第十二話 「ムーランルージュ 誕生っ!!」|東京テルマエ学園・漫画・小説サイト

温泉復興のために、ひと肌脱ぎます!

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第十二話 「ムーランルージュ 誕生っ!!」

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ある日の午後、米国マッカラン国際空港からの便が成田空港へと到着していた。
機内には一人の男性の姿がある。
ジェームス・アデルソン、ラスベガスでカジノとホテルを複数経営する大富豪である。
「僅カ、数ケ月で再び来る事にナルトハ・・・」
米国大統領とも直接会話できるほどの彼がお忍びで来日したのはこれで二回目であった。

テルマエ学園では、ミネルヴァとゆかりが密かに話を交わしている。
「ご苦労だったな、ゆかり君・・・。そのまま引き続いて調査に当たって貰おうか」
「承知しました。では・・・」
ゆかりが一礼し、学園長室を後にする。
(温水アキ・・・、か・・・)
ミネルヴァがアキの名を呟いていた。

前回の十津川温泉で全ての温泉実習を終えたアキ達は教室でレポートの作成に追われている。
「今日が最後の授業かぁ」
七瀬がため息をつき、アキが応える。
「あっという間の一年だったね」
「あち、もうレポート無理ぃ・・・」
珍しく穂波が弱気な言葉を漏らす。
「ボクもそろそろ、スケボーの練習しないと・・・」
萌も同じ事を感じてたようだ。
「うちもバイトが・・・」
優奈がため息交じりに言う。
「あたしもずっと五郎待たせてるし・・・」
圭も流石に、レポートに埋もれて五郎を待たせ続けている事に気を使っているようだ。
「デート待たせてはっかだったら、浮気したりしてぇ・・・」
汐音が悪戯っぽく笑いながら圭を茶化す。
「えっ!? ううん、大丈夫・・・。五郎に限ってそんな事ないし・・・」
「えっ! ちょっと不安とかぁ・・・?」
「いや、そんなんじゃ無いけど・・・。そう言う涼香は?」
「えへっ! 【ダンテ】のコンサートチケット取れたんだっ!」
「エ~っ!」
皆が声を揃えて驚く。
「涼香ちゃん、【ダンテ】ファンだったっけ?」
「それ、初耳だしっ!?」
アキと七瀬が矢継ぎ早に問いかける。
「ファンになったんだよね~。涼香ちゃん!」
「うんっ!」
汐音のウィンクに恥ずかしそうに涼香が応える。
竜馬に曲の演奏を指導して貰っているうちにファンになったようだ。
「ハンも、【ダンテ】のファンだヨ」
ハンは誇らしげに、ファンクラブの会員証を見せて回る。
「マジか・・・」
「出し抜かれた・・・?」
優奈と穂波もへなへなと座り込む。
それだけ【ダンテ】は魅力的なバンドだと言うことだろう。

「おい、二郎。レポート出来たら見せてぇなぁ」
「無理ですよぉ、師匠・・・」
二人とも白紙のまま、完全にお手上げのようだ。
「ところで、経営学って誰が講師だっけ?」
「知らんわ、誰か外から来るんやろ」
渡に八郎が応える。
「まさかミネルヴァ学園長って事は無いですよね・・・?」
ミネルヴァの名を聞いて全員の手が止まった。
「それだけは勘弁して欲しいわ・・・」
八郎の独り言に皆が黙って頷く・・・

ガラガラッ
ドアの開く音が聞こえ、皆が振り返った先には葵の姿があった。
「皆、着席っ!」
ガタガタと音を立てて、机を戻す。
それを見止めて、葵は一人の男性を教室に招き入れた。
「今日の経営学の講師、MR.ジェームス・アデルソンです」
「えっ!」
「おいっ、まさか?」
「アデルソンって・・・」
皆の視線がミッシェルに集まった。
「ハァーイ、パパ!」
ジェームズが白い歯を覗かせて微笑み、ミッシェルに軽く手を振る。
「MR.ジェームス・アデルソン、ミッシェルのお父様です」
「皆サン、ミッシェルガ・・・。娘がお世話になってマス」
アデルソンは深々と頭を下げた。
「MR.ミネルヴァからのお願いデ、【経営学】の講師をお引き受けシマシタ。宜シクお願いシマス」
ミッシェルの父親、世界屈指のホテル王そして、米国最大のカジノ王である。
緊張の中、全員が立ち上がり勢いよく頭を下げた。
「宜しくお願いします!」
「皆サン、私も講師は初めてデス。デモ、ホテル経営モ、温泉経営ニ繋ガルト思イマス。緊張シナイデクダサイ」
ジェームズの一言で教室内は和んだ空気に包まれ、授業が始まった。
葵が全員にプリントを配る。

「今後ノ旅館経営は、強い者が生き残るノデハナク、環境ニ合わせて変化した者が生き残るデショウ。時代トカ環境トイウ目に見えない物を感じる必要がアリマス。」
ジェームズの授業は、流石に最前線のホテル王の言葉と誰もが真剣に聞いている。
「例エバ、OTAデス」
OTAとはオンライン・トラベル・エージェントの略語である。
20年ほど前であれば旅行代理店へ行きパンフレットを見ながら説明を受け、旅行を申し込むのが当たり前だったが、今はPCやスマホで必要な情報を集めて個人で予約することが普通になっている。
旅行客にとって安価でタイムリーな情報を発信している旅館は使い勝手の良い旅館となり宿泊客も増えて行き、AIやオンライン決済を多様化することでビジネスインフラが充実し低予算での設備投資も可能になる旨の説明が続いた。
他にも、宿泊したお客さんが投稿する忌憚のない意見や評価は真摯に受け止めて良い点は更に伸ばし、悪い点は早急に改善すること。
料理メニューも通り一遍の懐石ではなく、その土地の名物・名産をもっと積極的に取り入れるとともに照明にも暖色を取り入れたり、廊下に行燈をおいてみるなど、他との差別化を図らなければならないことが次々と話が続く。
「他ニモ資金的な問題に備エテ、銀行や税理士とも協力関係を持ツ事も大切デス」
七瀬が真剣に聞き入ってる姿を見て、アキは渋温泉の事を思い出していた。

90分の授業が終わった。
難しい内容ではあったが、経営者としてのスタンスはしっかりと伝わったようにも見える。
「起立っ! 礼っ!」
「ありがとうございました!」
葵の声とともに皆が一斉に礼を言う。
ジェームズは微笑みを絶やさない。
その直後、葵がミッシェルを手招きする。。
葵とジェームズの間に立つミッシェル。
一瞬静まり返った教室に、葵の声だけが聞こえた。
「突然ですが、ミッシェルがMR.アデルソンと一緒に帰国する事になりました」
「え~っ!!」
アキ達は動揺を隠せないでいる。
一歩前に歩み出たミッシェル・・・
「パパの仕事、手伝う事になったネ。皆とFRIENDに成れて良かったヨ。THANK YOU VERY MUCH!」

パチパチパチ
何処からともなく拍手が巻き起こった。
「ミッシェルぅ、わいはいつでも待ってるでぇ」
珍しく、八郎の目に涙が浮かんでいる。
「ミッシェル・・・、お元気で・・・」
二郎も寂しげだ。
「元気で、頑張れよ!」
渡も涙声になっている。
「BYE、ミッシェル」
「SEE YOU AGAIN」
ハンとケリアンも寂しそうだ。
「また、会えるよね」とアキ。
「メール送るよ」と圭。
「いつまでも友達だからね」と七瀬。
「いつか、アメリカ行くからね」と萌。
「オンラインでいつでも話せるよね」と涼香。
「仕事、頑張れよっ!」と穂波。
「体に気を付けて」と汐音。
「今度、来日したら、すぐ教えてね」っと優奈。
それぞれの胸に万感の思いが込み上がる。
教室の隅で黙っていたカトリーナの唇が「バーイ、ミッシェル・・・」と動いたのはミッシェルの瞳だけが見届けていた。

見送りは寂しさが増すだけと辞退したミッシェルはその日の夕方にジェームズと一緒に帰国の途についた。
アキ達の心の中に一緒に過ごし、楽しかった思い出をしっきりと刻み込んで・・・

授業の後、葵が教室から離れると、反対から歩いて来たゆかりとすれ違う。
「ご苦労さま」
「そちらこそ・・・」
互いに立ち止まることもなく素っ気ない一言を交わしてすれ違うゆかりと葵。

学園を出たゆかりの髪が風にたなびく
「今度は、九州・・・。霧島温泉か・・・」
ゆかりは足早に羽田空港へと向かった。

鹿児島空港まで、空路で2時間40分そこから一時間弱、タクシーに乗ると霧島温泉である。【ホテル大洗】に到着したゆかりは圭の母親である女将からの手厚いもてなしを受けていた。

霧島温泉は弱酸性の硫黄泉であり、天然の泥湯である。
温泉成分を含んだ泥を体や顔に薄く塗って乾燥させ、洗い流すと肌がツヤツヤになることで知られており、泥パックも有名である。

郷土料理として供されたものは、①産卵に向けて脂の乗り切ったきびなごの塩焼き、②ガネ天【サツマイモの千切りを揚げたもので、上がった姿がガネ(この地方ではカニの意味)とよく似ているところからこう呼ばれている】。③薩摩地鶏の刺身(コクがあり、甘く蕩けるような食感が楽しめる。生姜醤油やニンニク醤油を付けると更に食感が増す)であった。

「お心遣い感謝致します」
「いえいえ。圭はどんな感じですか? 皆さんにご迷惑をお掛けしてなければ良いのですが」
ホテルの女将であっても、やはり娘の事となると別であるのはどこも同じようである。
「元気に皆と仲良くやってますよ」
差し障りの無い話をしながら、ゆかりは圭の幼少時へと話題を誘導する。
「大洗の本家が鹿児島市にありまして」
「近くに菩提寺とかお有りで?」
「いえ、ただ・・・」
「ただ?」
「長谷場御墓という所がありまして、圭が小さい頃に偶然、通りかかった時に降りるといって聞かなかったんですよ」
「何かあったんでしょうか?」
「さぁ、ただ・・・。その後から急に和弓に興味を持ち出しまして・・・」
「確か、国体へも出場されてましたよね」
「えぇ。一体、何だったんでしょうね」
(戦国の世で鬼島津と呼ばれた島津義弘か・・・。武門の血が和弓に繋がったかも・・・)
「そうそう、ちょっとお待ちを・・・」
席を外した女将が一枚の写真を持って戻ってくる。
「圭が初めて県大会に出た時の写真です」
小学生くらいの圭が映っている。
(・・・!?)
ゆかりの目が一点に止まった。
「この胸当ては?」
「確か弓のお師匠さんが圭にって、くださったものでしたけど・・・。何か?」
「いえ・・・、別に・・・」
(この胸当て、光を反射して【丸に十の字】が浮かんでいる・・・、島津家の家紋・・・)
圭に関わる武将が島津義弘であるとの確証を得たゆかりのスマホが鳴る。
(また、松永葵?)
そう思いながらも画面に表示されていた着信者名は・・・

「ミネルヴァ学園長っ!?」
ゆかりは慌てて、電話に出る。
「ゆかりです」
「調査の方は?」
「概ね完了です。明日、そちらに戻る予定ですが・・・」
「直ぐに帰京したまえ、そうだな、七時には着けるだろう」
「ま・・・、まぁ、なんとか・・・」
「では、待っている」
ゆかりが葵からの電話を切る時以上に一方的に通話が切られた。
「ふうっ、まったく人使いが荒いんだから・・・。せっかくの霧島温泉で泥パックでもしてのんびりしたかったなぁ・・・。ここしばらくハードスケジュールでお肌のガサガサだし・・・」
普段はクールなゆかりだが、連日の事でかなりお疲れのようだ。

これほどは無いと思われる強行軍であったが、なんとか時間までに学園へと戻ったゆかりが学園長室のドアをノックする。
「入りたまえ」
ミネルヴァの声が聞こえ、ゆかりはドアを開けた。
「失礼します」
入室したゆかりの目に映ったのは、応接ソファに座っている三橋の姿だった。
目が合った三橋は軽く会釈をし、ゆかりは3人分のコーヒーを淹れる。
(三橋・・・、何の用なの・・・。学園長まで・・・)
過去の経緯を考えると、この二人が揃って話す事などはあり得ない。
蔵王での事にしても、DODOTVの事はあまり支障があったとは考えられないだろう。
腑に落ちないことだらけで落ち着かないゆかりだった。
「三橋君、もう一度説明して貰おうか」
ミネルヴァが促す。
「はい。来年度に我がDODOTVでは、【アイドル甲子園】を開催しようと企画しています」
(アイドル甲子園・・・? うちのアイドル部を?)
ゆかりはミネルヴァを見る。
ミネルヴァは面白い見世物を見ているかのように笑みを絶やさない。
「そこで、テルマエ学園のアイドル部にも出場して頂きたいのです。勿論、東京地区予選。全都道府県の代表チームのリーグ戦を勝ち残って行くのは実力のみです。八百長は一切ありません」
「もし、アイドル部が途中脱落したら?」
ゆかりの厳しい視線が三橋を射竦める。
(橘ゆかり・・・、なんてプレッシャーだ。だが、俺もここは引けねぇっ!)
アイドル部のコンサートを見た三橋は、アイドル部がこれまでにないユニットとして大成長するであろう事を確信していた。
プロデューサーとしての勘である。
(だからうちの社長と西京新聞を説得して、ここまで乗り込んだんだ・・・)
「実力が伴わなければ敗退するのは当然・・・。だがあの娘達なら、やれるっ!」
「どう思うかな? ゆかり君?」
(私も試されている・・・?)
一瞬の沈黙が訪れた。
「面白いですね・・・」
ゆかりの表情に微笑みが戻った。
(ふうん、こんな企画を持ち出してくるなんて・・・。食えない男ね・・・。でも、学園長に売り込んで来たところは・・・)
ゆかりの唇が一瞬歪んだかに見えたが、一瞬の事で三橋も気が付いていない。
「成功すれば良し。失敗すれば、DODOTVの責任・・・。三橋君も引責辞任を覚悟しているようだ・・・」
ミネルヴァがにやりと笑って三橋の対応を伺っている。
「無論、承知の上です・・・」
三橋は唇を噛みしめて応える。
強く噛み過ぎたのか唇から一筋の血が流れ出た。
(ミネルヴァのおっさん、ケンカ腰かよ。だが、俺も男だ。引き下がれねぇっ!)
プロデューサーとしての手腕が試される何よりのチャンスが到来していた。
「話は決まったな。楽しみにしている・・・」

かつての時のように埃を払うような仕草はない、あのミネルヴァと対等に渡り合ったという自信が三橋の中に更なる闘志の炎を燃え上がらせていた。
(さぁ、これから忙しくなるぞっ!)
パンッ!
と音を立てて、両掌で顔を叩いた三橋はDODOTVへと急ぐ。

「学園長・・・、あれでよろしかったのですか? 三橋はプロデューサーとしては及第点ですが・・・」
ゆかりがミネルヴァに問いかける。
「一応、敏腕プロデューサーと呼ばれているようだ。どこまでやってくれるか見てみたいと思ってな・・・」
「転んでもタダでは起きない男ですし・・・」
「DODOTVと西京新聞をごり押ししてきた所は評価しても良かろう。何よりも、どこまで成長するかを見てみたい」
「三橋ですか? それとも・・・」
ゆかりの質問はミネルヴァの不適な笑みで返された。
「君も多忙だが、アイドル部の事も仕切って貰おう。弾と葵は好きに使って構わん・・・。後、三橋もな・・・」
「お任せください」
これまでに見た事が無いほど楽しそうに笑っているミネルヴァに一礼し、ゆかりは学園長室を後にする。
(DODOTVにアイドル部・・・。儂の駒としてしっかりと働いて貰おうか・・・。名を売り・稼げっ! 儂は玉座から見物しておいてやる・・・)
ミネルヴァのどす黒い欲望は留まる事を知らない・・・。

同じ頃、帝都グランドホテルの喫茶室、二人の男が向かい合って話していた。
「早瀬先輩から連絡が来るという事は・・・、ロクな事じゃない・・・でしょうね?」
「もう、お前を頼るしかない・・・」
「会長、副会長と呼んでいた頃が懐かしい・・・。そんな昔の話じゃなさそうですね」
「そうだ・・・。お前に頼みがあって呼んだ」

本陣隼人、ロックバンド【ダンテ】のリードギターを務めているのは本当の顔ではない。

「萬度・・・ですか?」
「っ!?どっ、どうしてそれをっ!?」
「早瀬コンツェルンが渋温泉開発に手を貸した・・・。そして・・・」
「俺には、もうどうすることも出来ない・・・」
「犯罪組織と知らずに手を組んだといっても、相手はそうは思っていなかった訳ですか・・・」
隼人の前にいる男の顔が見る見る青ざめていく。
「お前の力で何とか・・・」
バンッ!
隼人の手がテーブルに叩きつけられる。
「国家権力を一個人の為に使えると思っているんですかっ!」
その隼人の表情にはかつて彼らが浅間山学園の生徒会長と副会長として信頼しあっていた面影は微塵も感じられなかった。
「ですが・・・、早瀬先輩・・・?」
「・・・!?」
「国家の関わる問題であることも事実・・・。上の判断に従うしかないのですが・・・」
駆の表情に一瞬だが、安堵の色が浮かんだ。
こう呼ばれるのは、浅間山学園の生徒会以来の事である。
(こいつなら・・・、こいつらなら・・・)
「今はとにかく身を隠してください。まだ俺たちでは保護に動けません」
「す・・・、すまない。風流と大巴は?」

当時、浅間山学園は3年生徒会長の早瀬駆、1年の副会長の本陣隼人の他に1年生でありながらサッカー部主将の風流竜馬と同じく1年生でありながらも柔道部主将となった大巴武蔵がいたのである。

「あいつらはあいつらなりに、上手くやっていますよ」
「じゃあ・・・」
「早瀬のグループの中で最もセキュリティの高いホテルを選んで身を隠してください。ホテル周辺の警備強化くらいはなんとかしておきます」
「分かった・・・、それと・・・?」
「何か、他に?」
「渋温泉のある人を・・・」
「まだ萬度もそこまでは動けないと思いますが、一応、現地の警察には手を回します」
「すまない・・・」
安堵感からか全身の力が抜けるような感覚が駆の全身を覆った。
「お父上にもちゃんと報告された方が・・・。かなり心配されているようですが・・・」
「お・・・、親父が?」
「いずれ先輩にも動いて頂くことがあるかも知れません・・・」
「わっ、解かったっ!」
一瞬の安堵感を吹き払うような一言に駆は直立し頭を下げる。

(本陣隼人・・・、警視庁組織犯罪対策第四課主査・・・。あいつなら・・・)
立ち去る隼人の姿に駆はいつまでも頭を垂れた姿勢を崩すことが出来な出来なかった。

翌日、テルマエ学園では弾と葵が会議室に呼び出されていた。
呼び出したのは無論、ゆかりである。

「もうっ!あの女はいつもいつも好き勝手しおってっ! 訳も言わずに呼び出しなんてっ!」
葵は怒りを露わにしている。
「葵。まぁ、落ち着き」
弾はまだ冷静であった。
コンコン コンコン
「失礼します」
会議室のドアをノックして部屋に入る二人。
「あれっ!?  三橋はん?」
「どないしはりましたん?」
会議室で二人を待っているのはゆかり一人と思っていたのだが、予想外に三橋がいたことに戸惑っている。
(相性の悪い二人が揃ってるなんて・・・)
(嫌な予感しかしませんなぁ・・・)
「お久しぶりです、家元。松永先生。先日はお世話になりました」
二人に対して三橋の愛想は良い。
「また中継でも?」
「いえ、今日は別件で・・・」
三橋がちらりとゆかりを見る。
ゆかりは黙っているだけだ。
「実はこの春からDODOTVで、アイドル甲子園を企画しておりまして。是非とも、テルマエ学園アイドル部にも出場して頂きたいのです。勿論、目指すのは優勝です」
「はぁ、アイドル甲子園に出場って!?」
「あの子たちが・・・?」
突然の事に弾も葵も頭の整理が付かないようだ。
「付きましては・・・。家元と松永先生にご協力をお願いに上がった次第です」
いつもイケイケの三橋にしては考えられないほど低姿勢な話し方であった。
「ちなみに何をするんどす?」
「うちらに何をしろと・・・?」
このやり取りを聞いていたゆかりの肩が震えだしていた。
既にイライラが限界に達しているようである。
「ユニットのオファーって事ですっ! お二方には全面的にアイドル部の専属になって頂きますっ!
「アイカツって急に言われてもなぁ・・・」
渋る葵に弾も同調する。
「かなり難しいんと違いますか?」
「DODOTVの全力を結集して協力させて頂きます!どうか、お願いしますっ!」
三橋はソファから降り、カーペットの上で土下座までしている。
ここまで三橋を駆り立てたものはいったい何だったのだろうかと誰もが思う光景であった。
「お二人とも申し上げておきたい事がありますっ!」
ゆかりが話に割って入った。
「何ですやろ?」
「・・・?」
ゆかりは大きく息を吸い深呼吸をした後に言葉を続けた。
「この件は既にミネルヴァ学園長もご承諾されています。貴方がたに拒否する権利はありませんっ!」
ゆかりがここまではっきりと言ったのであれば、本当にミネルヴァが命じているのであろう事は簡単に推測できる。
弾と葵も渋々ながらも承諾するしかなかった。
二人の首肯を見て満足したのたろう、ゆかりはソファから立ち上がる。
そして・・・
「三橋さん、後は宜しく」
とすれ違い様に三橋に囁くと会議室を後にする。
「相変わらず、バタバタした女やなぁ・・・。あれは嫁の貰い手無いわ」
思わず本音の出る葵。
「葵っ! 口が悪いえっ!」
弾が思わず窘めるも、ゆかりの事に関しては葵も直ぐに感情的になり、弾に突っかかる。
「うるさいっ! ホンマの事やっ、何が悪いっ!」
まぁまぁと二人をなだめながら三橋が話の続きを始める。
一応、弾と葵の協力は取り付けた事もあって落ち着いているようだ。
「まず、家元と先生にはアイドル部の皆さんと話し合ってユニット名とユニットリーダーを決めて頂きます。それが決まったら、エントリーしますので」
「うちらが決めるより・・・」
「自分らで決めるものですな・・・」
こんなところは直ぐに意見が一致するんだなと、三橋は心の中で思う。
「先ず、皆と相談しな、弾?」
「三橋はんも一緒に教室まで来てくれはりますか?」
「勿論、喜んで!」
こうしてアイドル甲子園の話がアキ達へと伝えられる事となった。

教室ではアキ達が会話も無く黙々とレポートに取り組んでいる。
いち早くレポートを終わらせていたのは・・・。
そう、カトリーナである。
(皆、大変ネ・・・)
「やっと出来たヨ・・・、疲れたヨ」
次に書き終えたのはケリアン、終わると同時に机にうつ伏せになってしまった。
「おい、八郎と二郎も頑張れよっ」
どうやら渡も完成したようだ。
「あかぁん、わいこんなん苦手やぁ~。渡ぅ、わいら友達やんなぁ・・・」
「神様・仏様・渡様ぁ・・・。お願いしますう~」
八郎と二郎が渡に向かって手を合わせて懇願している。
「仕方ねぇ・・・。今度、何か奢れよ」
渡は八郎と二郎のPC入力を手伝いし始める。
「さすが、渡やなぁ。感謝するでぇ」
「ありがとうございま~す」
八郎と二郎は思わず感涙している。
そうこうしているうちに一人また一人とレポートを完成させて行った
最後の残っていたアキも七瀬と涼香のサポートもあり何とか終わらせる事が出来た。
「はい、これで終了っ!」
七瀬が送信ボタンをクリックした。
「ありがとー、七瀬ぇ。涼香ちゃん」
アキも七瀬と涼香に手を合わせて拝んでいる。
「アキちゃんの役に立てたっ!」
涼香はそれだけのことで満足そうである。

皆がレポートの送信を終えホッとしたところに教室のドアが開く。
ガラガラッ
全員の視線が集中する中、弾と葵そして三橋が入ってくる。
「皆、レポートお疲れ様っ! ちょっと話があるのでそのまま聞いて!」
「葵、急にそないな言い方したら何も解からしまへんやろ。皆はん、DODOTVの三橋はんからお話があります」
葵を微妙にフォローする弾。
ザワザワ・・・
ざわつく教室の中、三橋がアイドル甲子園について説明を始める、長くなるのでここは割愛しておこう。

「え~っ、アイドルデビューっ!?」
アキと涼香は目を白黒させている。
「アイカツッ!」
汐音は興味津々、七瀬も同調する。
「アイドルかぁ・・・」
(五郎にファンクラブ作らせよっと)
(スケボーアイドルってありかなぁ・・・)
圭と萌は頭の中に描いているものがあるようだ。
(アイカツで稼ぐってか?)
(キャバクラより稼げたらそれも良いかも・・・)
穂波と優奈はより現実的かも知れない。
皆それぞれに思いはあるようだが、共通しているのは悪い気はしていない事だろう。
「よっしゃ! またまたわいの出番やな、衣装は任せてやぁ・・・」
「アキちゃん達の・・・、ミニスカ+胸開ドレスとか・・・」
八郎と二郎は妄想の世界へとダイブしてしまったようだ。
(アキ・・・、だんだん別世界に行ってしまうみたいで・・・。それも・・・)
なぜか寂しそうに微笑んだ渡。
机の下で黙ってスマホを操作しているのに気付いた者はいなかった。

「・・・アイドル」
そんな中、ハンも懊悩していた。
そして・・・
「皆っ! ゴメン・・・」
ふいに大声を出したハンに視線が集まる。
「ハン・・・、アイドル部続けられナイヨ」
「何でっ!?」
「どうしてっ!?」
アキ達に動揺が走る。
当然であろう、つい先日にミッシェルが帰国したばかりで今度はハンまでもが抜けると言うのだから。
「ハン・・・」
皆の士気が下がっていくのが手に取るように分かった。
「ハン、マンゴローブサンのお手伝いスルネ。でも、学園は辞めナイ。皆の事、いつも応援シテルヨ。ガンバッテ!」
わざと明るく話すハン。
(ハンがマンゴローブの手伝い・・・。何かガ動ク・・・)
後ろからハンを見つめるカトリーナは何かの感触を掴んだようだった。
ガタッ!
アキが突然立ち上がる。
「皆っ! アイドルしようよっ!」
皆がアキを見つめる。
そう、アイドル部はこの日が来るのを待っていたのだと誰もが感じ始めていた。
「絶対に温泉を・・・、復興させるっ! 姉貴にも約束したんだっ!」
七瀬の瞳に決意の色が浮かぶ。
「TVで宣伝して・・・」
「お客さんをいっぱい呼んで・・・」
萌と圭も立ち上がった。
「その為に今まで頑張って来たんだしね」
優奈が皆を見回す。
「あたし達なら、出来るよっ!」
汐音はハイテンションになっている。
「勝つまでやる・・・、それがあちのやり方・・・」
穂波の一言が皆に火を点けた。
「わたし、皆と一緒にアイドルやりたいっ!」
「アキ・・・」
「アキちゃん・・・」
「やろうよっ、アキっ!」
「うちらじゃなかったら、誰も出来ないよ!」
皆が同調し集まり、いつの間にかアキを中心に円陣が組まれていた。
そう、【戦国浪漫の里】で皆が意識を失ったあの時のように・・・

(こいつら・・・)
無意識に熱くなった目頭を押さえる葵。
「どうした? 葵?」
そういう弾の目にも涙が浮かんでいる。
「こいつら・・・、ええ子過ぎるわ・・・」
「そうやなぁ・・・」
弾と葵だけでは無い。
渡も八郎も二郎も、勿論ケリアンも目に涙を浮かべている。
「うぉぉぉっ! やれるこのユニットなら絶対にっ!」
場違いな大声をあげて号泣しているのは三橋である。
そして、自然と温かい拍手が巻き起こったのである。

その時・・・
「お届け物です!」
教室の扉が開き、数人の配送員がたくさんの黄色い薔薇の花束を抱えて入って来た。
「華エンジェル様からの特急依頼の品です」
「通販屋さんってことは・・・?」
「誰かが注文・・・、っ!?」
皆が同じ事を思い出していた。
十津川温泉の公民館に届けられた365本の青い薔薇の事を・・・
「差出人は・・・」
葵が配送員から伝票を受け取った。
「紅の風車・・・」
「やっばり・・・」
三橋以外の皆が黙って頷く。
(黄色の薔薇・・・、花言葉は友情カ・・・)
カトリーナは静かに微笑む。
(ナカナカ、キザな人ミタイネ・・・)
十津川の一件をケリアンから聞いていたようだ。
そのケリアン・・・
「マタ、ムーラン・ルージュ、ダネ・・・」
「んっ!?」
「今・・・、なんて?」
弾と葵の視線がケリアンへと向けられる。
「イャ・・・、ダカラ・・・。ソノ・・・」
「フランス語で紅の風車の意味らしいですよ」
圭が助け舟を出す、そして・・・
「ねっ! 渡っ」
悪戯っぽく微笑みながら渡を見る。
「知らねっ!」
そっぽを向く渡の背中を見て微笑み続ける圭。
「・・・っ! ムーラン・ルージュ! それだっ!」
弾と葵が殆ど同時に叫んだ。
「皆、ユニット名が決まったぞ」
葵が皆を集める。
「三橋はん、アイドル部のユニット名が決まりましたわ」
弾の言葉に三橋も破顔している。
「ユニット名は・・・、ムーラン・ルージュ!」
ワッと教室全体が沸いた。
これから数々の伝説を残す最強のアイドルユニット、【ムーラン・ルージュ】はこうして誕生したのである。

ユニット名は決まったものの、肝心のリーダーの選抜には思わぬ難関が立ちはだかっていた。
何と、3人が自分こそリーダーに相応しいと名乗り出たのである。
一番手は言わずと知れた汐音である。
「わたし、リーダーやりますっ! ってか、わたしが一番向いてるしっ!」
十分予想できたことであったが、それを上回る自信満々の様子である。
意外にも、二番手に名乗りを上げたのは七瀬だった。
「あたし。リーダーやりたいっ!!」
(あたしがリーダーやって目立ったら渋温泉、ひいては星野荘を盛り立てていける。そして姉貴の力になるんだっ!)
強い意志をもっていることは皆にも伝わったであろう。
そして、三番手に名乗りを上げたのは・・・
「【ムーラン・ルージュ】のリーダーは、あたしがやりますっ!」
なんと、圭が名乗りを上げたのである。
圭がこういったことに積極性を示したことに誰もが驚きを隠せないでいた。
その心境とは・・・
(リーダーってことは、センターでカメラもあたしを中心に撮るよね。だったら、五郎にファンクラブとか作らせて・・・会長でもやらせようななぁ・・・)
3人とも様々な思惑がある様である。
「リーダー候補は3人か・・・。仕方ないな、お前たち3人で決めろっ!」
収拾がつかない中、葵は半ば強引の極みともいえる手段に打って出ようとしたが・・・
「葵、それは無茶過ぎや。3人で交代しながらリーダーして様子をみてから決めたらどうえ?」
見かねた弾が助け舟を出す、確かに公平平等な意見と言えるだろう。
「うちもそう言おうと思ってたんや。弾、よう言うてくれたなぁ。さすが弟や」
調子の良い葵に弾も呆れて、開いた口が塞がらない。
取り合えずは3人でリーダーを交代しながらやって行くこととなり、一見落ち着いたかに見えなくもなかったが、【ムーラン・ルージュ】は前途多難な様相を見せていた。

翌日、アキと七瀬は葵に呼ばれていた。
「温水さんと星野さん宛に郵便が届いているでぇ」
「すみません、誰からだろ?」
アキと七瀬宛の連名で送られてきた封筒、裏を返すと差出人がマンゴローブであると分かった。
「マンゴーさんから?」
「何だろ?」
封を切ると中には手紙と招待状がたくさん入っていた。
アキは入っていた手紙を広げ、七瀬も同時に視線を落とす。

<アキちゃん、七瀬ちゃん。ハンから聞いたけど【ムーラン・ルージュ】の結成、おめでと~♡ つきましては、3月24日 18時~ 【ぱんさー】でお祝いパーティするからお友達や先生も誘って来てね。特に、イケメンは大歓迎! もちろん、会費はタダよぉ~♡>

ふと考えてみると、マンゴローブだけでなく竜馬達にもしばらく会っていない。
温泉実習・講義・レポートに追われ続けていて、とてもパーティどころではなかったのだ。
マンゴローブが自分達を気にかけていてくれた事をとても嬉しく、そしてありがたく感じるアキと七瀬であった。
「久しぶりに良い顔をしているな」
葵の言葉でふと我に戻った二人。
「先生っ!」
「【ムーラン・ルージュ】の記念パーティなら、問題ない。行って来いっ!」
「はいっ!」
はちきれんばかりの笑顔になったアキと七瀬は教室へと走り出した。
「また、顧問を差し置いてからに・・・」
「何か、異論が?」
「ありまへん」
葵と弾も微笑ながら、アキ達の後を追い教室へと向かった。

わいわい・ガヤガヤ
教室では既にパーティの話題で持ち切りになっている。
「タダより安いもんは無い、絶対行くでぇ!」
「僕も行って良いんですかぁ」
八郎と二郎は考えることもなく即答。
「ボクも行くよ。カトリーナも行くよね?」
ケリアンの問いに、PCから顔を上げたカトリーナが黙って頷く。
「奢り?だったら!」
「行く、行くっ!」
穂波と優奈は二つ返事でOK。
「リーダーのわたしが行かないと始まらないでしょ」
汐音はここでも自分をアピールすることを忘れない。
「アキちゃんと一緒だったら、どこでも行くっ!」
涼香はアキに腕組して離れようとしない。
「じゃあ、遠慮なく参加させて貰おうっと」
萌の軽いノリに渡も黙って頷く。
「ねぇねぇ・・・」
アキと七瀬の袖が引っ張られ、二人が振り向くと遠慮がちに圭が口を開いた。
「五郎も・・・、いいかなぁ・・・」
「もちろんっ!」
「大歓迎っ!」
「ありがとーっ!」
圭はスマホを持って教室を飛び出して行った。
「ふむ、全員参加ってところか・・・」
教室へと入って来た葵が教室を見回して言う。
「そうだっ、先生たちもっ!」
「ぜひ、お願いしますっ!」
アキの言葉に皆が賛同する。
「えっ!? うちらも・・・?」
「・・・とは言っても。さすがに迷惑じゃ・・・」
葵と弾は顔を見合わせている。
「いや、奢りと銘打っているならこれほどオイシイ話は無い。行くぞ、弾! お前も付いて来いっ!」
「やれやれ、まぁ葵が暴れんように付いて行きまひょか」
パーティに誘われたことが嬉しくて仕方のない葵と、何か問題を起こす前のストッパー役を考えた弾。
対照的な姉弟も参加する事となり教室の騒ぎは更に高まって行った。

東京都千代田区霞が関2丁目、国会や各省庁の本部機能の集中する一角にある部屋の電話が鳴った。

RrrrRrrrRrrr
「はい」
「飛鳥井課長にお電話が入っております」
「誰からだ?」
「早瀬将一郎様と」
「そうか・・・、繋いでくれ」

「忙しい時にすまない」
「早瀬先輩からとは珍しい・・・。何かありましたか?」
「実は・・・、愚息がある犯罪組織と関わりを持ってしまったようでな・・・」
「・・・、組織対策四課からの報告は、上がってきております。駆さんでしたか?」
「流石に情報が早いな。だがどうやって?」
「早瀬先輩と私のような関係が偶然あったようです」
「浅間山学園・・・、本陣隼人か・・・。彼が組対四課に・・・」

「先輩もなかなかの情報網をお持ちのようですね。西京大学ではお世話になりました・・・」
「こちらでも出来る限りの事はするつもりだが・・・」
「この件は国家レベルでの対策が必要でしょう。萬度はミケネスのグループですから」
「ミケネス?」
「世界各国の闇の部分を仕切っているブラックマーケットです。CIAも動いてているとか」
「やはり・・・、そうか・・・。駆の未熟さと功名心、うまく利用された訳か・・・」
「どうやら、フランスに戻ったカロロスも・・・。こちらは取り逃がしましたが」
「情けないが、力を貸して欲しい」
「私は自分の職務を遂行するだけです。粛々と・・・。ただ・・・」
「ただ?」
「ある人物とコンタクトを取って頂く事になるかも知れません」
「誰と?」
「ミネルヴァ・・・」
電話機を挿んで二人の間に沈黙が流れた。
「渡くんが入学されたと聞いていますが・・・」
「戯言だ、気にするな」
「では、いずれ・・・」
「うむ・・・。頼む」

受話器を置いた飛鳥井は考え込み、そして再び受話器を取り上げる。
「私だ。組対四課の本陣と・・・、矢板を呼んでくれ」
受話器を置いた横に、机上札が置かれていた。
【国家公安委員会外事第二課長 飛鳥井 丈】

パーティ当日
アキ達は弾と葵とともに【パンサー】へと足を運んでいた。
今回はゆかりが参加していないこともあり、葵はニンマリと喜びを隠そうともしない。
リンリンリン
ドアベルが鳴る。
中に入ると・・・
パンパパパパパンッ!
クラッカーが鳴り渡り、紙吹雪やら花吹雪が派手に飛び出す。
天井から吊るされたくす玉が割れると、〈ムーランルージュ結成!〉と書かれた垂れ幕が降りてきた。
「おめでとー♡」
満面の笑みを浮かべたマンゴローブにハグされるアキ。
「くっ・・・、苦しいです・・・。マンゴーさん・・・」
抱き締められた気恥ずかしさか、それともマンゴローブの力が入り過ぎているのかアキは真っ赤になっている。
「やぁ、七瀬ちゃん。おめでとう」
「ありがとうございます」
拍手しながら迎え入れる早乙女と竜馬を見て照れくさそうに頭を下げる七瀬。
「きゃあっ!流馬だけじゃなくて・・・」
優奈が震えている。
「隼人・・・」
穂波は今にも卒倒しそうだ。
そして・・・
「お・・・、大巴武蔵・・・まで・・・」
汐音に至ってはそのまま座り込みそうな感激の声が響いた。
そんな中、一人行動が早かったのは・・・
なんと、涼香である。
三人の間をするすると移動してしっかりとサインを集めているのは、普段の涼香からは思いつかない素早さだった。

「あらぁ、こちらって良いオ・ト・コ♡」
イケメンの弾を見つけるとすかさず接近し、ちゃっかりと隣に陣取ったのは他の誰でもない、マンゴローブである。
「アタクシ、マンゴローブって言うのぉ♡ ア・ナ・タ、お名前は?」
「【ムーラン・ルージュ】の顧問の、松永弾です。本業は、京舞踊やってますのや。マンゴローブさんも良ろしおしたら、一度 京舞踊どうえ?」
ニッコリと微笑ながらもさりげなく京舞踊へと誘うところなど、なかなか営業テクニックもあるのかも知れない。
「まぁ、京言葉でお誘いを受けるなんて、アタクシ・・・感激っ♡」
すり寄りながら弾の手を取り、さりげなく流し目を送るマンゴローブの背後に燃え上がる紅蓮の炎があった。
「コラ~ッ!!オカマっ!!弾から離れいっ!!」
マンゴローブに襲われる?と、勘違いした葵がマンゴローブを弾から引き離す。
その葵の顔をじっと見つめたマンゴローブは何を思ったのか急に怪しい笑みを浮かべるといきなり葵に抱き着いて力いっぱい抱き締める。
やはり男の力なのだろうか、流石の葵でもマンゴローブを振りほどけない。
「どこのチンチクリンかと思ったら、弾先生と同じお顔してっ! もしかして、双子(ツイン)とかかしら、可愛いわぁ♡♡♡」
「えーいっ!離さんかっ!オカマっ!!」
葵は突然の事にバタバタしている。
隣の成り行きを見守っていた弾はは笑いを堪えるのに必死であった。
(くっくっくっ・・・ 面白い見せもんですけど、ここは助けまひょか)
「マンゴローブはん、これは姉の葵ですわ。一応、温水はんたちの担任しよります。放してやって貰まへんやろか?」
弾は葵とマンゴローブの間に割って入った。
「え~っ! アキちゃん達の先生っ! ? これは、ゴメンなさぁい。アタクシ・・・、つい・・・」
慌ててマンゴローブは葵から離れ、大げさに平伏している。
「弾っ! 礼は言わへんからなっ! だいたい、姉を助けるのは弟の務めやしっ!」
キッと両目尻を吊り上げてマンゴローブを睨みながら、葵はアキ達の席へと足を向ける。
「まぁ、怖いお姉様ねぇ・・・。お顔は一緒なのにぃ・・・」
マンゴローブにとっても予想外の展開だったのだろうか。
「昔から、あんなんですわぁ」
弾も苦笑しながら、葵の後ろ姿を見つめていた。

その頃、成田空港では孫が大柄なロシア人を出迎えていた。
「久しブリダナ、セルゲイ」
「ГОСПОДИН(ガスパヂーン)(ミスターの意) 孫。アナタを守れと言われてキマシタ」
「フフッ、最高の頼モシイ助っ人ダ。コレデ何も恐れなくてイイ。二月会ナド子供ノ遊びダ」
「誰をヤレバ?」
「暫クは、私の側ニ・・・。モウスグ実働部隊ヲ指揮シテ貰ウ」
「УРАЗУМЕТНО(ウラズミェートナ)」(了解ですの意)
「ロシア語ダト分かりニクイナ」
セルゲイは少し考え込んだが・・・
「OK!ボス」
孫はニヤリと笑う。
「ХОРОШО(ハラショー)、ソレでイイ」
孫とセルゲイの黒い笑みが交差していた。

話をパーティ会場へと戻そう。
テーブルにはサンドイッチ・ケーキ・パスタ・ハンバーガーなど様々な軽食が用意されていた。
「飲み物はフリードリンクですから、言ってくださいね」
早乙女の声が響く。
そんな中・・・
「おい、五郎・・・」
「はい、何ですか?」
武蔵に呼ばれた五郎、武蔵が五郎の後ろへと目配せをする。
ハッとして後ろを振り返ると・・・
「圭ちゃ・・・ん・・・」
そうである、圭から誘われて?来たのだが、先輩である武蔵がウェイターとして動いているのを見て、無意識に手伝っていたのだ。
「あっちへ行ってこい」
「でも、先輩が働いているのを黙って見てるのは・・・」

ここ【ぱんさー】はロックバンド【ダンテ】が売り出すまでのバイト先だったこともあり今でも時間の取れる時はウェイターとして給仕しているのである。
一応、表向きは・・・だが。

「俺たちはこれも仕事、今日のお前は客だ。さっさと行って来いっ!」
そう言うと、五郎の背中をバンっと叩く。
「すいません、先輩っ!」
勢いよく頭を下げると、五郎はパスタとケーキを皿に取り圭の下へと急ぐ。
「ごめん、圭ちゃん。遅くなって・・・」
「ふう・・。ここで五郎に待たされる時はいつも大巴さん絡みだもんね・・・」
「・・・」
「でも・・・、ありがとっ! 五郎っ!」
以前にここで武蔵と初めて会った時に言われた言葉を思い出す圭。
(西郷は不器用だが、良い漢だ。よろしくなっ!・・・か。 まったく解かってるって・・・ね 五郎)
武蔵へと軽く会釈した後、五郎をじっと見つめる圭であった。

「ラテアート上がったよ、隼人っ!」
「はいよっ! マンゴーさん、宜しくっ!」
「あっ! ハン、行キマースっ!」
(ほうっ、これならな・・・)
隼人とマンゴローブ、ハンを見ていた竜馬が早乙女を見る。
同じように武蔵の視線も・・・
2人の視線を受けた早乙女は軽く頷いている。
(マンゴローブママの為、少し動くか・・・)
その視線の先には、ハンの姿があった。

竜馬・隼人・武蔵の増員の他、マンゴローブ・ハンも手伝いに入ったものの手が回らずにいつの間にか、アキと七瀬も手伝いに入っていた。
「ごめんね。お客さんに手伝わせて・・・」
「いえ、こうしている方が落ち着きますし・・・、ねっ!」
「そうですよ、気にしないでください」
早乙女は申し訳なさそうに言うが、アキと七瀬はまったく気にしていないようだ。
「アキちゃーん、こっちもぉ」
「はーい、待っててぇ! あっ!」
沢山の飲み物を運んでいたアキが躓きそうになったところを、渡が支え受け止めた。
「危なねぇなぁ・・・、気を付けろよな、アキ」
「へへっ・・・、ありがと・・・。渡」
「俺が運んでやる」
言うが早いが渡は各テーブルへと飲み物を次々と手際よく配って行く。
(そう言えば、【ル・パルファン】で実習した時も渡、ちゃんと出来てたよなぁ)
渡の姿を見つめるアキ。
そのアキの視線に気付いたのだろうか、渡がアキに近寄り話しかける。
「あのさ・・・」
「ん・・・?」
「その・・・、【ムーラン・ルージュ】おめでとう・・・。俺・・・、アキの事・・・。あの・・・」
大きな瞳をまん丸にして渡の顔を覗き込むアキ。
「渡っ?」
そんなアキの行動にドギマギする渡。
(コイツ、本当に小動物みたいなヤツだな・・・。俺はそんなアキが・・・)
渡は軽く頭を振り、アキを見直した。
「ア・・・、アキならやれるよ。俺もずっと何処までも応援するからなっ!」
「うんっ!」
顔を真っ赤にしている渡と嬉しそうなアキ。
端から見ると似合いのカップルだが、それを見つめる視線が二つあった。
(渡がアキを好きだってのは分かってるし・・・、あの事もあるけど・・・、あたしも渡が・・・。諦めたくない・・・)
親友との関係、そしてあの渋温泉での出来事が七瀬の心で葛藤を繰り返していた。
そして、もう一人・・・
(あれが早瀬渡か・・・。早瀬先輩の異母兄弟、そして早瀬コンツェルンの渋温泉開発の今の責任者・・・)
七瀬と隼人の視線が向けられている事に渡は全く気付いていなかった。

「アキちゃん、こっちでケーキ食べようよ」
涼香がアキを呼ぶ。
「あっ、涼香ちゃん! 今行くねっ!」
パーティも盛り上がって来た頃・・・
「そう言えば、確かアイドル甲子園の地区予選出場会見するって言ってたな」
早乙女の声に皆がピクリと反応した。
「誰が?」
「どこのチーム?」
汐音と七瀬が早乙女に詰め寄る。
「丁度、始まる頃だと思ったが・・・、竜馬っ!」
竜馬が店内のスクリーンモニターのスイッチを入れ、テレビ放送を映す。

「こちら、アイドル甲子園地区予選出場の緊急会見です」
女性アナウンサーがマイクを持って中継している。
「あ・・・、三波さんだ」
「ホントだ・・・」
画面下には、テロップが流れている。
《堀塚音楽スクール、アイドル甲子園にエントリー!!》
一人、渡だけが、反応した。
(堀塚っ!? 梨央音さんの・・・!?)
「堀塚って・・・、あのっ?」
七瀬が、テレビ画面に釘付けになった。
「塚ジェンヌで全国的にファンのいっぱいいる・・・」
「あっ、映像が切り替わるよ」
切り替わった映像では、4人の少女達の舞台が映されている。
「これって、歌劇・・・?」
「わたしたち・・・、こんな人たちを相手に戦うの・・・」
誰もが同じ事を考えてしまっていた。
勝てる訳が無い・・・と。
「何をしているっ!」
葵の声が静寂を破る。
「戦う前から負けると思っているなら、勝ち目などある訳が無いっ!」
弾も葵の隣に立つ。
「皆はん、これまで無理やと思った事をやり遂げて来たんと違いますか?」
水を打ったような沈黙、その中でぽつりと呟く声が聞こえた。
「ラインダンス・・・したよね」
「敬老会の皆さんたちが喜んでくれた・・・」
「チアダン、やったよね・・・」
「弾先生・葵先生の三味線とコラボした・・・」
「公民館で初めてコンサートしたよねっ!」
「出来る、出来るよっ!」
誰もが自分達の軌跡を思い出していた。
「わたしたちなら、絶対出来るっ!」
「私たちは・・・っ!」
アキ達8人が顔を見合わせ、大きく頷く、そして・・・!
「私たちは、東京テルマエ学園 ムーラン・ルージュっ!!」
アキを中心にして、皆が同時に叫んだ。

その時、【ぱんさー】に居合わせた誰もが後に同じ言葉を語っている。
「無限の可能性を見た・・・」と。

束の間の休息に突然現れた強力なライバル、彼女達に次々と訪れる苦難の数々・・・
これまでに無い大きな渦がここ東京を中心にして加速し始めていた。
アキ達【ムーラン・ルージュ】・テルマエ学園・DODOTV・警察機構・早瀬コンツェルン・二月会・萬度を含めた暗黒組織・・・、そして戦国武将の転生と家紋の秘密・・・。

いよいよ、第二部の幕が開けようとしていた・・・

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