線はそう言っているようだ。

「あの子、アタおかじゃねーの!?」
「もう、ガンなえ~!」
客席からは当然のようにブーイングとバッシングの嵐が巻き起こり、突き刺さるような視線が涼香に集中した。
「テルマエ学園の涼香ちゃんだよね。今日は俺達のライブに来てくれてありがとっ! でも、相変わらず歌上手いなぁ」
竜馬は自分の隣に立たせた涼香に微笑みかけながら話している。
「【ムーラン・ルージュ】は上手くいってるかい?」
客席からの視線の圧力と想像もしていなかった出来事に涼香の頭の中はパニックになっていた。
「あの・・・。【ムーラン・ルージュ】がアイドル甲子園にでるので・・・。その、エントリーしてプロモーションビデオが・・・。曲が決まらなくて・・・」
竜馬の隣にいることもあり、自分でも何を言っているのか解からなくなる涼香・・・
黙って頷く竜馬、そしてマイクを持ち直し客席に向かって叫ぶ。
「おーい、皆~! この子達、テルマエ学園の【ムーラン・ルージュ】がアイドル甲子園に出場するんだ。ダンテの妹分だから応援してやってくれよ~!」
ザワザワ ザワザワ
会場がざわめきだした。
「そう言えば、あの子っ! 見た事あるっ!」
「確か、テルマエ学園の学園祭中継で・・・」
「ダンテの曲を・・・」
「ラインダンスの・・・」
(仕方ない、竜馬に付き合ってやるか)
隼人がギターの弦を弾く。
(五郎の彼女も絡んでそうだし、やってやろうぜ)
武蔵もドラムを叩き出す。
音楽に合わせて、客席が一斉に沸いた。
客席からは、あふれんばかりの大拍手、そして観客達が口々に叫ぶ。
「りょ!」(了解の意)
「生類わかりみの令っ!」(わかった・OKの意)

こうして【ムーラン・ルージュ】は思わぬ出来事で【ダンテ】のファンから支持を得る事となったのである。。

「おい、竜馬っ! ここまでやったらちゃんと曲まで書いてやるんだろーなっ!」
隼人が竜馬をせっつく。
「派手なパフォーマンスしちまったんだ、当然だよなっ!」
武蔵は楽しそうに笑っている。
その舞台の上で涼香は茫然と立ち尽くしていた。
「涼香ちゃん、【ムーラン・ルージュ】の曲、俺に作らせてくれるかな?」
「はっ・・・。はいっ!」
「じゃ、ちょっと時間かかるけど。アキちゃん達にも宜しくなっ!」
「よっ・・・、宜しくお願い致しますっ!」
我に返った涼香は何度も何度も大きく首を縦に振っていた。
「よーし、じゃあ後は客席で楽しんでいってよ! それとも、一緒に歌うかいっ?」
竜馬は悪戯っ子のような眼差しを注ぐ。
「いっっっ!いえっ、とんでもありません~!」
慌てて舞台からの飛び降りるようにして涼香は客席も戻る。
席に戻る途中で観客達が涼香に声を掛けてきた。
「頑張りなよっ!」
「ダンテの妹分なら、あたし達の仲間だよっ!」
「【ムーラン・ルージュ】、しっかり覚えたからねっ!」
「あ・・・、ありがとうございます。」
掛けられた言葉に一つずつ頭を下げお礼の言葉を返し続ける涼香。
「じゃあ、次の曲! 行くぜっ!」
【ダンテ】のライブコンサートがファンの熱狂の中、再開したのだが・・・
実はこのライブハウスにはもう一人、珍客が居たのである。

(ふえぇ・・。これはえらい事になったよお。まさに特ダネ級! 【ダンテ】が【ムーラン・ルージュ】の作曲! しかも、妹分って! すぐに三橋さんに知らせないとっ!)
熱狂する会場からスマホを片手に飛び出したのは何と【ダンテ】の隠れファンである、すずだった。

RrrrrRrrrrRrrrr
「はい、三橋。んっ? 何だ、堀井か。どうした?」
「大変ですっ、あの【ダンテ】が【ムーラン・ルージュ】を妹分って・・・。それで作曲して、バックアップして・・・っ!」
すずは興奮のあまり、話している内容は要領を得ない。
「落ち着け、堀井っ! つまり・・・、何でか知らんが【ダンテ】がまたあの子達の作曲するのか? 妹分だからバックアップするって事だなっ!?」
三橋の脳裏には、あのテルマエ学園の学園祭の出来事が克明に浮かび上がっていた。
「はいっ! そうですっ!」
すずはスマホで通話しながらブンブンと首を縦に振っている。
「でかしたっ! 堀井っ!」
三橋が叫ぶ。
「ふふふっ、運命の女神は俺に微笑んだっ! アイドル甲子園の優勝は、もう【ムーラン・ルージュ】に決まったようなもんだっ! ひやっひやっひゃっひやっひゃっ!!」
あまりの嬉しさにDoDoTV局内ということも忘れ、邪な響きのする笑い声を周囲に巻き散らし妖しげに踊り続ける三橋だった。
この様子をずっと見ていた岩田、憐憫の情を顔に浮かべてぽつりと呟く。
「三橋さん、ついに来ちゃいましたか・・・。色々ありましたからねぇ。そう言えば、目の下の隈も消えないし・・・、疲労も溜まってたみたいですし・・・」
しばらくして、ふっと考え込む表情になる三橋。
(しかし・・・、どうして堀井が・・・。そんな情報を一体どこから・・・?)
急に黙り込んだ三橋を見ていた岩田が再び呟く。
「はぁ・・・。俺、三橋さん見捨てませんから・・・。三橋さんの分まで頑張ります!」
岩田はとんでもない誤解をしているのだが、それに気づく事は無かった。
同じ頃、テルマエ学園。
「優奈・・・、すまないけど・・・」
「いいよ、行ってきな。こっちは、うちがなんとかしとく・・・」
【ムーラン・ルージュ】のエントリー前にどうしても片付けておきたい事があると穂波は優奈に打ち明ける。
「今年で、3年目か・・・。そろそろケジメをつけないと・・・」
「分かってる・・・。あちもこれが最後のつもり・・・」
「笑って帰って来るんだよ。穂波っ!」
「ありがと・・・、優奈。悪いね、世話になりっぱなしで」
「うちだけじゃない、あの子達も待ってるんだからねっ!」

優奈の声を背に聞きながら、黒いワンピースを身に纏った穂波は東京駅へと向う。
21番線・博多行き のぞみに乗車した穂波が車窓から見た空は鈍く曇っていた。

翌日 ライブハウスでの興奮も冷めやらぬまま、テルマエ学園へと戻った涼香は弾と葵そして、アキ達にこの事を報告していた。
「つまり、【ダンテ】が一肌脱いでくれるというのだな?」
「【ムーラン・ルージュ】の為に? そら助かりますなぁ」
葵も弾もホッと胸を撫でおろしたようだ。
「涼香ちゃん!」
「涼香!」
汐音と優奈が走り寄ってくる。
「うちの竜馬を・・・!」
優奈の視線は鋭い。
「隼人と武蔵も居たんだよね?」
汐音は竜馬より隼人派なのだろうか。
「ボクは興味ないけど、まっ、良かったじゃん」
萌はさりげなく言うが安心した表情が見て取れる。
「大巴さんもそう言ってくれてるなら、やっぱりリーダーはあたしかな。五郎にも言っとかないと・・・」
圭はスマホを片手に教室から走り出て行く。
だが、アキは珍しく話の輪に入ろうとしない。
どうやら何かに拗ねているようだ。
気になった七瀬がアキに歩み寄る。
「どうしたの、アキ?」
「だって、竜馬さん・・・。涼香ちゃんばっかり・・・」
頬をぷうっと膨らませている。
どうやら、涼香に嫉妬しているようだ。
学園祭の時も涼香に演奏を教え、【ムーラン・ルージュ】の結成パーティでもさっさとサインを貰いに行ってたし、奇跡ともいえるライブコンサートのチケットも涼香だけが手に入れたのだ、邪推と分かっていても面白くないのだろう。
「なんや、アキちゃん。風流竜馬の事、好きなんか?」
八郎が横から割り込んでくる。
頬を赤らめるアキ、心臓の音が外に聞こえそうなほどドキドキしていた。
「図星かぁ。あかん、やめときやめとき。あっちは人気抜群のイケメンやで、高嶺の花や。諦めて、わいにしときいや。」
さりげなくアキの手を握ろうとする八郎。
「アキちゃん・・・、僕ならいつでも・・・」
なぜか二郎までもが手を差し伸ばしている。
バチンッ! 八郎と二郎の手を叩く七瀬。
「アキが誰を好きでもいいでしょっ! あたしはアキと竜馬さんの事、全面的に応援するんだからっ!」
アキの手を取る七瀬。
「七瀬、ありがとう」
照れ笑いするアキ。
(七瀬が味方になってくれる・・・)
(アキ、マジで竜馬さん好きだったんだ。・・・渡がアキを好きでも竜馬さんが相手なら、まだあたしにもチャンスはある!)
持ち前の強気を前面に出し、渡を振り向かせようと心に誓う七瀬だった。
アキの様子を遠目から見ていた渡も・・・
(アキ・・・。竜馬さんが相手でも、俺は負けないっ!)
アキを中心とした四角・・・、いや六角関係になった恋のバトルも今まさに火蓋を切って落とされたのである。

「あの・・・、アキちゃん・・・」
アキが怒っていると感じている涼香がおずおずと近づいてくる。
かなり話しかけにくそうだ。
「涼香ちゃん・・・」
アキはむくれたまま涼香を見る。
「あの・・・ね、竜馬さんがね・・・。アキちゃんに宜しくって・・・言ってたよ・・・」
上目遣いにアキを見つめる涼香。
「えっ! ほっ、本当にっ!」
「うん」
「うわっ、えっ・・・。うわぁぁぁっ!」
急に満面の笑みを浮かべて喜びを表すアキ。
「アキちゃん、可愛いっ!」
涼香が思わずアキに抱き着く。
表情がコロコロと変わるのが何とも可愛らしい。
「ごめんね・・・、涼香ちゃん・・・」
「ううん」
アキも涼香を抱きしめた。
(きゃー♡ アキちゃんに抱き締められてるぅ)
涼香の喜ぶ心の声は、アキには届いていないだろう。

「んっ、そう言えば塩原はどうした?」
穂波の姿が無い事に葵が気付く。
「ホントだ・・・、優奈さん知らない?」
アキが優奈を見る。
「う・・・、そのっ・・・」
「何かありそうですなぁ」
弾も横目で優奈を見る。
「まっ、まぁ、ちょっとした用事があって・・・」
「この三日で自由に行動して良いとは言ったが、所在不明になって良いとは言ってない」
葵が優奈に詰め寄る。
「・・・、無事に帰ってきますから」
「そういう事を聞いているのでは無いが?」
「・・・」
「弾っ! 捜索願をっ!」
「待ってくださいっ! それは・・・」
「何か事情がありそうですなぁ」
弾が二人の間に割って入る。
「先生方に・・・、お話が・・・」
「ここでは話せない・・・のですな? 葵・・・」
「仕方無い・・・。後は自由行動、だが勝手な外出は禁止する」
(穂波・・・、ゴメン・・・)
優奈と葵、弾が別室へと移動した。

「何があったんだろう・・・」
「優奈さん・・・、取り乱してたね。珍しい・・・」
誰もが口々にするのはそれだけ心配しているのだろう。
「大丈夫、きっと・・・」
圭の言葉に皆が振り向いた。
「なんとなくだけど・・・、分かったよ。優奈さん、穂波さんを信じてるって・・・。だから・・・」
「わいらも信じて待とうや」
「八郎・・・、あんた・・・」
七瀬が驚きを隠せないでいる。
「初めて、まともな事を言った・・・」
萌も目をパチクリさせている。
「わいかて・・・」
「そう言えば、ケリアンとカトリーナも居ないね?」
ハンが八郎の言葉を遮った。
「ちょっと、わいの話は・・・。もう、ええわい!」
「師匠・・・、辛いでしょう・・・」
二郎の慰めが八郎の支えに成れると良いのだが・・・

そのケリアンとカトリーナだが、学園の中庭で深刻な面持ちをして話している。
「カトリーナ、ヤッパリ君ガ・・・」
「ソウ、ワタシガ・・・。ブラフマー・・・」
「天才ハッカー、ブラフマーの話はフランスデモ聞いてイタケド・・・」
「ワタシ、家族を養うとパパに約束シタ・・・」

カトリーナはインドの貧村の生まれである。
数年前に家が火事になり一番奥の部屋にいたカトリーナが逃げ遅れたのだ。
消火機器のない村での火事でありカトリーナ本人も煙に巻かれ意識を失いかけたのだが、娘の命を救うという一念で頭から水をかぶり救出に来た父によって一命を取り留めた過去が初めて語られた。
カトリーナは父の必死の救出により背中一面の大火傷を負いながらも助かったのだが、父はその日に生涯を閉じたのだと言う。

「ダカラ・・・」
「イスラムとヒンズーは、オナジ様に勘違イシテイルカラ・・・」
「イツモ一人デ入浴シテタンダ・・・」
「コンナ傷跡・・・、誰ダッテ見タクナイハズ・・・」
「ボクは気にシナイヨ・・・」
「・・・コレデモ?」
カトリーナはサリーを捲り、背中をケリアンに見せる。
肩から腰に掛けて、広い火傷の痕があった。
「カトリーナ、ソレも全てを含めての君が・・・」
「ケリアン・・・」
「ボクも秘密ガ・・・」
「マシュラングループのエージェント・・・」
「気付イテタンダネ」
「萬度カラ、アナタの事ヲ調ベロト・・・。デモ、マダ報告シテイナイ」
「テルマエ学園、ミネルヴァ学園長ノ事ハ?」
「学園のCPU、ロックが強スギテマダ・・・」
「萬度カラハ?」
「コノ仕事を受ケタラ、アキ達ニ迷惑ガ・・・」
カトリーナは萬度からの依頼内容が、迫っているアイドル甲子園にきっと大きく関わるであろう事をケリアンに話す。
「トニカク、萬度ニハ関ワラナイヨウニシテ」
「ワタシ、馬鹿ダッタ・・・。オ金の為ならナンデモシタ・・・」
「インドノ家族ハ?」
「モウ、暮ラシテイクノハ十分ダト思ウ・・・」
「カトリーナ、今日カラハ、ハッカーじゃ無くて、アキ達ノ為ニ・・・」
「萬度ハ?」
「フランスカラ話ヲ付ケテ貰ウ」
「・・・」
泣き崩れたカトリーナの肩をそっと抱くケリアンだった。

別室へと移動した、優奈と葵、そして弾であるが・・・
「そうどしたか・・・。そんな事が・・・」
「やたら強がるとは思っていたが・・・」
優奈の話を聞き、弾も葵も考え込んでいた。
「お願いします。この事は・・・」
優奈が二人に頭を下げる。
「言う訳、おまへんやろ。なぁ、葵」
「可愛い生徒の事や、心配はせんでいい! 後は・・・」
「塩原はんが、笑って帰って来てくれさえすれば・・・」
ここで話された過去の出来事は、近々語られる事となる・・・

その前日、穂波がテルマエ学園を出た頃、如月が車に乗り込もうとしていた。
「しばらく留守にするが、後は頼むぞ・・・」
「行ってらっしゃいませ。会長」
新宿区にある二月会本部、日本庭園の美しい和建築の豪邸である。
先代の会長より二月会を引き継いだ如月はここを拠点に活動している。
暴対法等により社会的締め付けが厳しくなっている中、二月会が特に取締を受けずにいられるのには理由がある。
勿論、ミネルヴァの政治的背景があることも事実だが、中国マフィアの日本進攻を食い止めている戦力であることは一般的には知られていない。
だが警察庁・警視庁もこと二月会に対しては、直接的な犯罪行為を行っていないことや構成員と市民とのトラブルが起きていないことに加え、対中国マフィア対策の必要悪として黙認している面もあるのだ。
これも如月の統率力があってこそ、成り立っていると言えるだろう。
その如月が二月会の二代目となったのは、ある経緯があるのだがその話は改めて語る事になる。

今、如月は岡山へと向かおうとしていた。
若頭の永井洸児と運転手、そして如月だけの車内。
「剣崎の兄貴・・・、もう3年ですね・・・」
「ああ・・・」
如月は後部座席から外の景色を見つめる。
「あの日も、こんな曇り空だったな・・・。哲也・・・」

アイドル甲子園が目前に迫る中、誰もが自分の生きている目的を探している。
ある者は過去と向き合い、ある者は持てる才能を開花させ新しい時代への一歩を今踏み出そうとしていた。

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